「は…………」
暫くぼんやりとし、それからやっと、今、私は瞼を開いて目で物を見ているんだと認識した。
今私が見ているのは、闇。ただし真っ暗という訳では無く、自分が塞いだ入り口の方へ視線を向ければ、黒色がやや薄くなっている。
つまり、今は日中であるという事。
……暖かくなってきたから目が覚めた?
いや、幻想郷では異常気象は普通起こらない。起きたらそれは異変であり、博麗の巫女が空を舞うだろう。いつかの遅い春の時のように。
……ああそっか。
簡単な事だし、迷う必要もなかった。
前の春が遅かったのだから、その分早く来たと考えるのは、とても普通な事。
自然とはバランスを保つ性質があるんだから、春が短い時があれば長い時もある。
二十四節気の一、春分はまだ遠いけれど、外に出てみても良い筈。……寒かったら帰って寝なおせば良いだけだし。
うんうんと頷き、そして起き上がろうとして――
「きゃぅっ!?」
おでこを硬い樹の根にぶつけて痛い思いをした。
「っ~~~」
身体を戻し、両手で額を押さえる。こぶになる程じゃないけれど、不意打ちはやっぱりとても痛い。
でも痛い目に遭って分かった。というか思い出した。
ここは狭いという事を。
両手足を伸ばす事は出来るけれど、それで一杯一杯。そして高さが足りない。
「んー……っ、っふ、ほ」
額の痛みが引いた辺りで私は背伸びをする。
「さて」
改めて、私は外へ出ようと薄い闇の方へ顔を向けた。
一方その頃。
冬の容赦の無い寒さも幾許か弱まり、天からの陽射しも心持ち暖かみが感じられ始めた――でもまだまだ寒い。そんな日の昼下がり。
文は魔法の森上空を飛んでいた。
ネタを求め常時空を舞って舞って舞うのが射命丸の使命なのである。
「さぁさ、如何致しましょうかねー」
何をとは聞いてはいけない。だって何もないのだから。
例えば、ネタとか、ネタとか、後、ネタとかいうのが。
「流派っ、文々。はァ!」
増々訳が分からない、が、とにかく背に生やした黒翼を羽ばたかせ、文は空を飛んでいた。
「王者の風よォー!」
訂正:文は空を飛んでいた→文は何か金色になりながら最速で空を飛んでいた
ところで、魔法の森の深部に、幾つかの大きな樹がある。
その樹の内、最も樹齢を召しているであろう古木の根元の土が、何故か跳ねるように動いた。
下から突かれているらしいその動きが何度か繰り返され、ぼこっ、という音と共に土中から白い腕が肘まで生えた。
少しの間大気を掴んでいたその手は、やがて本来の目的思い出したかのように前後左右へゆらゆら揺れる。その後、手の生え際から新たな指先が生え、小さな穴を押し広げるようにして二本目の腕が生えた。
二本の腕は、左右へ、前後へ、明確に穴を広げようと円を描くように動いていく。
「ふはっ」
そして、腕が広げた穴から頭が生えた。
肩まで出た所で止まったのは、まだあどけなさの残る少女。何故か服を着ておらず、肩まで出ているという事も手伝って、乳白色で柔らかな肌に浮かぶ鎖骨も容易に確認できる。勿論、鎖骨が作り出す肩との間、あの窪みも完璧に視認できる。
少女は豊な金髪が少々土で汚れているのも構わず、きょろきょろと小動物のようにせわしなく周囲を目視する。
不意にその動きが止まると、
「……寒っ」
言って身震いした。
だが言うまでも無い事だ。
そもそも吐く息が白い。
当然口から出た言葉も白い。
「……?」
おかしいな、と言わんばかりに少女は首を傾げる。
嗚呼、誰か教えてやって欲しい。
『まだ二月だよ? 脳大丈夫? ああ、脳なかったっけ。じゃあしょうがないかこの脳無しー』
とかいう感じで。
数秒後、へくち、と小さなくしゃみをした少女は、不思議さを捨てきれ無い表情で穴へ戻ろうと身を捩り始める。
一方その頃。
「おおおっおおぉぉぉおおッ!?」
文はおかしくなっていた。
膝の上に置いた手帳に、凄まじい速度で筆を走らせ、物凄い倍率が出そうな長さのレンズを装着した写真機のシャッターを狂ったように切りまくる。ハイパーモード全開でバリバリ金色だからこそ為せる速度なのだろうか。
ちょっと手帳を覗いてみよう。
『――その時私が見たものは、果たして単純な単語一つで終わらせてしまっていいものか甚だ疑問なものである。
ものというか美の化身というか、ええと、その、ぶっちゃけ、鎖骨?
そう鎖骨、鎖骨なのだ。それも、うっかり勇み足で土から湧いてきたリリーホワイトの鎖骨。どういう理屈で春を告げる妖精が土から湧いてくるのか理解出来ないが――ああそういえばこれはこれで一つのネタ――それはともかく、鎖骨。そう、鎖骨である。
何故鎖骨が見えるのか。それは簡単だ。とりあえず見える範囲でリリーホワイトは服を着ていない。恐らく、土中で冬眠するなりする以上、服が汚れるのを避ける為だろう。
おかげでこうして空から鎖骨をじっくりと眺める事が出来る。あの、決して柔らかくないであろうにも関わらず、少女の柔肌にコーティングされる事でえもいわれぬ――しっとりというかふわりというかくにゅというか――質感を醸している。
そして、窪みだ。鎖骨が存在する事で生まれる、肩との狭間、谷、約束されしエリュシオン――』
……怖くなったからそろそろ覗くのは止した方が良いと思った。
「ちょ、何身を捩ってるかなぁ?! 可愛いなぁ、可ヴァッ!?」
過剰な興奮による、血圧の上昇が、変態風金色鴉天狗~文々。仕立て~に何を齎したか。
鼻血である。
しかも、いらん事に金色。
おまけに、とんでもない量。
そして、止まらない。
ついでに、脳の方もやられたらしく、文はリリーを臨む高空からまっさかさまに落下して行った。
結果:○リリーホワイト‐×射命丸文
決まり手:春を告げる鎖骨
と、言うか、ひょっとして現在進行形で書き続けておられます?(w
鎖骨を書くんだ。
あなたのおかげで霊夢の鎖骨に開眼できた
鎖 骨
光 臨
文が明鏡止水とかどうでもよくなってしまった…
失礼