此処は泣く子も黙る閻魔の住処。地獄の裁判所。
そこに纏いし厳粛な空気は、呼吸すらも許可を得ないと許されないような圧迫感。
樹齢数千年を超える神木で組まれた建屋は、それ自体が意思を持っているかのようだった。
此処では毎日、裁判が行われている。
傷付いた魂が癒されるか否か。それは全てその魂の生前の行いに掛かっている。
善き魂は天国へ
悪しき魂は地獄へ
言うまでもなく、人の行いは単純な善悪二元論では語れない。
ならばこそ閻魔の役目の重さが解るだろう。
二元論で語れないものを、無理矢理白黒付けねばならない。
一つの魂の生前の行いを全て見通した上で、割り切れない感情を押し殺して。
それでも閻魔は裁く。
それが己に課せられた使命だと信じて――
「だりぃ……」
小野塚小町は愛用の鎌を右肩にからって、背中を丸めてだらだらと歩く。
此処は三途の川の向こう岸。今日はとりあえず三人分の魂を運んできた。
もともと余り勤勉な方ではなかったが、最近の客はどいつもこいつも長旅になりやがる。人の縁が希薄に
なっている所為らしい。嘆かわしい事だ。
ちょっと前までは適当に息抜きしていたが、こないだこっぴどく叱られてからは真面目に仕事している。
と、いってもこないだの花事件が落ち着いてからは運ぶ数も減り、今は日に三往復くらいで済む様になっ
た。そうすると不思議なもので余計に怠けたくなる。忙しい時は忙しさに酔い、仕事が落ち着くと後回しに
したくなる。人も死神も変わらない性である。
「はいはーい。遅れないで付いてきてねー」
バスガイドよろしく、三人分の魂を引き連れて裁判所へと向かう。これで閻魔に引き渡せば、とりあえず
仕事は一段落だ。裁判には2、3時間は掛かるだろう。その間は閻魔の目も届くまい。昼寝でもするとしよう。
「四季さまぁー3名様ごあんなーい」
裁判所の門前で小町は声を張り上げる。とりあえず背筋をしゃっきり伸ばして、だらけた口元を引き締め
る。仕事をしている振りをしている時は勿論の事、実際に仕事をしているならば尚の事、しっかりしている
ように見せ掛ける。これが怠け者の処世術。まぁ、何度もやってればバレバレなのだが。
「おや?」
返事がない。いつもなら閻魔が出てきて魂を迎えに来る。迎えなんぞ地獄の鬼どもにやらせれば良いと思
うのだが、そこは生真面目な閻魔さま。「それが礼儀というものです」と言って必ず自分が迎えに出る。そ
んなだから疲れるんだよとは思うが、そんな閻魔の事が小町も好きだったから敢えて何も言わない。
「四季さまぁーお客さんですよー」
もう一度声を張り上げるが、相変わらず返事はない。
「おややぁー?」
厳粛たる裁判所は、変わらず無言のまま佇んでいる。
おかしい。いつもならすぐに出てくる筈なのに……
そういえば今日の四季様は変だった。目の下にくまを作って妙に疲れ切った顔をしていた。今度行われる十
王会議用の資料作成で忙しいとは言っていたが……あの四季様の事だ。細かい資料まで作成して不眠不休なの
だろう。ひょっとしたら倒れているのかもしれない。
「……ちょっとあんたら。此処で待ってな」
小町はふよふよと漂っている魂たちに告げると、門を開けて中に踊りこんだ。
小町は翔ける。風のように、炎のように。
普段の猫背でだるそうな顔をして怠けている姿からは、想像もできない程尖った眼差しで。
「ったく。いつも言ってるのに……無理ばっかして!」
小町は翔ける。疾風の如く。
翔けながら思うは、不器用で生真面目な閻魔の事。
口煩くて、融通が利かなくて、ちっちゃい癖に偉そうで、反論すると手にした勺でしこたま殴る。横暴だ、
陰険だ、そんなだから行かず後家なんだと言ったら、一本足打法で白玉楼まで飛ばされた。
だけど……それでも小町はそんな閻魔の事が大好きだった。
死神の仕事を始めたばかりで、右も左も解らず戸惑う私を優しく導いてくれた。
慣れない仕事に疲れきって倒れこむ私に、そっと毛布を掛けてくれた。
「内緒ですよ?」そう言って、夜中にお酒を差し入れしてくれた。
口にした事はない。口にすれば壊れてしまう気がしたから……それでも小町は閻魔の事が大好きだった。
己の命尽きるまで、傍にいたいと思う程に……
自室にはいない。法廷にもいない。もしかしたらとトイレも覗くが何処にも姿が見えない。
あちこちの部屋を開けて回る。不安ばかりが無駄に募る。気ばかり焦る。
何処だ、何処だ、何処だ!
「ちぃっ! 何処だよ!」
思わず悪態を付くが、考えても仕方がない。残りは地下か。普段出向く事はないが、もうそこしか考えられな
い。小町は地下へ下りる階段を見下ろしてごくりと唾を飲み込んだ。
(……此処へは足を踏み入れてはいけません)
(何故です? 四季様)
(此処は地獄ですら罪を購う事の出来なかった歪んだ魂を幽閉する場所。いつか改心した暁に改めて裁判を行わな
ければならない者たちの牢獄なのです。今の貴方では下手をすれば憑り付かれてしまうかもしれない……)
(わっかりました! 金輪際近づきません!)
(こういう時だけ、素直なのですね)
遠い昔の会話を思い出す。地下から噴き上げる冷気に背筋が凍る。
それでも、小町は階段に足を掛けた。
自分の命と大切な者を天秤に掛けて、それでも天秤が傾いたのが右だったのだから
「仕方ないさね」
そう言って地下への階段を降りていった。
ぐるぐると廻る螺旋階段。
冥府へと続くように永い永い道程。
一歩毎に冷気が増し
一歩毎に瘴気が増す
それでも小町は足を止めない。止められる筈もない。
やがて最下層に辿り着く。そこに広がるは永い回廊。暗い廊下には永遠に消える事のない蝋燭の炎が並び、朧な炎
は足元に禍々しい影を産み出す。
小町は再びごくりと唾を飲み込んだ。自分が恐怖に飲まれているのが解る。このまま階段を駆け上がって逃げ出し
たいとすら思う。震える膝を拳で黙らせ、煩い心臓を気合で鎮める。
「マイペース、マイペース……」
いつもの口癖を無理に捻り出して、平常心を取り戻そうと足掻く。
無理矢理深呼吸して、心を落ち着かせる。
「よし」
本当はまだ落ち着いていない。
だけど今この時も四季様が苦しんでいるとしたら……小町は回廊の奥へと歩を進めた。
「……いた」
回廊の奥にある一枚のドア。それをそっと開くと一枚の鏡の前に立つ閻魔の姿が目に入る。
とりあえずは無事なようだ。小町はほっと一息付いた。
それにしても……この部屋は何だろう?
無駄に広い室内。その中にあるのは一枚の大きな姿見。それ以外には何も置いていない。
それに閻魔から発せられる無言の圧力のようなものが、小町の口を塞ぐ。
閻魔はその姿見に映る自分の姿を眺めている……いや、もしかしたら鏡のその奥を覗き込んでいるのだろうか?
以前、聞いた事がある。悪魔を閉じ込めるには鏡が必要だと。
二枚の鏡を向かい合わせた中に生じる無限回廊に閉じ込めるのだと。
もしや、あの鏡は……
「四季さ……っ!」
「閻魔パワー! メークアップ!!」
小町の声は閻魔の上げた大声に掻き消される。
閻魔は両手を胸の前に当ててくるくると爪先立ちで廻ると、何処かから流れてくるシャラララ……という効果音と
共に謎の光が閻魔を包み込み、一瞬まっ裸になったかと思うと不思議なリボンが全身を覆って……
そこに立つは、妙に短いスカートとツインテールな閻魔さま。
鏡に向かって左手を腰に、右手を瞳に翳し、人差し指と中指の間からキラキラ光る瞳を覗かせて
「仏陀に代わって~」
はい、ためてためてー
「お仕置きよ!」
とバッチリ決めポーズ。
輝いてる、輝いてるよっ映姫様! 短いスカートから覗く白い太ももも、開いた胸元から覗くエロティックな鎖骨も
ナイスだよっ! ブラボー! 僕らのセーラー閻魔ちゃん!
小町はぱたんとドアを閉めて、その場にしゃがみ込むと
「なんまんだぶ、なんまんだぶ……」
と、一心不乱にお経を唱え始めた。
~終~
もう一発、鎖骨!
でもゆゆ様の鎖骨の方が更に神。
よって鎖骨は神。
あれ?
鎖骨神だなwww
だけど映姫様それは一部の人から熱烈な・・・ああ!すでに!
……SAKOTU万歳!(←壊れた)