春、麗らかな午後の日差し。
吹く風は温かく、寝そべった草原に広がるは土と草の匂い。
そんな中で昼寝をしたら当然気化してしまうが、それでも春の午後というのはいいものである。
夜行性の自分が思わず起きていようと思ってしまうほどに。
日傘を持てば外に出られないこともないが、今日はこの眠くなるような暖かさに包まれた部屋の中で読書をする事にしよう。
そう決めたのがつい一時間ほど前の話。
ぱたんと本を閉じて、カーテンの閉められた窓へと顔を向けた。
「……なるほどね」
遠くを眺めてふっと一息。膝の上に置かれた本の表紙には「5分で分かるDNA構造」の文字。
一時間前、何か読ませろと友人にせがんだところ、渡されたのがこの本だった。
なんでもその道の第一線で活躍する人物が纏め上げた本らしいのだが、本題に入る前の著者の前書きが40ページもある時点で到底5分で理解できるとは思えなかった。
読み始めて5分、分かった事といえば著者がこの本にどれだけ自己陶酔しているかという事だけ。
そもそも、いくら随所に図による説明があったところで、500ページもある時点で5分で理解しろというのはいくらなんでも無理な話ではないだろうか。
そうして肘をついた手の上に顎を乗せて本の内容を省みてみる。
何も出てこなかった。
当然である。
なにせ最初の5分で寝てしまって今起きたのだから。
「今日はこの辺りで許してあげるわ」
窓の外に向かってぽそりと一言。よもや自分がこの台詞を言ってしまう日が来るとは思っても居なかった。
一方その頃、場所は白玉楼西行寺家。
昼も過ぎればおやつ時。
先日紫に貰った羊羹を出し、お茶の用意をしたところで妖夢は幽々子を呼ぶために部屋を訪れていた。
その姿は部屋に入らずして既に見つける事ができたのだが、問題はここからである。
部屋の前の廊下は長い縁側。
南に向いたその場所は今の時間は端から端まで日に照らされて、なんとも言えぬぽかぽか空間を作り出していた。
基本的に幽霊ばかりでどこか薄ら寒い白玉楼だが、その場所だけはなんとも言えぬ心地よさを醸し出していた。
春の午後、そんな場所にいれば睡魔の一つにも襲われてしまうというもの。
そして幽々子もその例に倣って、縁側で丸まって寝そべっていた。
そんな所で寝るなと言いたくなったが、何かいい夢でも見ているのだろうか、うっすらと微笑んでいるその顔を見ると途端にどうでもよくなってしまった。
起こそうかどうかと悩んでいると、幽々子がころんと寝返りを打った。
仰向けになった幽々子は相変わらず幸せそうな寝顔をしていたが、妖夢の目に飛び込んできたのはそこよりも少しばかり視線を下げた位置。
軽くはだけた着物の隙間から覗くのはすらりと浮かび上がった鎖骨。
何がそこまで惹きつけさせるのか、妖夢はそこから目が離せないでいた。
一見しっかりしていそうながらも華奢な肩から流れていくそのラインは、同じ女という立場から見ても思わずごくりと喉を鳴らしてしまう程に魅惑的だった。
暖かな陽気の所為か、普段は驚くほどに白いその肌も僅かに赤みを帯び、それによって曲線はより一層はっきりと。
どこからか、雀の鳴き声が聞こえてきた。
もう鎖骨しか見えない。
「ねぇパチェ、この本は正直失敗だと思うわ」
図書館の最深部で分厚い本に顔を埋めていた友人に手に持ったそれを差し出した。
パチュリーはのっそりと顔を上げると「やっぱりね」と言って本を受け取った。
やっぱりって事は最初から分かっていたのか、と思いながらもそれを口に出すことはない。
この友人は自分のためを思ってあの本を渡してくれたのだ。
そんな純粋な好意を踏みにじるような事はしない。それが友情。
失敗だと分かっている本を渡すのが友情なのかと思ったが、それも封印。
「じゃあこれなんかどうかしら」
目を閉じ、両手を胸に当てて友人に想いを馳せていると、当の本人が新たに一冊の本を自分の前に差し出していた。
『昆虫図鑑』
なるほど、来るべき夏に備えて蟲に対する知識を備えておけという優しさなのね。
「ありがとうパチェ」
私はそれを笑顔で受け取る。
あぁ友情というもののなんという素晴らしさ。
やはり今日は起きててよかったと思う。
こうしてまた自分たちの友情は深まっていくのだ。
早速受け取った本をぱらぱらと捲っていく。
『ヤマユユ』
翅をひろげたら10cmをかるくこえる大きな黄茶色のガ。
4枚の翅には、それぞれ1つずつの目立つ紋と、黒白2色の筋がある。
幼虫はクヌギ、コナラ、クリ、カシなどの葉を食べる。
『モンキロクロノメイガ』
黒褐色で白色の紋があるメイガ。
各地で普通に見られる。灯火にもよく飛来する。
幼虫はブドウ、エビヅルなどの葉を食べる。
『ウスキクロテンヒメシャク』
灰白色地に、淡褐色の筋模様があるシャクガ。
4枚の翅にひとつずつ小さな黒点がある。
都市近郊でも極めて普通に見られる。
『フタテンシロカギバ』
白色で、前翅に2対の黒点を持つカギバガの仲間。
黒点をはさむように淡茶色帯がある。
後翅にも同様の黒点と淡茶色帯がある。
幼虫は、ミズキなどを食べる。
『ホシホウジャク』
茶色っぽく後翅のイエローが目立つスズメガの仲間。腹部には白い帯がある。
昼間に飛び回り、ツリフネソウ、ホウセンカなどの花で、ホバリングしながら長い口を伸ばして吸蜜する。
胴体が太く、素早く羽ばたくのでハチのように見える。住宅地周辺でも見られる普通種。
幼虫はヘクソカズラの葉を食べる。
『ドクガ』
黄色で、前翅に茶褐色の帯があるガ。体や脚は黄色い毛に覆われている。
灯火によく飛来する。毒針毛を持つので触ると危険。
『ムクゲコノハ』
前翅は褐色、後翅は黒色、薄紫色、黄~薄紅色に塗り分けられた大型の美しいヤガ。
各地で普通に見られ、雑木林の樹液にやってくる。
ミカン類、ナシ、モモ、リンゴなどの果実にも飛来し、食害することがある。
幼虫の食草は、オニグルミ。
なるほど、どうしてこの図鑑は蛾の事ばかり載っているのだろうか。
むしろ蛾の事しか載っていない。
でもありがとうパチェ、これで今年は蛾の対策はバッチリよ!
それはとある春の午後。
吸血鬼と魔女の美しい友情物語。
でもゆゆ様の鎖骨も捨てがたいのですが、映姫の鎖骨もそれはまた趣き深いの
事アルヨ
この斬新奇抜なアイディアはまさに「芸術」です。