さて、栗というものがある。
刺尽きの殻に覆われ、その殻を破ってもまだ硬い皮を持つ偏屈な実である。
地に落ちた殻を丈夫な靴で覆われた両足で踏み広げ、中身である三つの栗を手に取る。
さて、この三つの実の皮を如何に剥くかだ。
「……さてさて、どのようにして剥いたものかな」
慧音は掌上の栗を弄び、軽く唸る。
偏屈な実である通り、この硬い皮を剥いても、さらにその下に渋皮があるのだ。
この渋皮は栗の実に密着した形で引っ付いている為、剥くのが非常に難しい。
少なくとも、慧音はこの渋皮の有効な剥き方を知らない。
今まで幾度となく悪戦苦闘を繰り返し、だが、それで尚、見出せていないのだ。
そこで慧音は考えた。
「誰か知ってそうな奴に聞けば分かるだろうか」
顎先に手を当て、軽く首を傾げる。
しかし慧音は自他共に認める幻想郷の知恵者である。
幻想郷の歴史を知悉する身である以上、慧音の知らない事を幻想郷の誰が知っているというのか。
……心当たりは無くも無いが。
俯き、慧音は脳裏に浮かんだ幾人かの名前を口にする。
「八雲紫に八意永琳、後は……パチュリー・ノーレッジ、か」
前者二人は、考えるまでもなく除外だ。
どう考えてもまともに力を貸してくれるとは思えない。
という事は、消去法により単純明快。
しかし。
「……紅魔館へ行かねばならない、か」
逡巡する。場所が場所だ。
だが知識の探求者であれば、おそらく何かを知っているかもしれない。
知らなかったら、一緒に苦労して渋皮を剥けば良いだけの事。知っていたら感謝と共に、酒の一樽でも送り届けよう。
「うん」
多少脆弱だが論理武装をし、当たって砕けろの精神で慧音は栗取りを中断し紅魔館へ向かった。
「あ、何か御用ですか?」
紅魔館へ来てまず最初に立ちはだかるのが、紅美鈴である。
「図書館の主に会いに来た」
臆する事も隠す事もなく、慧音ははっきりと応えた。
「何でですか」
尤もな応対である。
「栗の剥き方の教えを請いに来た」
やましい事などない。
「……栗、ですか?」
「栗、だ」
「…………」
「…………」
無言の時間。慧音の真剣な視線と、美鈴のどうしたものかという視線が絡み合う。
「……ええ、と」
やはりというか、先に美鈴が折れた。
片や食の追及、片や今一分からないなのだ。
背負うものが違う。
「まぁ、害は及ぼすような真似はしないでしょうから……」
「そうか。感謝する」
一礼し、慧音が道を譲った美鈴の脇を通りぬけようとする。
その時。
「……でも栗の剥き方なら、皆知ってると思ってたんだけどなぁ」
美鈴の何気ない呟きが慧音の鼓膜を揺らす。
そして、聞くなり足を止め振り返り、
「栗の剥き方を知っているのか?」
真剣な表情で問う。
内容が内容なだけに美鈴は笑気を覚えたが、それは流石に失礼だろうと彼女は必死で堪える。
「焼き栗……ですよね?」
「生で食べる奴はいないだろう」
「ええまぁ。そうですけど」
あくまで真剣な慧音に、美鈴はどうにも調子が狂う思いをしながら言った。
「とりあえず、焼いてみませんか? 落ち葉とかならそこらに沢山ありますし」
「それもそうだな」
言うが早いが、美鈴は部下のメイド達と協力して瞬く間に栗を焼くのに十分な量の枯れ落ち葉を掻き集めてきた。
「さて、焼きましょうか」
「ああ、焼こう」
簡単な術で火を起こすと、パチパチと燃える枯れ落ち葉の山に栗を放り込む。
――待つ事少々。
「拾ってみるか?」
「火中の栗を?」
「冗談だ」
「……真顔で言われても困るんですが……」
長めの枝で落ち葉の山から栗を探る美鈴は、笑顔の慧音にどこかメイド長と同じ何かを感じ取ってしまっていた。
だがそれは気のせいだろう。多分。きっと。おそらく。
「熱ち……っ」
まだ十分過ぎる熱気を孕む栗を、美鈴は両掌で躍らせ冷ました。
「……で、どうするんだ?」
慧音の問いに、美鈴は実演を開始する。
「えーと、栗の腹の辺りに親指の爪をぐっと押し込んでですね」
「うんうん」
「その後、栗の頭と尻をそれぞれ持って、さっき爪を押し込んだ所が起点になるように開くとですね……」
美鈴の実演の下、彼女の手にある栗がぱっくりと開かれた。
しかも硬い皮はおろか、渋皮をもきれいに剥けた状態で。
「……馬鹿なッ!?」
あまりの事に慧音は瞠目した。
今まで幾年もの間慧音と里の者達を悩ませてきた栗の渋皮を、目の前でいとも簡単にきれいに剥いてのけたのだ。
「こ、これが中国四千年の神秘か!?」
「いや、えーと。……知らなかったんですか?」
「うん」
「……それは、まぁ、良かったですね?」
「うん!」
力強く頷く慧音。
「……あー……」
対応に困る美鈴。
慧音の旅は、あまりにも早く終結を迎えていた。
やったね! 慧音の旅はここでエンディングです。
似合ってるな…wうん、似合ってます。
そして慧音かわいいよ。
それは兎も角、「剥いてある甘栗」しか食した事のないリッチメンな俺には
慧音の苦労は解りません。
すいません、嘘です。
焼けたあとは外の皮も爆ぜて爪を立てる必要もなく、渋皮もくっついてきてきれいにむけますよ、