Coolier - 新生・東方創想話ジェネリック

地頭には勝てる

2006/02/09 20:51:18
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 今、冥界には小さな生者がいる。
 半分だけであるけれど。でも、確かに生きている。
 
 生まれた瞬間、静かだった冥界は変化してしまった。
 永い間停滞していた空気をかき回すように。それは、住人達も例外ではなかった。

 ――笑えば微笑み、泣けば戸惑い、熱を出したと大騒ぎ――

 妖夢、と名づけられた幼子のわずかな挙動に振り回される様は傍から見れば滑稽。
 見かねた友人一家が乗り込んできても、状況は変わるわけもなく。
 育児という名の戦争に巻き込まれただけだった。
 
 

 今日も白玉楼には、疲れ果てた保護者たちの屍が転がっている……
 



 お屋敷で一番日当たりのいい場所。
 そこは今、妖夢専用の快適な寝床となっている。
 その部屋にいるのは橙と主である藍だけだった。
 
 元気一杯に橙の耳をかじっていた妖夢が熱を出したのが3日ほど前。
 紫はスキマから医者を引っ張り出し、幽々子は冥界に漂う育児経験のある幽霊に助言を
 求め、妖忌は薬を求めて幻想郷を駆け回った。
 合間に藍と橙を含めて交代で付いてと、まさに寝る間も惜しんでの看病。
 その甲斐あって中々下がらなかった妖夢の熱も、今は平熱に戻っている。

 宙に浮かんだまま眠っている幽々子を、放り出していた庭仕事を片付けるという妖忌が
 部屋に連れて行くのを見送ってから、一休みすると式神たちに言い残した紫もスキマに
 潜り込んだ所で力尽きたらしく、穏やかな寝息が聞こえてきた。
 一日の大半を睡眠で終える紫には徹夜続きはさすがに堪えたらしい。
 
 橙も眠気はあったが、まだしばらく見ているだけの体力はあった。
 幸い、藍もいる。
 妖夢と2人にされると困るが、それなら問題ない。
 歯形が消えない耳とハゲが出来てしまった尻尾を擦る。
 目を覚ましたら、元気を取り戻した手加減しらずの幼児に襲われるのは間違いない。
 しかし、藍がいるとその負担が減るのだ。
 橙と同じように、子供もよりふかふかなものが好きらしい。
 
「少し席を外す」

 そう言った主が襖を開けて外へ出て行こうとした。
 いつ起きてくるかわからない幼児と一対一にされるのが嫌で、後に続くことにする。 

 けれど。

「……すまない橙」

 主の声音の低さに、本能が声を上げるのに気づいて、考えるより先に襖に駆け寄る。
 足を滑り込ませるより早く、他ならぬ主の手により襖は閉じて――
 
 ぴしゃり、と内と外が断絶される音がした。
 
 静まりかえる室内。
 ようやく本能に追いついた想像が怖くて、必要以上に力を込めて襖を引く。
 ――開かなかった。

「藍さま……ウソ、ですよね……?」

 大好きな藍の裏切りに、自分の口から出たとは思えないほど弱々しい声がこぼれる。
 小さな声を掻き消すように、背後で衣連れの音がした。

「……っ!?」

 恐々と首をねじって妖夢の姿を眼に入る。
 緊張で逆立った二又の尻尾が揺れる向こうで、眠りから目を覚まそうとしていた。
 
 ふと、コタツで丸くなって眠りたくなった。
 それは迷信だと云われていることを知ったのは式神となってから。
 主たちが教えてくれた、ただの猫でいれば知らずに済んだこと。
 例えば、身近にいる存在の強大さなどと同じ。
 
 その気になれば幻想郷を滅ぼしてしまえる隙間妖怪。
 その力に二、三歩程度しか劣らない九尾の狐。
 死を操る亡霊の姫君。
 斬れぬものなどほとんど無い剣士。

 そして、その面子が揃っても勝てない存在がいること。
 
 泣く子と地頭には勝てないなんてウソだ。
 なぜなら、泣いてなくても子供には勝てない。
 
 それを体現したのがここにいる魂魄 妖夢なのだから。
 
 もう一度、襖に手をかける。それは当たり前のことのように開かない。
 結界を張られているのが彼女にもわかる。
 たった一人で、もうじき目覚める妖夢の相手をしなければいけない。

「……うぅ」

 出来ることは妖夢の注意を引きつけ、主たちが回復する時間を稼ぐことだけ。
 この弱々しい体を捧げ、思うがままに蹂躙させることによって。
 
 ――怖いのに優しいよくわからない紫さま
 ――大好きな、優しい藍さま
 ――こっそりお酒を飲ませてくれる幽々子さま 
 ――おやつをくれるちょっと怖い妖忌爺ちゃん
 
 さっきまで見ていた、それぞれの疲れ果てた姿を思い出せば自然と覚悟はついた。
 みんなの一時の休息のために。

 この身を、捧げよう。
 
 頬を叩いて泣きそうな心に活を入れる。
 体ごと振り返れば、もぞもぞと蠢いている小さなふくらみ。

 妖夢が、目を、覚ます。

 掛けられていた布団を引き剥がし、寝床から這い出してくる。
 
「………」

 まだ気づいていない。けど、すぐに気づく。
 橙という名の玩具に気づいて、喜び勇んで這ってくるだろう。
 気づかれたくは無い。だけど、見つけてもらわなければ、目的を果たせない。
 
 だから。
 注意を引くために、震える手と手をぶつけ合う。
 パチパチと乾いた音が封じられた部屋に響いて――

「だぁ」
 
 ――気づいた。

 畳の上を二本の手と足を使い這ってくる。
 背には閉ざされた襖――逃げられない――けど、もう覚悟はついている。
 
 思い描くのは凛々しい主の立ち姿。
 その姿を少しでも真似られるように。
 震える体は忘れてしまおう。

「お、おいでー」 

 笑いながら妖夢が来る。
 ぷるぷる震える耳と尻尾を目指しながら。
 ゆっくり、ゆっくり這ってくる。

「橙と遊…ぼう……よ」
 
 這い進んできた手が、座り込んだ橙の膝に掛けられた。
 目と目があって互いに動かない。

 静かに妖夢の表情が動いて、浮かべる。
 ――全てを許してしまいたくなる愛らしい笑顔を。

 つられて、橙も笑い返すと笑みが深くなり、傍らに浮く小さな人魂が機嫌よく飛び回る。
 その動きを反射的に目で追ってしまう。
 その微かな隙に、紅葉のような手が揺れていた尻尾に伸ばされて――






『うにゃぁあああああああああああああああぁあぁああああああああっ!?』


 静かな白玉楼に黒猫の悲鳴が響く。
 大事な式が味わっている艱難辛苦を想い、寝不足ではれぼったい瞼を伏せた。
 ついでに耳も伏せて、悲鳴を追い出す。
 罪悪感はある。手加減を知らぬ幼子と2人で閉じ込めたことは許されることではない。
 どんな目にあっているかを橙以上に藍は理解していた。
 
「すまない橙。けど、私もこれ以上……」

 乱れた毛並みと所々抜け落ちた――ハゲた九尾がその恐怖を思い出して縮こまる。 
 
 しばらくは橙が相手をしてくれるだろう。
 その事実にほっとしてしまうと、大きな欠伸がこぼれた。
 あまり寝ていないのは藍も同じ。 
 だが、妖夢が病み上がりであることを考えれば、起きていないといけないだろう。
 人間は弱い。その中でも弱すぎるのが子供なのだから。

 とはいえ。
 そんな人間相手に、残った戦力は遊ばれるだけの橙とぼろぼろの藍だけ。
 その気になれば、幻想郷ぐらい制覇できそうな面子が揃っているというのに。
 これだけの連中を追い込むことは、博麗の巫女でも無理だろう。

「すごいな妖夢……っていうか幼児」

 その強者たちは、兵どもが夢の後といった風情。
 悲劇なのは、まだまだ夢の真っ最中ということか。

 ――楽しい夢では、あるのだろうけど。

 落ちそうな瞼を懸命に吊り上げて、冥界の静かな空を見上げる。
 ここに出入りするようになってから何一つ変わらない世界。
 永遠に変わらないはずの場所で、疲れをにじませて呟く。

「何と言うか……」
 
 耳に届く、か細くなってきた橙の悲鳴。
 なにより、ぼろぼろになった自前の尻尾をなでながら。
  
「……育児って、大変だなぁ」 
 


名前を変えてみました。
でも、相変わらず冥界です。
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コメント



1.おやつ削除
あー……親戚が幼かったころを思い出しました。
無尽蔵のスタミナと容赦の無い攻撃。
そして反撃を許さぬ無敵の笑顔で玩ばれたのはいい……思いでのわけないですねはい。
頑張れ藍さま。頑張れ橙。
2.七死削除
おじさん、妹が二人いてねぇ。
兄貴ってのは、反撃が出来ないもんなんだよ・・・・・・(遠い目)
3.吟砂削除
そんな話も何れは笑い話になり、振り返れば楽しい思い出となるのだろう・・・
そして、聞く本人は赤面し慌てふためくもの・・・(苦笑)