のどかな日和の白玉楼。今日ものんびり間延びした声が聞こえてくる。
「よ~む~」
菓子の山を突っ込んだ漆の皿を提げ、幽々子はぽかぽか陽気の縁側を歩いていた。
妖夢に茶でも淹れてもらおうとその辺を探していたのだが、どこかに外しているらしい。まぁそのうちくるだろう。
幽々子は庭に面した一室に陣取ると、茶壷に水を注ぎながら
「オヤツオヤツー」
とフンフンつぶやき、上機嫌に皿の中身を座卓にぶちまける。隅に揃えてあった急須と茶碗を鼻歌交じりに並べて――
ふと視線を上げる。目の前に紫がいた。彼女はにっこり微笑んで、
「こんにちは」
「こんにちは。唐突ね」
幽々子は大して気にしたふうもなく三人分多く茶碗を用意する。
暇だから遊びに来たのだろうか。一緒におやつをつまみながらだベーっとしているのも悪くはないけれど。
が、紫には用事があったようだ。
「幽々子、暇よね?」
「特にやることもないのは確かだけれどねぇ」
「スネーク、今回あなたに依頼する任務は」
「はぁ」
「紅魔館に単身潜入、秘蔵とされているレシピ帳を確保、私に渡すことよ。食事もおやつも現地調達、いくらでも盗み食いして構わないわ」
無視してぽりぽり煎餅をかじる。固焼きでいい具合にしょうゆ味が乗ってておいしかった。
無反応な幽々子に、紫はとことん困ったように眉をひそめる。
「……突っ込んでよぅ」
「スネークって?」
「ミッションなんだからコードネームで呼び合わないとね。私のことは大佐とでも呼んでちょうだい」
「その、レシピ帳っていうのは?」
「紅魔館秘伝の超一流料理が網羅されているそうよ。それを手に入れて、私のスキマ産業は新しい市場の開拓を――」
「要するに暇なのね?」
「そうなのよー」
全く悪びれない紫、いや大佐。
幽々子はため息をつきつつ、ウグイス餅を食んでみた。まぁ暇だし、紫にしてはまともに面白そうな――つまり裏がなさそうな――提案ではある。紅魔館というと相手は悪魔ではあるが、それは大した問題ではない。付き合ってもいいだろうかな、さて。
「私はまだ引き受けるとは言ってないわよ」
「ふぅ……引き受けてくれない場合、容赦なくここの台所をスキマに廃棄するわ」
「まままま待って! ……分かったわ」
「やってくれるのね、ありがとぅ~」
……はぁ。
「おやつ盗み食いは嫌いじゃないわ。――欲を言えば湯煙食い倒れツアーのほうがよかったのだけれど……」
「何か言った?」
「いえ」
幽々子はそ知らぬ顔で沸き立った茶釜の湯を急須に注ぐと、静かにほうじ茶を蒸らしはじめる。
お茶の出来を計っている途中、再び突然新しい気配を感じた。つと目を上げると、いつの間にか二人目、三人目の客が紫の後ろに控えている。
彼女の一の式、藍と、その式の橙だ。藍はすっくと背筋を伸ばして直立しているのに対し、橙はちょこんと正座してお菓子を見つめている。あと、藍の表情には「またか……」的な諦めも宿っていた。
まぁ、紫の変な思いつきはよくあることだし、慣れているのだろう。
紫は指で空中に何かいていた。視線はどこか不可思議な空間に据えたまま、幽々子に口を開く。
「あなたの潜入は私達がここから無線でサポートするわ。どこにいてもお互い声が聞こえるようになるわよ」
「無線……あぁ、スキマね」
紫が今描いている何かも、おそらくはスキマを用いた結界陣なのだろう。スキマに声を通して会話できるようにするということか。
幽々子が全員分のお茶を注いだ頃、紫はひとしきり結界を敷き終わったのか、後ろの藍を示した。
「この子はナオミとでも呼んでちょうだい。紅魔館の料理については、私達の中で一番詳しい。分からないことがあったらこの子に聞くといいわ」
藍(ナオミ)が一礼。紫は続いて橙を指し、
「この子は――」
ふと言葉が止まった。どうしたのだろうと黙って続きを待ったが、紫はうーんとかうめいてそれ以上進めようとしない。しばらく見てると、どうやらコードネームがでてこないらしいということが感じられた。
そうこうしている間も、橙はお菓子を食べたいらしく尻尾がウズウズしている。
呆れ顔でつぶやく。
「チェンでいいじゃない。お菓子は食べていいわよ」
「わぁい、ありがとう」
「……そうね。この子は紅魔館にもよく遊びにいっているようだから、内部の構造に詳しいわ。設備について色々アドバイスできるはず」
橙(そのまま)がむしゃむしゃと練り物をほおばっている横で、紫が茶碗をいじりつつ説明した。
幽々子はひょいひょいと散らばっているお菓子を口に投げ込み、モシャモシャゴクンと飲み干してお茶を一服あおった。ふぅとため息をひとつこぼしてから、立ち上がる。
「それじゃあそろそろ行きましょうか」
「潜入方法は任せるわ……頼んだわよ、スネーク」
部屋を後にしつつ、背後にひらひらと手を振って了解した意を伝える幽々子。
いや、そのときの彼女の背中は亡霊の姫、西行寺幽々子のものではない。伝説の傭兵、ユユコ=スネークとなって力強い意思を秘めていたのだった。
遠くかすむ地平線を眺め、スネークは苛烈な信念に突き動かされるように重々しく口を開いた。続く言葉が、彼女の使命の重さを伝えるだろう――
「食欲をもてあます」
続く。
「よ~む~」
菓子の山を突っ込んだ漆の皿を提げ、幽々子はぽかぽか陽気の縁側を歩いていた。
妖夢に茶でも淹れてもらおうとその辺を探していたのだが、どこかに外しているらしい。まぁそのうちくるだろう。
幽々子は庭に面した一室に陣取ると、茶壷に水を注ぎながら
「オヤツオヤツー」
とフンフンつぶやき、上機嫌に皿の中身を座卓にぶちまける。隅に揃えてあった急須と茶碗を鼻歌交じりに並べて――
ふと視線を上げる。目の前に紫がいた。彼女はにっこり微笑んで、
「こんにちは」
「こんにちは。唐突ね」
幽々子は大して気にしたふうもなく三人分多く茶碗を用意する。
暇だから遊びに来たのだろうか。一緒におやつをつまみながらだベーっとしているのも悪くはないけれど。
が、紫には用事があったようだ。
「幽々子、暇よね?」
「特にやることもないのは確かだけれどねぇ」
「スネーク、今回あなたに依頼する任務は」
「はぁ」
「紅魔館に単身潜入、秘蔵とされているレシピ帳を確保、私に渡すことよ。食事もおやつも現地調達、いくらでも盗み食いして構わないわ」
無視してぽりぽり煎餅をかじる。固焼きでいい具合にしょうゆ味が乗ってておいしかった。
無反応な幽々子に、紫はとことん困ったように眉をひそめる。
「……突っ込んでよぅ」
「スネークって?」
「ミッションなんだからコードネームで呼び合わないとね。私のことは大佐とでも呼んでちょうだい」
「その、レシピ帳っていうのは?」
「紅魔館秘伝の超一流料理が網羅されているそうよ。それを手に入れて、私のスキマ産業は新しい市場の開拓を――」
「要するに暇なのね?」
「そうなのよー」
全く悪びれない紫、いや大佐。
幽々子はため息をつきつつ、ウグイス餅を食んでみた。まぁ暇だし、紫にしてはまともに面白そうな――つまり裏がなさそうな――提案ではある。紅魔館というと相手は悪魔ではあるが、それは大した問題ではない。付き合ってもいいだろうかな、さて。
「私はまだ引き受けるとは言ってないわよ」
「ふぅ……引き受けてくれない場合、容赦なくここの台所をスキマに廃棄するわ」
「まままま待って! ……分かったわ」
「やってくれるのね、ありがとぅ~」
……はぁ。
「おやつ盗み食いは嫌いじゃないわ。――欲を言えば湯煙食い倒れツアーのほうがよかったのだけれど……」
「何か言った?」
「いえ」
幽々子はそ知らぬ顔で沸き立った茶釜の湯を急須に注ぐと、静かにほうじ茶を蒸らしはじめる。
お茶の出来を計っている途中、再び突然新しい気配を感じた。つと目を上げると、いつの間にか二人目、三人目の客が紫の後ろに控えている。
彼女の一の式、藍と、その式の橙だ。藍はすっくと背筋を伸ばして直立しているのに対し、橙はちょこんと正座してお菓子を見つめている。あと、藍の表情には「またか……」的な諦めも宿っていた。
まぁ、紫の変な思いつきはよくあることだし、慣れているのだろう。
紫は指で空中に何かいていた。視線はどこか不可思議な空間に据えたまま、幽々子に口を開く。
「あなたの潜入は私達がここから無線でサポートするわ。どこにいてもお互い声が聞こえるようになるわよ」
「無線……あぁ、スキマね」
紫が今描いている何かも、おそらくはスキマを用いた結界陣なのだろう。スキマに声を通して会話できるようにするということか。
幽々子が全員分のお茶を注いだ頃、紫はひとしきり結界を敷き終わったのか、後ろの藍を示した。
「この子はナオミとでも呼んでちょうだい。紅魔館の料理については、私達の中で一番詳しい。分からないことがあったらこの子に聞くといいわ」
藍(ナオミ)が一礼。紫は続いて橙を指し、
「この子は――」
ふと言葉が止まった。どうしたのだろうと黙って続きを待ったが、紫はうーんとかうめいてそれ以上進めようとしない。しばらく見てると、どうやらコードネームがでてこないらしいということが感じられた。
そうこうしている間も、橙はお菓子を食べたいらしく尻尾がウズウズしている。
呆れ顔でつぶやく。
「チェンでいいじゃない。お菓子は食べていいわよ」
「わぁい、ありがとう」
「……そうね。この子は紅魔館にもよく遊びにいっているようだから、内部の構造に詳しいわ。設備について色々アドバイスできるはず」
橙(そのまま)がむしゃむしゃと練り物をほおばっている横で、紫が茶碗をいじりつつ説明した。
幽々子はひょいひょいと散らばっているお菓子を口に投げ込み、モシャモシャゴクンと飲み干してお茶を一服あおった。ふぅとため息をひとつこぼしてから、立ち上がる。
「それじゃあそろそろ行きましょうか」
「潜入方法は任せるわ……頼んだわよ、スネーク」
部屋を後にしつつ、背後にひらひらと手を振って了解した意を伝える幽々子。
いや、そのときの彼女の背中は亡霊の姫、西行寺幽々子のものではない。伝説の傭兵、ユユコ=スネークとなって力強い意思を秘めていたのだった。
遠くかすむ地平線を眺め、スネークは苛烈な信念に突き動かされるように重々しく口を開いた。続く言葉が、彼女の使命の重さを伝えるだろう――
「食欲をもてあます」
続く。
「それで味は?」
「そうねえ、スネークなら気に入るんじゃないかしら」
「それで味は?」
「え?武器よ?それ」
「でも、食べたら美味しいかも知れないじゃない」
「うーん・・・そぉねぇ・・・」