束縛から解放されるのとほぼ全く同じタイミングで最高速まで達した。
0から1への過程を軽くスルーし、一気に10だか11だかの境地まで達すかの勢いで飛び出したので、
もし周囲に誰かいてその様を見ていれば、何があったのかと理解するのが遅れるだろう。だがそんな実際
にあったんだか無かったんだかわからんことはわからんままにして、とにかく飛び出した。
目下の障害物は空気だが空気は物質ではないので問題にはならんだろう。とは誰もが思うところだろうが、
そいつは空気すら邪魔だと言わんばかりに鋭く直線を突き抜ける。
空を切るとはこのことである。
たまたま間を歩いていたメイドは己の鼻先を、ちっ、と掠められたので一瞬後にその顔面を真っ青にした。
真っ青だが血は通っているので掠った辺りから血が少量出て、青い顔と対比をなす赤色として流れた。
が、いずれにせよその血が出るまでの間はそいつにとってアクビを隠せない遅さだしそもそも関係無い。
偶然で不運にも間を通ったメイドは彼女を含めて3人ほどいた(しかも、眼前僅か数ミリかそこらを通過した)
ため、本日の度肝は最低でも3人分引っこ抜かれたことになるが、余談。
然る後、彼女らは惚けたりへたり込んだりワンテンポ送れた悲鳴を上げるのだが、当然それらの反応が生
ずる前にそいつは空を塵を景色を色を音を振り切ったり裂いたり貫いたりしてつまり飛行。
目前に窓がある。窓は小ネズミ一匹通れるか否かという程ほんの少しの幅しか開いていないので、そこで
止まるかと思われたが当然そんなことはなく、そんなもの元々通り抜けることが約束されていたかのように、
小ネズミなど遥か遥かの遥かに凌駕する鋭さと繊細さでその隙間を縫い通る。
空の青さと日光の輝きをその身に映し出す。
と思う間も無く、降り注いできた日の光はキラリといった申し訳程度の反射で流し、そいつは速度を一切
緩めずふと吹いた一陣の風なんぞより速く細く尚も飛行。
虚ろな顔でコックリコックリ首を動かしている緑の服を着た赤毛の女がいて、それが目標である。
コックリ二往復目で彼女の頭が上がった瞬間をまさに狙っていたとばかりにそいつは突撃。
以上の軌跡を以って十六夜咲夜が室内より放ったナイフは門前で居眠りしていた紅美鈴の額に突き刺さった。
この間、実に0.4秒。