** 注意:このSSには特定キャラに対して失礼な表現が含まれています **
わら 【藁】
稲・麦などの茎をかわかしたもの。
「―製品」「―をも掴む思い」
[1]
――それに気付けたのは、長年鍛えた眼力あってこそかもしれない。
夜中に人目を避けるようにして飛ぶ、黒服の妖精たちの一群。
手に手にもったロープで重たそうな包みを吊り下げながら、一直線に飛んでいく。
本来、彼岸の妖精たちが他所に出てくることなどない。文は、幸運に感謝しながらカメラを構え……ファインダー越しに、それが妖精ではない事に気付いた。
微かに光る糸、継ぎ目のある間接、光宿らぬ瞳。それは妖精を模して作られた魔法人形たちであった。
一際大きな人形が、その先頭に立っているのが見て取れた。服は変わっているが、それは上海人形。そして進む方角も魔法の森。
「夜空を駆ける、人形輸送隊……記事になるかしら?」
これはこれで珍しいと、文は思った。森の人形遣いは、宅配サービスでも始めたのだろうか? それともこれは事件なのだろうか?
出来ればここで直接取材したい所だが、残念ながら人形に複雑な受け答えは出来ない。自由に動いているように見えるが、自律している訳ではないのだ。
組み込まれた複雑な式と命令に基づいて動いているだけ。取材するなら術者本人にしなければならない。
……色々な意味で面倒そう、もう帰って寝たい。一瞬そう思ったが、ネタを前に引き下がるようでは新聞記者は勤まらない。
「今日は骨折り損だったし。もう一頑張りしますか」
たまには微笑ましいネタも欲しい所。そうと決まればネタ目指して一直線、文はその後を追いかけることにした。
付かず離れず、森の中を低空飛行し、撮影に最適な木陰を探す文。あまり近づきすぎると発見されるが、大きく撮れてなければ写真の価値は下がる。
今回は被写体が小さい為、普段よりも接近した場所に陣取ることにした。しかしそれが、間違いの始まりだったのかもしれない。
昔の人はよく言ったものである。好奇心猫を殺す、と。
メルヘンチックな雰囲気は、包みから大量の藁が出てきた時に終わりを告げた。同時に、文は自分が厄介事に首を突っ込んでしまった事を悟る。
微笑ましい所の話ではない。カーテンの隙間から見えたのは、蝋燭こそささっていないものの鉢巻を締め、凄い勢いで藁を束ねていく人形遣い。
そして床に積み重ねられた、いくつもの巨大藁人形。何とも言えない禍々しい妖気が、ここからでも肌で感じとれる。鳥肌が立ちそうだ。
(まさか、呪殺事件!?)
それはどこか、全然別の場所で感じたことのあるような気もしたが……記憶の奥底に封印されているらしく、どうしても思い出せない。
思い出してはいけない記憶なのだろう。ただ連想させるものは目の醒めるような赤、そして死のイメージ。
それはほんの数分程度だったのかもしれない、だが文には一時間以上は過ぎたように感じられた。
みっともない事に、カメラが震えている。汗で手が滑りそうになった。新米記者じゃあるまいし、と我ながら情けないと思う文。
決定的瞬間を待つべきか、それとも今日は退くべきか。
――しかし迷う前に、致命的な瞬間が訪れた。
激しい羽音、葉をこする音。ついに緊張に耐え切れなくなった、お供の鴉が逃げ出したのだ。
いくら作業に夢中でも、それに気付かれない訳もなく。振り向いた人形遣いの目は、緋色。まるで狂気の瞳だった。確かにこちらを見ている。
(そうそう、ちょうどこんな色で……え?)
弾けるような音と共に、一気に窓が開かれる。貫くような視線、凍りつく空気、館中の人形たちが殺到してくる、ような気がした。
このままではマズい。何か喋らないといけないのに、でも口が震えて言葉が出てこない。ただ乾いた笑みが浮かぶだけだ。
文は、大ガマを前にしたチルノの気持ちが良く分かったような気がした。
「……見 た わ ね ?」
交渉不能。押し殺したような暗く冷たい声に、文は全身の血が逆流したような感覚を覚えた。生存本能は、全力で逃げろと叫んでいる。
何かがおかしい時は、深追いしない。文は一度だけ目くらまし代わりにフラッシュ撮影し、修羅場から退散した。
[2]
――その翌日。よく晴れた昼の空を、箒にまたがり飛んでいく古風な魔法使いの姿があった。
2つの球型魔力増幅器を従え、戦争にでも行くかような重武装で身を固めて一直線に飛んでいく。
懐には空戦・陸戦両方のスペルカードとミニ八卦炉、ポーチには各種薬瓶を満載し、手には今日配られたばかりの『文々。新聞』が握っている。
文面に踊るのは『恐怖再び、巨大藁人形の呪い!?』のタイトルと、時期外れの怪談紛いな記事。
進む方角は魔法の森、人形館。
(あの馬鹿、また……)
内心、悪態を付く魔理沙。
以前にも、アリスは丑の刻参りの真似をし、それが記事に載った事があった。周囲にどう反応されたかは推して知るべし。
妙な真似は止めとけと言ったのだが、どうやら聞く耳もたなかったようだ。一部では藁人形を弾幕にしていたという噂まで聞かれる。
今回も、本当は関わらないのが賢明なのだろう。しかし、同業者でお隣さんでは放っておく訳にも行かなかった。下手するとこっちまで飛び火しかねない。
(私も本当、お人好しだよな)
嫌な用事はすぐ終わらせてしまおうとばかりに、到着してすぐに玄関のドアを叩く魔理沙。ノックというには少々乱暴だが、普段通りなので気にはしない。
ただ問題は、館の主も普段通りかどうかである。魔理沙は最悪、扉越しに撃たれる可能性も考え、扉の死角に隠れて待つ。
だがそれは考えすぎだった。
「は~い、マーガトロイド工房で……あら、魔理沙。いらっしゃい」
館の主は意外に上機嫌で、一悶着あると覚悟していた魔理沙は面食らってしまった。普段も無愛想で、いらっしゃいなどと言われた記憶が無いからだ。
確かに記事の通り赤い目をしているが、爆発寸前と言う感じはしなかった。
(もしかして、私は騙されている? だとしたらどっちに?)
「……沙。ちょっと、聞いてる?」
思わず自分の世界にトリップしていた魔理沙は、慌てて現実世界に戻る。
「え、あ、よおアリス、だよな?」
「貴女は何を言っているの? どう見たって本人じゃない」
「いやまぁ。それはそうと、ちょっと訊きたい事があってな」
「仕事中だからあまり時間取れないけど、何かしら?」
「……お前、今日の新聞読んでないのか?」
「ウチには届いていないわ、内容は予想できるけどね。まあ立ち話も何だし、上がって頂戴」
居間へと招かれた魔理沙は内心思う。本当は記事の内容分かっていないんじゃないだろうか? もしくは勘違いしているんじゃないだろうか?
このまま誤魔化して、適当にお喋りして帰りたい所だが。目的は事実を確認しにきたのであって、世間話をしにきたのではない。
機嫌を損ねないためには、どうやって切り出したらよいものか。魔理沙が悩んでいる内に、アリスが紅茶を持ってきた。
[3]
「……なあ、アリス。また、藁人形なのか?」
「その紅茶はサービスだから、まずは落ち着いて飲んで欲しいの」
結局何も思い浮かばなかった魔理沙は、自分らしくストレートに聞いてみることにした。
しかしペースが掴めず、仕方なくぬるくなった紅茶をちびちびと啜る。次に何と言われるかを警戒してばかりで、味なんて良く分からなかった。
アリスはややあって、再び口を開いた。
「そう、またなの。ごめんなさいね」
「妙な真似は止めろって言ったよな?」
普段ならここで、売り文句に買い文句で、弾幕ごっこになるのだが。今日のアリスはどうしても平穏に解決したかったらしい。
「仏の顔も、って言うしね。でも私は誰も呪っていないし、呪う真似もしてないわ」
言い訳するより、実際に見てもらったほうが早いから。そう続けて魔理沙を、普段は絶対立ち入らせない作業室へ招き入れた。
そこで見たものは床中に散らばった藁。そして1/1スケールの藁人形の山だった。十数体はあると思われる。
しかも真下から串刺しにされている、それはまるで串刺し公か何かを連想させた。満月の夜に見たらさぞかし怖いことだろう。
なけなしの幻視力をフル稼働させても、魔理沙にはそれから何の魔力も感じ取ることが出来なかった。それが却って不気味さを強調していた。
「……これを見てどうコメントしろと?」
「貴女はきっと、言葉では言い表せない『カリスマ』みたいな物を感じたと思うの」
「お前は何を言っているんだ? どう見たって文のほうが正しいんだが」
魔理沙は急に不安になった。ダメだ、会話が噛みあっていない。アリスはついにおかしくなってしまったのだろうか?
そういえばさっき飲んだ紅茶、本当に大丈夫だったのだろうか? 念のため薬鞄に手を伸ばす、しかしその必要は無かったようだった。
「あのね。藁人形=呪いは、短絡的すぎよ」
「じゃあ何だって言うんだよ」
「本当に、分からない?」
小首をかしげて、不思議そうに魔理沙の顔を覗き込むアリス。
その表情から悪意は読み取れなかったが、負けん気の強い魔理沙は何となく面白くなかった。
しばらく考え込んだアリスは、やがて一つの提案を持ちかけた。
「じゃあ、試しに当ててみない?」
「当たったら何をくれる?」
「正解でたら、そうね、夕御飯奢るわ。でも、3回外したら仕事手伝いなさいよ」
「OK、乗った」
付き合いは短くないし、藁人形にそうそう使い道なんて無い。魔法使いを自負する魔理沙には、さすがに当てられる自信があった。
しかしすぐに、その考えが甘かったことを思い知る。
「呪いじゃないとするとあれだな、抗呪用の身代わり人形だ」
「外れ。それは短絡的すぎるって、さっきも言ったじゃない」
「じゃあ、大型サクリファイス用」
「違う。弾幕とも関係ないわよ。もっとこう、明るい発想は出来ないの?」
お前が言うか。思わず口を突いて出そうになった言葉を、魔理沙は必死で飲み込んだ。
せっかく穏便に解決できそうなのに、ここで下手に刺激して暴力沙汰になるのも嫌だった。
「藁人形で、どうやって明るくなれるんだよ。難しすぎるぜ、ヒントないのか?」
「そうねぇ。私よりも、貴女のほうがよっぽど縁があるものよ」
「ますます分からないぜ」
考えられる手は尽きたし、覚えてもいないものが思い出せるはずも無く、ヒントも頼りないとなれば。魔理沙は姑息な手を使うことにした。
「ギブアップ?」
「いや待て。間接が無い以上ゴーレムの訳無いし、納豆を作るでもないし……ええと」
「独り言装って、私の表情読むのはダメ」
しかしそれはすぐ読まれてしまう。こうなった以上、もう何か答えない訳にはいかなくなってしまった。
どうせ外れるだろうと思いながら、魔理沙はあてずっぽうを言ってみる。
「あれだ、射的の的。もしくは剣豪がよく叩き切ったりする奴だ」
「はい、失格。わざとやってるでしょ?」
「わざわざ罰ゲームやるほど酔狂じゃないぜ」
肩をすくめる魔理沙に、アリスは哀れみの目を向けた。
「まったくもう。案山子よ、カ・カ・シ」
[4]
「へ?」
「自国の文化に無頓着すぎるわよ。見た事無いの?」
目を丸くする魔理沙、反面アリスは呆れた口調だ。
「なんだ、そんな物だったのかよ。全く人騒がせだな」
「そっちが勝手に騒いだだけじゃない。それに私だって、頼まれなければ作らないわよ」
「誰だよ、こんなの頼んだの?」
「依頼人の情報は漏らせないわ。まあ、想像するのは勝手だけどね」
森の人形遣いに面識がある者などそう多くは無いし、その中で農家と関わりがあり、なおかつ人間贔屓な奴といったら一人しか居ない。
魔理沙には、変な帽子を被った半獣の姿がすぐ幻視できた。
「何ていうか、都会派の仕事じゃないぜ」
「だから、私には縁が無いって言ったじゃない」
「あれじゃヒントになってないぜ。オズの魔法使い、ぐらい言えないのか?」
「それじゃ答えそのものじゃない。ともあれ、呪うばかりが藁人形じゃない、そう知って欲しくて引き受けたの」
「それならそうと、文にも説明すれば良かったのに。どうして脅かしたんだよ?」
「徹夜で修羅場中に覗かれれば、誰だって愛想悪くならない? 術式組み直しだったし、材料足りなくなるし……」
アリスの愚痴を半分聞き流しながら、魔理沙は一人納得していた。
目が赤かったのは怒りからではなく、疲れで充血していただけ。先ほど妙に機嫌が良かったのは、徹夜明けでハイになっていただけ。
幽霊の正体見たり枯れ尾花、分かってしまえばどうという事はない物だったのだ。幻想郷はまだまだ平和のようである。
「もういい、分かったよ。何なら、今なら文の所へ行くか? まだ訂正記事も間に合うはずだ」
「ん~。気が変わったから、このまま放っておくわ」
「よし、善は急……え?」
これで後は、早とちり記者に訂正記事を出させれば、事件のオチとして十分。そう思っていた魔理沙は、意外な返答にまた目を丸くした。
一瞬聞き間違えかと思ったが、そうでもないらしい。
「せっかくの評判だもの、利用しない手はないじゃない」
「ちゃんと記事読んだのか? 呪いの人形扱いだぞ、それでいいのか?」
「落ち着いてよく考えてみて。貴女が畑泥棒だったら、そんな物があったらどう思う?」
「さすがに案山子だって気付くだろうが、近寄りたくはないな。触らぬ神になんとやら……って、ああ、なるほど」
「そ。誤解・偏見はしばしば致命的だけど、逆手に取れば意外と役に立つものよ」
そう言って、アリスは得意気に右目を瞑って見せた。
「よく調べれば分かると思うけど、その案山子。ブラフ程度の魔力しか持ってないの。それでも、必死にやり繰りした結果よ」
「あんまり払えなかった訳か」
「ブラフは、それと分からない事にこそ意味がある。お喋り鴉に種明かししたら、意味が無くなるわ」
魔理沙は言われて気付く、そういえば文の新聞は妖怪用の新聞だった。記者は鴉連れだし、読者に夜雀や兎がいる。
そこで大々的に訂正記事を流せば、確かに今回の汚名は晴らせるかもしれない。しかしせっかく作った魔法案山子の正体もばれてしまうだろう。
そうなれば、配下の鳥や獣たちは全く怖がらなくなってしまう。農作物にどれぐらいの被害が出るか、分かったものではない。
逆にこのままにしておけば、脅しの効果は抜群だろう。獣はおろか、人間でも妖怪でも追い払えそうである。
「でもこのままだと、お前。勘違いされたままだぞ?」
「いいじゃない、本当は違うんだし」
「世間にとって大事なのは『本当はどうか』じゃなくて『どういう事になっているか』なんだが」
「分かる人だけ分かれば、それで十分よ」
「人は、言わなきゃ分からない物だぜ? それに文だってプロだ、話せば悪いようにはしないと思うんだが」
目を瞑って黙り込んだアリスは、内心迷っているようだった。しかし結論は変わらず、ややあって静かに頭を振った。
「……興味ないわ」
「お前、嘘が下手だって言われた事無いか?」
「う、うるさいわね。とにかく負けたんだから、納品手伝いなさいよ!」
「はいはい、分かったよ」
顔を赤くし、右目だけで睨み付けてくるアリスに、魔理沙は内心溜息をついた。
だが何とかしようにも、この後に口止めされるのは目に見えている。出来るのは、せめて今年は豊作である事を祈る事だけだった。
「……ちなみにアリス、誰にも言わないから教えてくれ。ブラフ程度って、一体何の魔法を込めたんだ?」
「ちょっとした幻覚魔法よ、とある人の気配を真似るの。ミスティア見てて、これしか無いって思ったわ」
[FIN]
わら 【藁】
稲・麦などの茎をかわかしたもの。
「―製品」「―をも掴む思い」
[1]
――それに気付けたのは、長年鍛えた眼力あってこそかもしれない。
夜中に人目を避けるようにして飛ぶ、黒服の妖精たちの一群。
手に手にもったロープで重たそうな包みを吊り下げながら、一直線に飛んでいく。
本来、彼岸の妖精たちが他所に出てくることなどない。文は、幸運に感謝しながらカメラを構え……ファインダー越しに、それが妖精ではない事に気付いた。
微かに光る糸、継ぎ目のある間接、光宿らぬ瞳。それは妖精を模して作られた魔法人形たちであった。
一際大きな人形が、その先頭に立っているのが見て取れた。服は変わっているが、それは上海人形。そして進む方角も魔法の森。
「夜空を駆ける、人形輸送隊……記事になるかしら?」
これはこれで珍しいと、文は思った。森の人形遣いは、宅配サービスでも始めたのだろうか? それともこれは事件なのだろうか?
出来ればここで直接取材したい所だが、残念ながら人形に複雑な受け答えは出来ない。自由に動いているように見えるが、自律している訳ではないのだ。
組み込まれた複雑な式と命令に基づいて動いているだけ。取材するなら術者本人にしなければならない。
……色々な意味で面倒そう、もう帰って寝たい。一瞬そう思ったが、ネタを前に引き下がるようでは新聞記者は勤まらない。
「今日は骨折り損だったし。もう一頑張りしますか」
たまには微笑ましいネタも欲しい所。そうと決まればネタ目指して一直線、文はその後を追いかけることにした。
付かず離れず、森の中を低空飛行し、撮影に最適な木陰を探す文。あまり近づきすぎると発見されるが、大きく撮れてなければ写真の価値は下がる。
今回は被写体が小さい為、普段よりも接近した場所に陣取ることにした。しかしそれが、間違いの始まりだったのかもしれない。
昔の人はよく言ったものである。好奇心猫を殺す、と。
メルヘンチックな雰囲気は、包みから大量の藁が出てきた時に終わりを告げた。同時に、文は自分が厄介事に首を突っ込んでしまった事を悟る。
微笑ましい所の話ではない。カーテンの隙間から見えたのは、蝋燭こそささっていないものの鉢巻を締め、凄い勢いで藁を束ねていく人形遣い。
そして床に積み重ねられた、いくつもの巨大藁人形。何とも言えない禍々しい妖気が、ここからでも肌で感じとれる。鳥肌が立ちそうだ。
(まさか、呪殺事件!?)
それはどこか、全然別の場所で感じたことのあるような気もしたが……記憶の奥底に封印されているらしく、どうしても思い出せない。
思い出してはいけない記憶なのだろう。ただ連想させるものは目の醒めるような赤、そして死のイメージ。
それはほんの数分程度だったのかもしれない、だが文には一時間以上は過ぎたように感じられた。
みっともない事に、カメラが震えている。汗で手が滑りそうになった。新米記者じゃあるまいし、と我ながら情けないと思う文。
決定的瞬間を待つべきか、それとも今日は退くべきか。
――しかし迷う前に、致命的な瞬間が訪れた。
激しい羽音、葉をこする音。ついに緊張に耐え切れなくなった、お供の鴉が逃げ出したのだ。
いくら作業に夢中でも、それに気付かれない訳もなく。振り向いた人形遣いの目は、緋色。まるで狂気の瞳だった。確かにこちらを見ている。
(そうそう、ちょうどこんな色で……え?)
弾けるような音と共に、一気に窓が開かれる。貫くような視線、凍りつく空気、館中の人形たちが殺到してくる、ような気がした。
このままではマズい。何か喋らないといけないのに、でも口が震えて言葉が出てこない。ただ乾いた笑みが浮かぶだけだ。
文は、大ガマを前にしたチルノの気持ちが良く分かったような気がした。
「……見 た わ ね ?」
交渉不能。押し殺したような暗く冷たい声に、文は全身の血が逆流したような感覚を覚えた。生存本能は、全力で逃げろと叫んでいる。
何かがおかしい時は、深追いしない。文は一度だけ目くらまし代わりにフラッシュ撮影し、修羅場から退散した。
[2]
――その翌日。よく晴れた昼の空を、箒にまたがり飛んでいく古風な魔法使いの姿があった。
2つの球型魔力増幅器を従え、戦争にでも行くかような重武装で身を固めて一直線に飛んでいく。
懐には空戦・陸戦両方のスペルカードとミニ八卦炉、ポーチには各種薬瓶を満載し、手には今日配られたばかりの『文々。新聞』が握っている。
文面に踊るのは『恐怖再び、巨大藁人形の呪い!?』のタイトルと、時期外れの怪談紛いな記事。
進む方角は魔法の森、人形館。
(あの馬鹿、また……)
内心、悪態を付く魔理沙。
以前にも、アリスは丑の刻参りの真似をし、それが記事に載った事があった。周囲にどう反応されたかは推して知るべし。
妙な真似は止めとけと言ったのだが、どうやら聞く耳もたなかったようだ。一部では藁人形を弾幕にしていたという噂まで聞かれる。
今回も、本当は関わらないのが賢明なのだろう。しかし、同業者でお隣さんでは放っておく訳にも行かなかった。下手するとこっちまで飛び火しかねない。
(私も本当、お人好しだよな)
嫌な用事はすぐ終わらせてしまおうとばかりに、到着してすぐに玄関のドアを叩く魔理沙。ノックというには少々乱暴だが、普段通りなので気にはしない。
ただ問題は、館の主も普段通りかどうかである。魔理沙は最悪、扉越しに撃たれる可能性も考え、扉の死角に隠れて待つ。
だがそれは考えすぎだった。
「は~い、マーガトロイド工房で……あら、魔理沙。いらっしゃい」
館の主は意外に上機嫌で、一悶着あると覚悟していた魔理沙は面食らってしまった。普段も無愛想で、いらっしゃいなどと言われた記憶が無いからだ。
確かに記事の通り赤い目をしているが、爆発寸前と言う感じはしなかった。
(もしかして、私は騙されている? だとしたらどっちに?)
「……沙。ちょっと、聞いてる?」
思わず自分の世界にトリップしていた魔理沙は、慌てて現実世界に戻る。
「え、あ、よおアリス、だよな?」
「貴女は何を言っているの? どう見たって本人じゃない」
「いやまぁ。それはそうと、ちょっと訊きたい事があってな」
「仕事中だからあまり時間取れないけど、何かしら?」
「……お前、今日の新聞読んでないのか?」
「ウチには届いていないわ、内容は予想できるけどね。まあ立ち話も何だし、上がって頂戴」
居間へと招かれた魔理沙は内心思う。本当は記事の内容分かっていないんじゃないだろうか? もしくは勘違いしているんじゃないだろうか?
このまま誤魔化して、適当にお喋りして帰りたい所だが。目的は事実を確認しにきたのであって、世間話をしにきたのではない。
機嫌を損ねないためには、どうやって切り出したらよいものか。魔理沙が悩んでいる内に、アリスが紅茶を持ってきた。
[3]
「……なあ、アリス。また、藁人形なのか?」
「その紅茶はサービスだから、まずは落ち着いて飲んで欲しいの」
結局何も思い浮かばなかった魔理沙は、自分らしくストレートに聞いてみることにした。
しかしペースが掴めず、仕方なくぬるくなった紅茶をちびちびと啜る。次に何と言われるかを警戒してばかりで、味なんて良く分からなかった。
アリスはややあって、再び口を開いた。
「そう、またなの。ごめんなさいね」
「妙な真似は止めろって言ったよな?」
普段ならここで、売り文句に買い文句で、弾幕ごっこになるのだが。今日のアリスはどうしても平穏に解決したかったらしい。
「仏の顔も、って言うしね。でも私は誰も呪っていないし、呪う真似もしてないわ」
言い訳するより、実際に見てもらったほうが早いから。そう続けて魔理沙を、普段は絶対立ち入らせない作業室へ招き入れた。
そこで見たものは床中に散らばった藁。そして1/1スケールの藁人形の山だった。十数体はあると思われる。
しかも真下から串刺しにされている、それはまるで串刺し公か何かを連想させた。満月の夜に見たらさぞかし怖いことだろう。
なけなしの幻視力をフル稼働させても、魔理沙にはそれから何の魔力も感じ取ることが出来なかった。それが却って不気味さを強調していた。
「……これを見てどうコメントしろと?」
「貴女はきっと、言葉では言い表せない『カリスマ』みたいな物を感じたと思うの」
「お前は何を言っているんだ? どう見たって文のほうが正しいんだが」
魔理沙は急に不安になった。ダメだ、会話が噛みあっていない。アリスはついにおかしくなってしまったのだろうか?
そういえばさっき飲んだ紅茶、本当に大丈夫だったのだろうか? 念のため薬鞄に手を伸ばす、しかしその必要は無かったようだった。
「あのね。藁人形=呪いは、短絡的すぎよ」
「じゃあ何だって言うんだよ」
「本当に、分からない?」
小首をかしげて、不思議そうに魔理沙の顔を覗き込むアリス。
その表情から悪意は読み取れなかったが、負けん気の強い魔理沙は何となく面白くなかった。
しばらく考え込んだアリスは、やがて一つの提案を持ちかけた。
「じゃあ、試しに当ててみない?」
「当たったら何をくれる?」
「正解でたら、そうね、夕御飯奢るわ。でも、3回外したら仕事手伝いなさいよ」
「OK、乗った」
付き合いは短くないし、藁人形にそうそう使い道なんて無い。魔法使いを自負する魔理沙には、さすがに当てられる自信があった。
しかしすぐに、その考えが甘かったことを思い知る。
「呪いじゃないとするとあれだな、抗呪用の身代わり人形だ」
「外れ。それは短絡的すぎるって、さっきも言ったじゃない」
「じゃあ、大型サクリファイス用」
「違う。弾幕とも関係ないわよ。もっとこう、明るい発想は出来ないの?」
お前が言うか。思わず口を突いて出そうになった言葉を、魔理沙は必死で飲み込んだ。
せっかく穏便に解決できそうなのに、ここで下手に刺激して暴力沙汰になるのも嫌だった。
「藁人形で、どうやって明るくなれるんだよ。難しすぎるぜ、ヒントないのか?」
「そうねぇ。私よりも、貴女のほうがよっぽど縁があるものよ」
「ますます分からないぜ」
考えられる手は尽きたし、覚えてもいないものが思い出せるはずも無く、ヒントも頼りないとなれば。魔理沙は姑息な手を使うことにした。
「ギブアップ?」
「いや待て。間接が無い以上ゴーレムの訳無いし、納豆を作るでもないし……ええと」
「独り言装って、私の表情読むのはダメ」
しかしそれはすぐ読まれてしまう。こうなった以上、もう何か答えない訳にはいかなくなってしまった。
どうせ外れるだろうと思いながら、魔理沙はあてずっぽうを言ってみる。
「あれだ、射的の的。もしくは剣豪がよく叩き切ったりする奴だ」
「はい、失格。わざとやってるでしょ?」
「わざわざ罰ゲームやるほど酔狂じゃないぜ」
肩をすくめる魔理沙に、アリスは哀れみの目を向けた。
「まったくもう。案山子よ、カ・カ・シ」
[4]
「へ?」
「自国の文化に無頓着すぎるわよ。見た事無いの?」
目を丸くする魔理沙、反面アリスは呆れた口調だ。
「なんだ、そんな物だったのかよ。全く人騒がせだな」
「そっちが勝手に騒いだだけじゃない。それに私だって、頼まれなければ作らないわよ」
「誰だよ、こんなの頼んだの?」
「依頼人の情報は漏らせないわ。まあ、想像するのは勝手だけどね」
森の人形遣いに面識がある者などそう多くは無いし、その中で農家と関わりがあり、なおかつ人間贔屓な奴といったら一人しか居ない。
魔理沙には、変な帽子を被った半獣の姿がすぐ幻視できた。
「何ていうか、都会派の仕事じゃないぜ」
「だから、私には縁が無いって言ったじゃない」
「あれじゃヒントになってないぜ。オズの魔法使い、ぐらい言えないのか?」
「それじゃ答えそのものじゃない。ともあれ、呪うばかりが藁人形じゃない、そう知って欲しくて引き受けたの」
「それならそうと、文にも説明すれば良かったのに。どうして脅かしたんだよ?」
「徹夜で修羅場中に覗かれれば、誰だって愛想悪くならない? 術式組み直しだったし、材料足りなくなるし……」
アリスの愚痴を半分聞き流しながら、魔理沙は一人納得していた。
目が赤かったのは怒りからではなく、疲れで充血していただけ。先ほど妙に機嫌が良かったのは、徹夜明けでハイになっていただけ。
幽霊の正体見たり枯れ尾花、分かってしまえばどうという事はない物だったのだ。幻想郷はまだまだ平和のようである。
「もういい、分かったよ。何なら、今なら文の所へ行くか? まだ訂正記事も間に合うはずだ」
「ん~。気が変わったから、このまま放っておくわ」
「よし、善は急……え?」
これで後は、早とちり記者に訂正記事を出させれば、事件のオチとして十分。そう思っていた魔理沙は、意外な返答にまた目を丸くした。
一瞬聞き間違えかと思ったが、そうでもないらしい。
「せっかくの評判だもの、利用しない手はないじゃない」
「ちゃんと記事読んだのか? 呪いの人形扱いだぞ、それでいいのか?」
「落ち着いてよく考えてみて。貴女が畑泥棒だったら、そんな物があったらどう思う?」
「さすがに案山子だって気付くだろうが、近寄りたくはないな。触らぬ神になんとやら……って、ああ、なるほど」
「そ。誤解・偏見はしばしば致命的だけど、逆手に取れば意外と役に立つものよ」
そう言って、アリスは得意気に右目を瞑って見せた。
「よく調べれば分かると思うけど、その案山子。ブラフ程度の魔力しか持ってないの。それでも、必死にやり繰りした結果よ」
「あんまり払えなかった訳か」
「ブラフは、それと分からない事にこそ意味がある。お喋り鴉に種明かししたら、意味が無くなるわ」
魔理沙は言われて気付く、そういえば文の新聞は妖怪用の新聞だった。記者は鴉連れだし、読者に夜雀や兎がいる。
そこで大々的に訂正記事を流せば、確かに今回の汚名は晴らせるかもしれない。しかしせっかく作った魔法案山子の正体もばれてしまうだろう。
そうなれば、配下の鳥や獣たちは全く怖がらなくなってしまう。農作物にどれぐらいの被害が出るか、分かったものではない。
逆にこのままにしておけば、脅しの効果は抜群だろう。獣はおろか、人間でも妖怪でも追い払えそうである。
「でもこのままだと、お前。勘違いされたままだぞ?」
「いいじゃない、本当は違うんだし」
「世間にとって大事なのは『本当はどうか』じゃなくて『どういう事になっているか』なんだが」
「分かる人だけ分かれば、それで十分よ」
「人は、言わなきゃ分からない物だぜ? それに文だってプロだ、話せば悪いようにはしないと思うんだが」
目を瞑って黙り込んだアリスは、内心迷っているようだった。しかし結論は変わらず、ややあって静かに頭を振った。
「……興味ないわ」
「お前、嘘が下手だって言われた事無いか?」
「う、うるさいわね。とにかく負けたんだから、納品手伝いなさいよ!」
「はいはい、分かったよ」
顔を赤くし、右目だけで睨み付けてくるアリスに、魔理沙は内心溜息をついた。
だが何とかしようにも、この後に口止めされるのは目に見えている。出来るのは、せめて今年は豊作である事を祈る事だけだった。
「……ちなみにアリス、誰にも言わないから教えてくれ。ブラフ程度って、一体何の魔法を込めたんだ?」
「ちょっとした幻覚魔法よ、とある人の気配を真似るの。ミスティア見てて、これしか無いって思ったわ」
[FIN]
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(,.r-/_Q_r-i
i ノルハノリノノ
ルl.リ_゚ ヮ゚ノリ
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`'-r_,ィ_ァ'
>七死さん、名前がない以下略さん
正解っ。
>ななしさん
正解です~。ちょっと悪ふざけが過ぎたかもしれません(汗)
>Aさん
申し訳無いです~。でもあんまりだったので封印したネタもありまして。
実は案山子、昔は『かがし(嗅がし)』だったそうです。
獣肉・魚の頭・毛髪を焼いて串刺して立て、『悪臭』で追い払ったそうです。
……これ以上は言わぬが花、ですよね?(全ての人にごめんなさいorz)