紅。真っ赤に染まる彼女の周り。目の前にはうつ伏せに浮かぶ七色の人形遣い。白い霞と鮮血の対比。
「アリス!」
叫ぶ。自分を包み隠していたタオルのことなど気にせず湯の中を必死で走る。しかし、抵抗が強く思うように進まない。
「起きろ……。起きろよアリス!」
彼女の願いは無慈悲にも届かず、微動だにしない肉塊がただ漂うのみ。普段はただアリスの反応がおもしろくて、それだけのために迷惑だと知りつつ、いや、迷惑なのを知ってる上で敢えてちょっかいを出していた。そんな大した仲だと思っていなかった。
だが、今目の前でその命の灯火の揺らめきが、微かな光が消えようとしている。
「アリスーっ! 誰が……誰がこんなことを!」
☆ミ
「よう、遊びに来たぜ」
「はあ、あんたも暇ね。いいかげん色々と返しなさいよ」
「私が死んだら返してやるよ」
魔理沙がアリスの家を訪れることはよくあることだ。家に来て、飯を催促して、適当に物色して、飽きたら家に帰る。ある種日課にもなっていること。
アリスが嘆息していると、上海人形を弄りながら魔理沙が言った。
「あ、そうだ。温泉行かないか?」
「温泉?」
「そうそう。この前偶然見つけたんだよ。一人で行ってもよかったんだが、友達の少ないアリスでも誘ってやろうかと思ってな」
「と、友達なら大勢いるわよ! ほら、あの、上海とか、いっぱい、ねぇ……」
「いや、それダメだろ。んで、温泉一緒に行くのか?」
「ま、まあ折角誘ってくれたんだし、行ってあげてもいいわよ?」
「じゃあ、準備したら行こうぜ」
「はいはい」
「あ、飯食ってからにしようぜ」
「わかったわよ……」
昨日の残り物のシチューを温めてテーブルの上に出す。
この後の温泉の話を混ぜたり、幻想郷で起こった珍事や、最近の研究成果などを隠し味にとる食事。
案外、この二人での食事の時間を悪くないな、と最近感じるようになっていたアリスだった。
「何笑ってるんだ?」
知らず笑みがこぼれていたようだ。
「別にー」
「気持ち悪いぞ」
「やかましい」
しかし、まさかこの後あんなことになるなんて彼女は知る由もなかった。
☆ミ
準備をして魔理沙の案内の下、温泉へと向かう。
目的地にはすぐに着いた。そこには何故かしっかりと整備された温泉があった。
檜で囲われているようでいい香りがする。屋根までしっかりと設置されていて、雨の日対策もバッチリなようだ。
「しっかりしてるわね」
「だろ? 見つけたときは驚いたぜ」
「というか、どう見ても誰かの所有物よね。勝手に入っていいのかしら?」
「大丈夫だって。名前書いてないから。その時点で所有者はいないってこと。落し物だって名前書いてなかったらネコババするだろ?」
「あんたの場合、名前書いてあっても消しそうで怖いわ。あと、その考え間違ってるからね」
「ごちゃごちゃうるさいなぁ。なんだ、怖いのか?」
「別にそういうわけじゃ」
「やーいビビリー。チキンー。鳥ー」
「うっさいわね! 入るわよ! 入ればいいんでしょ!」
なんだか魔理沙にのせられた気がしないでもない。まあ、それでもいいかと服を脱ぎながら思うアリス。
タオルを体に巻き、体を慣らすために桶にお湯を入れて全身にかける。ちょっと熱いかなと思うが、そこは温泉だ。熱いぐらいがちょうどいい。
足からゆっくりと湯船に入れていく。体全体が入ったところで思わず溜息が漏れた。
「んはぁー」
「おばさんだな」
「黙れ。ってなんであんた服脱いでないのよ?」
「いや、ほら、なんか恥ずかしくないか?」
「自分から誘っといて何言ってるのよ」
「だってよー」
顔を赤らめてモジモジする魔理沙。そんなありえない光景にドキっとしてしまった。意外とかわいいところもあるじゃないかと。しかし、考えてみよう。これは普段の仕返しをするチャンスなんじゃないだろうか?
「アリス」
「何?」
「変なこと考えてないか?」
「そんなことないわよ」
「すげー悪そうな笑顔が見えたんだが」
「気のせいでしょ」
「じゃあ、なんでじりじり近づいて来るんだ?」
「気のせいでしょ」
「その手つきはなんだよ」
「癖よ」
「ちょ、うわ、おま、やめろ!」
「そりゃー!」
☆ミ
「剥かれた……」
「そんな所で落ち込んでないでさっさとお湯に入れば? 風邪引くわよ」
「……そうする」
下着以外脱がされた魔理沙。いそいそとそれも脱ぎ捨て、タオルを体全体を覆うように巻きつける。
そして湯船に一気に入る。
「熱っ!」
「当たり前じゃない! ちょっとお湯が跳ねたじゃないの!」
「気にするな」
気付けばいつも通りの魔理沙に戻っていた。さっきまでのしおらしい魔理沙はなんだったんだか。
「んはぁー」
「おばさんね。あんただって同じ声出てるじゃない」
「まあ、それにしてもいい湯だな」
「そうねぇ。上海たちも連れてきてあげればよかったかな」
「暗いな」
「……」
魔理沙という少女。
口が悪い。男勝り。負けず嫌い。性格は捻くれてて天邪鬼。蒐集家で勝手に人の家から色んなものを盗っていく。でも、本人は借りてるだけと言う。
気付けば二人で温泉に入る仲になっている。一体自分にとって魔理沙とはどういう存在なのか?
そんな思案に耽っていると、魔理沙が突然大きく息を吸ったかと思うと、湯の中に潜り込んだ。
「ちょっと何してんのよ」
また馬鹿なことをして、と嘆息しながら見ていると中々浮かんでこない。
一体どうしたというのか? 少し心配になって魔理沙が潜っていったあたりに顔を近づけてみる。
お湯が白く濁っていてよく見えない。まさか、こんなところで溺れるわけは無いだろうが。そう思うアリスだったが流石に心配になってきた。
こうなったら自分も潜るしかないと思い、顔を湯船につけようとした瞬間だった。
アリスの顔面に何かがもの凄い勢いで迫ってきた。完全に油断していたアリスは避けることもままならず、思いっきりそれに鼻を打ち付けた。バキと鈍い音が辺りに響く。鼻骨が折れた。
余りの痛みにアリスの本能は、痛みから逃げるために意識を手放すことを選択した。
一体アリスの鼻骨バキバキにしたものとはなんだったのか?
遠のく意識の中、「一発芸、桃!」という魔理沙の声が聞こえた。
「アリス!」
叫ぶ。自分を包み隠していたタオルのことなど気にせず湯の中を必死で走る。しかし、抵抗が強く思うように進まない。
「起きろ……。起きろよアリス!」
彼女の願いは無慈悲にも届かず、微動だにしない肉塊がただ漂うのみ。普段はただアリスの反応がおもしろくて、それだけのために迷惑だと知りつつ、いや、迷惑なのを知ってる上で敢えてちょっかいを出していた。そんな大した仲だと思っていなかった。
だが、今目の前でその命の灯火の揺らめきが、微かな光が消えようとしている。
「アリスーっ! 誰が……誰がこんなことを!」
☆ミ
「よう、遊びに来たぜ」
「はあ、あんたも暇ね。いいかげん色々と返しなさいよ」
「私が死んだら返してやるよ」
魔理沙がアリスの家を訪れることはよくあることだ。家に来て、飯を催促して、適当に物色して、飽きたら家に帰る。ある種日課にもなっていること。
アリスが嘆息していると、上海人形を弄りながら魔理沙が言った。
「あ、そうだ。温泉行かないか?」
「温泉?」
「そうそう。この前偶然見つけたんだよ。一人で行ってもよかったんだが、友達の少ないアリスでも誘ってやろうかと思ってな」
「と、友達なら大勢いるわよ! ほら、あの、上海とか、いっぱい、ねぇ……」
「いや、それダメだろ。んで、温泉一緒に行くのか?」
「ま、まあ折角誘ってくれたんだし、行ってあげてもいいわよ?」
「じゃあ、準備したら行こうぜ」
「はいはい」
「あ、飯食ってからにしようぜ」
「わかったわよ……」
昨日の残り物のシチューを温めてテーブルの上に出す。
この後の温泉の話を混ぜたり、幻想郷で起こった珍事や、最近の研究成果などを隠し味にとる食事。
案外、この二人での食事の時間を悪くないな、と最近感じるようになっていたアリスだった。
「何笑ってるんだ?」
知らず笑みがこぼれていたようだ。
「別にー」
「気持ち悪いぞ」
「やかましい」
しかし、まさかこの後あんなことになるなんて彼女は知る由もなかった。
☆ミ
準備をして魔理沙の案内の下、温泉へと向かう。
目的地にはすぐに着いた。そこには何故かしっかりと整備された温泉があった。
檜で囲われているようでいい香りがする。屋根までしっかりと設置されていて、雨の日対策もバッチリなようだ。
「しっかりしてるわね」
「だろ? 見つけたときは驚いたぜ」
「というか、どう見ても誰かの所有物よね。勝手に入っていいのかしら?」
「大丈夫だって。名前書いてないから。その時点で所有者はいないってこと。落し物だって名前書いてなかったらネコババするだろ?」
「あんたの場合、名前書いてあっても消しそうで怖いわ。あと、その考え間違ってるからね」
「ごちゃごちゃうるさいなぁ。なんだ、怖いのか?」
「別にそういうわけじゃ」
「やーいビビリー。チキンー。鳥ー」
「うっさいわね! 入るわよ! 入ればいいんでしょ!」
なんだか魔理沙にのせられた気がしないでもない。まあ、それでもいいかと服を脱ぎながら思うアリス。
タオルを体に巻き、体を慣らすために桶にお湯を入れて全身にかける。ちょっと熱いかなと思うが、そこは温泉だ。熱いぐらいがちょうどいい。
足からゆっくりと湯船に入れていく。体全体が入ったところで思わず溜息が漏れた。
「んはぁー」
「おばさんだな」
「黙れ。ってなんであんた服脱いでないのよ?」
「いや、ほら、なんか恥ずかしくないか?」
「自分から誘っといて何言ってるのよ」
「だってよー」
顔を赤らめてモジモジする魔理沙。そんなありえない光景にドキっとしてしまった。意外とかわいいところもあるじゃないかと。しかし、考えてみよう。これは普段の仕返しをするチャンスなんじゃないだろうか?
「アリス」
「何?」
「変なこと考えてないか?」
「そんなことないわよ」
「すげー悪そうな笑顔が見えたんだが」
「気のせいでしょ」
「じゃあ、なんでじりじり近づいて来るんだ?」
「気のせいでしょ」
「その手つきはなんだよ」
「癖よ」
「ちょ、うわ、おま、やめろ!」
「そりゃー!」
☆ミ
「剥かれた……」
「そんな所で落ち込んでないでさっさとお湯に入れば? 風邪引くわよ」
「……そうする」
下着以外脱がされた魔理沙。いそいそとそれも脱ぎ捨て、タオルを体全体を覆うように巻きつける。
そして湯船に一気に入る。
「熱っ!」
「当たり前じゃない! ちょっとお湯が跳ねたじゃないの!」
「気にするな」
気付けばいつも通りの魔理沙に戻っていた。さっきまでのしおらしい魔理沙はなんだったんだか。
「んはぁー」
「おばさんね。あんただって同じ声出てるじゃない」
「まあ、それにしてもいい湯だな」
「そうねぇ。上海たちも連れてきてあげればよかったかな」
「暗いな」
「……」
魔理沙という少女。
口が悪い。男勝り。負けず嫌い。性格は捻くれてて天邪鬼。蒐集家で勝手に人の家から色んなものを盗っていく。でも、本人は借りてるだけと言う。
気付けば二人で温泉に入る仲になっている。一体自分にとって魔理沙とはどういう存在なのか?
そんな思案に耽っていると、魔理沙が突然大きく息を吸ったかと思うと、湯の中に潜り込んだ。
「ちょっと何してんのよ」
また馬鹿なことをして、と嘆息しながら見ていると中々浮かんでこない。
一体どうしたというのか? 少し心配になって魔理沙が潜っていったあたりに顔を近づけてみる。
お湯が白く濁っていてよく見えない。まさか、こんなところで溺れるわけは無いだろうが。そう思うアリスだったが流石に心配になってきた。
こうなったら自分も潜るしかないと思い、顔を湯船につけようとした瞬間だった。
アリスの顔面に何かがもの凄い勢いで迫ってきた。完全に油断していたアリスは避けることもままならず、思いっきりそれに鼻を打ち付けた。バキと鈍い音が辺りに響く。鼻骨が折れた。
余りの痛みにアリスの本能は、痛みから逃げるために意識を手放すことを選択した。
一体アリスの鼻骨バキバキにしたものとはなんだったのか?
遠のく意識の中、「一発芸、桃!」という魔理沙の声が聞こえた。
まあ、つまりアリスは軽く尻で沈む。
それに気付けなかったアリスが悪い。間違いない!