永遠亭から少し離れた、竹林の開けた場所。
そこで、誰かが寝転がっていた。
鈴仙・U・イナバ。
ただ一人月から逃げ出した、月の兎。
彼女はそこで、開けた空に浮かぶ満月を眺めていた。
丁度日付が変わる時間。
月は鈴仙の真上を照らしている。
鈴仙の口から、幾つか溜息が漏れる。
その紅い瞳は、虚ろな眼差し。
月兎はぼんやりと、故郷の月を眺め続けた。
そんな彼女を遠くから見る者が、ひとり。
(…………いた)
竹林の陰から、地上の兎――因幡てゐが鈴仙を観察していた。
鈴仙は月に一度、永遠亭をこっそり抜け出す。
そのことに不審を抱いたてゐは、鈴仙の後をつけることにした。
予想していた程面白い事でなく、正直がっかりだったが。
(どう、驚かせてやるかな)
鈴仙は無防備だった。
武装はしていない。全く集中もしていない。
驚かすには絶好のチャンスだった。
てゐは竹林から少し顔を出し、
「てゐ」
「!?」
てゐは逆に驚いた。
今足音を立てた?いや、そんな大きな音は立てていない。
上を向いていても、この竹林までは視界に入らないはず。
あるいは、最初から尾行に気付いていた?――
「こっちに来て」
「……………………」
黙って鈴仙の方へ歩く。
一体何を言われるのだろう――
「座って、空を見て」
てゐはそれに従い、鈴仙の隣に仰向けになった。
「地球から見るとさ」
「…………」
「月って、綺麗だよね」
「…………そうだね」
「月にいた時は、自分の星がこんなに綺麗だなんて、意識もしなかった。
離れて見て、やっとそれに気付いた」
「…………月に、戻りたいと思う?」
「そりゃ、多少はあるよ。
家族や友人もいるし、生まれ育った故郷だもん。
でも……」
「でも?」
「それでも、ここにいたい。
こんなに綺麗な月が見れるから。
地球に、幻想郷に、永遠亭に来て、本当によかった。
師匠や、姫様や、てゐがいるから」
「そう、じゃ今度からは罠三割増しにしとく」
「それは勘弁。
ってか、私に月に帰ってほしいわけ?」
二人とも、笑った。
月の兎と地上の兎を照らす満月も、笑っているように見えた。
〈終〉