時には風も穏やかなれ・・・作者: 烏錐

幻想郷のとある森林にある、一番高い杉の木の上で、一つの人影が寝そべりながら西の空を
じっと見ていた。その人影は黒い和服のようなものを身に纏っているが、その衣装はだいぶ
くたびれているのか裾の部分が所々綻んでいる。その姿はまるで黒い翼のようである。

ふと、西の空から別の人影がものすごいスピードで近づいてきた。
気の上にいた人影はその存在を確認すると寝そべっていた木から離れて、ふわりと中空に浮いた。

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「お待たせしましたー・・・って、あれ？」

主人が帰ってきた。相変わらず危ういくらいに元気な方だ。

「珍しいですね、その姿でいるのは」

「以前ご主人の取材された宵闇の妖怪に襲われたのでやむなく、です。
　本当はこの姿になるのは疲れるので嫌なのですが・・・背に腹は換えられません」

「あー、すみません。なんとなく前方に面白いことがありそうだったものですから」

「いえ、構いません。疲れるだけで、別に寿命が縮むとかそんなことではありませんから」

「そう言ってもらえると助かります。で、今日はも帰りますが、元の姿には戻らないんですか？」

「今日は風が冷たくて気持ちいいので、しばらくこのままでいようかと」

「そうですか。では、帰りましょう」

「はい」

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「・・・ところでご主人」

「はい、なんでしょう？」

「前から何度か言っているのですが、その格好はもう少し改善できませんか？」

「え、この服装ですか？何か問題でもあるでしょうか・・・」

「はい。そんなスカートで空を飛び回るのですから、下にいる存在にもう少し気を・・・」

「と言いますと？」

「早い話、下から見たらご主人の下着が丸見えではないかということです」

「そんなことですか。大丈夫ですよ、飛ぶ時は地面からはほとんど見えないくらいの高さに
　飛んでいますし、もし見られたとしても私はあまり気にしません」

「ご主人が気になさらなくても私が気にするのです・・・従者として。
　せめて・・・えーと、確か“ぶるまぁ”とか“すぱっつ”なるものを着用していただければ
　私も何も申しません。あれは香霖堂の店主曰く、下着の上に着るものだということですから」

「・・・・・・」

「・・・ご主人？」

「考えておきます。それと、あなたは以後あの店に行かないほうが良いと思います」

「？・・・ご主人がそう言うのでしたらそうしますが・・・どういうことでしょうか？」

「いえ、なんとなく危険だと私の勘が教えているものですから」

「ご主人の勘はよく当たります。以後、あの店には極力近づかないようにします」

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「その姿でいるのですから、今日はお風呂も入りますよね？」

「え、えーと・・・私はご主人の従者ですから別に入らなくても」

「ダメです。いくら水が苦手だからといって、あまり不潔なのは健康に関わります。
　・・・もちろん、今から元の姿に戻っても異議は却下します」

「はい・・・わかりました」

「・・・久しぶりですし、今日は一緒に入りましょうか。私が背中を流してあげますよ」

「そ、そんなことできません！ご主人に私の背中を流させるなど！」

「いいえ、もう決定しました。さ、お湯が沸いたら一緒に入りますよ」

「はぅ」

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「さて、明日も早いですしそろそろ寝ましょうか」

「はい、では私は外で・・・」

「ダメです。今日は一緒に同じ床で眠るのです」

「え、ちょっ、それは・・・」

「もう決めてしまいました。さ、どうぞ。いつもより少し狭いのは我慢してください」

「ご主人、私は・・・」

「早く入ってください。さすがに少し冷えてしまいそうです。それとも、あなたは自らの
　主人が湯冷めをして風邪を引いても良いとでも？」

「うぅ～」

「そうです、素直なのが一番ですよ。じゃあ、灯りを落としますね」

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「・・・ふふ・・・」

「ご主人？」

「いえ、暖かいなぁと思いまして」

「はあ・・・」

「やはり二人だからでしょうね。一緒に寝ていただいて良かったです」

「そうですか。ご主人に喜んでいただけるのなら私も嬉しいです」

「そうなんですか？」

「はい、もちろんです」

「では、私をもっと喜ばせてください」

「・・・は？」

「もっと近くに来てください。隣にあなたがいるとすぐにわかるように」

「そんなに離れてはいないと思っているのですが・・・現に私とご主人の距離は数寸・・・」

「まだ遠いです。もっと近くに来てください」

「はぅ・・・では、失礼します」

「・・・はぁ」

「・・・ご主人？」

「・・・・・・すー・・・」

「・・・ふぅ」

「ご苦労様でした・・・文様」

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翌朝、射命丸文が目を覚ますと、隣には誰もいなかった。
その代わりに隣で主人の目覚めを待っていたのは、常に文の隣にいる存在。

それは、一羽の鴉だった。

文はその鴉の嘴を軽く撫でると、

「おはようございます、今日も一日頑張りましょう」

と言って、身支度を整える。

「さて、行きましょうか！『文々。新聞』、本日も刊行ですよ！！」

その言葉に答えるように、鴉は一つ嘶いた。

今日も幻想郷には黒い風が吹く・・・