日が昇ると共に、真っ白な雪が、その光に照らされた。
この景色は、私の生まれた平安の頃と、何一つ変わるものではない。
辺りを覆う雪の褥も、竹の葉擦れの音も、それを照らし出す、東に昇る太陽も。
全て、何百年と変わらず続いてきた景色だ。
雪原が照り返す朝陽の眩しさに、私は思わず目を閉じる。
変わらないのは、景色だけではない。
こうして佇む私も、遙か千年を越える時を経て、なお変わらない。
本来なら人間は、須臾の間に逝ける生き物のはずなのに。
目の前を、それは沢山の、いくつもの季節が通り過ぎた。
幾度も幾度も巡り来た雪も、私はとうに見飽きてしまったはず。
なのに、今日の私は、珍しく早くに目が覚めた。
そして、こうして外へ出てきたのである。
見飽きた筈の雪を、見るために。
冬を迎えて鳥さえ鳴かぬ静寂の中で、私はふと、降り積もった雪を手に取った。
氷の冷たさが、指先を冷やす。
ふと、生き物の気配を感じた。
振り向くと、一匹の野兎が、こちらをじっと見ている。
私は意味もなく、その兎に微笑んで見せた。
兎はじっとこちらを見つめたまま。
私の顔から、笑顔が消えた。
手に取った雪を、力を込めて球にする。
私はそれを、兎めがけて投げつけた。
球は外れ、隣の幹にぶつかって弾けた。
兎はなおも、逃げずにこちらを見ている。
まるで、バカにするかのように。
私はもう一つ、雪の球を作った。
それをまた、兎めがけて投げつけた。
球は兎の足下を払い、降り積もった新雪をばさりと跳ね上げた。
兎は驚き、逃げていった。
兎は真っ白な雪原に一組の足跡を残して、林の奥へ消えていく。
私はそれを、じっと見ていた。
しばらくそこで、立ちつくしていた。
ふと横を見ると、小川がある。雪解けの水が、緩やかに下っていく。
私はまた、足下の雪を掬った。そして、また球を作る。
近くにせせらぐ小川、今度は球を、その水面に向けて投げつけた。
雪玉は水面を捉え、水音と共に飛沫が高く舞い上がった。
ほどなく球は水面に浮かび上がり、溶けながら下流へ流れていく。
私はまた球を作り、投げた。また飛沫が舞い、球は流れにのまれていった。
また作り、また投げた。何個も何個も作っては、小川に放った。
その度水飛沫が舞い上がり、球が溶けながら流れていった。
気付けば足の周りの雪は、すっかり無くなってしまった。
雪球を作り続けた指先は冷えすぎて、何の感覚もない。
冷たさも痛みも、何一つ感じない。
かじかんで、真っ赤に腫れていた。
私は笑った。
声を上げて笑った。
誰も居ない林の中に、私の笑い声が消えていく。
そして、涙が零れた。
どうしようもなく、涙が溢れ出て止まらなかった。
消えていく雪を見て。水になっていく雪を見て。
そして走って逃げていった、野兎の足跡を見て。
孤独な私は、涙した。
傍の幹を蹴りつける。
枝葉に乗っていた沢山の雪が粉のように、頭上から降り注いだ。
蹴った私のせいだ。私のせいで落ちた冷たい雪が、私に降りかかる。
私は、また、泣いた。
いくらか経って、私はまた、ふと横を見る。
するとそこには、沢山の笹が生えていた。
雪をかぶりながら、逞しく、朝陽を受けて緑色に輝いている。
私はかじかんだ指で、笹を一枚千切り取った。
上手く動かない冷たい指で苦労しながら、その笹の葉で小さな笹舟を作った。
それを小川に、そっと浮かべる。
舟はゆっくりと、流れに乗って、球と同じように流れていった。
私はもう一枚、笹の葉を千切った。
また苦労しながら、その指でもう一つ、笹舟を作った。
そして今度は雪を少し、舟の上に載せた。
小川にそっと浮かべる。
笹舟に乗って、雪は雪のまま、下流へと流れていく。
私は見えなくなるまで、舟を見つめていた。
流れに逆らうことなく、川の向くままに流れていく笹舟と小さな雪を、私はずっと。
長い旅に出て行く彼らを、私は見つめた。
そして振り返ると、野兎が一匹、私を見ていた。
私はそれをまた、じっと見つめた。兎もこちらを、じっと見ている。
私は、柔らかく雪を握って、球を作った。それを兎に向けて、放った。文字通り、放った。
ふわりと緩やかな放物線を描いて、雪球は兎の横に落ちた。
兎は、逃げていった。
私はニコリと、笑った。
日が高くなり、雪がどんどん溶け始める。小川の流れを、次第に大きくしていく。
あの笹舟の雪も、ほどなく消えていくだろう。
…いや、雪は消えて無くなる訳じゃない。消えたりなんかしない。
形を変えて川を下り、海となって雲となって、そしてまた雪となって私の上に降るだろう。
すべて同じだ。私を一人にしたりなんかしない。
永久という時間の流れの中に、私だけをひとりぼっちにしたりなんか、絶対にしない。
幸せなのか、そうでないのか。それは分からないけれど。
だけど、やっぱり私に笹舟は、要らないみたいだ。
だって、雪は必ず、またいつか雪になるのだから。
指に、感覚が戻り始める。
冷え切っていた指には、何故か温かい感覚がある。
いつもそうだ。かじかんだ指に感覚が戻る時、なぜか一番最初に指に感じる感覚は、温かさだ。
他の感覚は戻ってくる前から、ただ温かさだけ、じわじわと伝わってくる。
私は指を頬に当ててみた。その指はやはり、まだすごく冷たい。
なのに感覚は、熱いほどに温かい。
表面は冷たいその指は、中から熱が湧き出るかのようにぽかぽかと。
とってもとっても、温かくて。
私はまた、笑った。
気が付けば、一匹の野兎がまた、じっとこちらを見ていた。
《完》
人口の増加、作品の氾濫、多くの思惑で本来の色が薄れてこの世界が曖昧に。
作りたいから作る、作ったなら出せば良いとこのまま増え続ければいづれ
飽きて、次は別のものへ。 それは人のサガだ。 それゆえに人は先へと進む。
1000年、その永きを経て尚有り続けた蓬莱人ならば、様々なものに飽きてきただろう。
それなのに彼女は、これから未来永劫、その退屈と向き合わなければならない。
共に朽ちず、唯一永遠に残ってくれる同胞は親の敵。
殺しても、殺しても、尚変わらない無限地獄を貪るように確かめ合う。
その救いの無い繰り返しの日常の中、ほんの僅か、いつまでも変わらないと思っていた雪の冷たさの中に、冗談のような暖かさを感じた。
その暖かさは、人が生きるゆえのものだ。
とうに飽いたと思っていた、ただ生きていると言う事の証に、それを面白いと思ったのだ。
ほんとうに些細な事だ。 くだらない、と言ってしまうのも無理はない。
だが、その些細な事に、彼女は笑うのだ。
野うさぎは、彼女の何を見ていたのだろう。
私も今は、ただ彼女の笑顔を見るしか出来ない。
>>名無し妖怪さん
固有名詞が出てないだけなので、ちゃんと読みとれれば間違いなく東方の二次創作だと分かるはず。
>名無し妖怪B 様
現在の文章は、名無し妖怪A様の投稿を受けて、私が手直しを加えた物です。
投稿当初は、もっと曖昧な表現を使っておりました。
暗喩的な物を目指したのですが、結局分かりにくい話になってしまったのは、
ひとえに私の力不足です。
筆力が低いのに、不相応に技巧的な真似をしてしまい、すみませんでした。
それとも、後?
どっちだろ。
うさぎはさびしいと死んじゃうけどもこたんさびしくても死ねない。
まぁ、きっといいことあるよ、もこたん。