霊夢は台所から漂ってくる独特な匂いで目を覚ました。
気持ちの良い温かさを保っている布団に包まれながら、霊夢は「ん~」と唸って、枕を直す。
そして浮かぶクエスチョンマーク。
霞がかった頭の隅っこに、白黒帽子が浮かんで消えた。
「朝から何やってるのかしら、人の家で」
霊夢はため息を吐きながら身を起こした。冷たい室内の空気が肌に刺さるようだった。
魔理沙は人の家で勝手に材料を漁って料理を作り、それを平らげて帰って行くという荒業を平気でかます人間である。
今回も魔理沙だろうなと霊夢は思い、そろそろ懲らしめてやろうか考えて……やっぱりやめた。
朝食の一回分くらいくれてやる、今は睡眠が最優先だと決めて、横になった。
もともと懲らしめたってその後、効果があるかといったら微妙である。
だからと言って平気ということではないが、まあこの一回くらい今だけは見逃してやろうと目を閉じた。
もしかしたら居間に暖をとっていてくれるかもしれない。
温度計の赤がゼロの辺りを行ったり来たりするこの季節は、起きることさえ億劫。寒い居間や台所に出て行くくらいなら、寝ていた方がましである。暖さえとっていてくれれば、言うことはない。
霊夢は目を閉じて、温もりの中に埋もれた。この温みに沈んでいくときが、一番気持ちがいい。
そうしてまどろんだ頃に、足音が聞こえてきた。
とたとたとた
霊夢は睡魔に侵された思考で、違和感を覚えた。
この足音は魔理沙のものではない、そのことに気が付いた。意外だ。
魔理沙ではないのなら、この足音の主は誰だろうか。
勝手に人の家に侵入し、朝餉を食まんとする人物、または妖怪……。
そんな傍若無人な奴はすぐに……あ、ダメだ心当たりが多すぎる。
足音はさらに近付いてくる。
どうやら殺気や悪意はないらしい。
足音は霊夢の寝室の前で止まった。続いて、襖が開けられる音が聞こえた。
そういえばこの間、顔に落書きをされたことがあった。起きて鏡を見ると額に『淫』と書かれていた。どう考えてもたちが悪い。
腹立たしいより先に何か物凄い屈辱感があった。問題なのはそれを見た萃香に、寝室送りにされるところだったのだが。
足音は布団のすぐ隣まで来た。
何をする気だろうか。毎夜のように夜這いをかけられてそれの撃退で寝不足だから朝だけはゆっくり寝かせてほしいのに。
「博麗様、起床の時間になります」
「……ん?」
聞き覚えのない声に、霊夢は目を開けた。
見ると、銀髪の女の子が枕元に立っていた。利発そうな女の子だった。
「おはようございます、朝食の用意が整っていますので居間にいらしてください」
「あ……あの、あんたは誰?」
見覚えはなかった。男性用の着流しを纏っている。ぼさぼさと無造作に跳ねまわらせた銀髪、大きな金色の瞳と端から覗く八重歯。
人間ではないし、格好を言えば侍のようだった。
「私は犬走 椛、山から派遣された貴女の付き人です。どうぞよろしくお願いします」
「つ……付き人?」
「メイドとでも執事とでも、好きなようにお呼びください」
片膝をついて頭を下げる。
霊夢は困った。どっきりにしては周りに一切の気配がない。ということは本当に自分の付き人と言うことだろうか。
しかし何か怪しい。話が唐突過ぎる。
陰で暗躍してそうな新聞記者の意地悪そうな顔が、頭に浮かんだ。
「あの、悪いんだけど私にはそういうのはいらな」
「よいしょ」
「いんだけど……ってちょっと」
椛は霊夢を御姫様だっこで抱え上げて、歩きだした。
「洗顔用の水は汲んでおきましたから、そちらで」
「聞いてないって。降ろしなさいよ」
「そんなに暴れないで、楽にしててください」
椛はにこやかに微笑む。
霊夢はとうとう諦めて、為されるがままになった。
居間に入った途端に感動の大渦が、霊夢をさらった。
何時も冷気がこもっている居間は、すでに温かかったのだ。いつもならガタガタ震えながら寒い居間に入り、暖をとって部屋が暖まるまでまた震えながら耐えるのが日課だった。
それが夢のようだ。ポカポカと温かくて、まるで春のようではないか。
しかも、
しかもだ。
何と朝食が用意されてある。
かじかみながら冷水に手を浸さなくても、包丁で指を怪我しなくても、朝早くに起きなくても、勝手に朝食が作られている。すごい。
ほこほこした白米に、湯気を立てる味噌汁。ドレッシングのかかったサラダに、オムレツ。
これ以上ないくらい、朝食っぽい朝食である。
「どうぞ、お召し上がりください」
「いただきます」
初めに、味噌汁を啜る。豆腐ときのこが入っている味噌汁だ。
口をつけた刹那、深い味わいと、透き通った後味が余韻に残る。
美味い。文句のつけようがない。
味噌汁は基本中の基本である。味噌汁の味一つで、どれだけの腕かがわかるほどなのだ。
しかし他人の台所で、初めて作ったにしては美味すぎる。
「お気に召していただけたでしょうか」
「うん、すごいわこれ。あなた中々のやり手ね」
「ありがとうございます」
椛は頭を下げた。
霊夢は食べていくうちに、明らかに自分が作ったよりも美味い朝食に、微妙な嫉妬が芽生えた。複雑な気分だ。
「説明して欲しいんだけど、山から派遣ってどういうこと?」
「あなたが八坂様を討伐しに、山に入ったことを覚えていますか」
「討伐って……そんな物騒なものでもなかったと思うけど」
そういえば少し前、そんなことがあったなと思いだす。
「あなた様の活躍がなかったら、あのまま八坂様と戦争になっていたかも知れません。あなたは天狗――いや、妖怪の山の恩人なのです」
「恩人って……私は新参者が勝手するのがいやだったから動いただけで……あんた達のことなんて知らないわよ?」
「それでも恩人には変わりありません」
「それじゃあ……何であんたが?」
「私は白狼天狗といって、山を警護するのが仕事です。私たち白狼は地位が低いのでそれ以外の仕事はほとんど雑用や上のお茶汲みですが……その中で実力があり性格がよく大天狗さまに抜擢されたものが、あなたの御側付きになることになったのです」
椛は懐から封筒を取り出して、床に置いた。
中に入っていた成績表を見ると、武術やら家事やら忍耐力やらいろいろな項目があったが、すべての順位が一位だった。
備考には『白狼にしては類稀なる才器なり』と書かれている。
「凄いじゃない」
「そしてもう一人」
椛は封筒をもう一つ床に置いた。『射命丸文』と明記された封筒であった。
「私の上司として文が付くことになりました」
「あいつも偉い奴に認められたってこと?」
「いえ……あの人の場合は……何というか」
口ごもる椛に首を傾げつつも、霊夢は封筒を開けた。
椛とはまた別の成績表だったし、古かった。
「……何これ? 総合順位七十五/七十六位? 下から二番目じゃない」
見る限り、ほとんどの成績がボロボロだった。特に情報収集率は最下位。見るからに劣等生である。
しかも備考に『これほど自分勝手気ままな天狗は見たことはない。協調性にも欠け、社会の情緒を著しく乱す恐れあり』と書かれている。
「だから……あの人は少し特殊で……とりあえず、今のところ戦闘能力に関しては大天狗さまに次ぐほどで手が付けられない状態です」
「特殊って……まあ想像に難くないけど」
「……昇進すると待遇は良くなりますが、自分勝手にできなくなりますから。多分悪い方に改竄していたのではないでしょうか」
「とんでもない奴ね」
霊夢は成績表を破り捨てた。
「ところで、何でこれを見せたの?」
「その酷い成績表と一緒に見ていただければ私のことも少しは信用して下さるだろうかと思い」
「あんたも抜け目ないわね」
てれてれと椛は頭を掻いた。本当に抜け目がない奴はそういう本音を言うことはないだろうと霊夢は思っていたが。
朝食を食べ終えると、椛は食器を片づけた。
「私は神社内の掃除をしてきますので」
そういって、居間から出て行った。
霊夢は誰も居なくなった居間で一息ついて、外に出た。
外は寒い。春まではもう少し間があった。
周りの景色を眺めてから、気配を探る。怪しい気配は微塵もなかった。
賽銭箱の隣から見る境内は、至っていつもどおり、十センチほど積もった雪で真白だ。
「……そこだ!」
霊夢の指先から放たれた針が、傍の杉の木に入った。
同時に「うをあ!」という悲鳴が聞こえた。
「やっぱりいたか」
「こっ……殺す気ですか!?」
霊夢は呆れて溜息をついた。
文は針が刺さったカメラを手に携えていた。
「人間風情がやりますね。私の気配を見抜くなんて」
「気配なんてまるっきりなかったわ、勘よ」
「……勘なんて不確かなもので、私の相棒が壊されるとは」
くすんと鼻を鳴らして、レンズに針の刺さっているカメラを見た。
「怪しい御側付きが訪ねてきたんだけど。今度は何を企んでいるのよ」
「おやおや、企んでいるなんて心外です。私どもはあなたへの感謝と誠意の証に、彼女を差し上げたのです」
「白々しい、本当のことを言いなさい」
文はにやりと笑って、霊夢の前に跪いた。
「私の言っていることはすべて本当です、博麗様。企んでいる何て、まして虚言など私が吐く筈もありません」
霊夢は絶句した。額から冷たい汗が流れる。
この高飛車天狗が自分に跪くなんて、幻想郷が崩壊しようがあり得ない話だった。
それが博麗様? 鳥肌が立つ。
「椛からすべてお伺いだと存じ上げますが――私もご説明いたしましょう。私どもは」
「うおおおおお! 封魔陣!」
「あなたを――――てうぎゃああああああ!?」
結界が展開され、文を閉じ込めた。
スペルカード『封魔陣』の原となった、正真の封魔陣である。
博麗一子相伝の秘伝書に記された博麗しか使えない、対妖怪の陣。
弾幕バージョンのような華麗さはなく、唯妖怪を束縛しじりじりと苦しめて改心させる素朴な結界で、妖怪だろうが無暗に殺すのは良くないと考えた先祖が懲らしめるために編み出したものではあるが、効果は抜群だ。
「うああああ!? 苦しっ……息が……うええ気持ち悪っ何この圧迫感っ何でこんなことを!?」
「い、いいから吐きなさいっ、何をする気なの。何を企んでいるの」
「何でそんなに追いつめられた表情を……私が何かしましたか!?」
「やかましい! もっと締めるわよ!」
「いたたたたたた! ギブアップギプアップ!」
偶々廊下の雑巾がけを行った椛が、その光景を見た。
クリアなガラスケースのようなものに覆われ、その中でジタバタしてる文と、荒い息をついてお祓い棒を握りしめる霊夢。
一瞬で事情を飲み込めた椛はやはり優秀なのだろう。すぐに止めに入った。
――――――
「いたた……全身が軋む……」
「あれほどやっても吐かないなんて。意外と根性あるのね」
「ですから私どもは……」
文はちゃぶ台を打って、身を乗り出した。
真剣な目だった。真摯な瞳が、光を放っている。
しかしそれを霊夢は嘲笑し、お祓い棒を握りしめた。
「はいはい、わかったから本当のことを言いなさい」
「こんなに言っても信じてもらえないなんて……」
「今度はこっちの犬を拷問するわよ?」
「なっ、酷いですよ! こっちは好意で接しているというのに!」
霊夢は相手にせずに、椛にお祓い棒を向けた。
「あと五秒以内。五、四……」
「くっ……これほど不誠実で不愉快な人間はいないでしょうね! 椛、帰るわよ。相手になってられないわ!」
文は舌打ちして部屋から出て行こうとしたが、椛が文のスカートを掴んで止めた。
「文様、これ以上は逆に不信に思われてしまいます。全てをお話したほうがよろしいのではないでしょうか」
文は椛を「馬鹿っ」と睨みつけてから、諦めたように溜息を吐きだした。
「……好きにしなさい」
「やっぱり何か企んでたのね」
椛は尻尾をぺたんと落としてから、話し始めた。
「企んでいたかと問われれば、企んでいましたとしか答えられないでしょう」
「何をする気だったの? こんな白けた神社に目ぼしい情報何てあるわけないし、天狗が喜びそうなものなんてないわよ」
「天狗が喜ぶものだったらあります。それがどうしても欲しい」
霊夢は少し考えたが、思い至らなかった。
「私たちの欲しい物は、目の前にあります」
「目の前……目の前?」
文はつまらなそうに言った。
「鈍いですね、貴女ですよ貴女。私たちは博麗霊夢が欲しいんですよ、そのためなら犬一匹どうってことないんですよ」
「……私!?」
霊夢は複雑と驚きを混ぜたような表情をした。
今度は文が説明を続けた。
「この間、旧都に行きましたよね? そこで私たちは新勢力と戦ったわけですが、予想以上に厄介な奴が何人もいる。この件で他の勢力よりもより優位に立つにはどうすればいいか、という議論になったのです」
「何で?」
「何でって……古明地が山に侵入していたのにもかかわらず、誰一人としてそれに気付けなかった、そして八坂様の勝手かつ予測不可能な行動、大まかにこの二つです。他の勢力も何をするか分からない以上油断できない。博麗を身内に出来れば他の勢力より俄然優位になりますからね。だから椛とくっ付けて『自然に穏便に』こちら側に傾いていただこうと思ったのです」
「以上、全てをお話しました。これで私たちの任務は失敗です」
「そうね、そんな話を聞かされて仲良く接せるわけないものね」
「仲良くって……椛を少しは褒めてやってください。この子は一度あなたに痛い目見せられてるんですから」
「全く覚えてないわ」
「これですよ。私が立てた策だっただけに、大天狗さまにはどう報告しようか」
文がぶつぶつ呟き始めると、椛は霊夢に頭を下げた。
「そう、私はあなたを裏切りました。謝罪の言葉もありません。しかし、無礼も無様も粘着も、何と罵ってくれてもかまいません。私をここに置いてください」
「いやよ」
「そこをなんとかお願いします」
「わかったわ」
「えぇ!? 折れるの早っ!」
霊夢は真っ直ぐに椛を見つめていった。
「私も何かと楽だったし、あなたが諦めるまでだけど、働くんだったらここにいてもいいわ」
「わ……私を信用してくれるのですか?」
「うん、信用しましょう。あんたは凄く澄んだ目をしているもの……そこのカラスと違って」
「ありがとうございます……!」
「私だけ悪者ですか!?」
「だってあんたの目は欲望と野心で濁りきっているもの」霊夢がいうと文は何やら納得したような表情で「おお、あるある」と頷いた。
「ただし、ここに居候するんなら山のことはもう持ち込まないで頂戴。そして、私は中立。間違っても傾いたりしないから……その辺は解ってるわよね」
「はい、全了解しました」
「なんだか知らないけど……上手く行ったのかしら?」
文が首を傾げた。そして椛をつつくと、こそこそと話し始めた。
「ねえ椛、作戦のことを考慮した上での発言と行動よね。大した臨機応変ぶりだわ」
「私は作戦抜きにしても、この巫女様の下で働いてみたいと考えていました故に」
「そう、じゃあ頑張るのよ? 無礼なことをしちゃダメよ」
「あなた様が動かなければそういった事態は避けられるものかと」
まる聞こえだった。
霊夢は冷めていたお茶を飲んだ。
「じゃあ椛、早速霊夢さんの私室をぴっかぴかにしてきなさい。押し入れとか箪笥の裏に隠している本の埃も綺麗にね」
「わかりました」
「……ってちょっとまて! なんであんたがそんなことを知って……! 待ちなさい椛!」
霊夢が立ち上がるよりも速く、文は霊夢を抱きしめて押さえつけた。
「……文様?」
「早く……! ここは私に任せて……行きなさい! 急いで長くは持たないわ……!」
「ちょっと待ってホントに止めてー!」
「文様……」
「行きなさい! 皆の思いを無駄にしたいの!?」
「皆ってだれだちくしょー!」
椛は涙目になって、こくんと頷いて、走り始めた。踵を返した時に零れ落ちた涙が、きらきらと光った。
何で変なところでノリがいいんだと霊夢は叫んだ。
「ちょっとちょっと! 人には言えない秘密の一つや二つはあるんだからそれを詮索しないのが人情ってもんでしょう!?」
「……静かにしてください」
霊夢は顔をあげて文を見た。そして、驚かされる。
文はいつもとはかけ離れた真剣な表情で霊夢を見つめていた。
「これで二人になりましたね。私の話を聞いてほしい」
「……は?」
放された霊夢は当惑して文を見つめた。
文はいつになく気を入れて語った。
「どうしたのよ急に」
「椛がここにいると話しにくいですから」
「なんの話よ」
「椛は自分の意思でここに来たと思っていますが、そうではないんです」
霊夢は首を傾げた。
文は切実な何かを伝えようと必死に見えた。
「椛は真面目で、勤勉で純情で……確かに才のあるやつです。ですが……生まれが悪く……下っ端の変えはいくらでも効くのですよ。椛の代わりはごまんといるのです」
「何が言いたいのよ」
「この間の古明地を発見できなかった責任で、椛は上から無能と判断されました。椛は侵入者の発見の速さと人徳を買われて、あそこにいたのです。それなのに古明地を発見できなかった。上に信用されていただけに、期待を裏切る結果になってしまったのです。つまり……」
「……クビってこと?」
文は首を振って「それだったらまだ良かったのですが」と重い息を吐いた。
「……クビにするというのは、基本的に野放しにすることです。しかし、椛の能力は野放しにするには危険すぎるし勿体なさすぎる」
「……能力って」
「あの子の情報収集能力です。千里先を見ると言う天狗の妖術の中でも上位……大天狗様でも使いこなせないような力を己が意思で、または全く無意識に大した疲労もなく使えると言うものです。私もできないことはないですがあの子の足元にも及ばないレベルです。そんな力が他の勢力に渡れば……常にこちらを監視するようなことも出来るわけです」
文は続けた。
「情報は最大の武器です。小さな一つの情報で――それこそダムが小さなヒビから崩壊するように、他者を崩壊させることができる。組織なら直のこと壊しやすい」
「小さな情報一つって……大げさな」
「大げさでも何でもありません。現にあなたはさっき取り乱しましたよね。箪笥の裏の書籍の話で」
「そ、そうだ! 早く止めないと!」
文は懐から書籍を三冊、霊夢の前に放った。
霊夢は目を白黒させ、次に顔を真っ赤にしてそれらの本をかき集めた。
「考えても見てください。こんなシケた小話本で、あなたは他のことを考える余裕がない。これらがあなたのものだと言う確証はないですよね。あなたを一先ず安心させるために、あそこにあった本と同じものを三つ買ってきて、あなたの前に放ったのかもしれない。あなたのこれは、まだ押入れの中にあるかもしれないですよね?」
霊夢は動きを止めて、どうしていいか分からないような瞳で文を見た。
確か、昨日までは本はあそこにあったはずだ。
文が、何だか怖く感じた。
「心配しないでください、それは間違いなくあなたの押し入れからとってきたものですから。例で言ったのですが、これはあなたの秘密という情報を持っていたからこそのやり取りです。そして情報は根も葉もない噂を付けて装飾することで人を貶めることもできます。ほとんどの人妖は、入ってきた情報を真と信じて疑わないボンクラばかり」
「前置きが長いわ、とっとと話の核を言いなさいよ」
「扱いに困った力は、消すに限る。そういうことです」
文はため息をついた。
「あの子の信用はもう皆無なのです。実力もどこかの人間に劣り逃げ帰るのが必至といわれ、牽制という名目を話しても椛を気にくわない奴はいます。白狼であの能力は、前代未聞。自分より劣った立場で自分より有能だと言う者を天狗は好かない。いえ、人間も好かないでしょうが」
「人徳があるって言ったじゃない」
「椛は性格がいいですからね。それだけに、失墜の速さも異常でした。しかも上は自分が貶めたくせに、椛の報復を恐れている。先のことも考えられない無能な奴ばかり。大天狗様と私で庇って何とかならんものかと考えましたが、いい案は浮かばない。あのまま滝の警固をさせておけば椛は危ない。しかし椛に全てを話して逃がしたとしたら、私と大天狗様も危ない。ならば」
「……椛に何も伝えず、任務と言う名目で中立である私の下に送る。というわけね」
「そのとおり。ここなら九割九分は安心です。椛はもともと剣の達人。滝で組織の輩に襲われて反撃すれば、散歩中の鼻高天狗を日頃の恨みと称して襲った、という汚名を着せられ公開処刑ということになりましょうが、ここに他の天狗が来たら逆に不自然ですからね。それにここは幻想郷の端っこ、眺めもいい。気配の感じやすさも最適です」
「あなたは気配の気の字も出してなかったじゃない」
「気配を出さなくても、匂いは残る。椛はその道のスペシャリスト。あなたとは比べられない感性ですから、安心して下さい。私のことにも気が付いていたと思いますよ」
霊夢はため息を吐いた。
「何で私はこんな面倒な役回りなのかしら。それにしてもあんた、やけに思い入れしてるじゃない」
「あの子は昔々、私の部下だったのですよ。私も損得だけで動くわけじゃない。私がここを選んだ理由は、気配の感じやすさや辺境だからという理由だけではないのです。そう」
文はにこりと笑った。
「あなたがいるからです。私はあなたを誰よりも信頼していますから、あの子を任せられる。どうかあの子を使ってやって、護ってやってください。私もできる限りは協力します」
文は頭を下げた。
霊夢は黙ってお茶を啜った。
「椛もあなたに憧憬を持っていました。あなたの為なら何でもやってくれると思います。それではよろしくお願いします」
文はそれだけ言うと、障子を開けて室内を吹き荒れた風に溶ける様に消えた。
風はそのまま出て行って……障子が勝手にしまった。
霊夢はお茶を置いて、乾いた笑いを漏らした。
――――――
「寝室の掃除が終わりました」
「そ、ご苦労さん」
居間に入ってきた椛は、顔を赤くして怒っているように険しい顔をしていた。
「……どうしたの?」
「この本は何ですか」
ちゃぶ台の上に、三冊の本を置いた。
霊夢は血の気が引いた。いやまさか、そんなはずはない。隠しておいた本はあいつから返してもらったはずだ。
ちゃぶ台の上には淫扉な絵柄が書かれている本が三冊。どれもこれも身に覚えがない。
霊夢は文から受け取った『ドキドキ恋の予感!?』『あなたとのデートを最高に楽しむ方法』『お勧めデートスポット!』の三冊をちゃぶ台に置いた。
間違いない、この三冊は私のものだ。では椛が持っているあの三冊は一体……!?
すぐに氷解。
「あ……あの馬鹿! しっかり捏造してるじゃないの!」
「まだあったのですか? 全く、ダメですよ。これらは全部捨てますからね」
「まって! この三冊だけは捨てないで」
「ダメです。教育上よくないです」
「うう……夜にそれで綿密な計画を立てて、甘酸っぱい妄想をして悶えるのが秘かな趣味だったのに」
「相手もいないのにですか?」
「そういうことは言わない」
霊夢が椛に取られた本を見ながらとほほとため息をついた。
椛は頬を申し訳程度に染めて、目を泳がせていった。
「あの、相手がいないのなら……その」
「……ん?」
「私が、あの、今日は寒いですし、御一人では難でしょう。食料の貯蔵もあまりないですし、荷物は重くなるかと思いますし。私が案内しますから、里に一緒に買い物に、行きませんか?」
霊夢は少し呆けた。
「それって逢引のお誘い?」
「いえ、そんな大それたものでは、私はあの、貴女様が嫌なら、その」
椛が自信なげにいうと、霊夢は笑った。
「嫌じゃないわ。いきましょう? あんたの家具も買わないといけないし」
椛はぱあっと笑顔になった。ふりふりされている尻尾が可愛らしかった。
―――――
椛の歓迎祝いと言うことで、酒を一斗と適当な生活品を里から買ってきた。
デートとは言えないかもしれないが、楽しい買い物だった。
生活品を買ってから、焼鳥屋で遅めの昼飯を食べて、食料を買い、酒屋で酒を買った。
椛は質素なものが好きで、派手な物は苦手らしかった。部屋は霊夢の私室の隣を貸した。
金は全部霊夢もちだった。元々霊夢は博麗の巫女と言うことで里から食料を配給されているし、妖怪退治をして貯めた金もお茶をお茶請けを買うくらいで使うことがなかったのだ。
だから新鮮な買い物だったし、一斗の酒を買い占めたのは爽快だ。それをひょいと担いだ椛にも爽快だった。
「すみません、お酒の代金まで」
「いいのいいの」
霊夢はいつになく上機嫌だった。
椛は幼い顔立ちだが、厳つい表情で背は高い。結構な美形だった。
一緒に歩くだけでおかしな優越感に浸れたし、女顔の男に見られたのか、八百屋のおじさんからは「これかい?」と小指を立てられたりもした。
「文様は仕事が終わり次第来るらしいです。それまでツマミを作って、軽い夕食でも」
「料理なら、私も手伝うわ」
椛は笑顔で「ありがとうございます」と言った。
霊夢は心が弾むような心地を覚えながら綺麗に掃除されてある台所に入った。
二人の距離はあっさりと、二人ともが気がつかないうちに縮まっていた。
お粥に川魚と果物を食べ終えて、霊夢は盃を傾けた。
椛も横で大きな盃を傾けている。天狗は酒に強いので、霊夢に合わせてちびちびと飲んでいた。
季節が冬ということもあって日が落ちるのは早く、真っ白な月が地平線から少し上に顔をのぞかせている。
霊夢は寒いのを我慢して縁側に腰かけて、くすんでいく空を眺めていた。
今宵の酒は格別だった。椛も気の強そうな顔を幾分か綻ばせながら、黙って空を見上げる。
霊夢は不意に、不安が胸をよぎったのを感じた。椛はぼんやりと、空を眺めているだけだ。
霊夢は勘付いた。
不安がのたうっているのは、自分ではないことに。
「……文を待たなくてよかったのかしら」
「あの人は一々気にする人ではありません」
椛は空を見上げながら答えた。霊夢は笑って言った。
「あんたってホントにあいつの部下? 随分とあかぬけてるじゃない」
「上司の性格を把握するのも仕事の内ですよ。……そう」
椛の瞳が潤むのを、霊夢は見逃さなかった。
ああ、やっぱりと霊夢は目を細めた。
「あの人の性格は……あの人の人格は……誰よりも私が理解しています。あの人のことで私が分からないことは多分ない」
「あんた……」
「あの人から聞いたでしょう? あの人に拾える情報が、私に入らないわけがない。あの人も私が気付いているのを理解していたと思います」
椛は苦笑した。
「例の春画もあの人の匂いが付いていましたし……私の聴力は妖猫ほどではないですが、居間の会話を聞きとるくらいわけはない。あの場で、あの人はあなたに説明するのと同時に私にも伝えていたのですよ。これから私がどうしなければいけないか考えられるように。直接話せば気負いが出来てしまうから、あの場を借りたんです」
霊夢は無言で椛の話を聞いた。
椛は続けた。
「全く、あの人はお優しい。正直、山にいた時点で自分の身が危ないのは解っていたんですよ。ただ信じられなかった。私は山の為に尽力してきました。だから裏切られるわけがないと……目を瞑っていたんです。首にゆっくりと刀がめり込んでいくのを感じながら……物わかりの悪い子供のように、目を瞑って耳を塞いで。そんな日が来るわけないと、思い込もうとしていたんです」
椛の持っている盃から、酒が点々と零れていた。
「だから、ようやく動くことができました。致命傷にならないうちにそこから逃げ出すことが。あの人のおかげで」
今や、点々と落ちているものは酒だけではなかった。
霊夢は胸を締め付けられるような思いに駆られた。今の彼女は凛とした冷静な天狗ではなかった。ただの少女だった。
「でも、逃げたところで……私はどうすればいいのでしょう。仕事は私の全てでした。全ては、私をいらないものと判断しました。なら私は……」
居ても立ってもいられなくなって、霊夢は椛から大きな盃を取り上げて両手で引っ掴み、端を口にくわえた。
そして、歯を食いしばってから一気に流し込んだ。椛の盃に入っていた酒は、少なくとも三合はあったのだが、それがゆっくりと無くなっていった。
椛は目を白黒させながら、事の成り行きを痴呆者のように傍観した。
霊夢は喉の奥が熱を持って、脳が危険を訴えるのを無視して全てを流し込んでから、盃を落とした。
空の盃がガコォンと音を立てて床に叩きつけられ、少しばかり残っていた酒が弾けた。
「ぐ……うえっぷ」
「な……何て無茶を……すぐに吐き出してください。人間にとってあれは命にかかわる……」
霊夢は手で制して、頬を乱暴に袖で拭い、ふら付く足に活を入れた。
「げ……幻想郷は……全てを受け入れる……」
胃から込み上げる物を無理やり抑え込んで、続けた。
「例え全てがあなたを必要としなくても、幻想郷はあなたを受け入れるわ」
椛は不安げな表情をした。今の霊夢にとって、一番不快な表情だった。
霊夢は苛立たしげに眉を歪めた。
「それでも不満……?」
「私は……幻想郷に受け入れられても、もう居場所がない。拠り所も――帰る家もない。幻想郷という広い空間で何百年も拠り所もなく、命の危険にさらされながら一人きりで暮らせと言うのですか? 勝手なことを言わないでください。何れ――すぐに寿命を迎える人間の分際で」
椛の目が暗い怒りでぎらついた。そこからさらに一粒二粒と涙が零れ落ちる。
霊夢は顔を寄せ、右手を、椛の頬に添えた。言葉を発せずに。
椛は笑った。
「……なんですか、かける言葉もありませんか? そう、こんな愚か者の役立たずにかける言葉なんてない。どうせ私は殺される。あの人がどんなに庇ってくれたって、たかが知れている。あの人以上に頭が回る天狗もいます。それにあの人だって完全に信用できるわけじゃない。誰だって移ろいゆく。皮でへつらっても腹じゃ何考えてるんだかわからない。私を助けるふりをして、最後には裏切って私を売り渡すつもりかも知れない。あなたには分からないでしょう? 誰がどこでどんな顔をしているかなんて、わかりませんよね? 自分がどう思われているかなんて」
霊夢は目を細めた。
「あの人のことで私が分からないことは多分ない」
霊夢は真っ直ぐに椛を見据えて言った。
「そう、さっき言ったじゃない。それなのに……文も信じられないの?」
椛は口を紡いで黙った。
「あんた、本当に今まで頑張ってきたのね。濁りのない真っ直ぐな目をしているわ。だからこそ裏切られたとき、疑心暗鬼になってしまう」
霊夢は続けた。
「私は誰にどう思われようがあまり気にしないけど――独りぼっちは辛いからわかるわ」
「……わかる、だと? 人間のくせに解った様に口を効くなっ」
椛は顔色を変えて立ちあがった。
目が真っ赤に染まって、額に青筋が立っていた。
「お前のように皆からちやほやされてきた奴に解って堪るか! 我らはずっと悪辣な雑用をさせられて来たんだ。塵虫のように扱われたことだってあった。どんなに辛かったか、どんなに苦しかったか、どんなに悔しかったか、どんなに見っとも無い真似をしてきたか――それが生まれて二十にも満たない童に解って堪るか! 何十年ではないぞ!? 何百年もだ! そしてようやく滝口の警固まで任されるほどになったのに……それを奪われたんだ。私の……拠り所だったのに」
椛の目からぽたぽたと雫が落ちた。
霊夢は憐れむような眼で椛を見つめて、言った。
「確かに、解らないわね」
椛はそれを聞いて、歯軋りをした。握った拳に爪が食い込んでいるのか、血が手から溢れていた。
「解らないわ。だって拠り所なんて、一度も持ったことがないもの」
「……え?」
霊夢は椛は見上げながら言った。
「拠り所ってどんなところなの? 我が屋って温かい? 私もう大分自分の家に帰ってないから」
「……そんなでたらめ」
「でたらめかどうか、私の目を見ればわかることよ」
椛は眉を歪めて、目を逸らした。霊夢は気にすることもなく続ける。
「帰っても私一人だし、便利だから神社に住み込んでるだけよ。それより聞かせて、拠り所ってどんな風なの?」
椛は少し迷ってから、言った。
「……温かくて、安心する場所です。心が満たされるような、ずっとそこに居たいような……」
「じゃあ、温かくて、安心して、心が満たされて且つずっとそこに居たい場所であればいいのね?」
椛が黙って頷くのを見て、霊夢はにっこりと微笑んだ。
そして、椛に抱きついた。
「あ……」
「ねえ、温かいでしょ」
「……はい」
「安心する?」
「……はい」
「心は満たされる?」
「……八分目、くらいです」
「惜しいわね、じゃあ」
もっとしっかりと抱きしめて、霊夢は言った。
「もっとずっとこうしていたい?」
椛はポカンと口を開けたまま固まった。
霊夢は椛の肩に額を当てて、返事を待った。
椛はやがて、静かに目を閉じてから――霊夢を抱きしめ返した。
「……決まりね。私も拠り所って言うものが欲しくなったわ。だから――」
椛の肩から顔を離して、霊夢は椛の目を見た。
「だから、どこにも居場所がないのなら、私の拠り所になって頂戴? 私もあんたの拠り所になるから――なれるように努力するから」
もう一度抱きしめてやると、椛の肩が震え出した。
しゃくり上げる音と、小さな嗚咽が聞こえる。
霊夢は少しでも、溜まった不安を洗い流す手伝いをしようと深く抱きしめようとしたが、突然足もとが消えて空中に放り出されてしまった。
今になって酒が効いてきたらしい。
このままでは闇に溶けてしまうか、遥か下の地面に叩きつけられてしまうことは明白だった。
しかし、霊夢は慌てもしなかったし、怖くもなかった。地面に叩きつけられる前に、誰かさんが受け止めてくれるのを知っていたから。
そのまま霊夢は身じろきせずに、安らかな微笑を浮かべたまま、闇の中に落ちて行った。
文句があるとすれば、向こうの杉の木の上で黙って涙を流している烏に景気づけのビンタを一発くれてやりたかったことだけだった。
――――――
さーて困ったことになったぞと霊夢は頭を抱えた。
所々覚えていないが、昨日はやたらシリアスな雰囲気だったような気がする。自分の肌に合わない空気の残思が、心に纏わりついていたのを感じた。
文の来る前に酒を飲み始めたのは記憶の隅っこにあるので、そのまま酔いつぶれてしまったのだろうか。
しかし、酔いつぶれるほど飲んだにしてはやけにすっきりと目覚めている。眠くもないし、だるくもない。二日酔いもない。
障子の隙間からは寒々しい朝の空気が流れ込み、柔らかな日差しが差し込んでいる。
「いやー、いい朝ねー」
霊夢は現実逃避を図ろうと大きく伸びをした。
しかし伸びきれない。何故か。
裸の椛ががっちりと霊夢をホールドしながら、眠っているのであった。
霊夢は何とか椛を引きはがそうと努力してみるが、椛の腕は霊夢の首に纏わりついて離れない。
身を確認すれば霊夢もさらしにドロワーズだけ、ほとんど裸であった。
胸の上に乗っかっている椛の頭が妙に心地よく感じる。少し硬めの銀髪がさらさらと寝息に合わせて動く。
その他肌と肌で接触している諸々の部分が椛の熱を伝えてきている。特にまずいのは腹に感じる――まあいろいろと、大腿に感じる――まあ、いろいろである。
「いやー本当にいい朝ですねー」
文が半開きの襖を勢いよく開けた。
霊夢はびっくりして飛び上がった。
「あ、文!? いやこれは違うの! 何が違うって自分でもよくわかんないけど多分――」
「あーあー解ってますよ。椛は寝るときに裸になる癖がありますからね」
「……私の服は?」
「私が脱がせました。巫女服のまま寝るのは気持ち悪いかと思いまして」
文は御盆から二人分の朝食をおろした。
お粥、卵焼き、サラダ、お茶。美味そうだった。
「あんたが作ったの?」
「当然、私もこの任務を請け負った一人ですからね。朝飯を作るくらい朝飯前ですよ。それより体の具合はどうですか? 天狗の秘薬で二日酔いがすっかり解消でしょう?」
「そういえばやけに調子がいいわ」
「椛の口移しです。よかったですね」
「……う」
別の意味で頭が痛くなってきた。
「いやぁ、やけにエロい口移しでしたね。聞きます? まず上顎を――」
「止めて止めて聞きたくない」
「それから意味もなく舌を絡めて――」
「止めて止めてやーめーてー!」
「舌を啜ってやると霊夢さんも寝ながらに反応して――」
「いやああああああああああ!」
霊夢は起きるに起きれないこの状況で、不思議なことに気が付いた。
部屋が寒くないのである。障子は半開きだし、暖もとっていないのに。
「術を使いましたから。これがあると夜通しの見張りとかに便利だったんですよね」
「確かに便利ね」
「ふふ、ほら椛も寝た振りしてないで置きなさい。朝食が冷める」
椛はぎくりとすると、より強く霊夢にしがみ付いた。
「……あんた起きてたのか」
「起きてません、熟睡中です」
霊夢はどうしようかと考えると、文が布団を引っぺがした。
半裸の霊夢と、それに絡みつく裸の椛の体が露わになった。
霊夢のアングルから、椛の尻尾がぱたと動いたのと、獣耳がぴくんと動くの見えた。
文は頬を染めて陰湿な笑みを浮かべる。
そして、激写。
霊夢が止めてと叫ぶ一瞬前の出来事だった。
「おお、これはこれは……なかなかいい眺めですね。二人の少女が絡み合った百合色の空間、夢のようですよ。正直涎が止まらない」
「何撮ってんのよ! カメラを渡しなさいこら!」
文は含みのある笑いを浮かべると勢いよくカメラを放り投げた。
中に舞ったカメラを、一羽のカラスが攫っていく。
霊夢は椛をどかすことに成功し、カラスを追おうとしたが、自分の格好を省みて、それをあきらめた。
「今のカラスってひょっとして……」
「見出しは『巫女に熱愛疑惑!?』で決定ですね」
「こっ……この!」
「こっちですよー」
「こらぁ!」
「こっちでしたー」
狭い室内で追いかけっこを始める二人。
椛はのそりと寝返りを打ち、霊夢の余韻を肌と鼻で感じて微笑んだ。
新しい寝床に淡い不安と、大きな安心を抱きながら。
了
気持ちの良い温かさを保っている布団に包まれながら、霊夢は「ん~」と唸って、枕を直す。
そして浮かぶクエスチョンマーク。
霞がかった頭の隅っこに、白黒帽子が浮かんで消えた。
「朝から何やってるのかしら、人の家で」
霊夢はため息を吐きながら身を起こした。冷たい室内の空気が肌に刺さるようだった。
魔理沙は人の家で勝手に材料を漁って料理を作り、それを平らげて帰って行くという荒業を平気でかます人間である。
今回も魔理沙だろうなと霊夢は思い、そろそろ懲らしめてやろうか考えて……やっぱりやめた。
朝食の一回分くらいくれてやる、今は睡眠が最優先だと決めて、横になった。
もともと懲らしめたってその後、効果があるかといったら微妙である。
だからと言って平気ということではないが、まあこの一回くらい今だけは見逃してやろうと目を閉じた。
もしかしたら居間に暖をとっていてくれるかもしれない。
温度計の赤がゼロの辺りを行ったり来たりするこの季節は、起きることさえ億劫。寒い居間や台所に出て行くくらいなら、寝ていた方がましである。暖さえとっていてくれれば、言うことはない。
霊夢は目を閉じて、温もりの中に埋もれた。この温みに沈んでいくときが、一番気持ちがいい。
そうしてまどろんだ頃に、足音が聞こえてきた。
とたとたとた
霊夢は睡魔に侵された思考で、違和感を覚えた。
この足音は魔理沙のものではない、そのことに気が付いた。意外だ。
魔理沙ではないのなら、この足音の主は誰だろうか。
勝手に人の家に侵入し、朝餉を食まんとする人物、または妖怪……。
そんな傍若無人な奴はすぐに……あ、ダメだ心当たりが多すぎる。
足音はさらに近付いてくる。
どうやら殺気や悪意はないらしい。
足音は霊夢の寝室の前で止まった。続いて、襖が開けられる音が聞こえた。
そういえばこの間、顔に落書きをされたことがあった。起きて鏡を見ると額に『淫』と書かれていた。どう考えてもたちが悪い。
腹立たしいより先に何か物凄い屈辱感があった。問題なのはそれを見た萃香に、寝室送りにされるところだったのだが。
足音は布団のすぐ隣まで来た。
何をする気だろうか。毎夜のように夜這いをかけられてそれの撃退で寝不足だから朝だけはゆっくり寝かせてほしいのに。
「博麗様、起床の時間になります」
「……ん?」
聞き覚えのない声に、霊夢は目を開けた。
見ると、銀髪の女の子が枕元に立っていた。利発そうな女の子だった。
「おはようございます、朝食の用意が整っていますので居間にいらしてください」
「あ……あの、あんたは誰?」
見覚えはなかった。男性用の着流しを纏っている。ぼさぼさと無造作に跳ねまわらせた銀髪、大きな金色の瞳と端から覗く八重歯。
人間ではないし、格好を言えば侍のようだった。
「私は犬走 椛、山から派遣された貴女の付き人です。どうぞよろしくお願いします」
「つ……付き人?」
「メイドとでも執事とでも、好きなようにお呼びください」
片膝をついて頭を下げる。
霊夢は困った。どっきりにしては周りに一切の気配がない。ということは本当に自分の付き人と言うことだろうか。
しかし何か怪しい。話が唐突過ぎる。
陰で暗躍してそうな新聞記者の意地悪そうな顔が、頭に浮かんだ。
「あの、悪いんだけど私にはそういうのはいらな」
「よいしょ」
「いんだけど……ってちょっと」
椛は霊夢を御姫様だっこで抱え上げて、歩きだした。
「洗顔用の水は汲んでおきましたから、そちらで」
「聞いてないって。降ろしなさいよ」
「そんなに暴れないで、楽にしててください」
椛はにこやかに微笑む。
霊夢はとうとう諦めて、為されるがままになった。
居間に入った途端に感動の大渦が、霊夢をさらった。
何時も冷気がこもっている居間は、すでに温かかったのだ。いつもならガタガタ震えながら寒い居間に入り、暖をとって部屋が暖まるまでまた震えながら耐えるのが日課だった。
それが夢のようだ。ポカポカと温かくて、まるで春のようではないか。
しかも、
しかもだ。
何と朝食が用意されてある。
かじかみながら冷水に手を浸さなくても、包丁で指を怪我しなくても、朝早くに起きなくても、勝手に朝食が作られている。すごい。
ほこほこした白米に、湯気を立てる味噌汁。ドレッシングのかかったサラダに、オムレツ。
これ以上ないくらい、朝食っぽい朝食である。
「どうぞ、お召し上がりください」
「いただきます」
初めに、味噌汁を啜る。豆腐ときのこが入っている味噌汁だ。
口をつけた刹那、深い味わいと、透き通った後味が余韻に残る。
美味い。文句のつけようがない。
味噌汁は基本中の基本である。味噌汁の味一つで、どれだけの腕かがわかるほどなのだ。
しかし他人の台所で、初めて作ったにしては美味すぎる。
「お気に召していただけたでしょうか」
「うん、すごいわこれ。あなた中々のやり手ね」
「ありがとうございます」
椛は頭を下げた。
霊夢は食べていくうちに、明らかに自分が作ったよりも美味い朝食に、微妙な嫉妬が芽生えた。複雑な気分だ。
「説明して欲しいんだけど、山から派遣ってどういうこと?」
「あなたが八坂様を討伐しに、山に入ったことを覚えていますか」
「討伐って……そんな物騒なものでもなかったと思うけど」
そういえば少し前、そんなことがあったなと思いだす。
「あなた様の活躍がなかったら、あのまま八坂様と戦争になっていたかも知れません。あなたは天狗――いや、妖怪の山の恩人なのです」
「恩人って……私は新参者が勝手するのがいやだったから動いただけで……あんた達のことなんて知らないわよ?」
「それでも恩人には変わりありません」
「それじゃあ……何であんたが?」
「私は白狼天狗といって、山を警護するのが仕事です。私たち白狼は地位が低いのでそれ以外の仕事はほとんど雑用や上のお茶汲みですが……その中で実力があり性格がよく大天狗さまに抜擢されたものが、あなたの御側付きになることになったのです」
椛は懐から封筒を取り出して、床に置いた。
中に入っていた成績表を見ると、武術やら家事やら忍耐力やらいろいろな項目があったが、すべての順位が一位だった。
備考には『白狼にしては類稀なる才器なり』と書かれている。
「凄いじゃない」
「そしてもう一人」
椛は封筒をもう一つ床に置いた。『射命丸文』と明記された封筒であった。
「私の上司として文が付くことになりました」
「あいつも偉い奴に認められたってこと?」
「いえ……あの人の場合は……何というか」
口ごもる椛に首を傾げつつも、霊夢は封筒を開けた。
椛とはまた別の成績表だったし、古かった。
「……何これ? 総合順位七十五/七十六位? 下から二番目じゃない」
見る限り、ほとんどの成績がボロボロだった。特に情報収集率は最下位。見るからに劣等生である。
しかも備考に『これほど自分勝手気ままな天狗は見たことはない。協調性にも欠け、社会の情緒を著しく乱す恐れあり』と書かれている。
「だから……あの人は少し特殊で……とりあえず、今のところ戦闘能力に関しては大天狗さまに次ぐほどで手が付けられない状態です」
「特殊って……まあ想像に難くないけど」
「……昇進すると待遇は良くなりますが、自分勝手にできなくなりますから。多分悪い方に改竄していたのではないでしょうか」
「とんでもない奴ね」
霊夢は成績表を破り捨てた。
「ところで、何でこれを見せたの?」
「その酷い成績表と一緒に見ていただければ私のことも少しは信用して下さるだろうかと思い」
「あんたも抜け目ないわね」
てれてれと椛は頭を掻いた。本当に抜け目がない奴はそういう本音を言うことはないだろうと霊夢は思っていたが。
朝食を食べ終えると、椛は食器を片づけた。
「私は神社内の掃除をしてきますので」
そういって、居間から出て行った。
霊夢は誰も居なくなった居間で一息ついて、外に出た。
外は寒い。春まではもう少し間があった。
周りの景色を眺めてから、気配を探る。怪しい気配は微塵もなかった。
賽銭箱の隣から見る境内は、至っていつもどおり、十センチほど積もった雪で真白だ。
「……そこだ!」
霊夢の指先から放たれた針が、傍の杉の木に入った。
同時に「うをあ!」という悲鳴が聞こえた。
「やっぱりいたか」
「こっ……殺す気ですか!?」
霊夢は呆れて溜息をついた。
文は針が刺さったカメラを手に携えていた。
「人間風情がやりますね。私の気配を見抜くなんて」
「気配なんてまるっきりなかったわ、勘よ」
「……勘なんて不確かなもので、私の相棒が壊されるとは」
くすんと鼻を鳴らして、レンズに針の刺さっているカメラを見た。
「怪しい御側付きが訪ねてきたんだけど。今度は何を企んでいるのよ」
「おやおや、企んでいるなんて心外です。私どもはあなたへの感謝と誠意の証に、彼女を差し上げたのです」
「白々しい、本当のことを言いなさい」
文はにやりと笑って、霊夢の前に跪いた。
「私の言っていることはすべて本当です、博麗様。企んでいる何て、まして虚言など私が吐く筈もありません」
霊夢は絶句した。額から冷たい汗が流れる。
この高飛車天狗が自分に跪くなんて、幻想郷が崩壊しようがあり得ない話だった。
それが博麗様? 鳥肌が立つ。
「椛からすべてお伺いだと存じ上げますが――私もご説明いたしましょう。私どもは」
「うおおおおお! 封魔陣!」
「あなたを――――てうぎゃああああああ!?」
結界が展開され、文を閉じ込めた。
スペルカード『封魔陣』の原となった、正真の封魔陣である。
博麗一子相伝の秘伝書に記された博麗しか使えない、対妖怪の陣。
弾幕バージョンのような華麗さはなく、唯妖怪を束縛しじりじりと苦しめて改心させる素朴な結界で、妖怪だろうが無暗に殺すのは良くないと考えた先祖が懲らしめるために編み出したものではあるが、効果は抜群だ。
「うああああ!? 苦しっ……息が……うええ気持ち悪っ何この圧迫感っ何でこんなことを!?」
「い、いいから吐きなさいっ、何をする気なの。何を企んでいるの」
「何でそんなに追いつめられた表情を……私が何かしましたか!?」
「やかましい! もっと締めるわよ!」
「いたたたたたた! ギブアップギプアップ!」
偶々廊下の雑巾がけを行った椛が、その光景を見た。
クリアなガラスケースのようなものに覆われ、その中でジタバタしてる文と、荒い息をついてお祓い棒を握りしめる霊夢。
一瞬で事情を飲み込めた椛はやはり優秀なのだろう。すぐに止めに入った。
――――――
「いたた……全身が軋む……」
「あれほどやっても吐かないなんて。意外と根性あるのね」
「ですから私どもは……」
文はちゃぶ台を打って、身を乗り出した。
真剣な目だった。真摯な瞳が、光を放っている。
しかしそれを霊夢は嘲笑し、お祓い棒を握りしめた。
「はいはい、わかったから本当のことを言いなさい」
「こんなに言っても信じてもらえないなんて……」
「今度はこっちの犬を拷問するわよ?」
「なっ、酷いですよ! こっちは好意で接しているというのに!」
霊夢は相手にせずに、椛にお祓い棒を向けた。
「あと五秒以内。五、四……」
「くっ……これほど不誠実で不愉快な人間はいないでしょうね! 椛、帰るわよ。相手になってられないわ!」
文は舌打ちして部屋から出て行こうとしたが、椛が文のスカートを掴んで止めた。
「文様、これ以上は逆に不信に思われてしまいます。全てをお話したほうがよろしいのではないでしょうか」
文は椛を「馬鹿っ」と睨みつけてから、諦めたように溜息を吐きだした。
「……好きにしなさい」
「やっぱり何か企んでたのね」
椛は尻尾をぺたんと落としてから、話し始めた。
「企んでいたかと問われれば、企んでいましたとしか答えられないでしょう」
「何をする気だったの? こんな白けた神社に目ぼしい情報何てあるわけないし、天狗が喜びそうなものなんてないわよ」
「天狗が喜ぶものだったらあります。それがどうしても欲しい」
霊夢は少し考えたが、思い至らなかった。
「私たちの欲しい物は、目の前にあります」
「目の前……目の前?」
文はつまらなそうに言った。
「鈍いですね、貴女ですよ貴女。私たちは博麗霊夢が欲しいんですよ、そのためなら犬一匹どうってことないんですよ」
「……私!?」
霊夢は複雑と驚きを混ぜたような表情をした。
今度は文が説明を続けた。
「この間、旧都に行きましたよね? そこで私たちは新勢力と戦ったわけですが、予想以上に厄介な奴が何人もいる。この件で他の勢力よりもより優位に立つにはどうすればいいか、という議論になったのです」
「何で?」
「何でって……古明地が山に侵入していたのにもかかわらず、誰一人としてそれに気付けなかった、そして八坂様の勝手かつ予測不可能な行動、大まかにこの二つです。他の勢力も何をするか分からない以上油断できない。博麗を身内に出来れば他の勢力より俄然優位になりますからね。だから椛とくっ付けて『自然に穏便に』こちら側に傾いていただこうと思ったのです」
「以上、全てをお話しました。これで私たちの任務は失敗です」
「そうね、そんな話を聞かされて仲良く接せるわけないものね」
「仲良くって……椛を少しは褒めてやってください。この子は一度あなたに痛い目見せられてるんですから」
「全く覚えてないわ」
「これですよ。私が立てた策だっただけに、大天狗さまにはどう報告しようか」
文がぶつぶつ呟き始めると、椛は霊夢に頭を下げた。
「そう、私はあなたを裏切りました。謝罪の言葉もありません。しかし、無礼も無様も粘着も、何と罵ってくれてもかまいません。私をここに置いてください」
「いやよ」
「そこをなんとかお願いします」
「わかったわ」
「えぇ!? 折れるの早っ!」
霊夢は真っ直ぐに椛を見つめていった。
「私も何かと楽だったし、あなたが諦めるまでだけど、働くんだったらここにいてもいいわ」
「わ……私を信用してくれるのですか?」
「うん、信用しましょう。あんたは凄く澄んだ目をしているもの……そこのカラスと違って」
「ありがとうございます……!」
「私だけ悪者ですか!?」
「だってあんたの目は欲望と野心で濁りきっているもの」霊夢がいうと文は何やら納得したような表情で「おお、あるある」と頷いた。
「ただし、ここに居候するんなら山のことはもう持ち込まないで頂戴。そして、私は中立。間違っても傾いたりしないから……その辺は解ってるわよね」
「はい、全了解しました」
「なんだか知らないけど……上手く行ったのかしら?」
文が首を傾げた。そして椛をつつくと、こそこそと話し始めた。
「ねえ椛、作戦のことを考慮した上での発言と行動よね。大した臨機応変ぶりだわ」
「私は作戦抜きにしても、この巫女様の下で働いてみたいと考えていました故に」
「そう、じゃあ頑張るのよ? 無礼なことをしちゃダメよ」
「あなた様が動かなければそういった事態は避けられるものかと」
まる聞こえだった。
霊夢は冷めていたお茶を飲んだ。
「じゃあ椛、早速霊夢さんの私室をぴっかぴかにしてきなさい。押し入れとか箪笥の裏に隠している本の埃も綺麗にね」
「わかりました」
「……ってちょっとまて! なんであんたがそんなことを知って……! 待ちなさい椛!」
霊夢が立ち上がるよりも速く、文は霊夢を抱きしめて押さえつけた。
「……文様?」
「早く……! ここは私に任せて……行きなさい! 急いで長くは持たないわ……!」
「ちょっと待ってホントに止めてー!」
「文様……」
「行きなさい! 皆の思いを無駄にしたいの!?」
「皆ってだれだちくしょー!」
椛は涙目になって、こくんと頷いて、走り始めた。踵を返した時に零れ落ちた涙が、きらきらと光った。
何で変なところでノリがいいんだと霊夢は叫んだ。
「ちょっとちょっと! 人には言えない秘密の一つや二つはあるんだからそれを詮索しないのが人情ってもんでしょう!?」
「……静かにしてください」
霊夢は顔をあげて文を見た。そして、驚かされる。
文はいつもとはかけ離れた真剣な表情で霊夢を見つめていた。
「これで二人になりましたね。私の話を聞いてほしい」
「……は?」
放された霊夢は当惑して文を見つめた。
文はいつになく気を入れて語った。
「どうしたのよ急に」
「椛がここにいると話しにくいですから」
「なんの話よ」
「椛は自分の意思でここに来たと思っていますが、そうではないんです」
霊夢は首を傾げた。
文は切実な何かを伝えようと必死に見えた。
「椛は真面目で、勤勉で純情で……確かに才のあるやつです。ですが……生まれが悪く……下っ端の変えはいくらでも効くのですよ。椛の代わりはごまんといるのです」
「何が言いたいのよ」
「この間の古明地を発見できなかった責任で、椛は上から無能と判断されました。椛は侵入者の発見の速さと人徳を買われて、あそこにいたのです。それなのに古明地を発見できなかった。上に信用されていただけに、期待を裏切る結果になってしまったのです。つまり……」
「……クビってこと?」
文は首を振って「それだったらまだ良かったのですが」と重い息を吐いた。
「……クビにするというのは、基本的に野放しにすることです。しかし、椛の能力は野放しにするには危険すぎるし勿体なさすぎる」
「……能力って」
「あの子の情報収集能力です。千里先を見ると言う天狗の妖術の中でも上位……大天狗様でも使いこなせないような力を己が意思で、または全く無意識に大した疲労もなく使えると言うものです。私もできないことはないですがあの子の足元にも及ばないレベルです。そんな力が他の勢力に渡れば……常にこちらを監視するようなことも出来るわけです」
文は続けた。
「情報は最大の武器です。小さな一つの情報で――それこそダムが小さなヒビから崩壊するように、他者を崩壊させることができる。組織なら直のこと壊しやすい」
「小さな情報一つって……大げさな」
「大げさでも何でもありません。現にあなたはさっき取り乱しましたよね。箪笥の裏の書籍の話で」
「そ、そうだ! 早く止めないと!」
文は懐から書籍を三冊、霊夢の前に放った。
霊夢は目を白黒させ、次に顔を真っ赤にしてそれらの本をかき集めた。
「考えても見てください。こんなシケた小話本で、あなたは他のことを考える余裕がない。これらがあなたのものだと言う確証はないですよね。あなたを一先ず安心させるために、あそこにあった本と同じものを三つ買ってきて、あなたの前に放ったのかもしれない。あなたのこれは、まだ押入れの中にあるかもしれないですよね?」
霊夢は動きを止めて、どうしていいか分からないような瞳で文を見た。
確か、昨日までは本はあそこにあったはずだ。
文が、何だか怖く感じた。
「心配しないでください、それは間違いなくあなたの押し入れからとってきたものですから。例で言ったのですが、これはあなたの秘密という情報を持っていたからこそのやり取りです。そして情報は根も葉もない噂を付けて装飾することで人を貶めることもできます。ほとんどの人妖は、入ってきた情報を真と信じて疑わないボンクラばかり」
「前置きが長いわ、とっとと話の核を言いなさいよ」
「扱いに困った力は、消すに限る。そういうことです」
文はため息をついた。
「あの子の信用はもう皆無なのです。実力もどこかの人間に劣り逃げ帰るのが必至といわれ、牽制という名目を話しても椛を気にくわない奴はいます。白狼であの能力は、前代未聞。自分より劣った立場で自分より有能だと言う者を天狗は好かない。いえ、人間も好かないでしょうが」
「人徳があるって言ったじゃない」
「椛は性格がいいですからね。それだけに、失墜の速さも異常でした。しかも上は自分が貶めたくせに、椛の報復を恐れている。先のことも考えられない無能な奴ばかり。大天狗様と私で庇って何とかならんものかと考えましたが、いい案は浮かばない。あのまま滝の警固をさせておけば椛は危ない。しかし椛に全てを話して逃がしたとしたら、私と大天狗様も危ない。ならば」
「……椛に何も伝えず、任務と言う名目で中立である私の下に送る。というわけね」
「そのとおり。ここなら九割九分は安心です。椛はもともと剣の達人。滝で組織の輩に襲われて反撃すれば、散歩中の鼻高天狗を日頃の恨みと称して襲った、という汚名を着せられ公開処刑ということになりましょうが、ここに他の天狗が来たら逆に不自然ですからね。それにここは幻想郷の端っこ、眺めもいい。気配の感じやすさも最適です」
「あなたは気配の気の字も出してなかったじゃない」
「気配を出さなくても、匂いは残る。椛はその道のスペシャリスト。あなたとは比べられない感性ですから、安心して下さい。私のことにも気が付いていたと思いますよ」
霊夢はため息を吐いた。
「何で私はこんな面倒な役回りなのかしら。それにしてもあんた、やけに思い入れしてるじゃない」
「あの子は昔々、私の部下だったのですよ。私も損得だけで動くわけじゃない。私がここを選んだ理由は、気配の感じやすさや辺境だからという理由だけではないのです。そう」
文はにこりと笑った。
「あなたがいるからです。私はあなたを誰よりも信頼していますから、あの子を任せられる。どうかあの子を使ってやって、護ってやってください。私もできる限りは協力します」
文は頭を下げた。
霊夢は黙ってお茶を啜った。
「椛もあなたに憧憬を持っていました。あなたの為なら何でもやってくれると思います。それではよろしくお願いします」
文はそれだけ言うと、障子を開けて室内を吹き荒れた風に溶ける様に消えた。
風はそのまま出て行って……障子が勝手にしまった。
霊夢はお茶を置いて、乾いた笑いを漏らした。
――――――
「寝室の掃除が終わりました」
「そ、ご苦労さん」
居間に入ってきた椛は、顔を赤くして怒っているように険しい顔をしていた。
「……どうしたの?」
「この本は何ですか」
ちゃぶ台の上に、三冊の本を置いた。
霊夢は血の気が引いた。いやまさか、そんなはずはない。隠しておいた本はあいつから返してもらったはずだ。
ちゃぶ台の上には淫扉な絵柄が書かれている本が三冊。どれもこれも身に覚えがない。
霊夢は文から受け取った『ドキドキ恋の予感!?』『あなたとのデートを最高に楽しむ方法』『お勧めデートスポット!』の三冊をちゃぶ台に置いた。
間違いない、この三冊は私のものだ。では椛が持っているあの三冊は一体……!?
すぐに氷解。
「あ……あの馬鹿! しっかり捏造してるじゃないの!」
「まだあったのですか? 全く、ダメですよ。これらは全部捨てますからね」
「まって! この三冊だけは捨てないで」
「ダメです。教育上よくないです」
「うう……夜にそれで綿密な計画を立てて、甘酸っぱい妄想をして悶えるのが秘かな趣味だったのに」
「相手もいないのにですか?」
「そういうことは言わない」
霊夢が椛に取られた本を見ながらとほほとため息をついた。
椛は頬を申し訳程度に染めて、目を泳がせていった。
「あの、相手がいないのなら……その」
「……ん?」
「私が、あの、今日は寒いですし、御一人では難でしょう。食料の貯蔵もあまりないですし、荷物は重くなるかと思いますし。私が案内しますから、里に一緒に買い物に、行きませんか?」
霊夢は少し呆けた。
「それって逢引のお誘い?」
「いえ、そんな大それたものでは、私はあの、貴女様が嫌なら、その」
椛が自信なげにいうと、霊夢は笑った。
「嫌じゃないわ。いきましょう? あんたの家具も買わないといけないし」
椛はぱあっと笑顔になった。ふりふりされている尻尾が可愛らしかった。
―――――
椛の歓迎祝いと言うことで、酒を一斗と適当な生活品を里から買ってきた。
デートとは言えないかもしれないが、楽しい買い物だった。
生活品を買ってから、焼鳥屋で遅めの昼飯を食べて、食料を買い、酒屋で酒を買った。
椛は質素なものが好きで、派手な物は苦手らしかった。部屋は霊夢の私室の隣を貸した。
金は全部霊夢もちだった。元々霊夢は博麗の巫女と言うことで里から食料を配給されているし、妖怪退治をして貯めた金もお茶をお茶請けを買うくらいで使うことがなかったのだ。
だから新鮮な買い物だったし、一斗の酒を買い占めたのは爽快だ。それをひょいと担いだ椛にも爽快だった。
「すみません、お酒の代金まで」
「いいのいいの」
霊夢はいつになく上機嫌だった。
椛は幼い顔立ちだが、厳つい表情で背は高い。結構な美形だった。
一緒に歩くだけでおかしな優越感に浸れたし、女顔の男に見られたのか、八百屋のおじさんからは「これかい?」と小指を立てられたりもした。
「文様は仕事が終わり次第来るらしいです。それまでツマミを作って、軽い夕食でも」
「料理なら、私も手伝うわ」
椛は笑顔で「ありがとうございます」と言った。
霊夢は心が弾むような心地を覚えながら綺麗に掃除されてある台所に入った。
二人の距離はあっさりと、二人ともが気がつかないうちに縮まっていた。
お粥に川魚と果物を食べ終えて、霊夢は盃を傾けた。
椛も横で大きな盃を傾けている。天狗は酒に強いので、霊夢に合わせてちびちびと飲んでいた。
季節が冬ということもあって日が落ちるのは早く、真っ白な月が地平線から少し上に顔をのぞかせている。
霊夢は寒いのを我慢して縁側に腰かけて、くすんでいく空を眺めていた。
今宵の酒は格別だった。椛も気の強そうな顔を幾分か綻ばせながら、黙って空を見上げる。
霊夢は不意に、不安が胸をよぎったのを感じた。椛はぼんやりと、空を眺めているだけだ。
霊夢は勘付いた。
不安がのたうっているのは、自分ではないことに。
「……文を待たなくてよかったのかしら」
「あの人は一々気にする人ではありません」
椛は空を見上げながら答えた。霊夢は笑って言った。
「あんたってホントにあいつの部下? 随分とあかぬけてるじゃない」
「上司の性格を把握するのも仕事の内ですよ。……そう」
椛の瞳が潤むのを、霊夢は見逃さなかった。
ああ、やっぱりと霊夢は目を細めた。
「あの人の性格は……あの人の人格は……誰よりも私が理解しています。あの人のことで私が分からないことは多分ない」
「あんた……」
「あの人から聞いたでしょう? あの人に拾える情報が、私に入らないわけがない。あの人も私が気付いているのを理解していたと思います」
椛は苦笑した。
「例の春画もあの人の匂いが付いていましたし……私の聴力は妖猫ほどではないですが、居間の会話を聞きとるくらいわけはない。あの場で、あの人はあなたに説明するのと同時に私にも伝えていたのですよ。これから私がどうしなければいけないか考えられるように。直接話せば気負いが出来てしまうから、あの場を借りたんです」
霊夢は無言で椛の話を聞いた。
椛は続けた。
「全く、あの人はお優しい。正直、山にいた時点で自分の身が危ないのは解っていたんですよ。ただ信じられなかった。私は山の為に尽力してきました。だから裏切られるわけがないと……目を瞑っていたんです。首にゆっくりと刀がめり込んでいくのを感じながら……物わかりの悪い子供のように、目を瞑って耳を塞いで。そんな日が来るわけないと、思い込もうとしていたんです」
椛の持っている盃から、酒が点々と零れていた。
「だから、ようやく動くことができました。致命傷にならないうちにそこから逃げ出すことが。あの人のおかげで」
今や、点々と落ちているものは酒だけではなかった。
霊夢は胸を締め付けられるような思いに駆られた。今の彼女は凛とした冷静な天狗ではなかった。ただの少女だった。
「でも、逃げたところで……私はどうすればいいのでしょう。仕事は私の全てでした。全ては、私をいらないものと判断しました。なら私は……」
居ても立ってもいられなくなって、霊夢は椛から大きな盃を取り上げて両手で引っ掴み、端を口にくわえた。
そして、歯を食いしばってから一気に流し込んだ。椛の盃に入っていた酒は、少なくとも三合はあったのだが、それがゆっくりと無くなっていった。
椛は目を白黒させながら、事の成り行きを痴呆者のように傍観した。
霊夢は喉の奥が熱を持って、脳が危険を訴えるのを無視して全てを流し込んでから、盃を落とした。
空の盃がガコォンと音を立てて床に叩きつけられ、少しばかり残っていた酒が弾けた。
「ぐ……うえっぷ」
「な……何て無茶を……すぐに吐き出してください。人間にとってあれは命にかかわる……」
霊夢は手で制して、頬を乱暴に袖で拭い、ふら付く足に活を入れた。
「げ……幻想郷は……全てを受け入れる……」
胃から込み上げる物を無理やり抑え込んで、続けた。
「例え全てがあなたを必要としなくても、幻想郷はあなたを受け入れるわ」
椛は不安げな表情をした。今の霊夢にとって、一番不快な表情だった。
霊夢は苛立たしげに眉を歪めた。
「それでも不満……?」
「私は……幻想郷に受け入れられても、もう居場所がない。拠り所も――帰る家もない。幻想郷という広い空間で何百年も拠り所もなく、命の危険にさらされながら一人きりで暮らせと言うのですか? 勝手なことを言わないでください。何れ――すぐに寿命を迎える人間の分際で」
椛の目が暗い怒りでぎらついた。そこからさらに一粒二粒と涙が零れ落ちる。
霊夢は顔を寄せ、右手を、椛の頬に添えた。言葉を発せずに。
椛は笑った。
「……なんですか、かける言葉もありませんか? そう、こんな愚か者の役立たずにかける言葉なんてない。どうせ私は殺される。あの人がどんなに庇ってくれたって、たかが知れている。あの人以上に頭が回る天狗もいます。それにあの人だって完全に信用できるわけじゃない。誰だって移ろいゆく。皮でへつらっても腹じゃ何考えてるんだかわからない。私を助けるふりをして、最後には裏切って私を売り渡すつもりかも知れない。あなたには分からないでしょう? 誰がどこでどんな顔をしているかなんて、わかりませんよね? 自分がどう思われているかなんて」
霊夢は目を細めた。
「あの人のことで私が分からないことは多分ない」
霊夢は真っ直ぐに椛を見据えて言った。
「そう、さっき言ったじゃない。それなのに……文も信じられないの?」
椛は口を紡いで黙った。
「あんた、本当に今まで頑張ってきたのね。濁りのない真っ直ぐな目をしているわ。だからこそ裏切られたとき、疑心暗鬼になってしまう」
霊夢は続けた。
「私は誰にどう思われようがあまり気にしないけど――独りぼっちは辛いからわかるわ」
「……わかる、だと? 人間のくせに解った様に口を効くなっ」
椛は顔色を変えて立ちあがった。
目が真っ赤に染まって、額に青筋が立っていた。
「お前のように皆からちやほやされてきた奴に解って堪るか! 我らはずっと悪辣な雑用をさせられて来たんだ。塵虫のように扱われたことだってあった。どんなに辛かったか、どんなに苦しかったか、どんなに悔しかったか、どんなに見っとも無い真似をしてきたか――それが生まれて二十にも満たない童に解って堪るか! 何十年ではないぞ!? 何百年もだ! そしてようやく滝口の警固まで任されるほどになったのに……それを奪われたんだ。私の……拠り所だったのに」
椛の目からぽたぽたと雫が落ちた。
霊夢は憐れむような眼で椛を見つめて、言った。
「確かに、解らないわね」
椛はそれを聞いて、歯軋りをした。握った拳に爪が食い込んでいるのか、血が手から溢れていた。
「解らないわ。だって拠り所なんて、一度も持ったことがないもの」
「……え?」
霊夢は椛は見上げながら言った。
「拠り所ってどんなところなの? 我が屋って温かい? 私もう大分自分の家に帰ってないから」
「……そんなでたらめ」
「でたらめかどうか、私の目を見ればわかることよ」
椛は眉を歪めて、目を逸らした。霊夢は気にすることもなく続ける。
「帰っても私一人だし、便利だから神社に住み込んでるだけよ。それより聞かせて、拠り所ってどんな風なの?」
椛は少し迷ってから、言った。
「……温かくて、安心する場所です。心が満たされるような、ずっとそこに居たいような……」
「じゃあ、温かくて、安心して、心が満たされて且つずっとそこに居たい場所であればいいのね?」
椛が黙って頷くのを見て、霊夢はにっこりと微笑んだ。
そして、椛に抱きついた。
「あ……」
「ねえ、温かいでしょ」
「……はい」
「安心する?」
「……はい」
「心は満たされる?」
「……八分目、くらいです」
「惜しいわね、じゃあ」
もっとしっかりと抱きしめて、霊夢は言った。
「もっとずっとこうしていたい?」
椛はポカンと口を開けたまま固まった。
霊夢は椛の肩に額を当てて、返事を待った。
椛はやがて、静かに目を閉じてから――霊夢を抱きしめ返した。
「……決まりね。私も拠り所って言うものが欲しくなったわ。だから――」
椛の肩から顔を離して、霊夢は椛の目を見た。
「だから、どこにも居場所がないのなら、私の拠り所になって頂戴? 私もあんたの拠り所になるから――なれるように努力するから」
もう一度抱きしめてやると、椛の肩が震え出した。
しゃくり上げる音と、小さな嗚咽が聞こえる。
霊夢は少しでも、溜まった不安を洗い流す手伝いをしようと深く抱きしめようとしたが、突然足もとが消えて空中に放り出されてしまった。
今になって酒が効いてきたらしい。
このままでは闇に溶けてしまうか、遥か下の地面に叩きつけられてしまうことは明白だった。
しかし、霊夢は慌てもしなかったし、怖くもなかった。地面に叩きつけられる前に、誰かさんが受け止めてくれるのを知っていたから。
そのまま霊夢は身じろきせずに、安らかな微笑を浮かべたまま、闇の中に落ちて行った。
文句があるとすれば、向こうの杉の木の上で黙って涙を流している烏に景気づけのビンタを一発くれてやりたかったことだけだった。
――――――
さーて困ったことになったぞと霊夢は頭を抱えた。
所々覚えていないが、昨日はやたらシリアスな雰囲気だったような気がする。自分の肌に合わない空気の残思が、心に纏わりついていたのを感じた。
文の来る前に酒を飲み始めたのは記憶の隅っこにあるので、そのまま酔いつぶれてしまったのだろうか。
しかし、酔いつぶれるほど飲んだにしてはやけにすっきりと目覚めている。眠くもないし、だるくもない。二日酔いもない。
障子の隙間からは寒々しい朝の空気が流れ込み、柔らかな日差しが差し込んでいる。
「いやー、いい朝ねー」
霊夢は現実逃避を図ろうと大きく伸びをした。
しかし伸びきれない。何故か。
裸の椛ががっちりと霊夢をホールドしながら、眠っているのであった。
霊夢は何とか椛を引きはがそうと努力してみるが、椛の腕は霊夢の首に纏わりついて離れない。
身を確認すれば霊夢もさらしにドロワーズだけ、ほとんど裸であった。
胸の上に乗っかっている椛の頭が妙に心地よく感じる。少し硬めの銀髪がさらさらと寝息に合わせて動く。
その他肌と肌で接触している諸々の部分が椛の熱を伝えてきている。特にまずいのは腹に感じる――まあいろいろと、大腿に感じる――まあ、いろいろである。
「いやー本当にいい朝ですねー」
文が半開きの襖を勢いよく開けた。
霊夢はびっくりして飛び上がった。
「あ、文!? いやこれは違うの! 何が違うって自分でもよくわかんないけど多分――」
「あーあー解ってますよ。椛は寝るときに裸になる癖がありますからね」
「……私の服は?」
「私が脱がせました。巫女服のまま寝るのは気持ち悪いかと思いまして」
文は御盆から二人分の朝食をおろした。
お粥、卵焼き、サラダ、お茶。美味そうだった。
「あんたが作ったの?」
「当然、私もこの任務を請け負った一人ですからね。朝飯を作るくらい朝飯前ですよ。それより体の具合はどうですか? 天狗の秘薬で二日酔いがすっかり解消でしょう?」
「そういえばやけに調子がいいわ」
「椛の口移しです。よかったですね」
「……う」
別の意味で頭が痛くなってきた。
「いやぁ、やけにエロい口移しでしたね。聞きます? まず上顎を――」
「止めて止めて聞きたくない」
「それから意味もなく舌を絡めて――」
「止めて止めてやーめーてー!」
「舌を啜ってやると霊夢さんも寝ながらに反応して――」
「いやああああああああああ!」
霊夢は起きるに起きれないこの状況で、不思議なことに気が付いた。
部屋が寒くないのである。障子は半開きだし、暖もとっていないのに。
「術を使いましたから。これがあると夜通しの見張りとかに便利だったんですよね」
「確かに便利ね」
「ふふ、ほら椛も寝た振りしてないで置きなさい。朝食が冷める」
椛はぎくりとすると、より強く霊夢にしがみ付いた。
「……あんた起きてたのか」
「起きてません、熟睡中です」
霊夢はどうしようかと考えると、文が布団を引っぺがした。
半裸の霊夢と、それに絡みつく裸の椛の体が露わになった。
霊夢のアングルから、椛の尻尾がぱたと動いたのと、獣耳がぴくんと動くの見えた。
文は頬を染めて陰湿な笑みを浮かべる。
そして、激写。
霊夢が止めてと叫ぶ一瞬前の出来事だった。
「おお、これはこれは……なかなかいい眺めですね。二人の少女が絡み合った百合色の空間、夢のようですよ。正直涎が止まらない」
「何撮ってんのよ! カメラを渡しなさいこら!」
文は含みのある笑いを浮かべると勢いよくカメラを放り投げた。
中に舞ったカメラを、一羽のカラスが攫っていく。
霊夢は椛をどかすことに成功し、カラスを追おうとしたが、自分の格好を省みて、それをあきらめた。
「今のカラスってひょっとして……」
「見出しは『巫女に熱愛疑惑!?』で決定ですね」
「こっ……この!」
「こっちですよー」
「こらぁ!」
「こっちでしたー」
狭い室内で追いかけっこを始める二人。
椛はのそりと寝返りを打ち、霊夢の余韻を肌と鼻で感じて微笑んだ。
新しい寝床に淡い不安と、大きな安心を抱きながら。
了
作者は神に違いない…
(-人-)ナムナム
素敵なデートを妄想するのが趣味の乙女霊夢さんが新鮮でたまらんなぁ
腹黒さを垣間見せ、しかし人情があり、おまけに茶目っ気も見せる、有能な組織人あややが魅力的過ぎる
文霊も見たい(ry
次のお話も楽しみにしてます!
椛、霊夢、文の3人とも見事にキャラが立っていました。
激昂した椛が体裁をかなぐり捨てて本音をぶちまける場面が好き。
「解らないわ。だって拠り所なんて、一度も持ったことがないもの」から始まる
霊夢の台詞にぐっときました。
残りのリクエストの中では、さと霊を優先させてほしいな、と思ったりw
霊夢はどんなカプでも合いそうだから困る…
次回も楽しみにしてます!!
これはもう次回に期待せねばねば。
有能でも地味な能力って、表に出づらいから困る。
前回の紅銀から続きを楽しみにしてました
今回もすごく楽しかったです
個人的には王道のゆかれいむとレイマリもお願いしたいところ・・・
霊夢総受けはジャスティス
御馳走様でした。
これには僕も同意ですぜ
勇萃霊が早く来ないかなぁ…
でも霊夢の心からの想いは新しく心安らぐ場所になっていけると思っています
互いに安心を生み出せる存在にそこへ文も加わって温かい世界が作られていく
これからの関係が楽しみに思える話でした
霊夢×幽々子をお願いしたいなと思います。
あなたの作品は最高です!!!!!
次回の
作品を待っています。
早めに出していただける事を願っています。
>>1さん
椛霊夢はまたいつかやってみたいです!
>>2さん
ありがとうございます!
文霊追加で!
>>3さん
次はさと霊になるかと思いますので、ちょうどよかったです。次もぜひ読んでください!
>>4さん
コメントありがとうございます!
次回も読んでください!
>>5さん
地味に期待していてください!
あまり期待されると実力の五分の一も出せない気がしますので……orz
>>6さん
いつもコメントありがとうございます!
励みになります!
>>7さん
ありがとうございます!
紫霊とマリレイ追加で!
>>8さん
すいません! しかしあなたの作る椛霊は、これより良いものになるかもしれませんよ!
>>9さん
霊夢総受けはまごうことなき正義の心です。
次の作品も是非ご賞味下さい!
>>10さん
善処します!
待っていてください!
>>11さん
お読みいただきありがとうございました!
励みになります!
>>12さん
ありがとうございます!
幽霊追加で!
>>13さん
わかりました!
がんばります!
>>14さん
もっとやらせていただきます!
次も見てやってください!
幽霊てwwwwwwww
あと小町×霊夢 4・4でお願いします。
これからもガンバ!!
ゾクリときました。
いや、素敵。これはいい博麗霊夢。
椛霊夢いいよ霊夢かっわええええええ!
愛さ霊夢も書いてください