ひなひなとふわが飛んでいた。もとい、ふわふわと雛が飛んでいた。
いつもなら山の麓で厄を集めている雛だったけれど、ごく稀にこうして山から離れて散策に出かける。それを迷惑ではないかという輩もいるが、特に気にしてはいなかった。そういった声を素直に聞いていては、厄神なんて身動きがとれない。
もっとも、悲劇の流し雛軍団の全員がそう思っているわけではない。長たる雛が良いと言っても、遠慮して山から出ようとしない者も多いのだ。
ちなみに刺激の流し雛軍団は進んで里に下りては罵声を浴びせられ、恍惚の表情を浮かべていた。
歌劇の流し雛軍団に至っては、ミュージカル風に里へ下りて、やっぱり罵声を浴びせられて帰ってきた。今日の客はノリが悪い、という言葉が厄神界での流行語に選ばれたことも記憶に新しい。
「ふふふ、感じるわ感じるわ。こんなに遠いのに肌を刺すような、厄の気配」
厄の字をカタカナに変えて、是非とも繰り返して頂きたい台詞だ。密告すれば慧音先生の頭突きは免れない。
雛は厄の気配を追って、森の中へと降りていった。
鳥の鳴き声すらしない、静かな森だ。しかし、静寂に反するように肌を刺す刺激は痛いほど。新人の厄神ならば、ここらで気絶してもおかしくはない。
頬を水滴が伝う感触。知らぬうちに、汗を掻いていたか。
地面に落ちた汗を、否定するように踏みつける。
「久々ね、こんなにも強力な厄は……」
果たして自分一人で回収できるか。そんな不安にも襲われたが、今更引き返すわけにもいかない。
決意を固めて、雛は一歩目を踏み出す。
「あれ、雛だ」
チルノがいた。だが彼女が厄の発生源というわけでもなさそうだ。
確かに微弱な厄の気配は感じる。だが、回収するほどでもない。
今は相手をしている時間などなかった。チルノを無視して、雛は前へと進む。
鬱蒼と生い茂る草木をどけ、振り返らずに歩き続けた。
「おー、雛じゃん」
チルノがいた。追いついてきたのか。
足の早い奴だ。
無視して先へ進む。
「ん、雛か」
「雛!」
「雛って誰よ」
「厄神」
「ひーなぁぁぁ!」
「漬け物うめぇ」
チルノがいた。
百人ぐらいいた。
広場でひしめくチルノの大群を見て、雛は引き返した。
厄とか、そういう問題じゃなかった。
大人しく帰っても夢見が悪い。というか、本当に悪い。
それに、どうやら厄の気配は大量のチルノから発せられているらしい。先程は一人だったので、微弱な気配だと見過ごしたが。
数を集めれば無視できない量になる。
「何よ、あたい達に用って」
「つまらない用だったら怒るわよ」
「あたい達を解放しろー!」
「不当な国家権力には屈さないぞー!」
「アイスうめぇ」
とりあえず広場に全員集まって貰ったのだが、とにかく五月蠅い。
静かにしてと頼んでも、元がチルノだ。
素直に言うことを聞いてくれず、軽い学級崩壊の様相を呈してきた。
粛清に定評のある慧音先生とて、これだけのチルノを纏めることは不可能だろう。
もう、こうなったら早めに終わらせるしかない。
「えっと、とりあえず一列に並んで貰えるかしら?」
なるべく笑顔で、チルノの群れに話しかける。
「なんかよく分かんないけど、一列になれって」
「一列に並べー!」
「乳列に並べってさ」
「おっぱいの大きさ順?」
「じゃあ、あたいが先頭ね」
「なによ貧乳のくせに。あたいが先頭よ!」
「銭湯? 温泉入ったら溶けるよ」
「カレーうめぇ」
意志の伝達もままならない。
あと、さっきからやたら食べ物に固執してるチルノがいるのは何だろう。
「もういいわ、とりあえず全員動かないで」
そう言って、軽く金縛り状態にしておく。
厄神も極めれば、これぐらいの芸当は軽く出来るようになるのだ。
もっとも数が数だ。さすがに疲れる。
肩で息をしながらも、雛は一人一人のチルノから厄を回収していった。
一時間後。ようやく全ての厄を回収し終えた。
なかなかの量である。電力にすれば、一日中テレビを付けっぱなしに出来るだろう。
「ふぅ……もう動いていいわよって、あら?」
気が付けば、チルノの数は一人に戻っていた。
ひょっとしたら、あの厄がチルノの数を増やしていたのか。そんな厄があるなんて、聞いたことはない。
だが、厄の世界も奥深いもの。雛が知らない厄があったって、何の不思議もない。
安堵の溜息をついて、チルノの肩を叩く。
「お疲れ様。あなたの厄は全て回収し終えたわよ」
「厄?」
「そう、厄。あなたには得体の知れない厄がついていて、それが数を増やしていたの。だけどもう大丈夫。私が全て解決したから」
チルノはしばらく頭を捻って、やがて「レバニラうめぇ」と言って飛んでいった。
いいのだろうか、あれで。
少しばかり悩む雛だったが、まぁいいだろうと見切りをつけた。
厄は回収したのだ。何の問題もない。
後日、神奈子と会った時のこと。
雛は、謎のチルノ増殖騒動について話した。
「はぁ、そりゃあ不思議な話もあったもんだ」
などと膝を叩きながら、神奈子は感心したような顔で頷いた。山の神様とはいえ、分からないことはあるらしい。当たり前か。
「それで、チルノは一体何人いたんだい?」
「ああ、99人です」
「99? ふうん、そりゃあ、なるほどね……」
途端に、神奈子の表情が変わる。
「やくいなぁ」
「厄いですねぇ」
何を閃いたのか。分からず、適当に相づちをうった。
それを見抜いていたのだろう。
苦笑しながら、神奈子は口を開く。
「いやいや、そうじゃないよ。チルノが99人いたんだろ。だから、私はやくいと言ったんだ」
雛は首を傾げる。
仕方がないなと、神奈子は紙と筆を持ってきて、さらさらと数式を書いていった。
「……なるほど、これは確かにやくいですね」
9×99=891
お粥うめぇ
予想すらも覆された。
マジでその発想はなかった。
でも、読めてもやっぱり面白かったwwww
この展開を読めた6の方はすげぇwww