Coolier - 新生・東方創想話ジェネリック

線香は墓無き亡霊の為に

2009/02/28 18:26:06
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 ふよふよと、亡霊達が周囲を漂う。
 けれど彼等には、僕に対する敵意は微塵も無い。
 僕が危害を与えに来たのではないということを、彼等は知っているのだ。
 僕は懐から、あるものを取り出す。
 外から流れてきた『じっぽらいたぁ』という名前の着火装置と、一本の筒。
 筒の蓋を外すと、きゅぽん、といい音がした。
 その中から、数本の細い棒を取り出す。
 何の変哲もない、ごく普通の線香。
 外の世界から此方側に流れて来るまでもなく、里でも簡単に購入できる程度の価値しかない道具。
 需要に対する供給が満たされているのだからそれ以上は必要無いというのに、毎年、盆の時期になると良く流れて来る。
 それらの事から察するに、外の世界では、先祖を供養する風習はどうやら廃れてしまっているらしい。
 もしもこの想像が真実だとするなら、それはとても哀しい事ではないだろうか。
 延々と続く輪廻の中で、人間は未来を夢見ると同時に、過去を思い返す。
 温故知新。
 過去こそが未来への礎となり、人間が現在を生きる原動力となるのだ。
 それとも、過去を振り返る必要すら無くなってしまったのだろうか。
 外の世界では既に蓬莱の霊薬が再現され、人間は皆、不老不死になってしまったのではないか。
 永遠に続く現在に囚われ、人間ごときの脳には無限の未来には想いを馳せる事すら叶わず、そして過去の記憶は緩やかに忘却の彼方へと流れ去って行く。
 蓬莱の咎人達に唯一つ残されたのは、原罪だけ。
 永遠に変化は無く、未来は無く、そして過去すらも失ってしまう。
 そして永遠の世界において不死ではない人間は幻想となり、此方側へと流れて来る。
 不老不死の人間が流れて来たのは遥か昔の事であり、それ以来、誰一人として不死の人間が流れて来ない事こそが、その証明ではないのか。
 あながち有り得ない話ではなさそうだ。
 自らの想像に、僕は頷いた。
 最も、聞く人すべてが笑い捨てるような下らない妄想に過ぎないのだが。
 閑話休題。
 線香に、じっぽらいたぁで直接火を点ける。
 このじっぽらいたぁという道具は、とても便利だ。
 マッチは燐と木片を用いているが故に湿気に非常に弱く、更にその一本が燃え尽きてしまうまでの時間が非常に短い。
 それに対し、じっぽらいたぁは湿気にもある程度の耐性があり、金属を火打ち石として着火してしまえば、後は燃料が続く限り火が点り続ける。
 唯一の難点は、名前が長いことだろうか。
 マッチが三文字なのに対し、こちらは七文字だ。
 これからは簡略化して、『じっぽ』と呼ぶことにしよう。
 そんな考え事をしている間に、火を点けた線香は既に半分以上燃え尽きていた。
 閑話休題。
 新しい線香を取り出し、もう一度じっぽで火を点け直す。
 うん、じっぽの方が呼びやすい。
 マッチと同じ三文字だし、何より語呂が好い。
 やはり、言霊は確かに存在するのだ。
 この国に伝わる言語は、外の世界の更に外の国の言語よりも圧倒的に複雑だと何らかの本で読んだ事が・・・いけないいけない、また線香を無駄にするところだった。
 閑話休題。
 今度こそ僕は、長い姿を残したままの線香を、石で組んだ粗末な墓標へと供え付け、手を合わせ、黙祷を捧げる。
 次に目を開くと、周囲を漂う亡霊達が嬉しそうに宙を踊る姿が見えた。
 その事に、僕も嬉しくなる。
 僕だって、彼等と何ら変わらない。
 半妖であるが故に周囲からの迫害を受けていた僕も、霧雨の親父さんに拾って貰えなければ、きっと野垂れ死んでいた筈なのだから。
 だからせめて、生きている僕くらいは、彼等を弔ってやってもいいじゃあないか。


  ***


「お優しいのですね、店主殿」

「まさか。
 情けは他人の為ならず、あくまでも自分の為だよ。
 しょっちゅう此処を訪れる僕からすれば、此処の住人である彼等とは親交を深めておくべきだからね。
 無縁塚の無縁仏への、僕なりの誠意を形にしただけさ。
 下手に彼等の機嫌を損ねて祟られたりでもしたら厄介だろう?」


 ――親交は、か弱き商人の為に。
 ダジャレでした
純砂糖
コメント



1.名前が無い程度の能力削除
だじゃれなのかっ!?