――幻想とは何か?
幻想郷に来てからというもの、東風谷早苗はそのことばかりを考えていた。
彼女が幻想郷で生き抜くには幻想を理解することが必要だと思ったからだ。
しかし答えはなかなか出なかった。
そのことで輾転反側した夜もあった。目の下に隈ができ、肌は荒れる。どんどん風化していく自分の相貌を鏡の向こうに見たときは「ハハッワロス」とネットスラングを呟いたりもした。
そんな彼女の心も、朝の祈りの時間は穏やかなものだった。
やはり信仰は偉大だ、と彼女は再確認する。そうして彼女の平穏は保たれていたのである。
それでも肌荒れが治まることはなかった。
八坂様が美容の神だったらこんなことにはなってなかっただろうに――そこまで考えて、それはあまりにも失礼な考えだと早苗は思い直した。何より八坂様が美容の神だったらまだ現代にも必要とされていたに違いない。そうすれば自分は幻想郷に来ることはなかっただろう。それは寂しい、と早苗は思った。彼女は、幻想郷に来てからの新たな出会いを嫌ってはいない。幻想郷は現人神である自分を異端者扱いすることはなかった。それはとても有り難いことだった。
幻想郷は東風谷早苗を受け入れた。
東風谷早苗はそんな幻想郷を嫌いになることなど出来なかった。
肌荒れが酷く感じるのは、優秀な化粧品が手に入りづらくなったからだ。早苗はそう考え直した。
やがては解決する問題だと考えれば、心は幾分か楽になった。
そうして彼女が幻想郷に順応してきた、ある朝の祈りの時間。
湖に向かう。
ゆったりと顔を出す朝日が山の緑に色を付ける。
光が満ちる。
澄んだ空気は、若い彼女にも懐かしい感じを与えた。
そのとき、 東風谷早苗はある共通点に気が付いたのだ。
優秀な化粧品――新しいものが手に入らない。
己の相貌の風化。
懐かしい感じ。
――どれも「古さ」がある。
コイルに交流電圧をかけたときのVとIのように、現実とは位相の遅れた幻想。
そう、幻想とは流行遅れなのだ。
早苗は確信した。
そして、早苗はこうも考えた。――過去に現実で流行ったものなら、この幻想郷で流行らせることができると。そうすることで幻想郷を我が物に出来ると。そうして幻想を自らの手の内に納めることが出来ると。
早苗は乱舞した。もちろん物理的に。
時代遅れの流行を先取りする――そうして守矢神社に信仰を集め、幻想とも親しくなる。まさに一石二鳥の案だと。
早苗は、幻想郷で生きていく方法を見つけたのだ。
早苗は考えた。
しかし、ちゃきちゃきの現代っ子である早苗は時代遅れと言われても良い発想が浮かばなかった。
悩む。
悩む。
鏡の前に立つ。
そこに移った姿は、幻想について悩まされているいつもの自分とあまり変わりなかった。「お前はずるずると幻想という足枷に囚われていくのさ」鏡の中の自分が黒い笑みを浮かべた、そんな気がした。
「お前なんか、絶対決別してやる!」
鏡に向かい、右手を突き出す。指を差し、叫ぶ。
鏡に映る自分の姿が覇気あるものに変わって、早苗は満足した。
――いきなり鏡に向かってひとり叫ぶとは、まるで狂気の沙汰じゃないか。ふと戸口から顔を出し、信仰する二柱の様子を見た。二柱ともそ知らぬ顔だ。うむ、問題はない、と早苗は頷いた。今度から断りを入れてから鏡に叫ぼう、と早苗はもう一度頷いた。
そして、その日の早苗は冴えていた。早苗冴え冴えである。
幻想郷に足りないもの。それは右手を突き出し、指差すポーズである。
つまりズームインだ。
幻想郷にはズームインが足りない。
しかし、まだ現実においてもズームインは健在である。では幻想郷に足りないズームインとは何か。
そのとき、早苗は学校に遅刻しそうになった日のことを思い出した。
このままじゃ遅刻しちゃうよ、早苗が言った時、神奈子はこう答えた。
「だったら『ヴィッキーさんと英会話してきた』って誤魔化せばいいよ」
「神奈子、それ早苗の同級生には通じないと思うよ……」
ヴィッキーさんとは昔ズームインで活躍していた人らしい。通勤、通学中の人を捕まえては無理難題をふっかけているとかそんな感じのニュアンスだった、と早苗は思い出していた。
そう、今の幻想郷にはヴィッキーさんが足りないのだ。ヴィッキーさんは幻想になりうる存在なのだ。
幻想郷にヴィッキーさんを再現しよう――早苗は決心した。
それから早苗は境内を掃き掃除していた。二柱が妙によそよそしかったが、逆にそれが早苗に落ち着いた思考する時間を与えている、そう早苗は考えていた。二柱は非常に空気の読める、心優しい方たちなのだと早苗は尊敬した。
しかし、早苗は困っていた。
それは当然だ。早苗はヴィッキーさんのことをほとんど何も知らないのだ。
だが細部までこだわる必要はないと早苗は考えた。細かいことは気にしない、そうすることで早苗は幻想郷に順応していたからだ。
あくまでヴィッキーさんを再現するだけでいい。
通行人に無理難題をふっかける、そんな存在を作ればいいのだ。
そしてその役は自分であってはいけない。自らも現人神として信仰を集めるべき自分は、再現ヴィッキーさんの証人という立場であるべきだ。自分が再現ヴィッキーさんをやっては別の誰かが再現ヴィッキーさんの第一人者になってしまうからだ。
そして、再現ヴィッキーさんはあまり一般に顔を知られていない者の方がいい。顔が知られていればヴィッキーさんではなくその人物の印象として記憶に刻まれてしまうことだろう。
早苗は考える。
一般に顔が知られていない者は誰か。幻想郷に新しい早苗に、良い案が浮かぶとは考えられなかった。
「あのう」
「へ――? あ、はい」
声の方を見る。そこには幼稚園のスモックを着た小さい女の子が立っていた。手に菓子折りを持っている。
不思議だな、と早苗は感じた。どことなく人とは違う雰囲気をまとっているようにも思えた。
早苗はとりあえずいつも通りの応対をすることにした。
「おはようございます。本殿はあちらです。ご案内しましょう――」
しかし、女の子は首を横に振った。
「いえ、私は参拝客ではありません。私は古明地さとりというものです」
古明地――早苗はその名前に聞き覚えがあった。たまに神社に遊びに来る、こいし、という女の子がいるのだが、その子の苗字も古明地だった。確か、姉がいるらしい、ということを聞いていた。
「こいしちゃんのお姉さん、でしょうか?」
「はい、そうです。今日はこいしがお世話になっていると聞いてご挨拶に――」
「いえいえ、そんなご挨拶なんて――」
日本人たる遠慮の文化。
そんな会話の中で、早苗は考えていた。こいしは最近交流が生まれた地底の住人だといっていた。すると、さとりもそうなのだろう。きっと地上で顔馴染みの者は少ないはず。
そう、彼女は一般に顔が知られていない。地上によく来ているだろう妹こいしよりも、だ。
そして、彼女以上に地上での知名度が低そうな存在に出会うことはこれからないだろう、と早苗は直感した。
彼女しかしない。
彼女こそ!
ヴィッキーさんを再現するに相応しいっ!
早苗はさとりの小さな手を強く掴む。
「さとりさん」
さとりの目を見つめる。相手がたじろいでも、気にしない。
そして、言う。
「――私のヴィッキーさんになってくださいっ!!」
それから、早苗の作戦は失敗に終わる。
しかし、その要因はある鴉天狗がふたりの様子を記事にしたからである。
見出しは『山の巫女、地獄の管理者に熱烈な告白』だ。
その斬新な告白の口上や設定に別の天狗が目をつけ、映画化されることになった。
――それがブームの始まりである。
様々な障害を乗り越えた先に愛を告白する――心を打たれる純愛映画は高く評価され、人間の里でも放映されることになった。もちろん人間の里でも大いに受けた。それを見たいがために人間の里に来た妖怪も少なくなかった。話題が話題を呼ぶ。ヴィッキーさんを自宅でも楽しむため「ホームシアターセット」を導入する者もいた。
「私のヴィッキーさんになってください」その言葉は愛の告白の名文句となった。「ヴィッキーさん」という単語だけで乙女が頬を染め恥らうほどにだ。
熱い恋愛に燃えるふたりを見るために多くのものが「聖地巡礼」を行った。つまり、守矢神社を参拝しに来たのである。
早苗は恋愛成就の神様として祭られた。
そして、周りから涙と共に祝福されては今更冗談だったとは言えまい。
東風谷早苗と古明地さとりは結婚する運びになったのは当然だった。
そんな嘘の結婚生活の中で、しかし相手の本当の姿に惹かれていく。
そんなラヴストーリーが展開されるのはまた別のお話。
幻想郷に来てからというもの、東風谷早苗はそのことばかりを考えていた。
彼女が幻想郷で生き抜くには幻想を理解することが必要だと思ったからだ。
しかし答えはなかなか出なかった。
そのことで輾転反側した夜もあった。目の下に隈ができ、肌は荒れる。どんどん風化していく自分の相貌を鏡の向こうに見たときは「ハハッワロス」とネットスラングを呟いたりもした。
そんな彼女の心も、朝の祈りの時間は穏やかなものだった。
やはり信仰は偉大だ、と彼女は再確認する。そうして彼女の平穏は保たれていたのである。
それでも肌荒れが治まることはなかった。
八坂様が美容の神だったらこんなことにはなってなかっただろうに――そこまで考えて、それはあまりにも失礼な考えだと早苗は思い直した。何より八坂様が美容の神だったらまだ現代にも必要とされていたに違いない。そうすれば自分は幻想郷に来ることはなかっただろう。それは寂しい、と早苗は思った。彼女は、幻想郷に来てからの新たな出会いを嫌ってはいない。幻想郷は現人神である自分を異端者扱いすることはなかった。それはとても有り難いことだった。
幻想郷は東風谷早苗を受け入れた。
東風谷早苗はそんな幻想郷を嫌いになることなど出来なかった。
肌荒れが酷く感じるのは、優秀な化粧品が手に入りづらくなったからだ。早苗はそう考え直した。
やがては解決する問題だと考えれば、心は幾分か楽になった。
そうして彼女が幻想郷に順応してきた、ある朝の祈りの時間。
湖に向かう。
ゆったりと顔を出す朝日が山の緑に色を付ける。
光が満ちる。
澄んだ空気は、若い彼女にも懐かしい感じを与えた。
そのとき、 東風谷早苗はある共通点に気が付いたのだ。
優秀な化粧品――新しいものが手に入らない。
己の相貌の風化。
懐かしい感じ。
――どれも「古さ」がある。
コイルに交流電圧をかけたときのVとIのように、現実とは位相の遅れた幻想。
そう、幻想とは流行遅れなのだ。
早苗は確信した。
そして、早苗はこうも考えた。――過去に現実で流行ったものなら、この幻想郷で流行らせることができると。そうすることで幻想郷を我が物に出来ると。そうして幻想を自らの手の内に納めることが出来ると。
早苗は乱舞した。もちろん物理的に。
時代遅れの流行を先取りする――そうして守矢神社に信仰を集め、幻想とも親しくなる。まさに一石二鳥の案だと。
早苗は、幻想郷で生きていく方法を見つけたのだ。
早苗は考えた。
しかし、ちゃきちゃきの現代っ子である早苗は時代遅れと言われても良い発想が浮かばなかった。
悩む。
悩む。
鏡の前に立つ。
そこに移った姿は、幻想について悩まされているいつもの自分とあまり変わりなかった。「お前はずるずると幻想という足枷に囚われていくのさ」鏡の中の自分が黒い笑みを浮かべた、そんな気がした。
「お前なんか、絶対決別してやる!」
鏡に向かい、右手を突き出す。指を差し、叫ぶ。
鏡に映る自分の姿が覇気あるものに変わって、早苗は満足した。
――いきなり鏡に向かってひとり叫ぶとは、まるで狂気の沙汰じゃないか。ふと戸口から顔を出し、信仰する二柱の様子を見た。二柱ともそ知らぬ顔だ。うむ、問題はない、と早苗は頷いた。今度から断りを入れてから鏡に叫ぼう、と早苗はもう一度頷いた。
そして、その日の早苗は冴えていた。早苗冴え冴えである。
幻想郷に足りないもの。それは右手を突き出し、指差すポーズである。
つまりズームインだ。
幻想郷にはズームインが足りない。
しかし、まだ現実においてもズームインは健在である。では幻想郷に足りないズームインとは何か。
そのとき、早苗は学校に遅刻しそうになった日のことを思い出した。
このままじゃ遅刻しちゃうよ、早苗が言った時、神奈子はこう答えた。
「だったら『ヴィッキーさんと英会話してきた』って誤魔化せばいいよ」
「神奈子、それ早苗の同級生には通じないと思うよ……」
ヴィッキーさんとは昔ズームインで活躍していた人らしい。通勤、通学中の人を捕まえては無理難題をふっかけているとかそんな感じのニュアンスだった、と早苗は思い出していた。
そう、今の幻想郷にはヴィッキーさんが足りないのだ。ヴィッキーさんは幻想になりうる存在なのだ。
幻想郷にヴィッキーさんを再現しよう――早苗は決心した。
それから早苗は境内を掃き掃除していた。二柱が妙によそよそしかったが、逆にそれが早苗に落ち着いた思考する時間を与えている、そう早苗は考えていた。二柱は非常に空気の読める、心優しい方たちなのだと早苗は尊敬した。
しかし、早苗は困っていた。
それは当然だ。早苗はヴィッキーさんのことをほとんど何も知らないのだ。
だが細部までこだわる必要はないと早苗は考えた。細かいことは気にしない、そうすることで早苗は幻想郷に順応していたからだ。
あくまでヴィッキーさんを再現するだけでいい。
通行人に無理難題をふっかける、そんな存在を作ればいいのだ。
そしてその役は自分であってはいけない。自らも現人神として信仰を集めるべき自分は、再現ヴィッキーさんの証人という立場であるべきだ。自分が再現ヴィッキーさんをやっては別の誰かが再現ヴィッキーさんの第一人者になってしまうからだ。
そして、再現ヴィッキーさんはあまり一般に顔を知られていない者の方がいい。顔が知られていればヴィッキーさんではなくその人物の印象として記憶に刻まれてしまうことだろう。
早苗は考える。
一般に顔が知られていない者は誰か。幻想郷に新しい早苗に、良い案が浮かぶとは考えられなかった。
「あのう」
「へ――? あ、はい」
声の方を見る。そこには幼稚園のスモックを着た小さい女の子が立っていた。手に菓子折りを持っている。
不思議だな、と早苗は感じた。どことなく人とは違う雰囲気をまとっているようにも思えた。
早苗はとりあえずいつも通りの応対をすることにした。
「おはようございます。本殿はあちらです。ご案内しましょう――」
しかし、女の子は首を横に振った。
「いえ、私は参拝客ではありません。私は古明地さとりというものです」
古明地――早苗はその名前に聞き覚えがあった。たまに神社に遊びに来る、こいし、という女の子がいるのだが、その子の苗字も古明地だった。確か、姉がいるらしい、ということを聞いていた。
「こいしちゃんのお姉さん、でしょうか?」
「はい、そうです。今日はこいしがお世話になっていると聞いてご挨拶に――」
「いえいえ、そんなご挨拶なんて――」
日本人たる遠慮の文化。
そんな会話の中で、早苗は考えていた。こいしは最近交流が生まれた地底の住人だといっていた。すると、さとりもそうなのだろう。きっと地上で顔馴染みの者は少ないはず。
そう、彼女は一般に顔が知られていない。地上によく来ているだろう妹こいしよりも、だ。
そして、彼女以上に地上での知名度が低そうな存在に出会うことはこれからないだろう、と早苗は直感した。
彼女しかしない。
彼女こそ!
ヴィッキーさんを再現するに相応しいっ!
早苗はさとりの小さな手を強く掴む。
「さとりさん」
さとりの目を見つめる。相手がたじろいでも、気にしない。
そして、言う。
「――私のヴィッキーさんになってくださいっ!!」
それから、早苗の作戦は失敗に終わる。
しかし、その要因はある鴉天狗がふたりの様子を記事にしたからである。
見出しは『山の巫女、地獄の管理者に熱烈な告白』だ。
その斬新な告白の口上や設定に別の天狗が目をつけ、映画化されることになった。
――それがブームの始まりである。
様々な障害を乗り越えた先に愛を告白する――心を打たれる純愛映画は高く評価され、人間の里でも放映されることになった。もちろん人間の里でも大いに受けた。それを見たいがために人間の里に来た妖怪も少なくなかった。話題が話題を呼ぶ。ヴィッキーさんを自宅でも楽しむため「ホームシアターセット」を導入する者もいた。
「私のヴィッキーさんになってください」その言葉は愛の告白の名文句となった。「ヴィッキーさん」という単語だけで乙女が頬を染め恥らうほどにだ。
熱い恋愛に燃えるふたりを見るために多くのものが「聖地巡礼」を行った。つまり、守矢神社を参拝しに来たのである。
早苗は恋愛成就の神様として祭られた。
そして、周りから涙と共に祝福されては今更冗談だったとは言えまい。
東風谷早苗と古明地さとりは結婚する運びになったのは当然だった。
そんな嘘の結婚生活の中で、しかし相手の本当の姿に惹かれていく。
そんなラヴストーリーが展開されるのはまた別のお話。
私もハッピーになりました。
すばらしい。
自分もハッピー、皆ハッピー。
肌荒れの話はどこいったよ!どんどんズレてってるぞ!?ズレにズレて最後レズ・・・
空回りの早苗ちゃん
ちゃきちゃきとか言ってる時点で、すでに若くない頃に気付くべきだw
所で、ラブストーリーの続きはまだですか?
話のオチなんざ考えてねえぜと叫んでめちゃくちゃに山路を走ってたら爽快な頂上(オチ)に着いちまった、
そんな気分だw
しかし早苗さんが夫のほうか…
僕はなんとなく逆だと思ったが…
加えてロリなんですねわかります。
しかしこの展開はさとりにも読めねえwwwwwwww