「あ、そうだ、お姉ちゃん」
「なにかしら、こいし」
此処は地底の地霊殿。
私、古明地さとりとその妹、こいしは縁側でお茶をすすっていた。
こいしは最近、以前より頻繁に地上へと出向くようになっている。
挨拶くらいはして欲しいと思うが、なんだかんだ言っても、彼女が帰ってくるのは此処しかないのだ。
そう思い、私は自分の望みを微苦笑と共にかき消していた。
家へと戻ってきた彼女は、いつも楽しそうに、地上でのやり取りを話してくる。
赤いお屋敷で、色彩豊かな羽根を持つ少女と語り合った事。
青い湖で、透き通る羽根を持つ少女フタリと遊んだ事。
緑の森の様々な人妖が集まる屋台で食べて飲んだ事。
……あの屋台に行くのはどうだろう。いや、私は常連なのだが。
身ぶり手ぶりを交えて話すこいしに、私の口元も自然と緩む。
私が唯一、心を読めない存在。大切な妹。愛しいこいし。
けれど、その時ばかりは心を読む必要もなく、ただ素直に『楽しい』と言う感情を受け入れられる。
何時もは『乾いた』としか感じない風も、そう言う時は『優しく温かく』感じる。
そう思う自分に、小さく笑う。
私も現金なものだ。
灼熱地獄へと続く庭では、ペットのお燐とお空が弾幕ごっこをして戯れている。
こいしは二匹に声援を送りながら、私への話も続けた。
風が一陣、また優しく私の頬を撫でていく。
今日もいい日だ。
「私ね、初体験してきたの」
――お燐の弾幕が暴発し、元から放たれていたお空の弾幕と重なってえらい音がした。
「わ、お燐、大丈夫!?」
「だ、大丈夫です。って、あたいの事よりもさとり様を! お空も!」
「勝って兜の緒を締めよ。……兜なんてつけてないから、晒しを締めればいいのかな、お燐?」
上着を脱ぎ、緩く締めていた胸元を曝け出すお空。
たゆんとまろびでた二つの山に猫まっしぐら。
目は瞑り、手を上下にばたばたと振っている。
食べればいいのに。
「いきなり脱ぐな! あぁもぉ、こうしている間にもさとり様が!?」
「ふふ、上の口はそう言っていますが、心の口は正直ですよ」
「そりゃそうですよ! ……って、あれ、さとり様?」
不可思議でしょうがない、と言った風な表情を向けてくるお燐。
私は腰をあげ、少しばかりこいしから離れながら微笑んだ。
お燐の表情が歪む。
(さとり様、余りの事に頭がどうにかされて……っ!)
「さとり様、余りの事に頭がどうにかされて……っ!」
「二重に伝えなくて結構ですよ、お燐」
「そう感じるのはさとり様だけです」
それもそうか。
背に、こいしの視線を感じる。
どうして急に立ち上がったんだろう――そんな事でも思っているのだろうか。
ごめんなさいね、こいし。私は、貴女は読めないのよ。
手を広げ、お燐と空を交互に見ながら、各々に呟く。
「お燐。お空と魔理沙さん」
「にゃ?」
「お空。お燐と霊夢さん」
「うにゅ?」
想起される。
青い焔を灯した核の弾幕が。人の形をしたモノから放たれる一条の弾幕が。
数多の怨霊を従え拡散される弾幕が。無数の針の様な紫色の弾幕が。
想起され、私はそれを放った。
「じゃあ、こいしもお燐もお空も。現実で会いましょう」
私に。
――にゃぁぁぁ、さとり様、夢じゃありませんよぅ!?
――うーん、他のに比べて巫女のだけ弱くない?
――打ち消し技でしたから。ずっこいんですよ。
弾幕が当たる直前、私の耳に届いたのはそんな言葉だった。
おかしい。夢の筈なのに、物凄く痛む。うん、痛い。
でも、意識も薄れてきてるんだから、夢で間違いはない筈だ。
ピチューン。
「――こいし。それで、何の話をしていたかしら」
目を覚ました私は、夢の中と変わらない声で妹に尋ねる。
(あ、やり直してる)
聞こえなーい、聞こえなーい。
耳を両手で塞ぎ頭を左右に振る。意味はないのだが。じゃらじゃら。
……じゃらじゃらって何だろう。
心に浮かんだ疑問は、しかし、誰にも応えられず、代わりとばかりにこいしが声をかけてきた。
「お姉ちゃん、耳を塞いでいると聞こえないわよ?」
「そうね、ごめんなさい。貴女の甘い囁きですら」
「うん、だから、私ね、初体験してきたの」
「目標地上! 全ペット動員! お空、制御棒を鳴らしなさい! お燐、ご挨拶に向かうわよ!?」
勢いよく立ちあがり号令を発しつつ、自身、力を解放して空へと浮かび――
「あぅっ!?」
――あがろうとしたら、無理だった。じゃらじゃら。
「って、鎖!? 何時の間に!」
「絶対暴れると思いましたから、つけさせて頂きました」
「お燐! 貴女、この頃、主人に対する敬意が心もち目減りしていませんか!?」
「さとり様が暴走し過ぎるからです! アタイだって敬意を払いたいんです!」
「だって、だって、こいしが、こいしが……っ!」
頭を振り、目に手を当て、声を絞り出す。
主人の哀れな様に、ペット二匹も顔を俯かせ言葉を考えあぐねていた。
「……あの、さとり様。なんなら今この場で、私の初体――」
「あんたは黙ってろ、お空。
――えとですね、さとり様。こいし様はさとり様の妹です。でも、ヒトリの少女でもあります」
「でもね、でもね、お燐。こいしはもう、しょ――」
「さとり様も黙ってください! なんか危険な匂いがするので!
――だからですね、こいし様が納得して、誰かを選び、その、女性になられたのなら、受け入れるべきではないでしょうか」
言葉を選びながら、けれど、お燐は真摯な瞳で私を射抜く。
私は、暫く声を返せず、お燐と、そして、語られた言葉と向き合った。
場の雰囲気にのまれ、こいしもお空も押し黙る。
……わかっている。わかってはいるのだ。
視線を向ける。大切な妹へ。愛しいこいしへ。
こいしはきょとんとした表情をしていたが、視線を感じ、笑顔となる。
以前と変わらない、可愛らしい愛らしい可憐な笑顔を、見せてくれた。
頬を撫でる風も、優しく温かいままだった。
「――こいし。折りを見て、会わせて頂戴。ご挨拶はしないといけないから」
「さとり様! それでこそ、アタイ達のご主人さまです!」
「誰を紹介しようかしら。沢山いるの」
「ぬらぁぁぁっ!」
「わ、凄い、さとり様! 鎖を引きちぎりそう! 流石、私達のご主人さま!」
「落ちついんてんじゃない! さ、さとり様! 落ち着いて、ほら、ひっひっふー、ひっひっふー!」
必要なのはこいしですね、わかりま――「うがぁぁぁぁぁっっ!!」
「最初はよくわからなかったんだけど、段々楽しくなってきたわ」
「あぁぁぁぁ、こいし様もこれ以上煽らないでくださいぃぃぃ!」
「? 私は初めてだったから下手だったけど、上手になったら正妻にしてくれるって」
ぶちんと何処かで音がした。
私の理性か。私を繋ぐ鎖か。否。双方ともに、だ。
だが、私は、静かに、ただ静かに、命じる。
「目標地上。全ペット動員。お空、制御棒を鳴らしなさい。お燐、殲滅に向かうわよ」
「って、一緒じゃないですか!? 落ち着いてくださいってば!」
「是が落ち着いていられるものですか!? えぇい、私だけでも地上を焦土に変えてくれるわっ!」
腰に縋りつくお燐をものともせず、私は飛び上ろうとした。
冷静に煮えたぎる私を押し留めたのは、ぽんと打たれた軽い音。お空が手を叩いた音。
「あ、お空、あんたもぼぅっとしてないで、さとり様を止めてよ!」
「うん、わかった。でも、さとり様、止まってると思うけど……」
「――ねぇ、お空、手を打ったのはどうして?」
「いえ、思い出したんです。私も、そう言えば地上でこいし様と同じ事言われたなぁって」
「そうなの? じゃあ、どっちが先に正妻になれるか、競争だね。負けないわよ」
笑顔で宣言するこいしに、お空も両拳を握って応えた。
「さとり様! 何をぐずぐずされているのですか!? あぁもぉ、アタイだけでも地獄の業火で滅ぼしてやるっっっ!」
そして、私とお燐の立場が逆になった。でも、ぐずぐずは酷いと思う。
ずりずりと引きずられながら、額に手を当て、大きく溜息を吐く。
えぇえぇ、どうせそんな事だと思いましたよ。
私に、こいしの心は聞こえない。けれど、それ以外の、つまり、お空のモノは聞こえた。
「お燐、落ち着きなさいな」
「にゃー!? ふぎゃぁぁぁぁぁ!」
「野生にまで戻って……。こいし、お空。紛らわしい言い方をするから、こうなるんですよ」
めっ、と指を向ける。
フタリは顔を見合わせ、疑問符を顔に貼り付けた。
私は再度大きく息を吐き、姿まで猫に戻ろうとするお燐にも聞こえるよう、ゆっくり、大きく口を開く。
「『初体験』。まったく……ずいぶん無理やりな訳し方ですね。
こいし、要は、一塁手を――野球をしてきたんでしょう?
『ファーストをプレイした』。違いますか」
嘆息混じりの言葉に、こいしは笑顔で頷いた。
「ええ、そうよ、お姉ちゃん。皆で遊んで、とっても楽しかったわ」
「ふにゃ? え、でも、『体験』って『Experience』じゃ?」
「ええ。解り易いようにしたお節介か、悪戯か……」
「確実に後者だと思うんですが。……あぁ、じゃあ、『正妻』って捕手の事!?」
「そうよ、お燐。それはそれとして、なんであんなに怒ってたの?」
「にゃ!? それは、その……にゃー!?」
お空の無垢な問いかけに、お燐は答えを返せず、ぽふんと姿を変えて逃げ出した。
お燐を追ってお空も走る。元に戻った方が早いでしょうに。
庭に残された私達。――私は、こいしに向き直った。
大変楽しいお節介を焼いてくれた者の名を聞きださなくては。ぴきぴき。
「こいし。貴女に、そう伝えるように言った方は何方なのかしら?」
「きっと面白い反応が返ってくるって言ってたの。うん、面白かったわ」
悪戯確定。びきびき。
「そ、そぉお。で、ねぇ、こいし。何方に」
「えっとね、緑の髪の」
「風祝ぃぃぃ!!」
私は、愉快な悪戯をしてくれやがりました風祝・東風谷早苗さんにお礼をする為、地霊殿を後にした。
結論を先に述べよう。早苗さんではなかった。そして、私は返り討ちにあった。
「――『初体験』? 何の話です?」
「と言うか、血相変えて飛んできて、何て事聞いてくるのよ」
「……『初体験』ですか。ふふ、霊夢さんはどう思われます?」
聞くなー! と顔を赤らめて返す博麗の巫女。
守矢の風祝は袖で口元を隠し、愉快気に笑っていた。
と言うか、なんで貴女は自身にそういう経験がないのに、ぽんぽんとえろえろ、いや、色々出てきますか。
薄れ行く意識の中、私の頭に一つの疑問がこびりついた。
こいしにいらん悪戯を吹きこんだのは誰なのだろうか……と。
TO BE CONTINUE…… ?
大妖精は本当にエロスだぜ!
血霊殿のタグを見てそうか、こいしちゃんも大人になったのねと涙して、
相手は云々で衝撃を受けて、お空の告白で末世を嘆き、
あんまりなオチに大ちゃぁぁん純情な君にカムバァァァッック!!!
――いや、名前が出ていないっ!?ww
おりんくうはジャァァァスッ!ティィィィスッ!(たゆんだと尚良し!)
緑で幽香さんが浮かぶも「んなわきゃ無い」と即決。
大ちゃんが選択肢に出て来る訳無いじゃない、風が、祝が、とってもエロスなんだもん。
大分前に送ったコメントでさとり様の台詞の元ネタが「龍玉」とかほざいたんですが。
今考えたら最終決戦にて「心を閉ざした奴は暴かれた時脆いよ……」の御方でした今更過ぎますねすいませんすいません。
あとさとり様はもっとはっちゃけちゃっても良いと思うのは私だけですかそですか。
楽しみです。
多分大妖精っぽいですけど。
ところで、
>すっこいんですよ。
「ずっこい」か「すっごい」ならわかるんですが。「すっこい」ってなんだろう。
「語り合う」でフランちゃんうふふがくろまくーかと思ったのにっ!
遊んだだから普通にちるのんかDAI☆妖精だったか、くぅ。