世界が反転していることに気が付いたのは、体に鈍い痛みが走った後だった。
上を見上げれば、憎らしい敵の姿がある。
弾幕はきらきらと輝いて、まるで星のようだ。
大きな星、小さな星、いろんな星がある。
だけど星と違うのは、それがちゃんと自分のところへ届くということだ。
無論、届いてはいけない。届いたらそこでゲームオーバーである。
星というよりは、彗星に近いかもしれない。彗星がもしも幻想郷に落ちてきたら、どんな妖怪だって生きられないだろうと、あいつが言っていたのを思い出す。
そしてその彗星は、何故かずっと上のほうに残っている。残って、こちらに追いかけようとしない。だとすればやっぱり彗星よりも星に似ているのかもしれない。きらきら輝いて、決して届くことのない星に。
スペルカードを取り出そうと、懐に手を伸ばそうとした。
だけど、手が動かない。
びくりとも動かない。
動かそうとしているのに、金縛りにあったみたいに、体が固まっている。
声を上げようとした。だけど、声が出ない。肺に溜まった酸素だけが、口の中から出て行く。
ならばと思い、足を動かしてみる。だけど、紐で縛られたみたいにびくともしない。
ちらりと上を見上げれば、相変わらず敵は上にいる。更に高度を上げたようだ。私を見下し、にやにやと笑っている。
腹の立つ笑い方だと思った。出てきたときからそう思っていたが、やはりこいつは好きになれそうもない。
何がそんなにおかしい。
憤ってそう叫びたかったが、口から出て行くのは相変わらず空気だけだった。
何故体を動かせないのだろう。声が出ないのだろう。
敵の妖怪の術か。いいや、そんな能力はないはずだ。そんな能力があったとしても、スペルカードで戦うことがここでのルールになっている。だからその能力をフルに活用はできないはずだ。
そういえばさっき鈍い痛みを感じたが、あれはどこのことだったのだろう。
全身が痛くて、どこがどうなっているのかわからない。
「ねえ、まだ気がつかないの」
声が聞こえる。
「もうとっくのとうに終わっていることに」
声が聞こえる。
「いい加減気付いたら」
声が、聞こえる。
遠くから、遠い遠い上のほうから。
星は段々と輝きを失くしていく。相手はどんどん上に上がっていく。
ふわりと無重力を感じる。やけに気持ちが悪い。ぐるぐるぐるぐると、底に落ちていくような感覚。
これも何かの術なのだろうか。術だとしたなら一体どうやって回避すればいいのだろう。
地上からの通信は、先ほどからさっぱりといっていいほどない。香霖堂で見つけた壊れたラジオのように、ジージーとノイズだけが走っている。
壊れてしまったのなら尚更、早く帰って直さなくちゃ。わかっていても、手は動かない。足も動かない。声も出ない。
早く帰らなきゃいけないのに。
敵はどんどん高度を上げていく。
ぐるぐるとした感覚は、ずっと私を支配している。
何かがおかしい。いつもの感覚ではない。
頬に髪がなびいている。服が体に張り付いている。まるで自分が動いているみたいに。
いや、みたいではない。
私は動いている。
反対に、上にいる敵は、びくりとも動いていない。さっきから気味の悪い笑いを浮かべているのみである。その証拠に、彼女の髪は少しもなびいていない。
ここから考えられる結論はただ一つ。決して認めたくないけれど、それ以外考えられない。
敵が上に上がっているんじゃない。
私が下に落ちている。
私が下に落ちている。
クスクスクス。
遠ざかる景色の中、敵の笑い声だけが、脳裏に焼きついた。
どうして彼女が笑っているのか、理解したくなかった。
そんな馬鹿なはずはない。こんな所でそんなヘマを、私がする筈がない。
まだ敵には会ったばかりで、奥には更に道が続いている。
ここで終わるわけにはいかない。
終わるわけにはいかないのに。
「あんた、中々面白かったわよ。人間にしてはね」
だけど、それ以外に説明の仕様がない。
どう考えても、それ以外にありえない。
つまり、私は、
「だけど、やっぱり人間ね」
声が、聞こえる。
だけどさっきよりもずっと遠いところから。
今スペルカードを放っても、おそらく敵には届かない。
「とても残念だけれども」
底のない穴の中へ、私は落ちていく。
止める術はなかった。叫ぼうにも叫べなかった。
乾いた口を開けながら、私は地の底に落ちていく。
「おしまいね」
地上にいる妖怪は、私のことをどう思うだろうか。
こんな異変も解決できない、どうしようもない奴だったと笑うだろうか。
それとも、私一人がいなくなったところで、どうとも思わないだろうか。
「さようなら」
ああそれよりも。
いつも一緒に弾幕ごっこで遊んでいた、親友の方が心配だ。
あいつもきっとここに来るはずだ。
あいつはこの敵を切り抜けられるだろうか。もしも切り抜けられたのなら、地の底に落ちた人間を、拾い上げてくれるだろうか。
生きているかわからない、いつ落ちたのだかもわからない。そんな人間を。
いつものように、しょうがない奴だと、笑って。
星がどんどん小さくなっていく。
闇が広がっていく。
散々苦しめられた敵は、もう豆粒ほどの大きさにしか見えない。
星がどんどん小さくなっていく。
聞こえるのは、自分が下に落ちていく音だけだ。
光はもう、見えない。
光はもう、見えない。
To be continue......?
自分の操作ミスでキャラがこんな思いをしてるのかと想像したら、もう迂闊なことはできないなと思った。
それなのに、この作品はどうしても忘れることができません。
どういうわけか、被弾したときに一人称で語られるさいごの一文を思いだすのです。
すいません、もっと上達します。
友だちではなくて、わたしが助けないといけないと思いました。