Coolier - 新生・東方創想話ジェネリック

気だるい雨の午後

2009/02/24 00:07:29
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「ねえ魔理沙?」

 いつもの縁側。正座のまま無数に降り注ぐ雨粒の観察に余念がなかった霊夢は、ふと顔を室内に戻し、魔理沙に声をかけた。どうしても訊いておきたいことがあったからだ。

「んー……どした?」
「色々あるんだけどね」
「おう」
「いつからここにいるの?」
「昨日からだぜ」
「そう」

 それなら仕方がない、とばかりに霊夢は緑茶を啜る。玉露ってどんな味だっけな。そもそも飲んだことなんてあったかしら。多分……飲んだことがあったとしても、ひどく昔の話なんだけど、と自問自答を曖昧に攪拌する。切ない。

「で、いつからここにいるの?」
「え、納得したんじゃなかったのか?」
「誰が?」
「霊夢が」
「っていうか、あんなんで納得するわけないでしょ。昨日からなんて、いたらとっくに叩き出してるわよ」
「オーケィ。よくわかった。霊夢は細かいんだなぁ」

 やれやれ、と魔理沙は帽子に軽く手をやり、肩をすくめて苦笑いする。おまけに二、三度首を振った。とても、質問をこの期に及んではぐらかそうとする人間の態度ではない。更に言えばむかつく、と霊夢は半眼になる。
 雨の日というのは、湿度の関係か温度の関係かはわからないが、室内での作業がはかどる傾向にあるような気がする。彼女はつい先刻まで、そのうちやるだろうと未来の自分に丸投げし続けた結果、いつしか怖気がするほどに溜まっていた書き物を片付けていた。大量にあった紙の束は次第にその分量を減らしていき、ようやく全て片付けることができたのは……つまり今だが、午後の二時のことだった。昼食を食べ損ねた、と思いながら、習慣になっているお茶汲みをのんびりとこなす。これでもうやることは片付けた。家中に開放感と緩慢な空気が立ち込めているように霊夢には感じられた。
 だが、気づくとそこに魔理沙だ。突如湧いて出た黒白魔法使いに対し、何をしているお前、と霊夢が思うのも無理はなかった。その上当然の質問ははぐらかされ、仕舞いには細かいときた。これはもう実力行使に及んでも仕方がないのではなかろうか、と霊夢はそっと湯飲みを投げつける準備をする。こころもち重心を後ろへ移し、わずかに右ひざを斜めへ。そう、最高の投擲とは、最適の姿勢制御からしか生まれない──!

「まあ詳しく言うと、寝ぼけ眼で御祓い棒の手入れをしてた霊夢が、天井を見上げて『雨ね』とか呟いてから、嫌そうな顔で押入れを探り出した頃からだな」
「……それはつまり、朝からって事かしら」
「そうだぜ」

 あきれた、と霊夢は嘆息する。結局不法侵入している彼女にも、気がつかなかった自身にもだ。よほど雨にあてられたらしい、と頭を振る。そうでなくとも、まるで無限のようだった書き物のせいで頭蓋の芯から重いというのに。

「まあ、いいわ」
「いいのか」
「で、用は何? この期に及んで用がないとは……ああ、でも、それもあるか。朝からいたのに声もかけなかったわけよね? 冷静に考えたらすごいわね……思わずパルましくなるわ」
「なんでパルスィ……あーまあいいや。用はあるんだ」

 そういうと、魔理沙は霊夢の隣にやってきて、腰を下ろした。霊夢がぼんやりと彼女の横顔を見やると、目深に被った帽子の奥から、思いのほか静謐な視線が自身に注がれていた。面白い、と霊夢は思う。どんな用件だろうか、と表情にださないように想像してみる。森のきのこで実験していたら博麗大結界が軽く綻びました、なんて話じゃないといいな、と思う。そんなパワーバランスの崩壊が起きたら、紫が泣く。多分。

「実はな」
「ええ」
「こんな夢をみた」

 夢かよっ、と思わず突っ込みかけたが、衣玖に空気の読み方を教わっていた霊夢は耐えた。そのフレーズは聞いたことがあるぞ、という突っ込みもなんとか押さえ込んだ。安易な突っ込みは自身の品格を貶める。

「私は物干し竿に洗濯物をかけていくんだがな、それがどんどん魚に変わっていくんだ」
「サカナ……って泳いでる魚? なんでよ」
「知らん。夢だから私に聞かれても困るぜ」

 魔理沙の夢の内容は、こうだ。
 彼女が物干し竿にかけた洗濯物は、次々と魚に変わっていった。空中をゆるゆると泳ぎ去る魚たちには、元の布の色がそのまま残っていた。追おうともせずに眺めている彼女に、誰かが「食べてもいいよ」という。そこで初めて捕まえようという気持ちになった。空の色のように透明な青色をした魚を捕まえると、また誰かが「美味しくないよ」という。「食べちゃいけないよ」とも言う。さっきは食べてもいいよといったのに、と手元の魚を見ると、いつの間にか洗濯物に戻っていた。そのシャツに、彼女は見覚えが無い。誰かが、泳ぎ去った魚たちの代わりをくれる。物干し竿にかけられた魚たちは、ゆっくりと衣服に変わった。

「って感じなんだが」
「わけわかんないわ。もう一度言うわね、わけわかんないわ」
「いや、二度もいう必要ないだろ……?」
「わたしだって夢は観るけれど、大体は食べ物の夢よ?」
「霊夢……お前、まさか本当に貧乏なんじゃ……」

 恐る恐る問う魔理沙に、失礼ね、と霊夢は返した。

「単に食べ物が好きなだけよ。あとお茶。……あ、そういえば。慧音が、里で評判だとかの葛餅持ってきてくれたんだけど、魔理沙はもう食べた?」
「その葛餅、作ったのは私なんだが」
「嘘でしょ」
「本気と書いてマジだぜ」

 そうです私が葛師です、と神々しい答えを返しつつ、魔理沙が脳裏に浮かべたのはつらい葛集めの日々だったりする。あれを絞るのがなかなかに大変なのだ。いくら貴重な生活費のためとはいっても。

「まあでも、結局なに、夢の話だけなの? 用件は。魔法使いってそんなに暇だったっけ?」
「言ったろ、葛餅作ってたんだよ」
「だからなによ」
「疲れたんだよ! 神社でまったりさせろよ! 雨だぜ!」
「自業自得でしょ! それに雨は関係ないわよっ」
「ヒャッハー!」

 やれやれ、と今度は霊夢がため息をつく。こんなにしとしととやわらかい天気なのに、魔理沙がいるだけで活気が喧しい。彼女の夢は、と霊夢は考える。解釈しようと思えばいくらでも出来るのだろう。勘が鋭いとはいえ自身は巫女、祓いこそすれ解析はしない。そんなものは慧音や永琳にでも頼めば、あっという間にこなしてくれることだろう。そもそも魔理沙だって一応魔法使いだ。その手の分析なら自分で簡単にやれるはず。
 だから、これはそういった求めではない。全く、ほんとうに裏表が無いんだから、と霊夢は悟られないように微笑んだ。まるで手のかかる子供のよう……といったらいくらなんでも軽んじすぎだろうか。ならば仕方が無い。

「そうね。妹くらいにしておいてあげる」
「は?」

 目が点になっている魔理沙をちらりと横目で眺めてから、霊夢は雨粒を際限なく数え続ける作業に没頭しはじめた。


 そのあとしばらくのあいだ、しつこく彼女を問い詰める魔理沙の声が博麗神社から漏れ聴こえていたが、やがて物音の多くは雨音に塗りつぶされ、聴こえなくなってしまった。
夢日記をつけると狂う、ってけーねが言ってた。
雨宮ヒノ
コメント



1.八咫猫削除
Ω<そうなのかー