.
門番の朝は早い。夜勤だろうが早い
「んっ・・・んー・・っ!」
まだ日も頭を出し切らない頃
盛大な欠伸と伸びを従え、のんびりと身を起こす美鈴
「ふぃー・・・」
今日もいい天気になりそうね、と
ぽそっと呟く声は、笑顔と共に部屋を漂って
やがて鳴り出す目覚ましを止めると、頭を振って喝を入れる
身支度もそこそこに、着替えを済ませてシャワーを浴びて
メイクは僅かにアクセントだけ
メイド長辺りからは、門番は紅魔館の顔なのよと怒られるけど
仕方ない、自分には似合うと思わないんだもの
よし、そこそこ上出来
「・・・さて、今日も頑張りますか」
鏡に向かって笑顔を作り、帽子を被ってドアを開ける
こうして、紅美鈴の一日が始まるのである
廊下をぽやぽや歩いていると
正露丸を鼻の穴に突っ込まれたような顔のレミリアがやってきた
「あ、お嬢様。おはよう御座います」
とりあえず元気に挨拶するも、ギロリと美鈴を見返し
「・・・はっ、門番か。優雅に屋敷を散歩とはいい身分だな」
「あはは・・・」
これはどうやらご機嫌ななめ、と
美鈴は少し首をかしげ
「どうかなさったのですか?」
「どうもこうもないわ。全く、もうすぐ寝付くと言うのに咲夜がどこにもいないじゃないの」
「あー・・・」
そういえば昨日の晩、明日早朝から備品の買い付けがあると
部下のメイド達と話していたような気がする
「あれ? でもおやすみのお時間はもうだいぶ前では」
「トイレで起きたのよ」
なんたるちーや。これには門番も苦笑い
だから寝る前にジュースをかぶのみするなと言ってあるのに
「・・・それではお嬢様」
「なに?」
「僭越ながら、私でよければ寝付くまでお相手をさせていただきますが」
館の主はしばらく頭を下げた門番を眺めていたが、嘲笑うように口端を上げ
「ふん。門番ごときが私の相手か」
「ええ。もちろんお嬢様の気が向けば、ですが」
「お前に私の世話役が完璧に務まると?」
「そこまで自惚れてはいませんが、少しはお楽しみいただけるようなものも、ご用意いたしますし」
「・・・そういうなら相手をしてみなさい。ただし、私がこの館の当主と言う事を忘れるな」
「勿論ですわ」
まぁ、たかが門番に世話を焼いてもらうほど附抜けてはいない
美鈴が用意するらしい趣向にも特に興味が湧くわけでもなし
せいぜい傲慢を尽くした後、さっさと寝るに限るか・・・
「・・・お嬢様、そろそろおやすみになったほうが」
「やだ。めーりんのおはなしきく」
なんというカリスマブレイク
始めは、ほんの小さなお誘いで
『もしお休みになるまでお暇でしたら、私の昔のお話でも致しましょうか?』
なんて聞いてみた事だった
正直大して興味は無かったが
まぁ寝なおす時の髪の整え方はなかなか上手だったし
つまらなかったら無視でもすればいいと考えてとりあえず話させたら
これがもうレミリアちゃん大興奮
自分の生まれについてはあまり語らなかったが
いままで見てきた強い妖怪や、何百年に一度だけ見られるような絶景
はては自分が経験した一世一代の大死闘などなど
やや大仰ながら緩急の上手な語り口に、すっかり夢中になってしまった
「めーりんっ、つぎの・・・ふぁっ、つぎのおはなしっ」
「ほら、欠伸も出てきましたし、今日はこのぐらいにしましょう」
「うーっ、・・・ぅー・・」
瞼を必死に引き離しながらぐずるレミリアに苦笑いをすると
そっと毛布の隣に潜り込み、にっこり笑って
毛布の上からお腹をぽんぽんとさすりつつ
昔聞いた、英吉利あたりの子守唄を口ずさんだ
ねんねんよい子だ、泣かないで。
後でパンとミルクをあげようね。
それともカスタード菓子がいいかしら、
それともタルトが良いかしら。
喜んで何でもあげましょう。
「ぁ・・・う・・・」
さしものお嬢様もこれには勝てず
大きな欠伸を一つしたかと思うと
もぞもぞと腕を伸ばし、美鈴を抱きかかえたままおねむの時間
「おやおや」
うーむ、と困ったように唸ると
そっと腕を柔らかく解き、毛布をふわっとかけなおす
「うぁ・・・」
またぐずり出しそうなレミリアの頬に、優しくキスを一つ
顔を上げると、満足そうに微笑みながら大人しい寝息
「・・・おやすみなさいませ、お嬢様」
音を立てずにドアを開け、起こさないように声をかけると
愛らしい館の主の部屋を後にした
妹様こと、フランドールの起きる時間はまちまちである
夜中に起き出すこともあれば、朝っぱらから騒ぎ出したり
今日のように、突然昼間から呼び出されることも珍しいことではなく
「妹様。紅茶をお持ちしましたよ」
「わーい」
お盆にカップを二つとポットを一つ。それにお茶菓子を少々
ウエイトレスよろしく運んできた美鈴に、両手をあげて喜ぶフラン
「今日はクッキーを準備してきました」
「美鈴のクッキーは美味しいから好きよ」
「ありがとうございます」
恭しく礼をしてから机の上にセットして、小さなティーパーティーの準備
「美鈴は今日仕事はないの?」
「今日の見張りは夜からですし、それまではお暇を貰っております」
「ふーん。だったら夜まで好きなことしてればいいのに」
「私はみなさんのお世話をすることが、なによりの幸せなんですよ」
「そうなの?」
「そうなんです」
フランは不思議そうに小首をかしげていたが、にかっと笑い
「えへへっ!それじゃもっとお世話してもらう!」
「ええ。どうぞどうぞ」
ばふっと胸に飛び込んできたフランを、優しく受け止めて背中を撫でる
「さて、折角の紅茶も冷めてしまいますし、お茶にしましょう」
「うんっ」
ダッコちゃんさながらに抱きつくフランを椅子に座らせ
自分も向かい側に腰掛けると、互いのカップに紅茶を注ぐ
「それでは、いただきます」
「いただきまーす」
おやつ時だろうとあいさつはきちんと
美鈴おかあさんはきっちりしているのである
「んっ。美鈴、おかわりー」
「はいはい」
カップを差し出すフランに、にこにことおかわりを注ぐ美鈴
口についたクッキーの欠片を拭う事も忘れなく
「ごちそうさまでした」
「ごちそうさまでしたー」
軽く口を拭いごちそうさまをする美鈴に、カップをもったままあいさつするフラン
「もう、妹様、ちゃんと手を合わせて・・・」
眉を寄せて、指を立てながら注意しようとする美鈴
が、きししと笑ったフランは
ぱりん、と
「・・・・・・妹様」
「ん?なーに?」
机の上には、無残に割れたカップの破片
「・・・どうしてカップを割ったんですか?」
「えー。だって、飲み終わっちゃったもん」
悪びれもせず笑うフランに、美鈴は少し語気を強くし
「前から言ってますよね? 無闇に物を壊してはいけないと・・・」
「もー、うるさいなぁ」
ぱちぱちと苛立つように爪を鳴らすと
「いちいちね、煩いよ美鈴。前から思ってたけど」
椅子から立ち上がり、ため息をつくフラン
「別に誰か迷惑してるわけでもないし、迷惑かけてても私は構わないし
いちいち細かい事までうるさいのよっ!」
歪な翼を限界まで広げ、殺気を漲らせて睨む吸血鬼
口元が笑顔である分、それは更に恐ろしかった
「何? 死にたいの殺されたいの千切られたいのぐしゃぐしゃにされたいの!?
少しでも生きながらえたいなら口を慎みなさいよ!!」
吸血鬼の面目躍如、というべき気迫
触れたものを全て引きちぎりそうな覇気は、上品で残酷で美しく
並みの妖怪ならば、目の前に立つだけで息が詰まってしまいそうだった
「いいえ、ダメです!」
しかし、この門番は、そんな空気をものともせず
フランの両肩を掴み、額を自分のそれに押し当てた
「妹様は、いずれお嬢様と共にこの館を担う方です!
作法知らずで妹様が恥ずかしい思いをするのが、私には許せません!」
普段の温厚さからは思いもよらない強い口調
ぽかんと聞き終えたフランは、しゅんと羽を下ろすと
徐々に俯いた後に肩を震わし、ぐしぐしと目を拭いだした
「ごめ・・・っなさい・・・・っ、うっ・・ごめん・・・なさい・・・っ」
泣き出す様は、外見相応の幼さで
やはりこの少女はまだ小さいのだと、そっと目尻を拭ってやる
「・・・本当に、もうこんなことしたら駄目ですよ?」
「うん・・・っ、ん・・・・」
「後で、咲夜さんに謝りに行きましょうね」
「うん・・・・美鈴も、ついてきてくれる・・?」
「ええ。一緒に行きましょう」
微笑みながら頭を撫でて、額に小さく口付けを
くすぐったそうにするフランも、ようやく笑顔になり
「うん・・・ありがと美鈴」
「いえいえ」
「・・・ねー美鈴、読んで欲しい本があるの」
「いいですよ。どの本ですか?」
叱った後は、仲良く優しく
フランを腕に抱き、両手に本をかかえ
愛くるしい吸血鬼との時間は過ぎていった
「うー、冷えますねぇ」
手をこすりながらの呟きは、誰にも届かなかったけれど
暗くなりつつある辺りを見回しながら役目を果たす美鈴
これ程の寒さで根を上げるほどやわではないが
やはり手足の先が少しずつ温度を求めてくるのが判る
ふむぅ、タイツでも履いてくれば良かったですかねー
「ご苦労ね美鈴」
「あ、咲夜さん。お疲れ様です」
突然現れるメイド長、いつもながらに超瀟洒
「ココアを持ってきたのだけれど、紅茶のほうがよかったかしら?」
「いえいえ、寒い時はうんと甘いものが体に染みるので助かります」
にこにことカップを受け取る美鈴に、ため息をつきながら注いでやる
「・・・相変わらずの格好だけれど、足が冷えないの?」
「うーん、それは咲夜さんに返してあげたいですね」
「私は長居しないから心配ないわ。あなたは夜通しでしょうに」
「心配ありません。頂いたココアで体も暖まりましたしっ」
えいっ、とお茶目に一つ、力こぶ
「咲夜さんは、今日はもうあがりで?」
「まさか。お嬢様が起床されるまでの、ささやかな私だけの時間を満喫中よ」
「そうですか」
なんとなく会話もなくなり、手を後ろで組んだりもじもじしたり
ココアを啜る静かな音だけが、ふわふわと広がって
こんな時ぐらい、ちょっと感傷的でも許されるかしらと
ぽつりとメイドが呟いた
「ねえ美鈴」
「なんですか?」
「あなた、私の事が恨めしくないの?」
「・・・どうしてですか?」
きょとんと咲夜を見つめて、目をぱちくり
ああ、この人はほんの微塵にだって
そんなこと思っていないとわかっているのに
それでも出だした言葉は止まらずに
「だって、私があなたを取り仕切る立場なのよ?」
ずっと憧れていたのに
「あなたの方が、家事も万能で、気配りができて、人を統括する術も心得ているのに」
いつの日からか、自分が上から言葉を言う立場になっていて
「私の何倍も生きているあなたが、私なんかに命令されて」
気づいた頃には、素直に甘える事も難しくなって
「あなただって、いい加減疎ましいと思っているのではなくて?」
聞くに聞けずにいた心情
堰を切ったようにあふれ出たその想い
美鈴は一言も漏らさずただ聞くと
一つ笑って、ココアを啜った
「まさか。私が咲夜さんを疎むだなんて、まさかまさか」
ふっと昔を懐かしむように宙を見上げ
そのまま視線を咲夜に戻し
「小さい頃から見ている咲夜さんが、今や私を追い越すなんて
誇りに思うこそすれ、恨み言を言う理由なんて一つもありません」
背はまだもう少しかかるかな、とくすくす笑う美鈴は
そっとカップを地面に置くと
腰を少しだけ曲げてから視線を合わせて
優しく咲夜の頭を撫でた
「・・・ほんの前は、膝を大きく曲げなきゃいけなかったのに
もうたったこれだけで、咲夜さんと目が合うんですね」
呟く言葉は嬉しそうでもあり、寂しそうでもあり
それでも、柔らかい笑顔は崩さずに
「素敵な女性になりましたね、咲夜さん」
そっと一言、投げかけた
「・・・・・・っ」
いつも瀟洒なメイド長
素直な言葉に目頭熱く
思わず目を伏せ俯いた
「咲夜さん?」
戸惑いながら覗き込む
お願いだから見ないでと
言っちゃいけない言葉が出そう
「・・・・いや・・・です」
「え?」
「前・・・みたいに、呼んで下さい・・・っ」
いつもは禁句な昔の呼び名
けれど、夜も近づく静かな今日は
ほんのちょぴり、昔に戻って
手の平を頭の上から後ろ髪
今は昔の少女を重ね、優しくやさしく微笑んだ
「大きくなったね、咲夜ちゃん」
「うっ、う・・・・・・ああああああっ!!」
忠実万能メイド長
今だけか弱い女の子
泣き顔を見られるのは嫌いだったねと
強く抱き寄せ、顔を胸に押し付ける
ただただ泣きじゃくる咲夜の小さな背中に
大きな腕を優しくまわし、可愛い唇に小さくキスを
・・・夜がもう少し、来るのが遅ければいいなと
大好きな人を抱きしめながら、静かに願う美鈴だった
仕事も終わり、後を引き継ぎ
湯浴みを済ませて、ほっと一息
今日も良い一日でした、と
のんびり感想を一個
「さてさて、それではおやすみなさい」
どうか明日も、みんなが楽しい一日になりますように
願わくば、私も楽しくなる一日になりますようにと
布団を被って、目を閉じた
こうして、紅美鈴の一日が終わるのである
.
門番の朝は早い。夜勤だろうが早い
「んっ・・・んー・・っ!」
まだ日も頭を出し切らない頃
盛大な欠伸と伸びを従え、のんびりと身を起こす美鈴
「ふぃー・・・」
今日もいい天気になりそうね、と
ぽそっと呟く声は、笑顔と共に部屋を漂って
やがて鳴り出す目覚ましを止めると、頭を振って喝を入れる
身支度もそこそこに、着替えを済ませてシャワーを浴びて
メイクは僅かにアクセントだけ
メイド長辺りからは、門番は紅魔館の顔なのよと怒られるけど
仕方ない、自分には似合うと思わないんだもの
よし、そこそこ上出来
「・・・さて、今日も頑張りますか」
鏡に向かって笑顔を作り、帽子を被ってドアを開ける
こうして、紅美鈴の一日が始まるのである
廊下をぽやぽや歩いていると
正露丸を鼻の穴に突っ込まれたような顔のレミリアがやってきた
「あ、お嬢様。おはよう御座います」
とりあえず元気に挨拶するも、ギロリと美鈴を見返し
「・・・はっ、門番か。優雅に屋敷を散歩とはいい身分だな」
「あはは・・・」
これはどうやらご機嫌ななめ、と
美鈴は少し首をかしげ
「どうかなさったのですか?」
「どうもこうもないわ。全く、もうすぐ寝付くと言うのに咲夜がどこにもいないじゃないの」
「あー・・・」
そういえば昨日の晩、明日早朝から備品の買い付けがあると
部下のメイド達と話していたような気がする
「あれ? でもおやすみのお時間はもうだいぶ前では」
「トイレで起きたのよ」
なんたるちーや。これには門番も苦笑い
だから寝る前にジュースをかぶのみするなと言ってあるのに
「・・・それではお嬢様」
「なに?」
「僭越ながら、私でよければ寝付くまでお相手をさせていただきますが」
館の主はしばらく頭を下げた門番を眺めていたが、嘲笑うように口端を上げ
「ふん。門番ごときが私の相手か」
「ええ。もちろんお嬢様の気が向けば、ですが」
「お前に私の世話役が完璧に務まると?」
「そこまで自惚れてはいませんが、少しはお楽しみいただけるようなものも、ご用意いたしますし」
「・・・そういうなら相手をしてみなさい。ただし、私がこの館の当主と言う事を忘れるな」
「勿論ですわ」
まぁ、たかが門番に世話を焼いてもらうほど附抜けてはいない
美鈴が用意するらしい趣向にも特に興味が湧くわけでもなし
せいぜい傲慢を尽くした後、さっさと寝るに限るか・・・
「・・・お嬢様、そろそろおやすみになったほうが」
「やだ。めーりんのおはなしきく」
なんというカリスマブレイク
始めは、ほんの小さなお誘いで
『もしお休みになるまでお暇でしたら、私の昔のお話でも致しましょうか?』
なんて聞いてみた事だった
正直大して興味は無かったが
まぁ寝なおす時の髪の整え方はなかなか上手だったし
つまらなかったら無視でもすればいいと考えてとりあえず話させたら
これがもうレミリアちゃん大興奮
自分の生まれについてはあまり語らなかったが
いままで見てきた強い妖怪や、何百年に一度だけ見られるような絶景
はては自分が経験した一世一代の大死闘などなど
やや大仰ながら緩急の上手な語り口に、すっかり夢中になってしまった
「めーりんっ、つぎの・・・ふぁっ、つぎのおはなしっ」
「ほら、欠伸も出てきましたし、今日はこのぐらいにしましょう」
「うーっ、・・・ぅー・・」
瞼を必死に引き離しながらぐずるレミリアに苦笑いをすると
そっと毛布の隣に潜り込み、にっこり笑って
毛布の上からお腹をぽんぽんとさすりつつ
昔聞いた、英吉利あたりの子守唄を口ずさんだ
ねんねんよい子だ、泣かないで。
後でパンとミルクをあげようね。
それともカスタード菓子がいいかしら、
それともタルトが良いかしら。
喜んで何でもあげましょう。
「ぁ・・・う・・・」
さしものお嬢様もこれには勝てず
大きな欠伸を一つしたかと思うと
もぞもぞと腕を伸ばし、美鈴を抱きかかえたままおねむの時間
「おやおや」
うーむ、と困ったように唸ると
そっと腕を柔らかく解き、毛布をふわっとかけなおす
「うぁ・・・」
またぐずり出しそうなレミリアの頬に、優しくキスを一つ
顔を上げると、満足そうに微笑みながら大人しい寝息
「・・・おやすみなさいませ、お嬢様」
音を立てずにドアを開け、起こさないように声をかけると
愛らしい館の主の部屋を後にした
妹様こと、フランドールの起きる時間はまちまちである
夜中に起き出すこともあれば、朝っぱらから騒ぎ出したり
今日のように、突然昼間から呼び出されることも珍しいことではなく
「妹様。紅茶をお持ちしましたよ」
「わーい」
お盆にカップを二つとポットを一つ。それにお茶菓子を少々
ウエイトレスよろしく運んできた美鈴に、両手をあげて喜ぶフラン
「今日はクッキーを準備してきました」
「美鈴のクッキーは美味しいから好きよ」
「ありがとうございます」
恭しく礼をしてから机の上にセットして、小さなティーパーティーの準備
「美鈴は今日仕事はないの?」
「今日の見張りは夜からですし、それまではお暇を貰っております」
「ふーん。だったら夜まで好きなことしてればいいのに」
「私はみなさんのお世話をすることが、なによりの幸せなんですよ」
「そうなの?」
「そうなんです」
フランは不思議そうに小首をかしげていたが、にかっと笑い
「えへへっ!それじゃもっとお世話してもらう!」
「ええ。どうぞどうぞ」
ばふっと胸に飛び込んできたフランを、優しく受け止めて背中を撫でる
「さて、折角の紅茶も冷めてしまいますし、お茶にしましょう」
「うんっ」
ダッコちゃんさながらに抱きつくフランを椅子に座らせ
自分も向かい側に腰掛けると、互いのカップに紅茶を注ぐ
「それでは、いただきます」
「いただきまーす」
おやつ時だろうとあいさつはきちんと
美鈴おかあさんはきっちりしているのである
「んっ。美鈴、おかわりー」
「はいはい」
カップを差し出すフランに、にこにことおかわりを注ぐ美鈴
口についたクッキーの欠片を拭う事も忘れなく
「ごちそうさまでした」
「ごちそうさまでしたー」
軽く口を拭いごちそうさまをする美鈴に、カップをもったままあいさつするフラン
「もう、妹様、ちゃんと手を合わせて・・・」
眉を寄せて、指を立てながら注意しようとする美鈴
が、きししと笑ったフランは
ぱりん、と
「・・・・・・妹様」
「ん?なーに?」
机の上には、無残に割れたカップの破片
「・・・どうしてカップを割ったんですか?」
「えー。だって、飲み終わっちゃったもん」
悪びれもせず笑うフランに、美鈴は少し語気を強くし
「前から言ってますよね? 無闇に物を壊してはいけないと・・・」
「もー、うるさいなぁ」
ぱちぱちと苛立つように爪を鳴らすと
「いちいちね、煩いよ美鈴。前から思ってたけど」
椅子から立ち上がり、ため息をつくフラン
「別に誰か迷惑してるわけでもないし、迷惑かけてても私は構わないし
いちいち細かい事までうるさいのよっ!」
歪な翼を限界まで広げ、殺気を漲らせて睨む吸血鬼
口元が笑顔である分、それは更に恐ろしかった
「何? 死にたいの殺されたいの千切られたいのぐしゃぐしゃにされたいの!?
少しでも生きながらえたいなら口を慎みなさいよ!!」
吸血鬼の面目躍如、というべき気迫
触れたものを全て引きちぎりそうな覇気は、上品で残酷で美しく
並みの妖怪ならば、目の前に立つだけで息が詰まってしまいそうだった
「いいえ、ダメです!」
しかし、この門番は、そんな空気をものともせず
フランの両肩を掴み、額を自分のそれに押し当てた
「妹様は、いずれお嬢様と共にこの館を担う方です!
作法知らずで妹様が恥ずかしい思いをするのが、私には許せません!」
普段の温厚さからは思いもよらない強い口調
ぽかんと聞き終えたフランは、しゅんと羽を下ろすと
徐々に俯いた後に肩を震わし、ぐしぐしと目を拭いだした
「ごめ・・・っなさい・・・・っ、うっ・・ごめん・・・なさい・・・っ」
泣き出す様は、外見相応の幼さで
やはりこの少女はまだ小さいのだと、そっと目尻を拭ってやる
「・・・本当に、もうこんなことしたら駄目ですよ?」
「うん・・・っ、ん・・・・」
「後で、咲夜さんに謝りに行きましょうね」
「うん・・・・美鈴も、ついてきてくれる・・?」
「ええ。一緒に行きましょう」
微笑みながら頭を撫でて、額に小さく口付けを
くすぐったそうにするフランも、ようやく笑顔になり
「うん・・・ありがと美鈴」
「いえいえ」
「・・・ねー美鈴、読んで欲しい本があるの」
「いいですよ。どの本ですか?」
叱った後は、仲良く優しく
フランを腕に抱き、両手に本をかかえ
愛くるしい吸血鬼との時間は過ぎていった
「うー、冷えますねぇ」
手をこすりながらの呟きは、誰にも届かなかったけれど
暗くなりつつある辺りを見回しながら役目を果たす美鈴
これ程の寒さで根を上げるほどやわではないが
やはり手足の先が少しずつ温度を求めてくるのが判る
ふむぅ、タイツでも履いてくれば良かったですかねー
「ご苦労ね美鈴」
「あ、咲夜さん。お疲れ様です」
突然現れるメイド長、いつもながらに超瀟洒
「ココアを持ってきたのだけれど、紅茶のほうがよかったかしら?」
「いえいえ、寒い時はうんと甘いものが体に染みるので助かります」
にこにことカップを受け取る美鈴に、ため息をつきながら注いでやる
「・・・相変わらずの格好だけれど、足が冷えないの?」
「うーん、それは咲夜さんに返してあげたいですね」
「私は長居しないから心配ないわ。あなたは夜通しでしょうに」
「心配ありません。頂いたココアで体も暖まりましたしっ」
えいっ、とお茶目に一つ、力こぶ
「咲夜さんは、今日はもうあがりで?」
「まさか。お嬢様が起床されるまでの、ささやかな私だけの時間を満喫中よ」
「そうですか」
なんとなく会話もなくなり、手を後ろで組んだりもじもじしたり
ココアを啜る静かな音だけが、ふわふわと広がって
こんな時ぐらい、ちょっと感傷的でも許されるかしらと
ぽつりとメイドが呟いた
「ねえ美鈴」
「なんですか?」
「あなた、私の事が恨めしくないの?」
「・・・どうしてですか?」
きょとんと咲夜を見つめて、目をぱちくり
ああ、この人はほんの微塵にだって
そんなこと思っていないとわかっているのに
それでも出だした言葉は止まらずに
「だって、私があなたを取り仕切る立場なのよ?」
ずっと憧れていたのに
「あなたの方が、家事も万能で、気配りができて、人を統括する術も心得ているのに」
いつの日からか、自分が上から言葉を言う立場になっていて
「私の何倍も生きているあなたが、私なんかに命令されて」
気づいた頃には、素直に甘える事も難しくなって
「あなただって、いい加減疎ましいと思っているのではなくて?」
聞くに聞けずにいた心情
堰を切ったようにあふれ出たその想い
美鈴は一言も漏らさずただ聞くと
一つ笑って、ココアを啜った
「まさか。私が咲夜さんを疎むだなんて、まさかまさか」
ふっと昔を懐かしむように宙を見上げ
そのまま視線を咲夜に戻し
「小さい頃から見ている咲夜さんが、今や私を追い越すなんて
誇りに思うこそすれ、恨み言を言う理由なんて一つもありません」
背はまだもう少しかかるかな、とくすくす笑う美鈴は
そっとカップを地面に置くと
腰を少しだけ曲げてから視線を合わせて
優しく咲夜の頭を撫でた
「・・・ほんの前は、膝を大きく曲げなきゃいけなかったのに
もうたったこれだけで、咲夜さんと目が合うんですね」
呟く言葉は嬉しそうでもあり、寂しそうでもあり
それでも、柔らかい笑顔は崩さずに
「素敵な女性になりましたね、咲夜さん」
そっと一言、投げかけた
「・・・・・・っ」
いつも瀟洒なメイド長
素直な言葉に目頭熱く
思わず目を伏せ俯いた
「咲夜さん?」
戸惑いながら覗き込む
お願いだから見ないでと
言っちゃいけない言葉が出そう
「・・・・いや・・・です」
「え?」
「前・・・みたいに、呼んで下さい・・・っ」
いつもは禁句な昔の呼び名
けれど、夜も近づく静かな今日は
ほんのちょぴり、昔に戻って
手の平を頭の上から後ろ髪
今は昔の少女を重ね、優しくやさしく微笑んだ
「大きくなったね、咲夜ちゃん」
「うっ、う・・・・・・ああああああっ!!」
忠実万能メイド長
今だけか弱い女の子
泣き顔を見られるのは嫌いだったねと
強く抱き寄せ、顔を胸に押し付ける
ただただ泣きじゃくる咲夜の小さな背中に
大きな腕を優しくまわし、可愛い唇に小さくキスを
・・・夜がもう少し、来るのが遅ければいいなと
大好きな人を抱きしめながら、静かに願う美鈴だった
仕事も終わり、後を引き継ぎ
湯浴みを済ませて、ほっと一息
今日も良い一日でした、と
のんびり感想を一個
「さてさて、それではおやすみなさい」
どうか明日も、みんなが楽しい一日になりますように
願わくば、私も楽しくなる一日になりますようにと
布団を被って、目を閉じた
こうして、紅美鈴の一日が終わるのである
.
咲夜さんのくだりが甘すぎでしょう!!ハッ!?もしやこの糖分はバレンタインに渡せなかった甘く切ない思い!?(意味不明)
とか言いそうになった
セフセフ
こういう美鈴はいいなぁ!!
大好きですよ、この雰囲気
んだけどパッチェさん首脳陣に突っ込み入れてくれ
うん、美鈴なら仕方ないな
なんというお母さん
でも仕方ないね
美鈴に「めっ」されてぇ・・・
最初の方に 語り部がキャラなのか第三者なのかわかりにくかったのがきになりました
怒られたら素直に謝る妹様。
時に甘えたくなるメイド長。
そして皆が大好きな門番長。
みんなだいすきだーーーーーーー!
泣いた…
まぁ美鈴なら仕方ない。
こういう美鈴モノはいいね。おもしろかったです。
カリスマブレイクらへんが一番HITしましたw