「ふっ、はぁっ!」
日も昇りきった昼下がりに一人、仮想の侵入者を相手に鋭い突きを叩き込む。
鳩尾の高さに一発。次いで顎を狙った掌底。
体勢を崩した(ことになってる)相手に、回し蹴りからの三連撃。
「っせぃや!」
最後に全力で地を踏みしめて致命の一撃となる肘を突き出す。
バシン!という踏み込みの音に驚いた小鳥が周りの木々からバサバサと飛び去って行った。
「すー…はー…すー…はー…。っと、こんなもんかな…」
いつもだったらこの時間、お昼の休憩をはさんでお腹いっぱいになった勢いで昼寝としゃれこんでいる美鈴であるが今日は違っていた。
「あいてて…昨日の傷、まだ治りきらないなぁ…」
話は昨日に戻って。
「へっ!わりーな、今日も通らしてもらうぜ!」
いつもの様に黒白の強襲。迎撃。返り討ち。
「くぅ…ま、また咲夜さんに叱られちゃう…」
悠々と図書館の壁をぶち破って侵入する魔理沙を、美鈴は見ていることしかできずにいた。
…もう何度目かわからない。
こうやって仰向けに転がっている自分が、ものすごく情けない。
だって魔理沙強いんだもん。と、ひとりごちる。
格闘戦だったら早々負けない自信はある。
相手が誰であれ、だ。
(でもなぁ…)
ここは幻想郷。スペルカードルールは絶対の掟。
飛び道具(?)はあんまり得意じゃない。
いかんせん分が悪い。
「はぁ…」
強くなりたいなぁ、なんて思いながらため息をついて空を見上げた。
憎たらしいぐらいの青空だった。
一人組み手を終え、息を整えていると後ろから声をかけられる。
「珍しいわね、貴女が居眠りしてないだなんて。明日は雨かしら?」
聞きなれた、凛と透き通った声。
「あ、咲夜さん。どうしたんですかこんな処に」
少し汗ばんだ髪を手で払って、美鈴は振り返る。
そこには微笑んだ咲夜。手にはティーセットと茶菓子の入ったバスケット。
「少し休憩にしましょうか」
咲夜はくいっと首をかしげて、クスッと笑った。
コポコポと紅茶を入れる音が耳に心地いい。
が、どうにも手持ち無沙汰だ。
美鈴がそわそわしていると咲夜が声をかけた。
「ほんと、どうしたの今日は?一人稽古なんてしちゃって」
「え、見てたんですか?」
声を掛けてくれればいいのに、となぜか気恥しくなってポリポリと頬を掻く。
咲夜は手を止めずに続けた。
「偶然見えたのよ。さっきお嬢様に呼ばれて紅茶をお持ちして、その帰り。何か紅いものがひらひらしているから何かと思ったら貴女の髪でねぇ。この時間だったらどうせグーグー寝てると思ってたから、最初は何かと思ったけど。はい、どうぞ。」
「あ、すいません。いただきます」
カチャリと目の前に紅茶を置かれる。
淹れたての紅茶はゆらゆらと湯気を立ち昇らせていた。
「で、なんで?」
余程美鈴が稽古をしていたのが気になるらしい。
美鈴は一口紅茶を含むと、恥ずかしそうに口を開いた。
「いやぁ…、いつものことなんですけど、昨日また魔理沙に負けてしまって。ほんとにいつものことなんですけど、でもなんかいつもより悔しくなって。どうして勝てないんだろうと思って。あぁ私が弱いからなんだな、って思って。そしたら空が青くって腹が立ったんです。笑われてるみたいで。だから頑張ったらもうちょっと強くなれるかなって」
咲夜は黙って聞いていた。
途中から美鈴が泣きそうになっても、気付かない振りをした。
「咲夜さんみたいに、なりたいです。強くって、カッコよくって。うらやましいです」
そこまで言うと美鈴は紅茶を啜った。
「紅茶もこんなに美味しくいれられますしね」
いつものへにゃった笑顔に戻る美鈴。
咲夜はいつ淹れたのか、自分のカップに口をつけるとはぁ、とため息をついた。
「別に私だって万能ではないのよ?負けることだってあるし、紅茶を淹れるのだって昔は全然うまくできなくてお嬢様に叱られてばかりだったし」
そういえば、と美鈴は思い出す。
咲夜が紅魔館に来たばかりの頃。
目つきは悪くて、話しかければ睨みつけてくるようだった。
いつからか自然と話をするようになって。その頃にはもうメイド長になっていた気がする。
よく居眠りする自分はたたき起こされるばかりで。
「昔はこんな風に咲夜さんとお茶できるようになるとは思ってませんでしたよ」
「あら、私もよ?」
楽しそうに笑う咲夜につられて、美鈴も思わず苦笑した。
「あの、私も聞きたいんですけど、いいですか?」
飲み終わったカップを片づける咲夜が手をとめた。
「なに?」
「えっと、何で紅茶、淹れに来てくれたんですか?」
なんとなく気になっていた。
いつもは昼寝をしている自分を起こしに来るだけなのに。
咲夜は答える。
「仕事してたからよ」
「仕事っていうか、鍛錬ですけど」
「それも仕事のうちよ」
「強くなりたいって、私的な理由でもですか?」
「強くなれば門を守れるでしょう」
そういうものか。
まぁいいや。
美鈴は納得した。
「ねぇ美鈴」
帰り際にぼそっと呟いた咲夜。
「はい?」
「さっき言ったでしょう。私みたいになりたいって。それは無理よ、あなたと私は違うもの。貴女は貴女にしかなれないの、私にしか時が止められないのと同じ。貴女にしか気が操れないのと同じ」
美鈴は俯く。
やっぱり、自分じゃ咲夜みたいにはなれないんだと。
「でも」
顔をあげなさいと言われた気がして。
「美味しい紅茶の入れ方だったら教えられるわ」
綺麗な銀の髪がさらさらと風に揺れていて。
ほほ笑む咲夜に思わず見とれてしまう。
「どう、やるんですか?」
美鈴はやっと、それだけを返す。
「特別なことはないわ。とても簡単なこと。飲んでくれる人の喜ぶ顔を思えばいいの。飲んでくれる人を想うの。それだけよ」
うけ売りだけどね、と咲夜は苦笑する。
「じゃあ私は行くけど、一休みしたんだからまたしっかり仕事しなさいね?」
寝たら承知しないわよと付け加えられる。
「は、はい!頑張ります!」
よし、と踵を返して館に戻る咲夜を引き留めて
「咲夜さん!紅茶、ありがとうございました!すごく美味しかったです!」
と叫ぶ。
咲夜は足を止めて振り返ると、
「当然でしょう、あなたを想って淹れたのだから!」
そう言って仕事に戻って行った。
さぁっと風が吹き抜けて行く。
さっきの一言で紅く火照ってしまった頬に気持ちがいい。
きっと深い意味なんて無くって。
それでも嬉しさが溢れて止まらないから。
それまで悩んでいたことも忘れてしまった。
「いっちょ頑張るとしましょうか!」
美鈴は拳を空高く突き上げた。
青く晴れ渡った空はもう、憎たらしくはなくなっていた。
よいめーさくでした。
これからもがんばってくださいませ。
あとがき最後の一文はいらないかな? と思いました。
美鈴が苦悩しているのは作中の設定からすると、「門番が押し込み強盗を防ぐのに特定競技のルールを強制させられている」という理不尽がまかり通っているせいなわけで。
この二つを踏まえると咲夜のセリフはなんだかなぁ、という印象を拭えません。
あいー、ありがとうございます。
精進してきたいと思います。
>>2様
勢いだけで書いたので、やっぱり至らないところがありましたね。
今度真面目なものを書くときはしっかり考えて書こうと思います。
ご指摘ありがとうございます!
咲夜さんが強い理由が時間を操ることができるからってだけなら、
妖怪が人間より強いのは力等の素質が人間より高いおかげなわけで。才能のおかげ(しかもチート呼ばわり)で強いって言い方は気に食わないね。
それなら紫はスキマというチート能力のおかげで強いというわけで。
あと時間止めなくても咲夜さんは強いといいたい。
まぁ要するにそんなにおかしいところはないよと言いたいってわけ。