カタン。
主を失ってもなお、筆はそこに在り続ける。
ぽた、ぽた。
主が愛用していた机の上に、墨い涙の海をつくる。
その筆は主の死に、さも泣いているかのようだった。
9代目阿礼乙女、稗田阿求は、静かに息を引き取った。
「そう、もうそんな時期だったの」
阿求は死後、閻魔、四季映姫の元を訪れた。
ここにくるのは初めて、それと同時に10回目である。
「私ははじめまして、で、いいのかしら?」
「そうね、あなたとははじめまして、そして、久しぶり」
映姫はどこか懐かしむように言った。
阿求の中でも先祖代々からの記憶か、懐かしいという感情があふれてくる。
「また、お世話になります」
「分かりました、あなたにはこれから100年、ここで善行を積んでいただきます、よろしいですね」
映姫は問うていない、これは確認。
御阿礼の子が存在するには、在世でも黄泉でも許しをもらわなければならない。
「承知しております、それ故ここにやって参りました」
それも今は昔のこと、阿求が映姫の元で過ごし、今日がちょうど100年目。
「今日で貴女という存在は生まれ変わります、既に身体は用意しました」
「今までありがとうございます、そしてこれからも、稗田家がお世話になります」
阿求が深々と頭を下げると映姫が苦笑した。
「ふふ、その言葉を聞いたのもちょうど10回目ね」
「そのようですね、それでは映姫様、いって参ります」
「待って」
阿求はその場で振り向かずに立ち止まった。
そして映姫の次の言葉を待っていた。
「質問を、貴方方と貴女にしてもいいかしら」
「ええ」
「それでは、貴方方はなぜ、生きながら人の暮らしができぬまま死んでいく、という事を繰り返すのですか」
「それは……、間違っています」
「……」
「稗田は、とても幸せです、さまざまな世界を見て、聞いて、知って、記して、最後の一瞬まで筆を握っていられること、私は、私達は、それを幸せだと思います」
「そんな人生に、意味などあるのかしら、そこに、稗田阿求の、あなた自身の意思は存在していたのかしら」
「はい、これが私、稗田阿求の幸せです」
「貴女は、もう、行くのですね」
「はい」
「では、これで、稗田阿求という存在は消えてなくなります」
「消えるわけではありませんが、承知のうえです」
「最後に一つだけ言わせていただきます」
「なんでしょう」
「あなたは、稗田阿求は確かに存在しました。この素晴らしい幻想郷で、確かに生まれ、確かに幸せを感じ、確かに死んでいったこと、私は忘れません」
「映姫様……」
「これで話は終わりです」
そして映姫も阿求に背を向ける。
「いつの日も、別れというのはつらいものですね」
主を失ってもなお、筆はそこに在り続ける。
ぽた、ぽた。
主が愛用していた机の上に、墨い涙の海をつくる。
その筆は主の死に、さも泣いているかのようだった。
9代目阿礼乙女、稗田阿求は、静かに息を引き取った。
「そう、もうそんな時期だったの」
阿求は死後、閻魔、四季映姫の元を訪れた。
ここにくるのは初めて、それと同時に10回目である。
「私ははじめまして、で、いいのかしら?」
「そうね、あなたとははじめまして、そして、久しぶり」
映姫はどこか懐かしむように言った。
阿求の中でも先祖代々からの記憶か、懐かしいという感情があふれてくる。
「また、お世話になります」
「分かりました、あなたにはこれから100年、ここで善行を積んでいただきます、よろしいですね」
映姫は問うていない、これは確認。
御阿礼の子が存在するには、在世でも黄泉でも許しをもらわなければならない。
「承知しております、それ故ここにやって参りました」
それも今は昔のこと、阿求が映姫の元で過ごし、今日がちょうど100年目。
「今日で貴女という存在は生まれ変わります、既に身体は用意しました」
「今までありがとうございます、そしてこれからも、稗田家がお世話になります」
阿求が深々と頭を下げると映姫が苦笑した。
「ふふ、その言葉を聞いたのもちょうど10回目ね」
「そのようですね、それでは映姫様、いって参ります」
「待って」
阿求はその場で振り向かずに立ち止まった。
そして映姫の次の言葉を待っていた。
「質問を、貴方方と貴女にしてもいいかしら」
「ええ」
「それでは、貴方方はなぜ、生きながら人の暮らしができぬまま死んでいく、という事を繰り返すのですか」
「それは……、間違っています」
「……」
「稗田は、とても幸せです、さまざまな世界を見て、聞いて、知って、記して、最後の一瞬まで筆を握っていられること、私は、私達は、それを幸せだと思います」
「そんな人生に、意味などあるのかしら、そこに、稗田阿求の、あなた自身の意思は存在していたのかしら」
「はい、これが私、稗田阿求の幸せです」
「貴女は、もう、行くのですね」
「はい」
「では、これで、稗田阿求という存在は消えてなくなります」
「消えるわけではありませんが、承知のうえです」
「最後に一つだけ言わせていただきます」
「なんでしょう」
「あなたは、稗田阿求は確かに存在しました。この素晴らしい幻想郷で、確かに生まれ、確かに幸せを感じ、確かに死んでいったこと、私は忘れません」
「映姫様……」
「これで話は終わりです」
そして映姫も阿求に背を向ける。
「いつの日も、別れというのはつらいものですね」