バレンタイン。
これはそもそも外の世界での文化であって、少し前までは幻想郷のほとんどの人妖が名前も概要も知らなかった。少なくとも大結界で幻想郷が隔離される以前には見られなかったので、拾ってきた外の世界の辞書に載っていなければ、僕も知りえなかっただろう。
しかし、辞書に載っているということはつまり、外の世界では広く一般に浸透した文化である事が窺い知れる。
ならば、つい最近に幻想郷に来たばかりという守矢神社の巫女が楽しげに語るその行事が、機会も無いのに宴会をするような連中に広まったのも自明の理というものなのだろう。
「ようパチュリー。チョコやるよ」
「……どういう風の吹き回し? 」
「まあまあ、気にすんなって」
「くれるなら貰っておくけど。変なものは入っていないでしょうね? 」
「……あー、いや、なんだ。私の愛情がたっぷりだからな! 喘息も心臓発作も綺麗さっぱりだぜ! ……たぶん」
「……」
「……あー」
「はい、霊夢」
「何も返さないわよ」
「あら、つれないわね。せっかく外の世界から取り寄せたのに」
「また無駄な事で能力使って……」
「いいえ、全く無駄ではないわ。だって霊夢のためですもの」
「……言っとくけど、何も返さないわよ」
「うふふふふ」
「咲夜」
「はい」
「このチョコレートは貴方が作ったのかしら」
「はい。お口に合わなかったでしょうか」
「いいえ、文句なしに美味しいわ。でも、紅一点が欠けている気がしない? 」
「お望みとあらば作り直しますが」
「ふぅん……冗談よ。紅茶に一滴、それで十分だわ」
「橙、そんなに持っていくのか」
「はい! 行って来ます! 」
「ああ、いってらっしゃい……おや、これは」
『藍さま、いつもありがとうございます 橙』
「ふふ。これは、おいしそうだな」
「妖夢ー、お腹すいたわー」
「お昼を食べたばかりじゃないですか……」
「甘いものが食べたいなー」
「はぁ……今日だけですよ? 明日からは三時までおやつはだめですからね? 」
「はぁーい」
「永琳」
「あら……これは、チョコレート? 」
「ええ。偶には、ね。悪くないでしょう? 」
「珍しくはあるわね。それに、これは何かしら……義理? 敬愛? 感謝? 」
「全部よ。ひとつに絞りきれるほど短い付き合いじゃないもの」
「そう、そうね。……ありがとう」
「いいのよ。あ、お返しはお願いね」
「慧音、なんだそれ」
「ああ、子供達がくれたんだ。食べるか? 」
「いいのか? 慧音が貰った物なんじゃ? 」
「もちろん。子供達のくれた気持ちは私だけのものだ。それは誰にも譲らないが、私はそれだけでもお腹いっぱいなんだ。だから寂しい独り者に子供達の優しさのお裾分けだよ」
「自慢かっ。まったく、いつからそんな意地が悪くなったんだぁ? 」
「ははは。まあまあ、美味しいから食べてみてくれ。美味しいぞ」
「ふぃー……四季様、これで今日は最後っすね」
「ええ、ご苦労様でした。今日は珍しく真面目にやってくれましたね、善い行いです。……いえ、本来はこれがあるべき姿なのですが。まあそれはそうと、はい」
「へ? こりゃあ……チョコレートですね。くれるんですか? 」
「はい。いつも真面目に、とは言いがたいですが、私の下で働いてくれる貴方には感謝していますよ」
「ありゃ。でも、あはは、ありがとうございます。これからも適度に頑張ります」
「まったく……頼りにしていますからね」
今日はバレンタイン。好きな人にチョコレートを送る日だという。
どうも魔法の森自体が人気もなく静まり返っているようで、店にはストーブがシュンシュンと上げる声と、手元の本の捲れる音のみが響く。
どうせまた明日からは魔理沙や霊夢が暇をつぶしにやって来て騒がしくなるのだろう。それが嫌いなわけではないが、偶にはこんな日も良いものだ。
やがて日が落ち、月が顔を見せる。今日という静寂を惜しみつつ、僕は床に入った。
チョコレートが欲しいとかそういうことは微塵も思わずに、むしろ皆どこかへ行っていて平和であることをありがたく感じている辺りにこの男のらしさを感じましたww
もの書きとしての一つのスタートを切るあなたに…
つチロルチョコ
むしろ俺が食べたい
もう、感謝感激雨あられといった心境で。
この感想を励みに頑張って……行けるのかなあ。