□ 前から続いてます。
レミリアは自室の前に立った。
……いつもと同じなのに、今は私に立ち向かっているように見えるわ。
この扉を挟んだ向こうには、フランがいる。
あの子と目が合って、それからどうすればいいだろうか。思惟を巡らす。
だが、案ずることは何も無いだろう。何しろ私にはベッドマジックがあるのだ。
私は小さく息を吐いた。それから隣に立つ友人に目配せする。
「――行ってくるわ」
「行ってらっしゃい、レミィ。――御武運を」
成程。パチェの言うとおり、今の私は武者なのだ。戦場を征する武人なのだ。
今、私は武者震いしているのだ。それは不退転の意思の表れなのだ!
意気込み、私は扉を押し開いた。
中の空気が吐き出され、そよと私の頬を撫ぜた。その柔らかさは、私の気持ちを幾分か落ち着かせた。
そこは、私の部屋。
開けられることの無いカーテン。暗幕が作る闇に、ベッドの脇に仕える灯台の炎が光を放っている。
その色は紅。
紅が真黒に溶ける。
その緩やかな諧調の中に、別の紅があった。
「……お姉様」
その紅――フランはぎこちなく微笑んだ。
いつもの帽子は被っていない。普段は結んでいる髪も今は真っ直ぐ落ち、肩にかかっている。
胸元が大きく開き、肩まで露出させるのはネグリジェ。白のそれは、フランの華奢な体のラインを魅せる。
外気に触れる肌は純白のシルクを思い起こさせる。それが、淡い光に霞んで見える。潤んだ瞳に目蓋が動く度に大気は揺れた。
首はしなやかな線を描き、鎖骨が光を受けて自己を主張している。
ネグリジェの生地は薄く、フランの肌を透かして見せる。それが私の想像力を掻き立てる。l
発育途中の控えめな胸。
可愛げのあるおへそ。
なめらかな肌。
そして、目線を落として恥丘を越える。
目を凝らせば見えそうなそれは、まるで芳しい香りを放っているようで。
「――ぶはぁっ!」
私は反射的に部屋を飛び出した。それほどまでに、そこにいてはいけないような衝動を覚えたのだ。
それからおおよそ言葉に出来ない大声で、あらん限りの力で、絶叫した。
「――!」
咆哮が。
響く。
「――!」
絶望と混乱の入り混じった悲鳴でもあった。聞く者すべての心を揺さぶる響きがあった。
□
――それからしばらくして、隣でぶっ倒れていたレミリアは落ち着きを取り戻した。
肩で息をする。
そして、ゆっくりと息を吐くように、述べる。
「……少し、休ませて」
……ハーフタイムじゃあるまいし、格闘技じゃないんだから戻ってくるな。
大体、妹の姿を見ただけで何を狼狽することがあるんだ。
そう思い、私は彼女が飛び出してきた部屋を覗いた。
そこにはフランが恥ずかしそうに立っている。いつもの服ではなく、いかにも小悪魔の好きそうな半透明のネグリジェを身にまとっている。半透明といっても生地を肌にぴったりとつければ見えてしまいそうだ。フランも意識して、腕で胸と局部を隠していた。
感想は素直に口から出た。
「へぇ、可愛いじゃない」
「貴様っ……あれを見て正気を保てるのかっ!?」
いいから休め。
しかし、恐ろしい戦闘服を身にまとってきたものだ。先の叫び声を聞いて笑いを堪えている小悪魔の姿が思い浮かぶ。
するとこっちが普段通りの惰性慣性丸出し服だったのは失策だった。何が唯一の参謀だ。特攻隊長に裸一貫で突撃させたようなもんじゃないか。ちなみに裸一貫は物の例えである。実際に裸だったらフランにカウンターを喰らって幻想郷の歴史にを新たにするほどの惨劇が繰り広げられていたことだろう。
とにかくこちらもそれ相応の準備をさせなくてはならない。
「――美鈴」
「はっ、もうそんな展開にっ!?」
さすがにそれは早すぎる。
「服の準備をしなさい。透けるようなネグリジェを――いや、小悪魔が同じデザインのものを用意しているはずよ。取ってきなさい」
「はいっ!」
美鈴は返事をすると、勢い良く廊下を駆け出した。
それを見送ったあと私は異常に疲れている友人に一瞥をくれる。
「ほら、レミィはすぐ着れるように脱いでおきなさいよ。フランをずっと一人にしておくわけにもいかないでしょう」
そういって彼女の服に手を掛けると、避けられた。
「ひ、ひとりで脱げるわよ」
知ってるから。
何をどぎまぎしているのやら。レミリアは私から目を離すことなく、対策本部に入り扉を閉めた。
――この調子では先が知れる。
うんざりしながら私は美鈴の帰りを待った。
□
美鈴が持ってきたのだろう。黒のネグリジェが、ドアの隙間から差し出されていた。
それを取り、私はドアを閉めた。フランが着ていたものと同じ、スケスケである。
私はそれを睨む。
「くぅ……」
本当にこれを着なくてはいけないのか。
しかし、フランも恥ずかしさを押し殺して着ていたのだ。
私の為に。
だから、私も、フランに応えなければ示しが付かない。
私は意を決し、服を脱いだ。
□
レミリアがおずおずと出てきた。
恥ずかしいところを手で覆い隠して、普段から威張り散らしているレミィがしおらしくなっている様はおかしかった。
「しゃんとしなさい。フランの前でもそうしてるつもり?」
「だ、だって……」
あまりにも見っとも無い。そう思った私は、レミリアの手を取った。
黒のネグリジェが自然な形を取り戻し、レミリアのありのままの身体を映す。
……ありのままの身体である。比喩表現でも物の例えでもない。
「……ね、ねぇ、レミィ」
その光景に、思わず唇が震えた。
だが、構わず疑問は口をついて出る。
それは、彼女のありのままの身体である。
それは、異常である。
それは。
「どうして、下に何もつけてない、のかしら……」
レミリアは目線を逸らす。泣きそうな声で、呟く。
「だ、だって……」
その事実を、私は聞かなければ良かったのかもしれない。
「……ふ、フランも、何もつけてなかった……」
まさか。
私は、一歩、後ずさった。
――スケスケネグリジェ下着なし。そんな魅惑的な衣装で、清純なぱじゃまぱあてぃに何をやろうとしているんだ。
それからの考えは論理的でなく、まったくまとまらなかった。
心臓が早鐘を打つ。視界が緑やら青やら奇怪な色に染められ、大きく揺らいだ。
「パチェ、鼻から血が……」
足元がおぼつかない。
――まずい。
そう考えたとき、背中から大きな衝撃が走った。
□
私が目を開いた場所は、対策本部が設けられた部屋だった。
簡易ベッドは硬く、背中に少し痛みを覚えた。だが、この痛みはさっき背中を打ったからだということに後から気付いた。
どうやら私は、レミリアのネグリジェ姿を見て卒倒したらしかった。
「……ただでさえ血色悪いんですから、鼻血噴いて倒れないでくださいよ」
ベッドの傍に立っていた小悪魔は、呆れた風にいった。
……鼻血を噴いて倒れた? 私が?
俄かには信じられなかった。が、小悪魔の手元のタオルは紅魔館のように紅に染まっており、私の信じたくない気持ちを容赦なく張り倒した。
もしも本当に鼻血を噴いて倒れたのなら、なんて醜態を晒してしまったのだろうか。まるで私が特殊な性癖の持ち主のようじゃないか。私は後悔した。この事実が広まれば、私がこつこつと気付きあげてきたイメージというものが脆くも崩れ去ってしまう。
「小悪魔、このことは口外しないように」
すると、小悪魔の隣に別の顔が並んだ。
端正な顔立ち。銀の髪にホワイトブリム。メイド服というその装いは給仕のためだけにあるのだろう。
彼女はいう。
「別に、恥ずかしがることではありません。恥らう乙女は可憐で、パチュリー様が耽美なものに免疫がなかっただけですわ」
「――咲夜」
瀟洒なメイド長は素知らぬ顔でいった。
……耽美というより淫靡だと思うんだが、そもそも何を言っているのだろうか。しかし、深く追求することは躊躇われた。
「……とにかく、ぱじゃまぱあてぃはどうなっているのかしら? まさか中止にはしてないでしょうね」
「恙無く進行中でございます」
そう、といって私は胸を撫で下ろした。私のせいで中止になったのならば、友人に顔向けできない。
咲夜は報告を続ける。
「お二方共に寝室に入られました。紅美鈴は当初の予定通り待機しております」
「よくやったわ」
「もちろん、お二方共に下着をつけておりません」
「最悪だわ」
少しの間でも私の手を離れたのが失敗だった。
もちろんレミリアの部屋にベッドはひとつしかない。スケスケのネグリジェだけを着た姉妹が一緒のベッドに入って仲睦まじく……その言葉で微笑ましい光景を思い浮かべるほうが困難である。
では、誰が止めに入ることが出来るのだろうか。
ひとつ、小悪魔には無理だ。先の密告のおかげでレミリアに八つ裂きにされかねない。そもそもフランにスケスケのネグリジェを用意したり、下着を履かせないなどという嘘を吹き込んだ現況である。信用ならない。
ふたつ、咲夜は期待できない。何故下着を履かせて送り出さなかったのか。無論この状況を楽しんでいる他ならない。現場に行かせれば混乱に乗じて何をするかもわからないのだ。
みっつ、美鈴だが、彼女はこの状況を良しとしているところがありあまり手出しをしようとしない。姉妹が仲良くなることが最優先事項なのだから一理ある。だが、それでは紅魔館の風紀は守れない。風紀を守れないことは、秩序を守れないことにも等しい。
――やはり、私しかいない。
紅魔館の風紀と秩序を守るのは私しかいないのだ。
姉妹関係をいい感じに寸止めするのは私しかいないのだ。
例えこの身体を引きずってでも止めに入らなくてはならない、私は固く決意した。
□ 後に続きます。
レミリア嬢に深く同意。
どうしても妹様を直視できないなら、ドロワーズを被って目隠しすれ(カタディオプトリック
消されたのを見て、少しびっくりしました…………(汗)
再び書いてくださって、ありがとうございます。本当にすみませんでした。