「本の幽霊って知っていますか?」
お茶を運んできた小悪魔が言った。
聞きなれない単語にパチュリーは本から視線を外し、小悪魔を見る。
「本の幽霊? 幽霊の本ではなく?」
「はい。後者は幽霊について書かれている本という意味ですよね?
私が言ったのは、犬の霊、とかのように死後存在するという意味です。
本に死後というのは少々おかしいかもしれませんが」
パチュリーの眉が歪む。小悪魔の話を疑っているのだろう。
「実在するの?
作り話じゃない?」
「詳しいことは私もさっぱりです。
この前、香霖堂にお使いにいったとき、そこの主人に聞いた話ですから。
嘘を言っているようには見えませんでした」
香霖堂で売りに出される本を買いに行ったときのことだ。ちょっとした世間話で、この本のことが話題として出たのだった。
香霖堂主人森近霖之助も本が好きな人種だ。しかしパチュリーのようにどんな文字でも読めるわけではない。だから読める本は手元に置き、読めない本は売りに出す。そのとき霖之助は貨幣を受け取る代わりに別の条件を出す。それは本の内容だ。読めなくとも内容は気になるのだ。だからどんな内容なのか、知りたがる。詳しいことでなくていいのだ。大方の筋さえわかれば。
小悪魔は香霖堂へのお使いのときに貨幣はもっていかない。かわりに買った本の内容が書かれたパチュリー製のレポートを持っていく。
霖之助とパチュリーの間だけで通じる貨幣だ。
話が少しそれたが、これだけ本が好きな霖之助が本のことで嘘はつかないだろうと言いたかった。嘘をつく意味もない。
「あそこの主人がね。
そんなこと言うのだから、あっちは持っていないのよね」
「そうですね。
パチュリー様が持っていないか聞いてきたくらいですから」
「……どんな本なのかしら」
「なんでも今となっては失われた書物、読めなくなった書物なんじゃないかとか。
もっと読まれたいという意思を持った九十九神的な本なのかもしれないと言ってました」
「……」
「どうしました?」
虚空を睨み動きの止まったパチュリーに話しかける。
「失われた本ね……気になるわ。
小悪魔」
「これから用事があるので無理です」
「……まだ何も言ってないけど」
「パチュリー様のもとで働き始めて長いですから、なにを言いたいのかわかりますよ?
パチュリー様がじきじきに探しに出てみたらどうです?
たまには外に出るのもいいものですよ」
「それなら美鈴に」
「仕事中です」
「寝てるんじゃないの?」
「いえ、珍しくお嬢様の命を狙った妖怪がきまして、それの相手をして追い払ったんですが、少々門付近が荒れましてその片付けの最中です」
「じゃあ、ほかのメイド」
「自分たちのことをするので精一杯な妖精メイドがほとんどですよ?
残り少ない有能なメイドは仕事に追われてますし」
なにも探しに行くのは今日でなくともいいのだが対象が本なのだ、好奇心が刺激され待つ我慢ができない。
けだるげにパチュリーは立ち上がる。自身で探しに出てみることにしたのだった。思いついている当てが外れたら、粘ることなく帰ってこようと考えているところから、自身での動きたくなさがわかる。
いってらっしゃいませと小悪魔に見送られ、パチュリーは久方ぶりに紅魔館を出た。
「さてと、メイド長を呼んでこないといけませんね。
人数用意できてるかしら」
一人図書館に残った小悪魔も何かをするために、動き出した。
紅魔館から出たパチュリーは湖の上を飛んでいる。
屋敷から出たパチュリーを見て、美鈴は大層驚いていたがすっぱり無視した。
目的地は騒霊三姉妹のいる廃洋館。餅は餅屋、幽霊のことなら幽霊に聞くのが一番だ。パチュリーにとっては非常識でも、彼女達にとっては常識なのかもしれないのだから。
騒霊は正確には幽霊ではないが、近い存在であることは違いない。
本当の幽霊に聞こうと思ったら冥界にまで足をのばす必要がある。そこまで行くのは体力的に無理だと判断したパチュリーは、バッタモンでもいいから近場で済まそうと考えたのだった。
喘息にさわらぬようにゆっくりと湖上を飛んでいると、視線の先に黒っぽい飛行体が見えた。それなりの速さで飛んでくるそれも、パチュリーに気づいたのか近づいてきた。
「よお珍しいな、こんなところで会うなんて」
「そっちは今から紅魔館に行くところ?
いい加減本を持っていくばかりじゃなくて返しにきなさい」
「いつも言っているだろ? 死んだら返すってな」
それにパチュリーは溜息一つ吐いて、目的地へと向かって進行を再開する。
「……どうしてついてくるの?」
「興味があるからだな」
「たいしたことじゃないわよ」
「いやいや、パチュリーが紅魔館から出ているだけで珍しいから。
きっとなにかあるんだろうさ」
「ただの気分転換よ」
「それはない」
即座にきっぱりと否定した。
パチュリーも内心ありえないわ、と考えていたので何の反応もせず、飛び続ける。
「それでなにがあるんだ?
事件か?」
わくわくとした表情で魔理沙は言う。目も好奇心から輝きを見せていた。
こうなったらどこまでもついてくるだろう。それは魔理沙と付き合いのあるパチュリーもよくわかっていることだ。
隠すのも面倒になったパチュリーは目的を話すことにした。
「本の幽霊というものを知らないか騒霊たちに聞きに行くのよ」
「本の幽霊?」
どういったものかを説明する。
これによってどうなるか簡単に予想できていた。
「読んでみたいぜ!」
こうなるとわかっていたから言いたくなかったのだ。
本が見つかれば、奪い合いから弾幕勝負になるだろう。互いに譲り合うという謙虚さは皆無だ。
作った魔法を試すにはいい機会だが、パチュリーには積極的に暴れたいという思いはないのだ。
しばらく一緒に飛んでいた。しかし少しずつ魔理沙の速度が上がっていく。
「魔理沙、少し速度おとしてくれないかしら?」
「ゆっくりくるといいさ。私が確保しておいてやる」
そう言っていっきに速度を上げた。
その魔理沙目掛けてパチュリーは指先に生み出した速度重視の火球を飛ばす。
「おっと」
背後から飛んできた火球を勘か、それとも魔力を感じてか危うげなく避けた。
「危ねーな」
「そのまま持っていくつもりでしょう」
「そんなことないさ」
視線が明後日の方向を見ていて非常に怪しい。
パチュリーは黙って周囲に小火球を浮かべる。ここでおとしていったほうがいいと判断した。
好戦的ではないと評したが、消極的でもないのだ。こと本に関してはなおさら。
魔理沙もヤル気は満々のようで、ミニ八卦炉を取り出し構える。
場の雰囲気がピリピリと痺れるようなものに変わっていく。
少しだけ見合った二人は、合図なしに同時に仕掛けた。
パチュリーは飛んできた弾幕を少ない動作で避け、避けきれなかったものは防御用にはった水の膜で受けきった。
魔理沙は全弾回避だ。ギリギリなのもあったか、服がわずかに焦げている。少なくはない弾幕を一発たりとも喰らうことがなかったのは、色々と事件に首を突っ込み、腕を上げたおかげか。
少し顔を顰めて不機嫌そうなパチュリーとニヤリと笑い不敵な魔理沙、対照的な二人はそのまま無言で弾幕を再び発射する。
湖上に色鮮やかな弾幕が飛び交う。
この弾幕勝負は長続きすることはなかった。
原因はいわずとしれたパチュリーの体調だ。絶好調ならばよかったのだが、あいにくと普段どおりで長時間の勝負は辛い。だから短時間決着を始めから狙っていた。
「そろそろきついんじゃないか?
息が上がってきてるぜ?」
「言ってなさい。
『ウィンターエレメント』っ!」
眼下の湖から魔理沙目掛けて水柱が立つ。勢いよく噴き上げられたそれは当たれば、それなりのダメージを期待できる。しかし、
「以前見た一直線の単調な攻撃なんて喰らわないぜ」
横に少しずれるだけで簡単に避けられる。
パチュリーは悔しげな顔をすることなく、笑みを浮かべた。
「そうね。自分の魔法だからそれくらいはわかっているわ。
だから『ウィンターエレメント・ツリー』」
避けられるということを前提にして、改良した魔法を使う。
勢いをなくし湖へと戻っていく水柱から、四方八方へと細い水柱が伸びる。その水柱からもさらに水柱が。その様はまるで枝のようで、水しぶきが葉のようで、全体で見ると一本の木のように見える。
対する魔理沙もたいしたもので、勘だけで水でできた枝を避けていく。しかし枝の本数の多さと軌道の不適当さについに命中することになる。
「……冷たいぜ」
「威力不足が今後の課題ね」
命中したものの、威力が足りずびしょぬれにするだけでダメージを与えることはできなかったようだ。
「着替えたいし、なんだか気持ち的にも冷めたんで帰る」
「そう」
「本みつかったら教えてくれ借りる」
「教えてなくても勝手に持っていくでしょうに」
そうだな、と笑い魔理沙は去っていった。
魔理沙との弾幕勝負のあとは何事もなくプリズムリバー姉妹のいる廃洋館まで行くことができた。
しかし、三姉妹は本のことを知らなかった。やはり存在が似てるといっても、同じではないので知らないのだろう。
冥界に行く気力は始めからないので、当初の目的どおり紅魔館に帰る。
目的は果たせず無駄に疲れただけだった。
少し疲れた様子に気づいた美鈴に心配されながら、古巣である図書館へと戻る。
「お帰りなさいませ」
エプロンを身につけ、はたきを持った小悪魔がパチュリーを出迎える。
どこかほっとした様子の小悪魔。
「ギリギリセーフでした」
「なにが?」
「今しがた埃を集め終わったんです。
もう少し早く帰っていたら喘息にさわりました」
それでなにかを察したパチュリー。
「用事って掃除のことだったのね」
「はい。メイドたちに手伝ってもらい本棚の上に溜まっている埃を中心に掃除していました」
「本を餌にして、私を追い出したのね」
「あははは……はい。
香霖堂の主人から話を聞いたときにちょうどいいと思いまして、一計案じました」
喘息持ちの主人は常に図書館にいるので、埃掃除をする機会がなかなかないのだ。
「ま、まあ、いいじゃないですか。嘘を言ったわけでもありませんし。館内も綺麗になるし、たまの散歩で少しは健康になるかもしれませんし。
そ、それで本はどうでした?」
「ヒントすらなかったわ。
得たものは魔理沙との弾幕勝負での疲労と作った魔法の出来具合ね」
「えーと……魔法の出来具合がわかっただけでも無駄ではなかったですね!?」
「魔理沙と弾幕勝負しなくても実験はできたけどね。
それで主人を騙した助手に頼みがあるのだけど聞いてくれるわよね?」
拒否はできなかった。
「冥界に行って本を探してきなさい」
「いやぁ~ちょぉっときついんですけど」
「作業ミスした魔法薬の実験体とどちらがきついかしら」
どこからともなく試験管を取り出して、小悪魔の前に突き出す。
試験管の中には緑色の液体が揺らめいていた。
「い、いってきまーす!」
魔法薬から逃げるように小悪魔は図書館から出て行った。
その様子にパチュリーはふんっと鼻をならし、試験管の中身をあおる。中身は疲労回復薬だ。
これで少しは仕返しできたと考えているパチュリー。
乗せられたことと騙したことでイーブンなのだが、このあと白玉楼であっさりと小悪魔は目的を達成するので小悪魔の勝ちかもしれない。
予想以上に早く帰って来た小悪魔に驚かされることになるので、やはり小悪魔の勝ちなのだろう。
そんな未来を予想することはできず、パチュリーはいつもの定位置に戻り本を開いたのだった。
お茶を運んできた小悪魔が言った。
聞きなれない単語にパチュリーは本から視線を外し、小悪魔を見る。
「本の幽霊? 幽霊の本ではなく?」
「はい。後者は幽霊について書かれている本という意味ですよね?
私が言ったのは、犬の霊、とかのように死後存在するという意味です。
本に死後というのは少々おかしいかもしれませんが」
パチュリーの眉が歪む。小悪魔の話を疑っているのだろう。
「実在するの?
作り話じゃない?」
「詳しいことは私もさっぱりです。
この前、香霖堂にお使いにいったとき、そこの主人に聞いた話ですから。
嘘を言っているようには見えませんでした」
香霖堂で売りに出される本を買いに行ったときのことだ。ちょっとした世間話で、この本のことが話題として出たのだった。
香霖堂主人森近霖之助も本が好きな人種だ。しかしパチュリーのようにどんな文字でも読めるわけではない。だから読める本は手元に置き、読めない本は売りに出す。そのとき霖之助は貨幣を受け取る代わりに別の条件を出す。それは本の内容だ。読めなくとも内容は気になるのだ。だからどんな内容なのか、知りたがる。詳しいことでなくていいのだ。大方の筋さえわかれば。
小悪魔は香霖堂へのお使いのときに貨幣はもっていかない。かわりに買った本の内容が書かれたパチュリー製のレポートを持っていく。
霖之助とパチュリーの間だけで通じる貨幣だ。
話が少しそれたが、これだけ本が好きな霖之助が本のことで嘘はつかないだろうと言いたかった。嘘をつく意味もない。
「あそこの主人がね。
そんなこと言うのだから、あっちは持っていないのよね」
「そうですね。
パチュリー様が持っていないか聞いてきたくらいですから」
「……どんな本なのかしら」
「なんでも今となっては失われた書物、読めなくなった書物なんじゃないかとか。
もっと読まれたいという意思を持った九十九神的な本なのかもしれないと言ってました」
「……」
「どうしました?」
虚空を睨み動きの止まったパチュリーに話しかける。
「失われた本ね……気になるわ。
小悪魔」
「これから用事があるので無理です」
「……まだ何も言ってないけど」
「パチュリー様のもとで働き始めて長いですから、なにを言いたいのかわかりますよ?
パチュリー様がじきじきに探しに出てみたらどうです?
たまには外に出るのもいいものですよ」
「それなら美鈴に」
「仕事中です」
「寝てるんじゃないの?」
「いえ、珍しくお嬢様の命を狙った妖怪がきまして、それの相手をして追い払ったんですが、少々門付近が荒れましてその片付けの最中です」
「じゃあ、ほかのメイド」
「自分たちのことをするので精一杯な妖精メイドがほとんどですよ?
残り少ない有能なメイドは仕事に追われてますし」
なにも探しに行くのは今日でなくともいいのだが対象が本なのだ、好奇心が刺激され待つ我慢ができない。
けだるげにパチュリーは立ち上がる。自身で探しに出てみることにしたのだった。思いついている当てが外れたら、粘ることなく帰ってこようと考えているところから、自身での動きたくなさがわかる。
いってらっしゃいませと小悪魔に見送られ、パチュリーは久方ぶりに紅魔館を出た。
「さてと、メイド長を呼んでこないといけませんね。
人数用意できてるかしら」
一人図書館に残った小悪魔も何かをするために、動き出した。
紅魔館から出たパチュリーは湖の上を飛んでいる。
屋敷から出たパチュリーを見て、美鈴は大層驚いていたがすっぱり無視した。
目的地は騒霊三姉妹のいる廃洋館。餅は餅屋、幽霊のことなら幽霊に聞くのが一番だ。パチュリーにとっては非常識でも、彼女達にとっては常識なのかもしれないのだから。
騒霊は正確には幽霊ではないが、近い存在であることは違いない。
本当の幽霊に聞こうと思ったら冥界にまで足をのばす必要がある。そこまで行くのは体力的に無理だと判断したパチュリーは、バッタモンでもいいから近場で済まそうと考えたのだった。
喘息にさわらぬようにゆっくりと湖上を飛んでいると、視線の先に黒っぽい飛行体が見えた。それなりの速さで飛んでくるそれも、パチュリーに気づいたのか近づいてきた。
「よお珍しいな、こんなところで会うなんて」
「そっちは今から紅魔館に行くところ?
いい加減本を持っていくばかりじゃなくて返しにきなさい」
「いつも言っているだろ? 死んだら返すってな」
それにパチュリーは溜息一つ吐いて、目的地へと向かって進行を再開する。
「……どうしてついてくるの?」
「興味があるからだな」
「たいしたことじゃないわよ」
「いやいや、パチュリーが紅魔館から出ているだけで珍しいから。
きっとなにかあるんだろうさ」
「ただの気分転換よ」
「それはない」
即座にきっぱりと否定した。
パチュリーも内心ありえないわ、と考えていたので何の反応もせず、飛び続ける。
「それでなにがあるんだ?
事件か?」
わくわくとした表情で魔理沙は言う。目も好奇心から輝きを見せていた。
こうなったらどこまでもついてくるだろう。それは魔理沙と付き合いのあるパチュリーもよくわかっていることだ。
隠すのも面倒になったパチュリーは目的を話すことにした。
「本の幽霊というものを知らないか騒霊たちに聞きに行くのよ」
「本の幽霊?」
どういったものかを説明する。
これによってどうなるか簡単に予想できていた。
「読んでみたいぜ!」
こうなるとわかっていたから言いたくなかったのだ。
本が見つかれば、奪い合いから弾幕勝負になるだろう。互いに譲り合うという謙虚さは皆無だ。
作った魔法を試すにはいい機会だが、パチュリーには積極的に暴れたいという思いはないのだ。
しばらく一緒に飛んでいた。しかし少しずつ魔理沙の速度が上がっていく。
「魔理沙、少し速度おとしてくれないかしら?」
「ゆっくりくるといいさ。私が確保しておいてやる」
そう言っていっきに速度を上げた。
その魔理沙目掛けてパチュリーは指先に生み出した速度重視の火球を飛ばす。
「おっと」
背後から飛んできた火球を勘か、それとも魔力を感じてか危うげなく避けた。
「危ねーな」
「そのまま持っていくつもりでしょう」
「そんなことないさ」
視線が明後日の方向を見ていて非常に怪しい。
パチュリーは黙って周囲に小火球を浮かべる。ここでおとしていったほうがいいと判断した。
好戦的ではないと評したが、消極的でもないのだ。こと本に関してはなおさら。
魔理沙もヤル気は満々のようで、ミニ八卦炉を取り出し構える。
場の雰囲気がピリピリと痺れるようなものに変わっていく。
少しだけ見合った二人は、合図なしに同時に仕掛けた。
パチュリーは飛んできた弾幕を少ない動作で避け、避けきれなかったものは防御用にはった水の膜で受けきった。
魔理沙は全弾回避だ。ギリギリなのもあったか、服がわずかに焦げている。少なくはない弾幕を一発たりとも喰らうことがなかったのは、色々と事件に首を突っ込み、腕を上げたおかげか。
少し顔を顰めて不機嫌そうなパチュリーとニヤリと笑い不敵な魔理沙、対照的な二人はそのまま無言で弾幕を再び発射する。
湖上に色鮮やかな弾幕が飛び交う。
この弾幕勝負は長続きすることはなかった。
原因はいわずとしれたパチュリーの体調だ。絶好調ならばよかったのだが、あいにくと普段どおりで長時間の勝負は辛い。だから短時間決着を始めから狙っていた。
「そろそろきついんじゃないか?
息が上がってきてるぜ?」
「言ってなさい。
『ウィンターエレメント』っ!」
眼下の湖から魔理沙目掛けて水柱が立つ。勢いよく噴き上げられたそれは当たれば、それなりのダメージを期待できる。しかし、
「以前見た一直線の単調な攻撃なんて喰らわないぜ」
横に少しずれるだけで簡単に避けられる。
パチュリーは悔しげな顔をすることなく、笑みを浮かべた。
「そうね。自分の魔法だからそれくらいはわかっているわ。
だから『ウィンターエレメント・ツリー』」
避けられるということを前提にして、改良した魔法を使う。
勢いをなくし湖へと戻っていく水柱から、四方八方へと細い水柱が伸びる。その水柱からもさらに水柱が。その様はまるで枝のようで、水しぶきが葉のようで、全体で見ると一本の木のように見える。
対する魔理沙もたいしたもので、勘だけで水でできた枝を避けていく。しかし枝の本数の多さと軌道の不適当さについに命中することになる。
「……冷たいぜ」
「威力不足が今後の課題ね」
命中したものの、威力が足りずびしょぬれにするだけでダメージを与えることはできなかったようだ。
「着替えたいし、なんだか気持ち的にも冷めたんで帰る」
「そう」
「本みつかったら教えてくれ借りる」
「教えてなくても勝手に持っていくでしょうに」
そうだな、と笑い魔理沙は去っていった。
魔理沙との弾幕勝負のあとは何事もなくプリズムリバー姉妹のいる廃洋館まで行くことができた。
しかし、三姉妹は本のことを知らなかった。やはり存在が似てるといっても、同じではないので知らないのだろう。
冥界に行く気力は始めからないので、当初の目的どおり紅魔館に帰る。
目的は果たせず無駄に疲れただけだった。
少し疲れた様子に気づいた美鈴に心配されながら、古巣である図書館へと戻る。
「お帰りなさいませ」
エプロンを身につけ、はたきを持った小悪魔がパチュリーを出迎える。
どこかほっとした様子の小悪魔。
「ギリギリセーフでした」
「なにが?」
「今しがた埃を集め終わったんです。
もう少し早く帰っていたら喘息にさわりました」
それでなにかを察したパチュリー。
「用事って掃除のことだったのね」
「はい。メイドたちに手伝ってもらい本棚の上に溜まっている埃を中心に掃除していました」
「本を餌にして、私を追い出したのね」
「あははは……はい。
香霖堂の主人から話を聞いたときにちょうどいいと思いまして、一計案じました」
喘息持ちの主人は常に図書館にいるので、埃掃除をする機会がなかなかないのだ。
「ま、まあ、いいじゃないですか。嘘を言ったわけでもありませんし。館内も綺麗になるし、たまの散歩で少しは健康になるかもしれませんし。
そ、それで本はどうでした?」
「ヒントすらなかったわ。
得たものは魔理沙との弾幕勝負での疲労と作った魔法の出来具合ね」
「えーと……魔法の出来具合がわかっただけでも無駄ではなかったですね!?」
「魔理沙と弾幕勝負しなくても実験はできたけどね。
それで主人を騙した助手に頼みがあるのだけど聞いてくれるわよね?」
拒否はできなかった。
「冥界に行って本を探してきなさい」
「いやぁ~ちょぉっときついんですけど」
「作業ミスした魔法薬の実験体とどちらがきついかしら」
どこからともなく試験管を取り出して、小悪魔の前に突き出す。
試験管の中には緑色の液体が揺らめいていた。
「い、いってきまーす!」
魔法薬から逃げるように小悪魔は図書館から出て行った。
その様子にパチュリーはふんっと鼻をならし、試験管の中身をあおる。中身は疲労回復薬だ。
これで少しは仕返しできたと考えているパチュリー。
乗せられたことと騙したことでイーブンなのだが、このあと白玉楼であっさりと小悪魔は目的を達成するので小悪魔の勝ちかもしれない。
予想以上に早く帰って来た小悪魔に驚かされることになるので、やはり小悪魔の勝ちなのだろう。
そんな未来を予想することはできず、パチュリーはいつもの定位置に戻り本を開いたのだった。