※:百合表現が含まれます
※:微妙にキャラが壊れてます要注意
私はアリス・マーガトロイド。
常に向上心を持った、人形を愛する魔法使い。
私は、何日か前に図書館で書き写したメモを見ながら素材の合成をしていた。
合成は物によって色々と手段が変わってくる。
混ぜる、熱する、溶かす、冷やす、科学反応、
他にも把握しきれない程、多岐に渡る方法がある。
全てを把握することは出来ないけれど、出来る範囲で行っていく。
左足が折れているため危険な場所に訪れるのが難しく、
近場の安全な場所にある素材しか集める事は出来なかった。
それにしても、合成をやり始めてからどれだけ経っただろう。
数えるのも嫌になる程の組み合わせ、今に至るまで百通り以上行ったが、
それでも使える素材は1つしか出来なかった。
ハンマーで叩いても全く変形しない、皿の形で固まった金属が1つ出来たのだ。
これは人形の武器、もしくは魔力回路を埋め込む部分に使えそうだった。
たかだか百通り強でまともな素材が出来たのは凄いのかもしれない。
それ以外は形になっても直ぐに崩れたり、柔らかすぎたりと
自分が求めている丁度良い素材など簡単には出来なかった。
そして、今日の成果は未だ0。そして時計は既に18時。
……今日はもうやめておこう。
合成を始めてから今日に至るまで、食事、風呂、睡眠の時間以外は殆ど合成作業。
実験部屋で黙々と作業をしていると気が狂いそうになる。
そういえば、今日は何日だろうか。
作業に没頭していると日付を忘れてしまうのも茶飯事だった。
今までも、ひたすら人形を作っていたり、魔法の研究をしたり、
長期間にわたって物事に集中している時は時間の概念しか頭になく、
何日だとか、何曜だとかは、忘れてしまうのが常だ。
ええっと……図書館に行った日は何日だったかしら。
次の日には肉塊の記事が書かれた『文々。』が玄関に置いてあった……。
新聞の日付は7日。……ということは図書館に行った日は6日。
寝た回数は7回。となると、明日は14日。
明日、絶対に魔理沙が来るわね。
そう、2月14日はバレンタインと呼ばれる日。
女性が好きな人に心を込めたチョコレート菓子を渡す日。
幻想郷にも、そういった外の文化が一部に流れ込んでいるとは聞く。
好きな人、か。
好きな男性がいるか、と言われると、いない。
そもそも異性に興味は無い。
異性でなくてもいいのなら、一人心当たりがある。
そう、思い当たるのは博麗神社の巫女。
同性ではあるけれど、大切な人。
彼女が居なければ幻想郷は平和に成り得ない。
それに、良く分からないけれど、彼女と一緒にいると落ち着く。
そうね、折角だし何か作って持っていこうかしら。
合成の気分転換にもなるだろうし。
お菓子に使えそうな素材を適当に探してみよう。
ココア、砂糖、小麦粉、バター、卵、ベーキングパウダー、ナッツ。お酒は……ないか。
まぁでも、これだけあれば充分ね。
作るものは決まったし、早速取り掛かりましょう。
■
そろそろ焼けたかしら?
台所に甘く香ばしい香りが漂う。
よし、最近作っていなかったけれど、見た目はバッチリ。
食べやすい大きさに切って、味は……うん、おいしい。
これなら店で売っても問題ないぐらい。
霊夢もきっと喜んでくれるに違いないわ。
少し多めに作ったから会った人に1つずつぐらいなら配っても大丈夫。
後は渡すだけ。
問題は、どう魔理沙を回避するか。
いや、会ってしまってもいいか。
魔理沙用にラッピングしておけば満足するだろう。
今回は、霊夢に食べてもらう事が重要。
魔理沙は今までの傾向から、9時頃には来るだろう。
早く出れば大丈夫ね。
我ながら完璧だと思った私は、作った菓子を居間の棚に隠し、
更に魔法の鍵を掛け、上海と蓬莱を見張りに付けるという厳重管理にし、悠々と風呂に向かった。
■
「ふぅ……」
骨折してから1週間経つが、風呂に入るのにもだいぶ慣れた。
包帯が巻かれた左足に袋を被せてから、体を洗うようにすれば特に問題はない。
湯船に浸かる時は左足だけ淵に乗せているが、到底誰かに見せられるような格好ではない。
最初は湯船に浸かるのすら億劫だったけれど、湯船に浸からなければ疲れは取れない。
湯船に浸かっていると一日の嫌な事が全て吹き飛ぶような気がする。
「アリス、気持ち良さそうな所失礼するわ」
突然境界に切れ目が入り、隙間から女性が顔を出した。
「ゆ、紫……」
神出鬼没なこの妖怪には、毎回恐れ入る。
「悪いわね、ちょっとお菓子の匂いに釣られてお邪魔しに来たのよ」
「お菓子……?あ、もしかして」
「そう、やたら厳重に閉まってあるお菓子、少し頂いていいかしら?」
「そういわれても……今直ぐには開けられないわ」
「お風呂終わってからでいいわよ、ところで……」
紫は意味深な笑いを浮かべた。
「誰に告白するのかしら?」
「こ、告白って……」
「あらあら、赤くなっちゃって」
私の様子を見て楽しんでいるようだ。
霊夢のことを思い浮かべると、恥ずかしくて仕方が無い。
「ま、予想は付くけれど。霊夢かしらね?」
「告白ではないけど、そうね」
「霊夢も人気者で大変ねえ」
「やっぱり人気なのね」
「そうね」
確かに、他の妖怪や魔理沙も霊夢にはチョコレートを渡していそうな印象がある。
「きっと、明日は妖怪で賑わっているわよ」
「大量のチョコレートをどうやって食べてるのかしら」
「食い意地張ってるから、その日のうちには食べ終わってるわね」
紫は苦笑いしていた。
「そろそろ出るわね」
「ええ。座って待っているわ」
紫は隙間を閉じ、姿を消した。
左足が満足に使えないと湯船から出るのも一苦労だった。
湯船を出てしまえば楽なのだが。
■
「お待たせ」
私は髪を軽く拭きながら居間へ戻った。
紫はソファに座り、上海と蓬莱を眺めながら待っていた。
「出来れば3個、頂いていいかしら。藍と橙にも渡したいのよ」
「大丈夫よ」
私は直ぐに魔法の鍵を解除し、棚を開いて菓子を取り出し、テーブルに置いた。
用意した小袋に1つずつ丁寧に入れ、口をリボンで縛っていく。
「これでいいかしら?」
菓子の入った3つの小袋を紫に手渡した。
「あら可愛い。ありがとう、藍達も喜ぶわ」
紫は小袋に包まれた菓子を見て微笑んでいた。
「ところで、これは何というお菓子かしら? あまり見ないわね」
「ブラウニーよ」
「ブラウニー? ……西洋のお菓子かしら」
「そうね。里ではまだ見た事が無いわ」
「成程、ありがとう。それじゃ、これで失礼するわね。明日頑張ってね」
紫はそういうと、直ぐに境界の隙間から姿を消した。
「頑張る……? あ、そうね」
魔理沙に強奪されないように頑張らないと。
ブラウニーは程良く冷めたし、全部ラッピングしてしまおう。
私は1つずつ丁寧に小袋に詰め、リボンで小袋の口を縛っていく。
そして、霊夢の分だけ少し大きめのリボンで締める。
全て詰めた後、先程と同じように棚に入れ、魔法で鍵を掛けた。
これで良し、と。
紫はさっき着たから強奪していく事は無いだろうし、
万が一魔理沙が泥棒に来ても上海と蓬莱が迎え撃つ。
「私は寝るわ。上海、蓬莱、見張り宜しくね」
「シャンハーイ」
「ホラーイ」
寝るには少々早いが、私は明日の為に寝ることにした。
■
「んん……」
窓の光で目が覚める。
ああ、今日は早めに起きないと……だったわね。
再び瞼を閉じると、眠気が襲ってくる。
……起きないと。
軽く目をこすりながら窓に視線を移すと、やや黄色がかった濃い青空が見えた。
雲もそれ程無く、出かけるには丁度良さそうな天候だ。
そう、ブラウニーはどうなっただろうか。
私は直ぐに起きると、ふらつきながら居間へ向かった。
「シャンハーイ」
「ホラーイ」
2つの人形に出迎えられ、直ぐに棚の前に行く。
棚にかけた魔法の鍵には問題なく、開くと昨日と同じ状態でブラウニーは入っていた。
個数は減っていないし、リボンが開封されたような形跡もない。
あとは、博麗神社へ向かう途中に誰かと出遭わなければ問題ない。
仮に魔理沙に出遭ったとしても、魔理沙の分はあるし、
他の妖怪だとしても、多めに用意してあるから問題はない。
菓子を渡すだけで、ここまで用意周到になる必要は無いかもしれない。
しかし、霊夢に渡したいという気持ちと、今までの魔理沙の素行が私をそうさせた。
時計は朝6時頃を指していた。
流石に早過ぎる気もするが、早く行ったほうが誰かと出遭う可能性は低い。
そう考えた私は直ぐにブラウニーを全てバッグに詰め、自室に戻って普段着に着替え、
上海と蓬莱に留守を任せ、バッグを持って家を出た。
玄関の扉に鍵を閉めた私は直ぐに飛び上がった。
怪我をした直後に比べればだいぶ、速度を出して飛べるようにはなった。
それでも、早く移動すると足に響くため、普段の速度は出せない。
若干低速で移動する事を余儀なくされるが、これぐらいの速度で飛ぶのも悪くなかった。
朝の冷たく爽やかな空気を味わいながら、博麗神社を目指した。
■
結局、あれから誰とも遭わず、博麗神社に着いてしまった。
こんな朝から飛び回っている妖怪は早々いない、というのもあるが。
私は賽銭箱の前に着地し、辺りを見回してみた。
時々木の葉が風に煽られ、宙を舞っている。
掃除したばかりなのか、境内は片付いていた。
賽銭箱の先に見える障子は閉まっている。
恐らく、霊夢はまだ寝ているだろう。
外で待ち続けて誰かに会っても困るし、呼んで起こしてしまっても申し訳ないし、どうしたものか。
それなら……霊夢には悪いけれど、中で待とう。
霊夢、許してね。
私は財布を取り出し、賽銭箱に夏目漱石を1枚放り込んだ。
自分勝手な願いを込めて祈りを終わらせた私は、裏口に回った。
そして、いざ、裏口前。静かに開かないと、霊夢が起きるかもしれない。
深呼吸をしてから扉に手をかける。
そして、音が立たないようにゆっくりと力を入れていく。
すると、開かないだろうと思っていた扉はあっけなく滑り、開いてしまった。
「霊夢……?」
小声で霊夢の名前を呼ぶも、中は静まり返っていた。
私は中に入り、扉を閉めて靴を脱ぎ、廊下に上がった。
霊夢の寝室は確かこっちだった、筈…。
寝室の障子は閉まっていた。
私は静かに、静かに、障子を開いていく。
部屋の中央付近に不自然に盛り上がった布団が敷かれている。
やはり、霊夢は寝ていた。
頭のリボンを外し、体を右に向けて寝ている。
私はそっと部屋の中に入り、音を立てないよう障子を閉めた。
……冷えるわね、この部屋。
外よりは若干マシではあるが、肌寒さを感じる。
自分の生活を思い浮かべても今ひとつ想像はつかないが、
ここで生活するのは明らかに辛いということだけは分かる。
私は霊夢が寝ている横にそっと近づいた。
寝息を立てる霊夢がすぐそこにいる。
布団で鼻より下は隠れているが、確かに寝ている。
その顔を見つめていたら、私の中で何かが切れた。
何を思ったか、私はカバンを置き、霊夢の布団に入り込んだ。
布団の中は暖かい。
そして、目の前に霊夢の寝顔。
普段見せる顔とは違う寝顔。
思わず撫でたくなるような、なんとも可愛らしい寝顔。
寝顔を見ているだけで、私の中の何かが取り払われていき、
心が穏やかになるのが分かる。
「ん……、ん?」
霊夢の眠そうな声が小さな口から漏れる。
その声を聞いた瞬間、私は我に返った。
布団に入り込んだのは失敗だった。
案の定、霊夢の目がうっすらと開く。
「ん……あれ? ……アリス?」
「ご、ごめんね……、起こしちゃったかしら」
「え……? ちょっと、え? あれ、なんで?」
霊夢は相当驚いたのか、口篭る。
「霊夢、ごめんね」
私は霊夢が何か言葉をつむぐ前に、抱きしめた。
歳の割に、華奢な体。強く抱きしめたら折れてしまいそうな体だった。
「……どうしたの」
何と言えばいいか分からなかった。
今はただ、抱きしめていたいだけ。
博麗神社の巫女、霊夢を。
「……神社に忍び込むなんて、いい度胸ね。朝駆け?」
「会いたかったのよ」
特に霊夢は怒った様子も無く、私に抱きしめられたまま抵抗もしなかった。
「ねえ、アリス」
「何かしら?」
「暖かい」
霊夢はそういうと、私の背に右手を回してきた。
どうやら、許してくれるようだ。
「ん~……まだ眠いのよね……このまま寝ていい?」
「ええ、勿論。許してくれるのかしら?」
「別に……魔理沙みたいに襲ってくる訳じゃないし」
霊夢は私の背中から手を戻し、再び目を閉じた。
霊夢を見ているとなんとなく、心が安らいでいく。
私も睡眠不足のせいか、意識が薄くなっていった。
■■
「……んん」
目を開くと、霊夢が私を見ていた。
そう、霊夢の布団に忍び込んだものの、気付かれた挙句、流れで一緒に寝てしまっていた。
「あ、あれ……私寝てたのね」
「いいわよ、私も寝てたし。起きれる?」
「ええ」
霊夢が布団を半分捲り、上半身を起こす。
私も合わせて上半身を起こした。
「こういう朝もいいわね」
霊夢は嬉しそうに微笑んでいた。
「たまにはここで寝てくれてもいいわよ? この時期寒いし助かるわ」
「毎年、冬辛くない?」
「辛いわよ。慣れたけどね」
ふと、ブラウニーを持ってきたことを思い出す。
本来の目的を忘れていた。
「話変わるけど、今日はお菓子作ってきたのよ」
「お菓子?」
「これなんだけれど……」
私はバッグからブラウニーの入った小袋を取り出し、霊夢に手渡した。
霊夢は珍しいものを見るように小袋を色々な角度から見ている。
「何かしら? 見た事無いわね」
「ブラウニーよ」
「多分、食べた事無いと思う」
霊夢はそう言うと、袋のリボンを解いてブラウニーを取り出し、口にした。
「……おいしい」
「そう? 良かった……」
霊夢はおいしそうにブラウニーを食べている。
その表情を見た私は、安堵の息が漏れた。
「これ、チョコレート?」
「ココアだけど、似たようなものよ」
「今日、14日なのよね」
その時、私が入ってきた側とは反対側の障子が勢い良く開かれた。
開かれた所に、境内をバックに白黒の服を着た少女が仁王立ちしている。
「霊夢! 遊びに来たぞ!」
なんでこういうタイミングで魔理沙は来るのだろう。
いつもいつもいつも。
「あ、あれ?」
私と霊夢を見て呆然とする魔理沙。
そして直ぐに愕然とした表情で話し始める。
「アリスじゃないか! 何やってるんだよ!
しかも霊夢と一緒に布団に入っちゃって!
まさか……まさか夜這い!?
夜に○○○や×××や■○×■△○×■○」
「朝から五月蝿い! それにイヤらしい言葉連発しすぎ!」
私はバッグからもう一袋、ブラウニーの入った袋を取り出して布団から立ち上がった。
「霊夢とアリスが……ちょっといい、じゃなくて私は信じない! 信じないぞ!」
「うるさい。ほら」
魔理沙の手を持ち、小袋を乗せた。
冷え切った手の感触が伝わってくる。
「信じな……ん? なんだこれ」
「アンタの分よ」
魔理沙は物珍しそうにラッピングされたブラウニーを眺めている。
「……カステラ?」
「ブラウニーよ」
「そうか、アリスは私の為に作ってくれたのか」
「貴女の為だけじゃ無いわ。まだあるもの」
「そ、それは残念だ」
表情を曇らしながら、目を逸らす魔理沙。
そして、何か思い立ったように直ぐに向きなおしてくる。
「って、違う! アリスは何で霊夢に夜這いなんか!」
「まず夜這いから離れなさい!」
理性が飛んで忍び込んだ、なんて口が裂けても言えない。
仮に言ったとしたら、余計に面倒になりそうだ。
「眠かったから……かしら」
「霊夢に夜這い……じゃなくて霊夢と寝るぐらいなら私と寝てくれよ!」
「アンタ直ぐヤラシイ事するじゃない」
「そんなこと当たりま、じゃなくて、しないぜ!」
「ほら、無理ね」
「くっ……だけどさ!」
「あーもう、もう少し静かに喋りなさい」
「アリスが悪いんだぜ、浮気するから!」
「恋人になった覚えは無いわ」
「五月蝿い五月蝿い、やめてよ二人とも」
私達の言い合いを陪観していた霊夢が私と魔理沙を引き剥がすように、間に入った。
「お茶入れてくる」
そう言うと、台所に行ってしまった。
「全く……もう少し静かに」
「アリスがこんな所で寝てるから悪いんだぜ?」
「……まぁ、言いたい事は分かるわ。
でも、貴女が寝起きに大きな声で、目の前で騒がれたらどうかしら?
嫌よね?」
私は魔理沙に一言一言言い聞かせるように言った。
魔理沙の顔に少しずつ陰りが出来ていき、うつむいた。
「……」
お互い暫く沈黙していると、霊夢がお盆に湯呑を3つ載せ、戻ってきた。
少々機嫌が悪そうな表情をしている。
「はい、お待たせ。こぼさないでね」
お盆が畳みの上に置かれた。
私はお盆の傍に座り、湯呑を手に取って口元に運ぶ。
魔理沙は湯呑を取らず、下を向いたまま口を開いた。
「霊夢、すまんな」
「いいわよ」
「これ、私からのバレンタインチョコだぜ」
魔理沙は笑顔に戻り、ラッピングされたチョコレートを霊夢に手渡した。
「ありがと、頂くわ」
「……ああ」
チョコレートを手渡すなり、魔理沙は表情を曇らせて下を向いた。
「邪魔したみたいだし、一旦帰る。それじゃ」
「え? ちょっと、魔理沙」
魔理沙はそういうと直ぐに外へ出て、物凄い勢いで飛び立った。
境内に落ちていた木の葉が風で舞っている。
「……」
「……」
私達はその様子を見て、沈黙していた。
恐らく、同じことを考えていたのだろう。
「全く……愛じゃないって言ってるのに」
私は左手で頭を抱え、溜息をついた。
霊夢はその様子を見て、言う。
「寂しいのよ」
「寂しい?」
「魔理沙、素直じゃないから」
「素直じゃないのは分かるけど……」
霊夢は魔理沙から受け取ったチョコレートを眺めながら、複雑な表情で微笑んでいた。
「そういうところ、あまり見せないからね」
魔理沙が強がっている場面は何度も見ているが、
寂しがる、と言われると今までの記憶が少しずつ違った印象に変わっていく。
「魔理沙が寂しがるなんて、考えた事も無かったわね」
「まあ、2、3日経てばいつも通りに戻るわよ」
霊夢は特に気にしていないという表情でお茶を啜っていた。
「ね、さっきのブラウニーまだある?」
「ええ、あるわよ」
私は再び、ブラウニーが入った袋を霊夢に手渡した。
「これおいしい」
「ありがとう、作った甲斐があるわ」
「でも食べ過ぎると太りそう」
「何言ってるのよ……痩せ過ぎなんだから、少しは食べないと」
「……贅沢したいとは思うわ」
霊夢はおいしそうにブラウニーを食べていた。
霊夢と時間を共有していたいと思う中、魔理沙のことも気になる。
寂しい、か。
「霊夢」
「ん?」
「ちょっと早いけど、出るわね」
「……そう」
このまま放っておくのも、と思った私は部屋を出て、裏口へ向かった。
霊夢もお盆を持って私の後ろを歩く。
「まぁ……引き止めないけど」
「ごめんね、霊夢」
「謝るようなことしてないでしょ、行ってらっしゃい」
霊夢に見送られ、靴を履いた私は直ぐに裏口を出て飛び上がった。
魔理沙は帰ったのか、それとも他の場所に行ったのかは分からない。
私は魔理沙の家を目指して飛んでいた。
■
あれからどれぐらい経っただろうか。
私は魔理沙の家に漸く到着した。
魔理沙がいるかどうかは分からないが、まずは居るかどうか確かめなければ。
扉を2回続けて叩く。
「魔理沙、いる?」
あの性格なら、一度や二度叩いた所で出てこないだろう。
それでも、居留守をされても10分ぐらい叩き続ければ出てくるかもしれない。
「魔理沙、いないの?」
私は断続的に扉を叩き続けた。
「うるさいな、扉が壊れるだろ」
何分叩き続けた分からない。
分からないが漸く扉越しに聞こえてくる聞きなれた声。
普段は聞きたくも無い声だが、今は聞きたい声だった。
小さな金属音の後、扉がゆっくりと開いていく。
「やっぱりアリスか。何だよ」
ふてくされた顔で魔理沙が扉の間から私を見ている。
その目は、近くから見なくても赤いのが分かる。
「魔理沙」
「眠いんだよ、帰ってくれないか」
私は強引に扉を引っ張り、魔理沙の肩を掴んで玄関内に押し込んだ。
「おい! 勝手に入ってくるな!」
魔理沙も私の肩を掴んで押し返そうとするが、あまり強い力ではなかった。
それでも、今は魔理沙を逃がさないようにする事を考えた。
左足に力が入れられずふらふらと押し込む形になってしまう。
「っと、危な……入るなって言ってるだろ!」
私は構わず、魔理沙を玄関内へ押し込む。
魔理沙は本気で抵抗してはいないようだった。
押し戻そうとする力があまりにも弱く感じる。
「おい、何なんだよ……」
「魔理沙、ごめんね」
そういって、抱きしめた。
「……何だよ」
魔理沙は諦めたのか、私の肩から手を離した。
「靴、脱げよ」
「……そうね」
私は魔理沙の背中から手を離し、言われるままに、靴を脱いだ。
魔理沙は一足先に部屋に入っていく。
私もそれを追いかけるように、部屋に入った。
最早、女の部屋とは言い難い、やたら散らかった部屋。
様々な本や何に使うのか分からない道具が散乱している。
一部、自室から消えた本も幾つかあった。
取り返したいけれど、今は魔理沙の気持ちを汲まないと……。
「で、何しにきたんだ?」
魔理沙は不機嫌そうな表情で布団の上に座りながら、布団の上に乗っている物を片付けていた。
片付け終わると、片付け終わった所を軽く叩き、口を開く。
「ここ座ってくれ」
そう言うと、腕を組みながらふてくされた顔で窓の外に視線を移した。
「……ええ」
私はそこに座った。
「で、何だよ」
「私は魔理沙の気持ちに気付く事が出来なかった」
その言葉を聞くと、魔理沙は溜息をついた。
「……分かってるさ」
「え?」
「普段から言われてるから、分かる」
私は次に続ける言葉が思い浮かばなくなってしまった。
「それでも、アリスといると楽しいんだよ」
「楽しい?」
「そう」
楽しい、か。
私があれだけ毒舌でまくしたてても、楽しいと思えるのだろうか。
「家族がいたら、こんな感じなのかなぁ……ってな」
魔理沙の普段の言動、行動が頭に思い浮かぶ。
小生意気な言動、人の目を引く悪事、時折見せる寂しそうな表情、共に戦った時の姿。
「魔理沙……」
「だいぶ前の雨の日、私を家に入れてくれたのも、凄く嬉しかったんだぜ?」
言われると、雨の日の記憶が思い浮かぶ。
ずぶ濡れになった魔理沙が来たあの日を。
「まぁ……だから、私も色々迷惑は、かけてるのは……自覚してる。
そこは、謝らなければ……いけないところだと、思う」
普段では絶対言わないような言葉を、一言ずつ話していく。
魔理沙の憎たらしい笑顔の裏に、そんな感情があるなんて考えた事も無かった。
「満月を取り戻す夜……あの時からずっと、私は」
魔理沙の頬を涙が伝っている。
「アリスのことを考えると……」
そう、魔理沙は今に至るまで一人暮らし。
物心ついた頃からずっと一人で生活をしている。
その反動が、普段の言動や行動に出ているということだ。
明るく、憎たらしく振舞っているのも、感情の裏返し。
魔理沙はそう、寂しかったのだ。
寂しさの余りに悪戯をし、夜這いを掛け、泥棒を働く。
そう考えると幾ら酷くても、許容できそうな気がして……泥棒は許せないけれど。
それでも、まだ魔理沙は子供。
寂しいなら、それを紛らわすために一緒にいるぐらいはいいかもしれない。
迷惑さえかけなければ、或いは……
「……もう我慢できない」
「え?」
魔理沙は顔を下に向けた。
「アリスの事考えると、体が熱くなるのさ」
話がいきなりずれて、私は面食らった。
言うが否や、魔理沙は私の体にとびかかってきた。
先程までの悲しそうな表情はどこにもない。
全く予想もしていなかった私は押し倒されてしまった。
「ちょ、ちょっと!」
「今日は何の日だっけ?」
「バレンタインなのは知ってるわよ!」
「バレンタインって、他の呼び方もあるよな?」
「ほ、他の呼び方?」
「そう、セント・バレンタインって言うだろ」
魔理沙はそういいながら、ポケットからチョコレートを取り出し
口でラッピングを剥がしていく。
そのまま、乾いた音を立ててチョコレートを口にした。
「何よ、それぐらいは知ってるわよ?」
「セント・バレンタインって聖なるバレンタインだよな?」
「だから、それが何なの?」
「性なるバレンタインって言葉があるんだよ」
「聖なるバレンタインだから、何なの!」
「愛し合うんだ」
「ちょ、ちょっとやめ……だっ、だめっ」
毒蛾が私の下着にかかったと思いきや、
魔理沙の唇から、私の口内にチョコレートが流れ込んでくる。
「んんっ!? ちょ、ひゃめぇ……」
「愛してるよアリス」
「だから私は興味ないって……いきなりキスしないでよ!」
「チョコ渡すよりも口移しのほうが手っ取り早いだろ?」
「いやっ、どこ触って……っ」
左足が動かせない私は、魔理沙の拘束から逃れられなかった。
■
散々愛でられた私が開放されたのは、1時間弱程経った後だった。
「もう、信じられない……」
魔理沙は満足げに緑茶を飲んでいた。
「アリス、可愛かったぜ……ふぅ、まだ体が火照ってるな」
「私を騙したのね」
「騙す? 人聞きの悪い。寂しいのは事実だしアリスを愛してるのも本当だぜ?」
「そういう問題じゃないでしょ!」
私は魔理沙の頬を平手打ちし、逃げるように家を出た。
魔理沙の馬鹿!
何が寂しいよ。
気を使ったのが間違いだったわね。
やっぱり私には霊夢しかいない。
ん?
霊夢しかいない?
私は自問自答しながら、博麗神社を目指して飛んでいた。
■■■
「うーむ、また失敗か……途中までいい雰囲気だったのになぁ」
アリスに叩かれた頬を抑えながら、私は布団の上に座っていた。
泣き堕としではアリスは堕ちなかった。
いや、もうちょっと我慢するべきだったかもしれない。
結局欲望に負けてしまった。
もしかしたら自分の欲望が最大の敵なのかもしれない。
流石は私の欲望、手強い相手だ。
どうすればアリスの心を掌握できるだろうか?
そういえば、霊夢のところでカステラみたいなのを貰ったな。
私はポケットからアリスに貰った袋を取り出した。
中に入っているのは、カステラのような茶色のお菓子。
リボンを解くと、甘いココアの香りが漂う。
私はそれを右手で取り、口に運んだ。
「……うまいな」
アリスのバレンタインの贈り物をゆっくりと味わい、布団の周りを見まわす。
ふと、一冊の本が目についた。
「次は……これでいってみるか」
私は『薬草辞典』とかかれた本を手に取った。
これは続編を期待してしまうぜ!
アリスの善意と怪我に付け入った挙句、拒絶されても反省の色が全く無い。
最悪の読後感でした。
性描写も創想話ではアウトなレベルだと思います。
性描写はまぁアウトでしょうけど、続きが気になります。
続編見たいけど続きは夜伽かな?
面白かった