Coolier - 新生・東方創想話ジェネリック

雨の日でも奴は来る

2009/02/04 11:59:36
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私はアリス・マーガトロイド。
魔法の森に住む魔法使い。












窓の外に映るものは、濃い灰色の空。
激しく踊るような木の葉。
窓を打ち続ける風雨。
穏やかとは到底言い難い、鳴り続けるノイズ。

そう、今日は暴風雨。
窓から見える地面には大きな水溜りが出来ている。

こんな天候の時は、のんびりと人形の手入れに励むに限る。
外には出れないけれど、誰にも邪魔されない素敵な日だ。
天候とは正反対に、私の心は穏やかだった。
ソファに座って人形の手入れをしてると自然と頬が綻ぶ。





しかし、穏やかな気分は簡単に崩れ去るのだった。






玄関を叩く音が聞こえてくる。
それと同時に、聞きなれた聞きたくない声。

「アリスー、来てやったぞ」

無視、無視。

「アリスー、居ないのかー?」

今日は居ない振りでやり過ごそう。
あ、カーテンを閉めないと中が見えちゃうわね。

「蓬莱、カーテン閉めてくれるかしら」
「ホラーイ」

私の向い側に座っていた蓬莱は直ぐに、窓際のカーテンを閉めに動く。
その時。

「おーい、って蓬莱いるのか。アリスは?」

蓬莱が窓際へたどり着く前に、黒い帽子と白黒の上半身が窓に映った。
当然、それは私の姿を見逃さなかった。
残念ながら、カーテンを閉めるのが少し遅かったようだ。

「アリス、いるなら返事ぐらいしてくれよー」

こんな雨の日に来ないでよ。
そう思いつつソファから立ち上がり、窓から様子を伺う。

「アンタ何しにき……って、ずぶ濡れじゃない! 風邪ひくわよ!?」

声の時点で分かってはいたが、やはり魔理沙だった。
傘も差さずに魔理沙はそこにいた。

「じゃあ中に入れてくれよ、風邪ひくだろ?」
「……分かった、分かったわよ。さっさと玄関に回りなさい」


素敵な日は終わりを告げた。





自分の律儀さに呆れながらも、私は直ぐに洗面所へ向かい、
バスタオルを手に取ってから玄関に向かった。

玄関扉を開けると、酷い濡れ様の魔理沙が立っていた。
体のラインが分かるぐらい、魔理沙の服は肌に密着している。
どれだけ雨の中外に居たというのだ。
しかし、魔理沙は満面の笑顔で待ってましたと言わんばかりの表情だ。

「はぁ……何しに来たのよ」
「恋人の様子を見に」
「そんな関係になった覚えは無いわ」
「まぁ気にす……ぶぇっくし」

案の定、魔理沙は既に具合が悪そうだった。
こんな天候の中、外に出たらどうなるか予想ぐらい付く筈。
異変があって四の五の言えない状態なら兎も角、そういう訳でもない。
そうまでして私の邪魔をしたいのか。

「……とりあえず中に入りなさい」
「あぁー、すまん、風邪ひいたかも」
「当たり前でしょ」

露骨に具合の悪そうな表情の魔理沙を玄関内に招き、バスタオルを渡した。

「助かった、まさかここまで濡れるとは」
「傘は?」
「風で飛んでったな」

この風雨じゃ傘を支えるのも厳しいだろうに。
雨風が体にこたえたのか、いつもより元気が無い。

「あー、寒っ」
「本当に風邪ひくわよ、さっさと脱ぎなさい」
「え、脱がしてどうする気だ」
「濡れた服着てるよりも脱いだ方がマシよ?」
「え、そうか?」
「それに、そんな状態で家にあがられたら困るわ」

そういうと、魔理沙は特に反論せずバスタオルを靴棚の上に置き、
ずぶ濡れになっている服を脱ぎ始めた。

「そこで絞っていいから」

いわれるままに、魔理沙は脱いだ服を絞る。
凄まじい量の水が音を立てて垂れていく。

「おー、これは酷い」

人事のように言う魔理沙。

「下着も絞った方が良いわよ。終わったら居間に来なさい。暖炉つけてあげるから」
「すまんな、助かるぜ」

私は直ぐに居間に戻り、暖炉に薪と硬く丸めた新聞を置いて、火を点けた。
薪が少々湿気ていたのか、嫌な臭いが若干漂う。
取り合えず火はつけたし、後は魔理沙をこっちに……。

「あー、寒っ、火は?」

魔理沙は肩を両腕で抱えつつ居間に入ってきた。

「まだ点けたばかりよ」

暖炉を指差すと、魔理沙は飛びつくようにそこの前にしゃがみこんだ。
上下下着一枚の小柄な体が震え、両腕で足を抱えている。
顔も血の気が無く、いつもの憎たらしい表情が全く見られない。
……仕方が無い。

「なぁ、アリス」
「ちょっと待って」

私のせいで風邪が悪化したとか吹聴されても面倒だし、
少しぐらいは我慢して魔理沙を助けてやろう。
そう思った私は洗面所へ行き、もう一枚バスタオルを持って客室へ戻る。

「とりあえずそれ羽織ってなさい」

バスタオルを手渡すと、魔理沙の表情に落ち着きが戻った。
魔理沙は直ぐにそれを体に巻いて、両端を持ちながら口に当てていた。

「すまんな」

魔理沙は小声でそう言うと、満足そうに暖炉を見つめ始めた。

「こういうときぐらい、ありがとうと言えないのかしら」
「…………」
「聞こえないわよ」
「……すまんな」

相変わらず可愛げが無いわね。
そういえば、魔理沙の服が見当たらない。

「服と帽子は?」
「あぁ、濡れたら悪いかなと思って靴棚の上に置いたぜ」
「分かったわ」

私が服を取りに玄関に向かおうとすると、魔理沙が口を開く。

「服、どうするんだ?」
「どうするって……玄関に置いといても乾かないわよ?」

火に当てれば多少は早く乾く。

「……それもそうだな」

私は魔理沙を一瞥した後、玄関に置かれているであろう服を取りに行った。
魔理沙が何か呟いていたような気がしたが、聞こえなかった。


「……なんか優しいな、アリス」


*

私は魔理沙の服をハンガーに掛け、暖炉の傍に置いた椅子に吊り下げ、
食器棚から少し大きめのティーカップを取り出し、紅茶を淹れた。
魔理沙はぼーっとした表情で私の動きを見ている。

「はい、紅茶」

魔理沙は紅茶を両手で受け取ると、口を開いた。

「あのさ」
「何?」
「……やっぱなんでもない」
「何よ」

魔理沙はばつが悪そうな表情で視線を暖炉に移し、紅茶を口にした。
具合が悪いせいか分からないが、聞こえる言葉が力なく感じる。
こころなしか、視線も無気力に感じる。
何で魔理沙はこんな酷い天候の中、無理して来たんだろうか。

とりあえず私は人形の手入れを続ける為、ソファに腰掛けた。

「忘れてたけど、今日は何の用かしら?」
「本を借りに」

本を借りる、か。
借りたら返さないくせに良く言う。

「……こんな日に着ても貸さないわよ? 濡れちゃうじゃない」
「まぁ、借りるというよりは確認したかっただけなんだが」
「確認?」
「うむ、ちょっと英単語の意味を調べたくてな」
「単語だけ調べて何か分かるのかしら」
「魔道書の表紙の裏にデカデカと単語が書いてあったのさ」

なるほど、とりあえずそれだけ分かればいいのね。

「調べたい単語は?」
「えーっと、『Despair』」

その言葉を聞いて、私の手が止まった。
Despair ── 絶望。

「……アンタどんな魔道書読んでるの?」
「ん、昨日香霖の店で見かけた魔道書なんだが」
「魔道書のタイトルは?」
「えーっと……『Contract gramary』だっけな」

Contract gramary ── 契約魔術。
なるほど、絶望の契約魔術ときたら、犠牲を伴うような術だろう。

「で、意味は?」

魔理沙は視線を私に移していた。
私も視線を魔理沙に移しつつ、人形の手入れを再開した。

「まず、タイトルは『契約魔術』。表紙の裏に書いてあるっていう単語は『絶望』」
「契約魔術と絶望か」
「そうね」
「つーことは絶望するような、……なるほどな」

納得したという表情で軽く頷いていた。

「霖之助さんは教えてくれなかったの?」
「私には向いてないって、売ってくれなかった」
「まぁ、確かに向いてないでしょうね」

魔理沙は再び視線を暖炉の火に移し、口を開く。

「アリスさ、たとえばー……私が悪魔と契約したらどう思う?」

私の手が止まる。

「そうね……引き止めるわよ」
「……何で?」
「何でって……その代償を支払えるのかしら?」
「いや、冗談だ。本気にしないでくれ」

魔理沙の視線は暖炉の火に向けられたままだ。
その表情は何処となく微笑んでいるように見える。

「自分以外の力使っても意味が無いだろ」
「なら、どうして訊くのかしら」
「……さあな」

何が言いたいのだろう。

「まぁ、お陰でだいぶ体暖まった」
「それは良かったわ。雨が止んだら直ぐに帰ってね」
「冷たいなぁ」
「これでも忙しいのよ」
「人形遊びが忙しいのか?」
「手入れよ」
「マメだなぁ」
「アンタとは違うのよ」

こういう言い合いも慣れた。慣れたくなかったけれど。
適当にあしらって人形の手入れに集中しよう。
しかし、直ぐに声が聞こえてくる。

「なぁ、アリス」
「何かしら」
「今日は、……ありがとうな」
「……熱あるんじゃない?」
「いや、なんか嬉しかったからさ」
「別にアンタの為じゃないわ」
「それでも嬉しかったぜ」

魔理沙の妙な素直さが具合の悪さを物語っている気がする。
明日は大雪でも降るかしら。

その時、自分のお腹が情けない音を出す。
ふと、壁掛け時計を見ると12時を過ぎていた。

「あーもう、全然作業はかどらないじゃない」
「……すまんな」
「ホットケーキでいいかしら」
「ん?」
「もう12時よ」
「じゃあ、手の大きさで2枚」
「分かったわ」


私は自分のお人好しさに半ば呆れつつ、人形をテーブルに置いて立ち上がった。
窓の外は、若干明るくなったものの朝と殆ど変わらない様子。
雨は暫く止みそうにない。


私がホットケーキを作っている間、魔理沙はバスタオルの両端で口元を隠しながら
幸せそうな顔で暖炉を見つめていた。
はじめましてestineです
ありがちなシーンを思い浮かべると逆にキツイのが身に染みた。

二人の関係でほのぼのしてくれれば幸い
estine
コメント



1.名前が無い程度の能力削除
うん。いいと思う。
2.名前が無い程度の能力削除
文章がすっきりしていて読みやすかったです。
でもその分、若干の物足りなさもありました。
もっと大きな動きがあっても良かったかも。
3.名前が無い程度の能力削除
良かったと思う。日常の一幕を切り抜いた感じが特に。
4.黒のあ削除
読みやすくてよかったです。
ふにゃふにゃした魔理沙が可愛い!

「手の大きさで2枚」という表現がとても素敵でした。