地上へと遊びに行っていた妹が、久しぶりに帰ってきた。
こいしは背に白い袋を担いでいて、少し奇異に映る。
だが、それを指摘するよりも前に、姉として注意しなければいけない事があった。
愛する彼女に苦言を向けるのは痛みを伴うが、仕方ない。
是も姉の務めだと心の内で嘆息し、私は毅然とした態度で言った。
「こいし。私は貴女を束縛するつもりはないけれど、出かける前位は一声かけなさい」
「どうして、お姉ちゃん?」
「ハンカチは持ったのかお財布に紐を付けているかドロワーズを穿き忘れてないかとか色々あるじゃない!?」
「……お空じゃあるまいし、流石に最後のはどうかと」
大事だとは思う。
叫びにも似た声に応えたのは、こいしではなく、傍にいたペットのお燐だった。
因みに、その更に傍にいるお空が大抗議をしている。
そりゃまぁねぇ……。
「ただいま、お燐、お空。あら、お空は穿き忘れるの?」
「お帰りなさいです、こいし様。あ、いえ、今のはものの例えで……」
「そうですよ、お燐ってば酷い!」
ぷくぅと頬を膨らませるお空に、たじたじとするお燐。
……ふむ?
「なるほど。確かにお燐の言う通りなようね。お空、時々お燐に注意され、え、何その桃色ハプニング?」
「にゃぁぁぁ、さとり様、思い出させないでくださいぃぃぃ!」
「一度ならず二度三度!? いけない、いけないわ、お燐」
次々と浮かんでは消えるピンクバブルに、私も思わず拳を握る。じゃなくて。
「……こほん。お空、もう少し、身嗜みにお気をつけなさい」
「はい、わかりました、さとり様!」
「返事ばっかりいいんだからぁ……」
素直に応えるお空を、顔を真っ赤にして睨むお燐。二匹とも可愛いわ。
「お燐、注意もいいけど、まずは鼻血を吹きなさいな。此処を血霊殿にするつもり?」
「にゃ!? も、申し訳ありません――って、鼻血なんて出してませんよ!?」
「おほほほほ」
口に手を当て笑う私に、愛する妹も烏もつられて笑う。
(あぅぅ、良識あるアタイばっかり頭が痛いぃぃぃ)
壁に頭をつけ黄昏る猫もまた、いとかなし。……あれ、私も良識派だった筈なんだけど。
居間に着くと、こいしはまず背に負っていた袋を畳へと下ろした。
音から判断するに、ほどほどの重量の物が入っていると考えられる。
そして、いそいそと中を探る様を見るに、余程気に入っている物だと推測できた。
「見て見て、お姉ちゃん!」
取り出された物は、薄い、けれど、何冊もある――「絵本?」
「……って、何、お燐?」
「人間の子供向けの書籍、であってたと思う。……そうですよね、さとり様?」
「ええ。……尤も、時代の変遷と共に在り方も解釈も変わってきますが」
故に、一概に子供向けとは侮れない。其処が面白いところでもある。
「貴女達にも読み聞かせた事がありますよ。そちらはお伽噺ですけどね」
「あ、私、アレ好きです! えっと、確か民明書房から出てるの!」
「それ、違う気がする。……ん、あれ、じゃあ、こいし様が持っているのは違うんですか?」
含みのある言い方に気付き、お燐がひょいとこいしの手元を覗き込む。
瞳に映り、意識に上がるのは――。
ドレスを着た少女が白いタキシードの男性に手を引かれるもの。
紅い頭巾を被った少女がベッドで寝ている狼に近づいているもの。
白馬に乗った人間の僧侶が擬人化された猿と豚と河童を引き連れ、旅をしているもの――。
「……なんか、最後の。是だけ毛色が違う気がします」
「同意するわ、お燐。――ともかく、大方は西洋の物ではないかしら?」
「うん、そうなの! えとね、お友達と一緒に人形劇を見せて貰ってね!」
こいしは、嬉々として語り出す。
『友達』と人形劇を見た事。
それがとても面白く、愉しかった事。
そして、劇の原作を『友達』の住む館の図書館から借りた事。
「でね、でね、私も演じてみたく――お姉ちゃん?」
言葉を切ったこいしから唐突に呼ばれ、私は驚きながらも冷静に言葉を返す。
「ななななにかしら、こいし。は、話をお続けなさい!?」
不自然に揺れているのは気のせいだろう。
「滅茶苦茶動揺しているじゃないですか」
「だって! 友達、友達って! えぇい、何処の馬の骨とも知れぬ輩に!」
「『お嬢様』って呼ばれてる子の妹だから、やっぱり『お嬢様』なんじゃないかしら。可愛いの」
「目標紅魔館! 全ペット動員! お空、制御棒を鳴らしなさい! お燐、ご挨拶に向かうわよ!」
「青筋立てながら大真面目に言わないでください! こら、お空も家の中で制御棒取り出すなー!?」
轟音が鳴り響き、部屋に居た私達は揃って転がった。耳が。耳が。
こいしは人形劇と同じ事を演じる為に、台本となる絵本を借りてきたようだ。
幼すぎるその遊びに、けれど、私はのった。
彼女が望むなら、どのような事でも叶えよう。
――甘く愚かな自分に、微苦笑を零した。
「お燐、お空、ドレスへと着替えましたか?」
「はい、さとりお母様。パーティ用の特注品です」
「私もです、さとり――ママ! 制御棒をぴっかぴかにしました!」
「あら、本当ね。でも、着替え直してきなさいね。
――こいしれら、貴女は私達が帰ってくるまでに家を掃除しておくのですよ」
「あぁ、さとりお母様、私は王子様と出会えるパーティに連れて行ってくれないのでしょうか」
「……行きません。行くものですか。行かせてなるものですか!
お燐やお空のみならず、こいしにまで手を出そうとするなんて……!」
「じゃあ、お燐もお空も連れて行かなければいいんじゃないかしら?」
「こいしってば天才ね! さぁ、貴女も着替えてきなさい、今日は家でパーティよ!」
「……あれ?」
「ねぇね、王子様役もさとり様じゃなかったっけ?」
「断固として譲らなかったわよね。……これも自己嫌悪って言うのかなぁ」
「お婆さん、お婆さん。どうして顔を背けているのかしら?」
「それはね、お前に風邪をうつさないためよ。本当は穴があくほど見ていたいのよ」
「お婆さん、お婆さん。どうして腕に毛が生えているのかしら?」
「それはね、お前と違って大人だからよ。あ、腕ね。腕の話ね」
「お婆さん、お婆さん。どうしてそんなにお口が大きいのかしら?」
「それはね、こいし、お前を食べる為よっはぁぁぁ!?」
「あぁもぉ、そんな所だけ忠実に再現しようとしないでください!」
「私は既にさとり様に食べられちゃいました。えへへ」
「言葉通りだから! 嬉しそうにしない!?」
「こいしのドロワおくれーーー!?」
「それ違います、って何叫んでるんですかぁぁぁ!?」
「お姉ちゃんって猪八戒の役だっけ?」
「三蔵法師です」
「あ、じゃあ、お燐、私とフュージョンしましょ。地底で一番強い奴!」
「だぁぁぁもぉぉぉ、じゃあって何よ、あんたも乗るな、お空! フュージョンに関しては又後日相談しましょう。必ず」
結局、全てのお芝居でこんな感じだった。
「ごめんなさい、ごめんなさい、こいし……。私には貴女の可愛い願いを叶える事さえできない……!」
拳を握り地に伏す私に、こいしとお空が駆け寄り、鼓舞する言葉を投げかけてくる。
「そんな事ないわ、お姉ちゃん! ただちょっとずつずれてるだけよ!」
「そうですよ、さとり様! 諦めずまた頑張りましょう!」
「あぁ、こいし、お空!」
二名を抱きよせる。
と。
冷めた言葉が私を貫いた。
「と言うか、さとり様が暴走し過ぎなんです」
「お燐! 貴女さえいなければ最後までイけたモノを!」
「微妙に語感が拙いですって! あたいがいなけりゃ大変な事になってましたよ!?」
ですよねー。
「違うんです違うんです。慣れないお話だからついいきり立ってしまって」
「言ってる傍からなんて言葉を使うんですか!?」
「ふふ、意義的には『興奮して』と変わらないんですよ。何を考えているんですか?」
口を詰まらせるお燐。偶には主人の威厳を見せないと。
「でも、普段使わないよね?」
「そうですね。んーと、こんな感じでしょうか。『強敵に遭遇して私の制御』もが!?」
「すとーっぷ!!」
私とお燐が手を出し、同時にお空の口を塞いだ。それは流石にそのまま過ぎる。
危うい騒動は納まったが、だからと言って事態が好転した訳ではない。
冗談めかして言ったが、見なれない話に浮足立ってしまったのもまた事実。
こいしの願いを叶えるのには、少しの時間が必要そうだ。
――そう意気消沈する私に、当の彼女が手を打ち話を切り出した。
「だったら、ねぇ、お姉ちゃん。お姉ちゃんが昔話してくれたものでお芝居しましょ」
妥協した安易な解決策である。
「さとり様があとジュウニンいたら地上組は敗北していただろう!」
けれど、それでもこいしの願いであった。
「だから、違うって。……あたいも、ちょいと突っ込みの手を抑えますね」
ならば、私は応えよう。――笑みを浮かべる三名に、私も微笑みを返した。
「やぁやぁ、お燐。私のお供になってはくれないかしら?」
「あたい、犬役ですか。いやいや、……お腰につけたきび団子、頂けるのならなりましょう」
「やぁやぁ、お空。私のお供になってはくれないかしら?」
「さとり様はトリなので最後に回って頂きました。私も鳥ですが。
お胸に付けたアクセサリー、頂けるのならなりましょう」
「やぁやぁ、お姉ちゃん。私のお供になってはくれないかしら?」
「と言う事は私が猿ですか。確かにそう言う解釈もありますが。
お腰につけたきび団子……あれ、なくないですか? もうお燐たら!
胸のアクセサリーもお空にあげたんですね。って、アレ、外せるものなのですか。
仕方ありません、では、お股に穿いたドロワーズ、一つ私にくださなぁぁぁ熱いぃぃぃ!?」
「あぁぁぁもぉぉぉ、突っ込みを抑えさせて下さいよ! なんでドロワになるんですか!?」
「ごめんなさい、お燐。浮足立つとかそんなの関係なかったわ。私はこいしのドロワが欲しい」
「大真面目に言わないでください! お空も! 脱ごうとするな! あたいだって欲し――じゃなぁぁい!」
お燐が絶好調だ。頭の中もピンクバブルで溢れている。
こいしがその様をくすくす笑いつつ、すっと両手をスカートの中に入れた。
…………え?
「本当にくれるんですか、冗談ですよこいし、言ってみるもんですね!」
「本音だだ漏れですよさとり様! こいし様も……にゃ?」
「さとり様、私のも貰ってくださ……にゅ?」
「あれ? ごめんなさい、お姉ちゃん――」
きょとんとした表情を浮かべ、
渡す筈の物があるべき箇所を曝け出し、
照れ笑いを浮かべ、申し訳なさそうに、言った――。
「私、ドロワーズ穿き忘れちゃってたみたい」
――スカート戻してください、こいし様!
――お空も負けじと捲り――だすなぁ! うわ丸見え!?
――さとり様も止めて、って、さとり様!? 鼻血を、鼻血を止めてくださいぃぃぃ!
我が館を朱に染め倒れる私に、ただただお燐の絶叫だけが、届いていた。
是がほんとの血霊殿。あっはっは。
……がくり。
――にゃぁぁぁぁ、終わり、是で終わり! 《幕》!!
ええ、喜んで雑草役になりましょう!
誤字でしょうか?
だめだめなさとりさま、常識人かつ苦労人のおりん、天然のお空、そして落ちのこいしが秀逸でwww
ごちそうさまでした!
もっとやれ!!
しかし最後のオチに思わず私の制御(火焔の車輪
もーっとやれ!!もーっとやr(ry
しかしそこがまた何とも言えぬ魅惑。
「タグ:血霊殿」でいきなり吹いた野郎は私だけで良い筈……!
ツッコミ気質お燐ちゃんと天然Fusionお空ちゃん可愛いよ。
桃魔館と血霊殿、はたしてどちらが天国なのやら……。
フラン=こいし
咲夜=お空
美鈴=お燐
パチェ=???
という関係式が幻視できた俺は幻想郷入r(ロイヤルフレア