――せ・ぇ・らぁ服を、脱ぅがさぁないで、嫌よ、駄ぁ目よ、我慢な
「――にっとりさぁん! 誰に狼藉を働かれているのですか!?」
「え、あ、え……阿求に?」
「うへへ、嫌よ嫌よも好きのうちよのぅ」
ボタンを一つ二つ外した所でぽかりと叩かれる。
ついでに言うと、コートの中は普段着であり、セーラー服じゃなかった。
普段着とは普段着であり、付け加えるとスクール水着でもなかった。
ちぇ。
にとりさんは大きな目を数度瞬かせ、彼女からすれば唐突に現れた私の顔を見る。
「入る前、玄関で声はかけたんですけどね。一向に気付いてくださらなかったので」
「や、そのもう少し前から説明して欲しいんだけど。どうやって山まで来たんさ?」
「前と同じく、魔理沙さんに運んでもらったんですよ」
去年の秋の終わり頃。
私と彼女は初めましてと言葉を交わし、その時以降、幾つかの逢瀬を重ねていた。
それは何時もにとりさんの来訪によるものだったので、偶には私から会いに来た、と言う訳だ。
体の弱い私は残念ながら一人で来ることはできず、丁度此方に用事があったらしい魔理沙さんに送り迎えは頼んでいる。
「なるほど。じゃあ、まだ外にいるのかい?」
「いえ、彼女は神社の方に行きましたよ。と言う訳で、我慢する必要はないのです!」
「あー、神社に行ったのか。それは残念。手間が一つなくなる所だったんだけど」
熱弁を奮う私を軽く流し、にとりさんは小さく溜息を吐いた。あぁん。
彼女は両耳に手をもっていき、すぽりと何かを取り出す。
覗き込むと、イヤーホンが転がっていた。
可笑しい、と私は首を捻る。
この部屋には確かに様々な機械が散見していた。
中には私が使い方をわからないモノまである。
だが、彼女の手にあるイヤーホンを付けるべき蓄音機は何処にも見当たらなかった。
引き続き首を傾げさせていると、にとりさんはくすりと笑い、ポケットから掌大の機械を取り出す。
二股のイヤーホンは途中で一つに束ねられ、その先に件の機械があった。
きゅるきゅると鳴る音が、少しだけ可愛らしく感じないでもない。
「……なんです、是?」
「ウォークマンって言うんだと。蓄音器の一種さね」
「是が? こんなに小さいのに? にとりさん、嘘はいけない」
ご冗談を、と片手をパタパタ振る私に、にとりさんの手が伸び耳の辺りを弄る。ぁん。
「其処は弱いんでふっぎゃぁぁぁぁ!?」
鼓膜を刺激する大音量。
にとりさんが何か言っているが聞こえない。
なるほど、さっきは是をつけていたのか、私の声が届かないのも道理だ。
垂れ流される音の洪水に耐えられず、耳からイヤーホンを外す。
代わりに耳に入ったのは、にとりさんの柔らかい声。
「阿求に嘘はつかないよ」
「あぃ」
疑ってご免なさい。ぺこりと頭を下げると、またもやくすりと笑われた。
「ところで、この歌は何でしょうか? 伊予をえらくプッシュしていますが」
「入ってる曲は知らんよ。私もあんまり聞いてないし」
疑問符を張り付けたままの私に、未だイヤーホンから零れる歌が聞こえてくる――みかんみかんみかんっ、みぃかぁぁぁん!
このウォークマンと言う機械は外の世界の物らしい。
何故そんな物をにとりさんが……と言う疑問は、浮かんですぐに消えた。
魔理沙さんの行き先を聞いた時に残念がっていたのは、是の持主が其処に居るからだろう。
「山の上の盟友がね。調子が悪いみたいだから直して欲しいって」
ほらやっぱり。熱いお茶を淹れてきてくれたにとりさんの言葉に、私は頷いた。
不思議な機械だ。
ご丁寧にも残されていた取扱説明書を読む限り、こんなに小さいのに幾つかの用途があるようだった。
尤も、用途の内の大きな三つの一つ、『ラジオの受信』は聞ける聞けない以前の問題であったが。
もう一つの用途は、別売りの機材が必要との事。
『山の上の盟友』こと東風谷早苗さんは、店員に言われるがまま、揃えてしまったのだろう。
その別売りの機材が新品のまま添えられている。
――礼を述べつつ茶を頂くと、にとりさんがほどほどの大きさの鞄を引っ張りだしてきた。
工具箱だろうか。大きさ的にはそう変わらない。多少、平べったいかな。
ぱかりと開かれる。
中に入っていたのは色取り取りの長方形の板。
説明書を読んでいたため、すぐにわかった。是をウォークマンに放り込むのだ。
興味深く眺めていると、その中から一つ二つ取り出し、にとりさんが薦めてくる。
「もう直したから、普通に聴けるんさ。動力もあるしね」
「動力? 何です?」
「電池。時々、山に転がってるんだぁね」
ちらりと向けられた視線を追うと、部屋の隅に大量の黒いソレがあった。使えるのだろうか。
気がそちらに奪われていた私の耳に、カシュと小さい音が飛び込んでくる。
にとりさんがウォークマンの板を入れ替えたのだろう。
にこにことイヤーホンを向けてくる彼女。
私も笑みながら受け取った。
――耳で鳴るのは、河を流れる穏やかな水の音。
「って、もっとリアルがすぐそこにあるじゃないですか!」
「機械を通して聴くのに趣があるんさ!」
「くぅ、このメカクレイジーめ!」
びっと親指を向けられる。褒めてません。
「『せせらぎの音・百選』、私は好きなんだけどなぁ」
「百もあるのにびっくりですよ……。もう一つも、嫌な予感がしますねぇ」
「こっち? んー、確かにヒトを選ぶかなぁ。『マイベスト破砕音』って言って、ドリルとか」
選びすぎです。外の世界はそんなにニッチな商品で充実しているんですか。しているんでしょうね。
「阿求はこういうの、好きだと思ったんだけど……」
「破る音は好きですけどね。いやいや。私が好きなのは、曲や歌ですよ」
「あ、そういうのもあるさ。真ん中の列は曲で、阿求から見て右の方は歌さね。ごっちゃになってるのもあるけど」
となれば、左側の方は件の効果音が集められた物と、未使用の物なのだろう。購入した店のテープが貼られたままだ。
利き手に近い方、つまり、右にある板を掴み、ウォークマンを膝元に乗せ、入れ込む。
わざわざ機械を動かしたのには、理由があった。
「にとりさんも、ご一緒に」
にこにこと私を眺めている彼女を手招きする。
「一緒に、って。じゃあ、本体を……あ」
私の意思に、動かした理由に気付いた彼女は、頬を小さく掻き、此方に膝立ちで進んできた。
そう長くないイヤーホン。
だけど、机の真ん中ならぎりぎりフタリでも聴けただろう。
だから、私はそうしない、させない為に、機械を動かした。
目論見は上手くいき、暖かい体温を腕に感じる――にとりさんは、ぴたりと私に寄り添った。
頬を朱に染めるにとりさんに、私は微笑む。
己が頬も、勿論、熱くなっていた。
「ん……ねぇ、これ、なんて歌なん?」
「えと、外の外の歌みたいですよ。だって、呼んでる名前がそうですし」
――あらあんなところにピエールがいるわ
数十秒後、にとりさんに「セクハラ!」と訴えられ、逃げられた。
私が悪いんじゃない。ピエールとカトリーヌが悪いんだ。
でも、勉強になるなぁ。
暫くしても、怒ったままで戻ってきてくれないにとりさん。
私は焦らず騒がず、別の板をとっかえひっかえして一人で楽しんだ。
この手の駆け引きは、押してダメなら引いてみな、である。
「きゃんゆーますたべいびぃ、おっますたべいびぃ」
十分ほどした頃、彼女は此方にちらちらと視線を送ってきた。
「まぁつぅわ、いつまでもまぁつぅわ――ぅわ、怖っ!?」
更に五分後、ゆっくりゆっくりと向かってくる。
「ごぁ、ごぁ、ごぁ、ごぉ、ごぉ、ごぉ、りゅぅけんどぉぉぉ!」
そして、……あー、驚いて又離れてしまった。おのれ、オーケン。
――少しして、彼女は注意深く観察しながら進んでくる。
気付いている事を覚られぬよう、私は『流れる歌に集中している様』、両手を耳にあてた。
もう彼女を迎える準備はできている。手は必要ない。
「とっても、とっても、とっても――」
直前にイヤーホンから流れていた歌を口ずさむ。
「とっても、とっても、とっても――」
にとりさんがぼそぼそと呟いている。
耳を塞いでいる私には聞こえない。
――と、彼女は思っているだろう。
言葉は何時も以上に素直で、私も引いた甲斐があると言うものだ。
「こういうの好きだとは思ってたけどさ」
「何も、聴きいる事ないじゃん」
「私がいるのにさ」
「大好きよ――」
「――私も、だよ」
「――――にとりさんっ」
ひゅいっ!?
声を上げられ逃げられるよりも早く、私は彼女を抱きしめる。
身体能力において、陸の河童は人間にも劣るのだ。
「な、なななななんで!? どうして!?」
「ふふ、途中からイヤーホン、外してましたもん」
「い、何時から!? って言うか、じゃあ、聞こえてた……?」
聞こえてました。
「い、いや! 私は何も言ってないさ!」
「えー、貴女がいるのに、私が聴きいる訳ないじゃないですかぁ」
「あ、ぐ……! 言ってないったら言ってない! もしくは阿求の聴き間違え! ……って?」
照れ隠しか先程の反動か。両方かな。
肘より先だけをばたばたと動かし、にとりさんは無駄な抗議をした。
無駄……いや、彼女からすればマイナスな抗議。
私からすれば、プラスになる。
膝に置いたウォークマンを停止し、巻き戻す。
その僅かの間にプラグを差し替える。
小型マイクから、イヤーホンへと。
「え……?」
「早苗さんに謝らなくてはいけませんね。新品の板とマイクを使ってしまいましたから」
イヤーホンから流れる言葉は、最大音量とは言え、耳に付けていないと頼りなかった。
ある意味、そそりはしたが。いやいや。
『こういうの好きだとは思ってたけどさ』
『とってもとってもとっても』
『何も、聴きいる事ないじゃん』
『とってもとってもとっても』
『私がいるのにさ』
「ろ、録音!?」
「あ、一番いい所を。まぁ何時でも聴けますし、構いませんが」
「ツメ折った!? って、なんで阿求がこの機械にそんな詳しいんさ!?」
片方の手で取り扱い説明書に指を差す。もう片方は無論の事、にとりさんをがっちりホールド中。
「い、一回読んだだけで――あぁぁ!?」
「おほほ、求聞持の能力を忘れられては困ります」
にとりさんは口をパクパクさせ、言葉が出せない模様。
丁度いい。私にも言葉は必要ない。
細い首に両腕を回し、額を合わせ――。
――一瞬の時間を惜しんだ後、ゆっくりと離れる。
「阿求は……いつも、強引さ」
顔を上気させている彼女。
「私の正義は待つことじゃ成し遂げられないんですよ」
よくわからない言葉を返す私。
いかん、先程まで聞いていた歌に引きずられている。
……いいや、このまま、引きずられよう。
「にとりさん」
「なんだい、阿求」
「ピリオドの向こうに行きましょう」
…………返事がない。
「あれ、聞こえませんでしたか?」
「や、聞こえたけど……ピリオドの向こうって、なに?」
「もー決まってるじゃないですかー。ワンナイトカーニバルですよ、うふ」
「ひ、ひゅいぃぃぃ!?」
「れっつげっと、ふりぃぃぃ!」
あっきゅう。
<了>
風祝だからね!(関k(ry
愛のままにわがままに道標(あなた)はあきゅにと書き続けて!
太陽が凍りついても二人のちゅっちゅは(輪廻挟んで)永遠に!
にとりん可愛いよぉぉぉぉっ!
しかし阿求を敵に回すとこんなにも羨ま……恐ろしいものとは。
ところで早苗さんの選曲が(ry
ただ一箇所誤字を発見したので報告です。
>定員に言われる~ → 店員に言われる~
誤字報告
>「ツメ追った!?~ → 「ツメ折った!?
きっと早苗さんはアレな曲にも心を乱されずに精神集中するために
このテープを使って居たんだよ!