霊夢が境内で掃除をしていると、テントみたいに巨大なとんがり帽子がもぞもぞ動いてにじり寄ってきた。
「うわ、きもちわるっ! ボムろう!」という実にSTGらしい発想で財布の中からしわくちゃのスペカを一枚取り出したところ、帽子が魔理沙の声で喋りだした。
「霊夢はさ、そんなに笑う方じゃないよな?」
「誰と比べてんのかわかんないから、なんとも言えないけど、まぁそうかもね」
「ハードルが高いんだよな。うん、良いことだと思うぜ」
「何が言いたいのよ」
「つまりだな、ひょっとしたらこれから面白いことが起きるかもしれないけど、笑わないで欲しいんだ」
「面白いことってなによ」
「いやまぁ、たいした事じゃないぜ? なーんだそんなことかって、軽く流せるぐらいのことだ」
「回りくどいわね」
「絶対笑わない?」
「笑わない、笑わない。嘘ついたらゼロ距離でマスタースパーク食らってあげるわ」
「ほんとだな? 私の右手の八卦炉はお前に照準合わせてスタンバってるんだぜ?」
「笑わないわ。ニヤリともしてやんないから安心なさいよ」
「……わかった。他でもない霊夢が言うことだからな。私はお前を信じるぜ? 裏切るなよ?」
「はいはい、ほらさっさと。どうせ帽子とるんでしょう?」
霊夢の予想通り、帽子が浮き上がる。
いつもの靴が見えて、スカート、エプロン、ブラウスと続く。
そんで帽子がひっくり返って、いつもの魔理沙が登場だ。
いつもの……。
Oh……。
「あ、あんたっ、ぶわははは! 魔理沙っ! まりさっ、あはははは! まりっ、こっこっこっこりゃたまらん! あんた身体張りすぎ! やばいって、それやばいってマジで! やりすぎだって!」
霊夢の腹筋は切断(もちろん爆笑による)と修復(巫女さんスキルによる)を高速で繰り返し、少女のものとは思えない質量と固さそしてエネルギィを蓄えて十二個に割れた。
腋巫女の時代は終わりをつげ、腹筋巫女の時代が幕を開けた。
もう誰も霊夢を止められない。
「魔理沙がハゲたっ! あははははっ!」
なんか光線飛んできた。
◇
「えぐえぐ。ひどいぜひどすぎるぜ」と魔理沙がつるっパゲでマジ泣きするもんだから、霊夢は一肌脱ぐことになった。
「アリスったら、ヅラいっぱい持ってたわよ。ぷふっ」
「笑ったよな? なあ、今私見てまた笑ったよな?」
ビニール袋いっぱいのヅラから、霊夢が一つ取り出す。
「これなんかどうかしら」
触った感じだと、毛の固さ的にはけっこう近いところにあるんじゃないかと思う。
魔理沙は無言で受け取ると、夕日を受けて赤く輝く頭にそれをのせた。
「はい、鏡。よく似合ってるわよ」
「うんうん、スポーツ狩りも意外と似合うじゃないか私。そしてこの微妙に伸びた後ろ髪がアクセントにって――」
魔理沙はまたポロポロと涙をこぼす。
「ヤンキーの子供かよ……、ジャ○ボ尾崎かよ……しくしく」
「はいはい泣かないの。次行ってみましょう」
霊夢はヅラを剥ぎ取ってやるなりそのへんに捨てた。
「使い捨てだし、大地に還る素材を使ってるから大丈夫よ」とアリスに言われたときは何が大丈夫なのかよくわからなったのだけど、こういうことか。
「真面目にやってくれ」
「やってるわよ。じゃあ次はとっておきよ」
「まだ二個目なんだけどな……」
新たなヅラを提供する。
それは実に若々しく、そしてシンプルで、一度身につければ茶の間でお馴染みの顔となれる便利なものだった。
ヅラと呼べるかどうかは怪しいところなのだけど。
「おっ、こいつは余計なものが付いてなくて良いじゃないか!」
魔理沙は笑顔で受け取って、装着した。
うーん、正直似合ってないのだけれど、この頭にかけるべき声はこれしかない。
霊夢は喉に力をこめて、甲高い声を挙げた。
「おーい磯野ー! 野球しようぜ!」
「あっ、中島じゃないか! 聞いてくれよ、姉さんったらひどいんだぜー。僕が買ってきたドーナツをさ――」
言い終わる前に、魔理沙はヅラを脱いで地面に叩きつけて両足で徹底的に踏み潰してから砂をかけて埋めた。
「真面目にやってくれよぉ……しくしく」
「はぁ、もう、これを出すしかないみたいね」
「おっ、これは斬新だ! いや定番かっ!? とりあえず乗せてみるぜ!」
魔理沙は大喜びでかぶった。
月代の青さが美しい。
一つに束ねた髪が、これでもかこれでもかという程に存在を主張してくる。
霊夢がそっと大小二つを渡してやると、魔理沙は厳めしい顔で受け取って、流麗な動作で鞘を払った。
すぐさま霊夢は顔色を変えて、魔理沙に掴みかかる。
「殿中でござる! 殿中でござるぞ!」
「ええい! 武士のっ、武士の情けを賜りたい! もとより始末は覚悟の上っ! きやつを討つは女の、女の道にござる!」
「控えられよ! 霧雨藩十石の藩士たちをお考えあれ! ここで有栖殿を斬られたとてっ、彼らに何の益があろうぞ! 藩主たるものの取るべき道ではござらんっ!」
「ええぃ! かくなる上は見事自裁いたすまで!」
魔理沙がほんとに腹切ろうとするもんだから霊夢はさすがに全力で止めた。
◇
で、魔理沙宅。
「はぁ、私はこれからどうしたら良いんだ……」
魔理沙は盆と正月がいっぺんに来たと思ったら化学反応起こして敬老の日になっちゃったってぐらい深刻な顔をする。
霊夢はちょっとだけ気の毒になって慰めた。
「どんな頭でも、魔理沙は魔理沙よ。ハゲたぐらいで態度が変わるような友情なんて、最初から無かったものと思えば良いのよ」
「霊夢、お前はこんな私を受け入れてくれるのか?」
「うんうん、だって友達じゃない」
「じゃあ今夜は一緒にいてくれよな……、寂しいんだぜ」
「それは嫌よ」
「え? あ、そうなんだ……」
魔理沙は頬を真っ赤に染め、子供みたいに口をとがらせ、眉をしかめて涙ぐんでしまう。
ドSの霊夢には背筋に快感が走るほど官能的な光景なのだが、何より霊夢の目を引いてやまないのは、魔理沙の頭上にそびえるチョンマゲだった。
取れよ。
「まぁ、適当にくつろいでてくれよ。昼飯の準備をするからさ」
魔理沙は新妻のように忙しくする。
時折揺れるチョンマゲが、もう十分すぎる固さとパワーを保持した霊夢の腹筋を鍛えてやまない。
「あーっ!」
魔理沙の大声が部屋中に響き渡った。
脳を直接揺さぶるかのような音圧で霊夢の鼓膜が破けたがすぐ元に戻り、窓ガラスは弾け飛んで椅子はバラバラになった。
「あった! あったぜ! 私の髪だ!」
ホワッツ? 何を言ってるんだろう。あった? 髪が? わけわからん。
「そうだよ、寒がってたから昨日は一緒の布団で寝たんだった。ははっ、こんなところに隠れてたなんてな! おーよしよし!」
目を疑う光景が展開されていた。
魔理沙は、魔理沙の髪と楽しそうに遊んでいる。
あの金色でボリューム豊かな髪は間違いなく魔理沙のものだ。
間違いないのだが、魔理沙の髪は明らかに意思を持って、魔理沙にじゃれついているのだ。
「なにそれ、新しい魔法?」
霊夢はそう訊ねた。
それが一番真っ当で、ごく当たり障りの無い解釈だと思えた。
「何を言ってるんだ?」
魔理沙はきょとんとする。
いやいやそれはこっちのセリフだ。
そいつは、一体、なんなんだ。
「ほら、お前の好きな霊夢だぞ」
魔理沙は髪を解き放つ。
やめろ! それ以上いけない! 強くそう思った霊夢は財布の中からスペカを取り出そうとするのだが、利用を止められたクレジットカードばかり出てきて見つからない。
魔理沙の髪は一直線にかけよってくるなり、霊夢に絡みついた。
遠くから見れば長毛種の犬にじゃれつかれているように見えるのかもしれないが、こいつは毛しかない。
毛しかないのだ、きもちわるっ!
「いやー、見つかって良かったぜ」
魔理沙は霊夢から髪を取り上げると、そのまま自分の頭にのせた。
かちゃんという音がして、本当にいつも通りの魔理沙に戻る。
魔理沙は元に戻った美しい髪をかきあげながら、こう言った。
「ところでお前もそろそろ月代伸びてるんじゃないか? 剃ってやろうか?」
何を言ってるんだろう。
月代とは、成人男子が額から頭の中ほどにかけて髪をそったこと、またその部分を示す(広辞苑)という解釈で合っているはずだ。
それが、「お前も」とはどういうことだろう。
まったくもって理解に苦しむ。
「何が起こっているのか、何を言っているのかわからないのだけど」
「はっ? 全剃りしてから思い思いのカツラをかぶるのは、幻想郷に暮らす乙女の常識だろ? いまさら何を言ってるんだ?」
魔理沙のいつもの冗談だろう、全く身体を張った冗談もあったものね、と霊夢は笑い飛ばそうとしたが、出来なかった。
嘘を言っている目では無いのだ。
透き通るような大きな瞳には、一点の曇りもない。
これは夢なんだ、きっとそうだ。
霊夢はそう思って、ほっぺたをちぎれるほどひねって実際にちぎれたがすぐに再生した。
激痛に顔をしかめる。
超いてえ。
「何してるんだ? ほら、遠慮するなって」
「ななななによ」
魔理沙はそう言って、霊夢の頭にそっと手をかける。
それから、ゆっくりと持ち上げた。
かちゃり。
耳を疑う音が霊夢の耳に届いて、頭が軽くなった。
「ははっ、相変わらず霊夢のヅラは活きが良いな!」
魔理沙の腕のなかで、霊夢の髪がいつまでも暴れていた。
これはギャグじゃない、ホラーだ。
腹筋巫女で吹いたかと思えばホラーだったとは
幻想郷にありふれている毛玉たちに何らかの関連性がありそうです。
けーね様の髪の毛とか、
里の人にプレゼントしてもらった希少品なんだろうな。
STG脳になっていたら主人公機はこういう思考回路になってるに違いない。
>ほっぺたをちぎれるほどひねって実際にちぎれたがすぐに再生した。
展開が急すぎて普通にスルーしたが、霊夢も尋常じゃないすごさだ