※前回までのあらすじ
紫が変なことばっかりするから、霊夢はそろそろ呆れてきたよ。
死ぬって言ったり布団に潜ってきたりそりゃあもう色々さ。
でも、紫は霊夢のことが大好きだから、悪乗りがすぎちゃってついついサラシをめくっちゃうんだ。
その結果お尻が腫れ上がちゃってもそれは愛の結果だね、わかるよー。
だけど、いつまでも仲違いしていると困るよね?
なんたって二人は幻想郷を守る二大巨頭。
復権を目指す八雲紫劇場、はじまりはじまり
貴方はバタフライエフェクトという言葉をご存知だろうか。
砕けて言うならば「風が吹けば桶屋が儲かる」といった類の言葉だ。
もう少し具体的に例をあげるなら――そうだな。
地球の裏側にいる、ただの蝶の羽ばたきが、一陣の風を巻き起こし、風が雲を呼び、雲は異常に発達した結果異常気象を齎し、ついにはある国が飢餓に陥る。
その国は核兵器を所持しており、食料を巡って世界大戦が始まり、ついには貴方の家を核の炎が包むかもしれない。
この世界は、そんな有るのか無いのか判らない様なか細い糸を、幾千年、幾億年と言う永い時間をかけて綱渡りして来た結果なんだ。
この私達の住む幻想郷とて例外ではない。
だが、そんな日常に潜む恐るべき混沌から、幻想郷を守っている者もいる。
類稀なる計算能力を駆使し、か細い糸をの先を見つめる者。――そう、私の主であり、偉大なる妖怪の賢者、紫様だ。
今日は貴方に、そんな紫様の活躍についてお伝えしよう。
これは先週の晩の話なんだがね、その日、紫様は近い将来幻想郷に起こる悲劇的な出来事を予見なされたんだ。
私だって人間の何百万倍も数字には強いが、紫様のそれは文字通り桁違い。無限の地獄の底まで計算で出してしまう。
私達は早速、その悲劇の目を摘むべく、博麗神社を訪れる事にしたんだ。
「ねぇ、藍。紫は一体私に何を見せようとしているの?」
霊夢はあからさまに嫌な顔をしていたよ。
改めて言う事でもないが、巫女は短気だ。いや、短気と言うよりは直情的と言う表現のほうが相応しいだろうか。
とにかく我慢するという事を知らないので、座らせておくのも大変だった。
「幻想郷を守るためだ」
「幻想郷を守るって……。全然意味が判らないわよ! あの珍妙怪奇な踊りを見続ける事で、どうして幻想郷が救われる事になるのよ!」
「いいから黙って見るんだ」
紫様は巫女の前で、レオタードを纏い、火の点いた棒を回転させながらのリンボーダンスをご披露されていた。
この本場仕込みのリンボーダンスが幻想郷に齎す影響を、頭の単純な巫女に説明したところで理解は得られるまい。
いや、私の力全てを注いだって、紫様の描く数式を理解する事など出来無いのだ。
「霊夢、次は1mに挑戦するわ。そこで藍と一緒に見ていなさい」
「あー、もう。一人で勝手に挑戦してればいいじゃないの……」
「霊夢が見る事が大事なんだ」
霊夢が何と言おうと、幻想郷を救うためにはこれしか方法がなかったのだ。
あー? 計算結果がおかしいだと? 貴方に紫様の方程式が解けるとでも言うのかい?
いいか、紫様の計算に間違いなど有る筈が無い。
紫様は幻想郷を守るためならば、どんな恥にだって耐えてみせるのだろう――! おお、その姿、なんと美しい事か――!
「……ねぇ、藍。段々腹が立ってきたんだけど。いつまで見ていればいいわけ?」
「後、五百二十三秒だ」
霊夢はしかめっ面をしながら、イライラして自分の頬を指でトントンと叩き始めていた。
珠のような汗を垂らしながら、たわわに実った乳を揺らす紫様。
それを見られているという恥じらいが紫様のダンスの激しさに拍車をかけた。
「お美事です……」
「どこが? どう考えても痴女の類じゃないのよ」
「通ったーっ!」
「聞け」
どうやら巫女は、まだ紫様の偉大さというものを理解していないらしいな。
私はこれだから巫女は仕方ないなと思いつつ、再度紫様の素晴らしさについて語ろうとすると、紫様がそれを手で制した。
「いいのよ藍、あと四百九十二秒後にはわかることよ」
「成る程。論より証拠というわけですね」
「あんまりわかりたくない」
その気持ちもわからないでもない。
確かに普段の紫様は怠惰の極みを体現した姿であり、私も叱っている立場である。
しかし紫様の本質は世界の全てに対してアガペを注ぐ偉大なる母。
私如きが紫様の式を努めていて本当に良いのだろうかと、若い頃は悩んだものだった。
紫様が、衣装を変え、どじょうすくいをはじめた。
勿論、鼻にはワリバシが差し込まれている。
「絶対ワリバシいらないわよね?」
「ふふ、そう思うだろう。しかし紫様の一挙動全てに意味はある。偶然描く軌道など存在しないんだよ」
私は傍らに置いてあった三味線を構え、静かに佇む紫様のために声を張り上げる。
ベンベベベンと弾き始めると、何百年も練習を重ねてきたかのように流麗に、紫様はどじょうすくいを始めた。
「ばばぁー、どこへ行く、腰に籠下げて、前の小川へ、じょう取りにぃぃぃぃ」
「歌詞違うじゃん……」
歌詞のアレンジは、紫様自らが提案したもの。
私も紫様をババア呼ばわりするなど心が痛むが、それでも使命を果たす為には必要な犠牲だとおっしゃられた。
その深い自己犠牲の御心に思わず涙を流してしまったが、そんな私を紫様は優しく受け入れてくれた。
紫様の踊りはまるで、ラテンの魂がそのまま乗り移ったかのように激しく、妖艶であった。
ここが薄暗闇の博麗神社でなければ、そう、例えばここがダンスステージであったなら。
どじょうすくいは見るもの全ての心を熱く盛り上げ、忘れられない一夜となったことだろう。
「これあれでしょ? 二人揃って私をはめてるんでしょ」
そのような意図はない。
霊夢の幻想郷の守り手としての意識の向上。
ならびに紫様が如何に苦労なされているかということを知ってもらいたかっただけなのだ。
霊夢を呼ぶという私の提案には、紫様も優しく頷いてくれた。
たとえ今は理解ができずとも、伝わるものがあると信じて。
以前橙に見せたとき、橙は顔を真っ青にして一ヶ月ほど姿を見せなかった。
苦手な滝を浴びることで煩悩から解脱しようとしたが、それでもまだ理解に至らなかったと涙ながらに言われたとき。
私は橙のことを許そうと思った。
この子はいずれ、私を超えていくと確信した瞬間でもある。
親馬鹿かもしれないが、その高い向上心には心を打たれ、思わず紫様にも報告した次第だ。
そんなことを思い出しながら霊夢へ視線を向けると、先ほどよりも表情が強張っていた。
やはり衝撃的だったか、紫様の素晴らしさは長く付き合っていくことでようやく見えてくる物。
浅い付き合いでは、まだまだその境地には至れないのだろう。
その点、西行寺幽々子など、先日の酒の席では紫様と一緒に裸踊りをしていた。
これぞ竹馬の友と言う奴で、僭越ながら私もそれに加わらせていただいた。
どじょうすくいを終えると、紫様は荒い呼吸をしながら衣装を変えはじめた。
今度は浴衣である。
「まだやるの……?」
「霊夢、あと二百五十二秒の辛抱だ。我慢するんだ」
「ふふ……。長い戦いになりそうね」
浴衣から覗くうなじには、戦いの傷跡が生々しく残されている。
全身全霊のどじょうすくいは、紫様の体力を無残なまでに奪い去っているのだ。
それでも瞳は死んではいない、命を削らんばかりに燃やす愛がここにある。
「藍、あれを!」
「使うのですかっ」
文脈に関係なく、あれと言ったら投げてよこせ。
そう、家を出る寸前に手渡されたものだった。
わかっていますよ、紫様――私は懐から『バーコードズラ付き鼻メガネ』を取り出し放り投げた。
計算され尽くした軌道で、美しい半円を描いた鼻メガネは紫様の顔にスッポリと収まる。
「……」
霊夢がついに絶句した。
つまりは、私たちの息の合い方に驚きが隠せないということが真相なのだろう。
用意してあったカセットテープのスイッチを押すと、チャララララーラという非常にチープな音が流れだす。
それに合わせて紫様は先ほどとはまた違うダンス(外の世界ではヒゲダンスと呼ばれるらしい)をこれもまた見事に踊られた。
見目麗しい女性の身でありながら、歳を取った男性に扮して踊るというのは、苦渋の決断だったに違いない。
思わず目頭が熱くなった。
「ダメ、まったくもって理解できないわ。あと大体百八十秒も続くのね」
腕を組みながら足で地面を踏み鳴らす霊夢――しかし、イライラした素振りを見せながらも、紫様の勇姿をじっと見ていた。
その表情がいつ、感嘆のものに変わるかが楽しみでしょうがない。
不意に、紫様が雷に打たれたかのように動きを止めた。
私は知っている、あの紫様の仕草は、重大なことに気づいたという合図なのだ。
「藍大変よっ! あと五秒以内に巫女が私のほっぺにキスしなきゃ地球が爆発するわ!」
「ギリギリじゃないですか! さあ早く霊夢キスをしろ! 地球のためだ!」
「……は?」
「ああもう服を貸せ!」
無理やり巫女服を剥ぎ取って換装。この間0.12秒。
霊夢には代わりに導師服を着せておいた。胸の部分がブカブカだ。
さて、紫様は目を瞑って巫女のキスを待っている。
一体どの角度からのキスがお望みだろうか、猫が舐めるようにぺろりといくか。
それともうら若きカップルが初めて唇を合わせるように、柔らかく甘いキスをすべきだろうか。
狐のコンピューターの異名を取る私にとって、この命題を解くことはさほど難しいことではない、ないのだが。
ここまで思考しても、4秒弱が残っている。敬愛すべきご主人様にキスをするのだから、万全を期しておきたい。
ふと気づいた。私は今はしたない格好をしてはいないだろうか?
霊夢の巫女服は、胸や腰が窮屈だがなんとか着れないこともない。
だが、分離していた袖は残してきたため、半そでの巫女服という冬には少し厳しい格好だ。
どうする、私は紫様の子供であると言い張り、つまり子供は風の子理論を提唱すべきなのだろうか。
しかし風の子と言えば守矢神社が真っ先に思い浮かぶ。
『風の親なら外に居ても大丈夫ですよね』と冬の軒先に放置される二柱など、なかなかハートフルな家庭環境らしい。
さすがの私でも、紫様の腫れあがったお尻に戯れで塩を塗りこむぐらいだというのに。
おっと、思考がいつのまにか大脱線。平常心を保ちつつ、鋭く口先を尖らせろ。
この口先は、柔らかき約束の大地を目指して現在直進中であります。
全ては地球を救うためであり、他に下心は毛頭ございませんとも。
測量ついでに寄る茶屋の主人の頭からは毛根は消えうせてしまったが、それだけは誓える。
若い頃は格好よかったのに、時の流れとは残酷なものだ。
「あと1秒!」
「眠たい……」
結局私は、むちゅうという擬音が出そうなほど濃厚にキスをすることを選択した。
「ちっ……。これで地球は救われたわ」
「よかったです……」
「ねぇ、今の舌打ち何? 何なの?」
紫様だって完璧な存在ではない。時には舌打ちを打ちたくなる瞬間があってもいいじゃないか。
ここまで霊夢が紫様に厳しいのならば、私が紫様を労わってあげなくては。
いやいやしかしよく言うじゃないか、甘やかしているとその子は牛になるとかなんとか。
「長い戦いも終わりね」
紫様が締めに入った。
若干不満気だが、きっとそれは、紫様が新たな問題を見据えているからに他ならないだろう。
心休まる時間が無いというのは心苦しいが、せめてあなたが羽を休める木の枝になりたい。
「寝る」
鼻メガネの紫様を置いて、霊夢がスタコラと社務所へと戻っていってしまった。
私がムッとして声をかけようとすると、紫様が私の肩に手を置いてくださった。
「藍、いいのよ。霊夢はまだ素直になれていないだけだから」
「そうでしたか、まだまだ私は修行が足りていないようです。ところで、今回はどのような効果があがったのですか?」
「ええ、ここから56億光年離れた星での食糧難から始まる、全宇宙を巻き込むであろう未曾有の戦争が事前に防がれたわ。
パンがなければレコーディングダイエットをすればいいじゃない。絵に描いた餅でも人はおなかを膨らますことができるのよ」
「そうでしたか」
さすがは紫様である。
頭の中にサーチアンドデストロイしかない霊夢にも、紫様の素晴らしさは伝わっていたに違いない。
だからこそ霊夢は急いで席を外したのだろう。驚いた顔を見られたくなかったから、。
「帰りましょう。我が家へ」
「ええ、わかりました」
開かれた隙間はそのまま我が家へと繋がっている。
私は紫様の評価が上がったことを噛み締めながら、家路へとついたのだった。
持って帰った巫女服は、昨日紫様が着て歩いていた。
崇めすぎて理解しない、わからない。
何をしても好きなように解釈してまう。
二文字に表すと盲信、妄信。
理解されないなら、徹底的に意味不明にして
好きなように妄想させる。
それを利用してるからのタグ?かと勘ぐりました。
だって舌打ちw
ま、巫女はチート級直感スキルで見破ったのかもしれませんけど。
果たして紫は孤独を感じるのでしょうか?
作品的に、ここはわざとなのか突っ込むべきか判りませんが、
>頭の中にサーチアンドデストロイしかない霊夢にも、
サーチアンドデストロイ=主に攻撃ヘリ等が行う偵察攻撃、意訳すると
「観察して勝てそうと判断した上での弱いものイジメしかない、
強い奴はもっと強い味方に報告して任せる」
というのはちょっと霊夢のイメージと違うと思います。
おいたわしや…
実は式を落そうとしたんじゃないのかwww
干し柿っぽくて良いですね。ほんのりぬくもりが感じられる神社ステキ。
>たぶんヘルシングのネタの
さんくす。シティーハンターのサウザンドオブワンみたいな漫画英語ネタだったのですね。
米陸軍以外の所では別の意味で使ってるのかと思ってました。