十六夜咲夜の化粧は早い。
洗顔料、化粧水、乳液と、洗面台に並べられた順で使い、顔を引き締める。
完全で瀟洒と評される咲夜。
当然の如く、流れるような作業に隙はない。
紅魔館で一日を過ごすのならば、そも化粧する必要もないのだが、今日は生憎里へと出向かなければならなかった。
衣服や食材ならともかく、調味料が切れてしまってはどうにもならない。
妖精メイドに頼むわけにもいかないし、と苦笑する。
(仕込んでみようかしら。……無理ね)
労力と成果を測りにかけても割に合わないと判断した。
(みんな可愛いから、攫われる可能性もあるし)
当主と同じく、彼女もまた部下思い。この場合、上司馬鹿と言うのであろうか。
思考の間にも手は動く。
化粧下地はUV効果のある物を。
ファンデーションはオークル10。
コンシーラーは使わない。使う必要がなかった。
アイメイクも手際よく。
ライナーをさっと引き、カーラーで簡単にまつ毛をあげる。
パーティやら客人を招くやらなら別だが、里への買い物だけならばシャドーもマスカラも必要なし。
(眉も別に弄ってないし、と)
仕上げにチークを軽く塗布する。
時期的なものもあるが、何より咲夜は地肌が白い。
ともすれば、血色が悪いと捉えかねられないのであった。
(お嬢様にあらぬ疑いをかけられるのも煩わしいし)
ぽふ、とチークをコンパクトに収め、鏡に再度向き合う。
(よし……こんなところね)
用いた化粧品の数々を元ある場所に無造作に直し、咲夜は立ち上がった。
因みに、咲夜が使う化粧品はどこぞの風祝に言わせれば、レベルAの品々。
尤も、ブランド云々で選んだのではなく素材で選んだ結果なのだが。
故に彼女はレベルS――オーダーメイドの特注品も持ち合わせていたりする。
「メイド長、お出かけですか?」
「あら、シュブ。ええ、ちょっと里に買い物よ」
エントランスにて、べったらべったらモップを使い掃除をしていた妖精メイドに出くわす。
当主・レミリアには事前に外出を伝えていた事もあって、戸を叩いてすらいない。
太陽が空に我が物顔でいる時間、主はまだ寝ているだろうとの判断もあった。
「あ、それでお化粧を……。お綺麗ですぅ」
「ふふ、ありがとう。ねぇ、ところで聞きたい事が――」
謙遜も照れ隠しもなく、素直に賞賛の言葉を受け入れる。
例え、その言葉が世辞からでたものであったとしても、咲夜はそうしただろう。
彼女は概ね、大人であったから。
と。
「シュブ危ないどいてーっ!?」
「あら?」
「う?」
悲鳴に近い絶叫。
振りかえる妖精メイド。
首を傾け、彼女の後方に視線を飛ばす咲夜。
一匹と一人が見たモノは、勢い良く突っ込んでくる、また別の妖精メイド。
――間に合わない!?
二匹はそう思う。
けれど、数瞬後の未来、予想は外れた。
「タウルスの24。貴女は、門番隊ではなかったかしら?」
何時の間にかに後ろ襟を掴まれ、突っ込んできた方の妖精メイドはぶらぶらと浮かぶ。
「あ……時間を止めて。ありがとうございます!」
「それはいいから。質問に答えてくれる?」
「えぅぅ……」
落ち着いた口調は、時に冷たい印象を与える。
咲夜としてはそう怒っているつもりもないのだが、妖精メイドは委縮してしまった。
実際、正規の仕事を放棄して屋敷内にいる彼女に多少の戒めは必要だと思っているが、こうまで固まられてはしようもない。
助け船を出したのは、シュブと呼ばれたもう一匹の妖精メイド。
「あ、あの、タウちゃん、門番を交替してもらったから、私のお仕事を手伝ってくれるって……!」
「……そ。疑って御免なさい。じゃあ、タウ24、交替したのは誰と?」
「いえ! えと、えと、寒いから戻りなさいって、隊長が」
でしょうね――呟き、咲夜は妖精メイドを下ろしてから、入口の扉を開き外へと出ていった。
残された妖精メイド二匹はきゃっきゃと声を上げる。
「メイド長、格好いい……」
「それに、綺麗だよね!」
「うん! うー、隊長も、きちんとお化粧すれば、きっともっとお綺麗なのにぃ」
「隊長……美鈴様? きちんとされていないの? ――あ……」
「してないわ。確か、口に――……どうしたの?」
「メイド長、何か聞かれようとしていたんだけど……忘れちゃったのかなぁ」
「あのメイド長が? むぅ、でも、ありえるかも。だって、お化粧も一つ、忘れていたみたいだし」
ざくざくとブーツ越しに伝わる雪の感触が心地よい。
ちらちらとした小さな粒が太陽に負けじと微妙な存在感を示し、肌に落ちる。
咲夜は気にしない。レベルAの化粧品は伊達ではなく、ウォータープルーフが施されていた。
門前まで来たところで、一旦足を止める。
外にいる存在に声をかける――よりも早く、門が開かれた。
「おはようございます、咲夜さん」
咲夜には、紅い髪と唇、そして首に巻かれたマフラーが殊更眩しく見える。
「おはよう、美鈴。……また寝てたの?」
「幾ら私でも死んじゃいますよ!?」
「冗談よ」
顔色一つ変えずに言ってくるのだから、解りにくい。
(夏に、ほんとにうたた寝してた時と同じ感じで聞いてくるんですもの)
くすくすと思い出して笑い、当時を振り返る。
頭に浮かぶは降り注ぐナイフ。
……あれ?
「美鈴」
「あ、はい?」
「寒いなら、交替しなきゃよかったんじゃないの?」
声に多少の棘が含まれていて、また美鈴はくすくす笑う。
「起きてる限りは大丈夫ですよ。このながーいマフラーもありますし」
一重二重に巻いているのは確かに首だったが、体全体にも登り龍の如く巻かれていた。
ソレは晩秋のある日、咲夜が美鈴に贈ったもの。
咲夜にすれば失敗作の品。
だから、咲夜の眉間に皺がよる。
彼女にしては珍しい渋面。
けれど、彼女にすれば珍しくもない表情。
「ふふ、そんな顔をしていては、折角のお化粧も霞んでしまいますよ。まぁ、今でも画竜点睛を欠いていますが」
「煩い。――口紅を引いていないって? 本気で言ってる?」
「さて、どうでしょう」
返ってきた軽口に、咲夜の眉がまた寄った。
「……私の竜は、此処にある」
乱暴に紅いマフラーの袖を掴み、自らの後ろ頭と対面の後ろ頭に巻きつける。
「私の紅も――」
つま先立ちとなり、目を閉じた。
「――此処に、いますよ」
紅の龍に巻かれたフタリの動作は、誰にも見えないのだった。
瞳を入れられた彼の竜は何処かへと飛んで行ったと言われている。
彼女達に巻かれた龍は、勿論飛びはしなかった。
代わりに巻きなおされる。
紅の唇、朱色の頬をした咲夜へと。
「おや。まだ慣れてらっしゃらない?」
くすくすと、美鈴が揶揄するような響きで問う。
そのような響きを持たせたのは、答えを返しやすいように。
けれど、目論見は外れ、当の咲夜は俯きもじもじとするだけだ。
(あらら。一度や二度ではないんですが……)
咲夜が寒さに震えだす前に、美鈴はそっと腕を伸ばし、また、抱きよせた――。
十六夜咲夜は自他共に認めるメイドだ。
他者が評するところによれば、完全で瀟洒なメイドである。
けれど、想い人を前にすれば、彼女もまた、博麗の巫女や普通の魔法使いの様に、一人の少女なのだ。
「可愛いですよ、咲夜さん」
「うぅぅ、う、煩い……っ」
――やきもち焼きの、素直でない少女なのであった。
買い物から戻ってきて。
「お帰りなさい、咲夜さん」
「ただいま、美鈴」
「ご飯にします? お風呂が先ですか? それとも、あ・な・た?」
…………。
「や、ちょっと、違くない!?」
「違いませんけど? 返事がないと言う事は、私が選ばせてもらいますね」
「話を勝手に進ませないで! と言うか、どれを選んでも危険な匂いがするんだけど!」
「うーん、体も寒くなってきましたし、お風呂に入りましょう。で、そこで咲夜さんを頂きまーす」
「フルコース!? あわわ、放しなさい、放して、美鈴!?」
「うふふ、能力を使っても、腕を腰に回していますから抜け出せませんよー。うふ、うふふふふ」
――咲夜が少女と呼ばれなくなる日も、近いのかもしれない。
<了>
洗顔料、化粧水、乳液と、洗面台に並べられた順で使い、顔を引き締める。
完全で瀟洒と評される咲夜。
当然の如く、流れるような作業に隙はない。
紅魔館で一日を過ごすのならば、そも化粧する必要もないのだが、今日は生憎里へと出向かなければならなかった。
衣服や食材ならともかく、調味料が切れてしまってはどうにもならない。
妖精メイドに頼むわけにもいかないし、と苦笑する。
(仕込んでみようかしら。……無理ね)
労力と成果を測りにかけても割に合わないと判断した。
(みんな可愛いから、攫われる可能性もあるし)
当主と同じく、彼女もまた部下思い。この場合、上司馬鹿と言うのであろうか。
思考の間にも手は動く。
化粧下地はUV効果のある物を。
ファンデーションはオークル10。
コンシーラーは使わない。使う必要がなかった。
アイメイクも手際よく。
ライナーをさっと引き、カーラーで簡単にまつ毛をあげる。
パーティやら客人を招くやらなら別だが、里への買い物だけならばシャドーもマスカラも必要なし。
(眉も別に弄ってないし、と)
仕上げにチークを軽く塗布する。
時期的なものもあるが、何より咲夜は地肌が白い。
ともすれば、血色が悪いと捉えかねられないのであった。
(お嬢様にあらぬ疑いをかけられるのも煩わしいし)
ぽふ、とチークをコンパクトに収め、鏡に再度向き合う。
(よし……こんなところね)
用いた化粧品の数々を元ある場所に無造作に直し、咲夜は立ち上がった。
因みに、咲夜が使う化粧品はどこぞの風祝に言わせれば、レベルAの品々。
尤も、ブランド云々で選んだのではなく素材で選んだ結果なのだが。
故に彼女はレベルS――オーダーメイドの特注品も持ち合わせていたりする。
「メイド長、お出かけですか?」
「あら、シュブ。ええ、ちょっと里に買い物よ」
エントランスにて、べったらべったらモップを使い掃除をしていた妖精メイドに出くわす。
当主・レミリアには事前に外出を伝えていた事もあって、戸を叩いてすらいない。
太陽が空に我が物顔でいる時間、主はまだ寝ているだろうとの判断もあった。
「あ、それでお化粧を……。お綺麗ですぅ」
「ふふ、ありがとう。ねぇ、ところで聞きたい事が――」
謙遜も照れ隠しもなく、素直に賞賛の言葉を受け入れる。
例え、その言葉が世辞からでたものであったとしても、咲夜はそうしただろう。
彼女は概ね、大人であったから。
と。
「シュブ危ないどいてーっ!?」
「あら?」
「う?」
悲鳴に近い絶叫。
振りかえる妖精メイド。
首を傾け、彼女の後方に視線を飛ばす咲夜。
一匹と一人が見たモノは、勢い良く突っ込んでくる、また別の妖精メイド。
――間に合わない!?
二匹はそう思う。
けれど、数瞬後の未来、予想は外れた。
「タウルスの24。貴女は、門番隊ではなかったかしら?」
何時の間にかに後ろ襟を掴まれ、突っ込んできた方の妖精メイドはぶらぶらと浮かぶ。
「あ……時間を止めて。ありがとうございます!」
「それはいいから。質問に答えてくれる?」
「えぅぅ……」
落ち着いた口調は、時に冷たい印象を与える。
咲夜としてはそう怒っているつもりもないのだが、妖精メイドは委縮してしまった。
実際、正規の仕事を放棄して屋敷内にいる彼女に多少の戒めは必要だと思っているが、こうまで固まられてはしようもない。
助け船を出したのは、シュブと呼ばれたもう一匹の妖精メイド。
「あ、あの、タウちゃん、門番を交替してもらったから、私のお仕事を手伝ってくれるって……!」
「……そ。疑って御免なさい。じゃあ、タウ24、交替したのは誰と?」
「いえ! えと、えと、寒いから戻りなさいって、隊長が」
でしょうね――呟き、咲夜は妖精メイドを下ろしてから、入口の扉を開き外へと出ていった。
残された妖精メイド二匹はきゃっきゃと声を上げる。
「メイド長、格好いい……」
「それに、綺麗だよね!」
「うん! うー、隊長も、きちんとお化粧すれば、きっともっとお綺麗なのにぃ」
「隊長……美鈴様? きちんとされていないの? ――あ……」
「してないわ。確か、口に――……どうしたの?」
「メイド長、何か聞かれようとしていたんだけど……忘れちゃったのかなぁ」
「あのメイド長が? むぅ、でも、ありえるかも。だって、お化粧も一つ、忘れていたみたいだし」
ざくざくとブーツ越しに伝わる雪の感触が心地よい。
ちらちらとした小さな粒が太陽に負けじと微妙な存在感を示し、肌に落ちる。
咲夜は気にしない。レベルAの化粧品は伊達ではなく、ウォータープルーフが施されていた。
門前まで来たところで、一旦足を止める。
外にいる存在に声をかける――よりも早く、門が開かれた。
「おはようございます、咲夜さん」
咲夜には、紅い髪と唇、そして首に巻かれたマフラーが殊更眩しく見える。
「おはよう、美鈴。……また寝てたの?」
「幾ら私でも死んじゃいますよ!?」
「冗談よ」
顔色一つ変えずに言ってくるのだから、解りにくい。
(夏に、ほんとにうたた寝してた時と同じ感じで聞いてくるんですもの)
くすくすと思い出して笑い、当時を振り返る。
頭に浮かぶは降り注ぐナイフ。
……あれ?
「美鈴」
「あ、はい?」
「寒いなら、交替しなきゃよかったんじゃないの?」
声に多少の棘が含まれていて、また美鈴はくすくす笑う。
「起きてる限りは大丈夫ですよ。このながーいマフラーもありますし」
一重二重に巻いているのは確かに首だったが、体全体にも登り龍の如く巻かれていた。
ソレは晩秋のある日、咲夜が美鈴に贈ったもの。
咲夜にすれば失敗作の品。
だから、咲夜の眉間に皺がよる。
彼女にしては珍しい渋面。
けれど、彼女にすれば珍しくもない表情。
「ふふ、そんな顔をしていては、折角のお化粧も霞んでしまいますよ。まぁ、今でも画竜点睛を欠いていますが」
「煩い。――口紅を引いていないって? 本気で言ってる?」
「さて、どうでしょう」
返ってきた軽口に、咲夜の眉がまた寄った。
「……私の竜は、此処にある」
乱暴に紅いマフラーの袖を掴み、自らの後ろ頭と対面の後ろ頭に巻きつける。
「私の紅も――」
つま先立ちとなり、目を閉じた。
「――此処に、いますよ」
紅の龍に巻かれたフタリの動作は、誰にも見えないのだった。
瞳を入れられた彼の竜は何処かへと飛んで行ったと言われている。
彼女達に巻かれた龍は、勿論飛びはしなかった。
代わりに巻きなおされる。
紅の唇、朱色の頬をした咲夜へと。
「おや。まだ慣れてらっしゃらない?」
くすくすと、美鈴が揶揄するような響きで問う。
そのような響きを持たせたのは、答えを返しやすいように。
けれど、目論見は外れ、当の咲夜は俯きもじもじとするだけだ。
(あらら。一度や二度ではないんですが……)
咲夜が寒さに震えだす前に、美鈴はそっと腕を伸ばし、また、抱きよせた――。
十六夜咲夜は自他共に認めるメイドだ。
他者が評するところによれば、完全で瀟洒なメイドである。
けれど、想い人を前にすれば、彼女もまた、博麗の巫女や普通の魔法使いの様に、一人の少女なのだ。
「可愛いですよ、咲夜さん」
「うぅぅ、う、煩い……っ」
――やきもち焼きの、素直でない少女なのであった。
買い物から戻ってきて。
「お帰りなさい、咲夜さん」
「ただいま、美鈴」
「ご飯にします? お風呂が先ですか? それとも、あ・な・た?」
…………。
「や、ちょっと、違くない!?」
「違いませんけど? 返事がないと言う事は、私が選ばせてもらいますね」
「話を勝手に進ませないで! と言うか、どれを選んでも危険な匂いがするんだけど!」
「うーん、体も寒くなってきましたし、お風呂に入りましょう。で、そこで咲夜さんを頂きまーす」
「フルコース!? あわわ、放しなさい、放して、美鈴!?」
「うふふ、能力を使っても、腕を腰に回していますから抜け出せませんよー。うふ、うふふふふ」
――咲夜が少女と呼ばれなくなる日も、近いのかもしれない。
<了>
一粒で二度おいしい感じで真に楽しませていただきました。
もう、あとがきが全てを語ってしまってるので何も言えないのが口惜しい…。
チョメッチョメのネッ…
危ない危ない。
興奮しすぎて、一線を越えるところだった。
これぐらいが、丁度いいのかもしれない。
なに、幸せな二人を見ているのが私の幸せなのですから。
糖分で虫歯になっちまうからな
ああ、悶える~
いつの間にかPCの周りが砂糖だらけに・・・
さっきゅんの可愛さに思わず砂糖吹いたw