Coolier - 新生・東方創想話ジェネリック

東方の青い空

2009/01/14 20:47:16
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視界いっぱいに広がる、色取り取りの草花。
黄色の花、緑の草からはむせかえるような土の香りがする。
辺りを包む暖気と花の香りの中、桜の花びらがひらひら舞う。
視界の奥に、桜が崖を背にして立っているのが見える。
その山桜の枝に小鳥が歌っている。
花びらと草が敷き詰められた天然の絨毯の上を一歩一歩、ゆっくり歩いていく。
足を踏み出す度に、足元からは小虫が飛び出し花びらが服に降りかかる。
桜にたどり着き、花が咲き乱れる枝に手を伸ばした時、枝が、桜が、緑に染まってぐにゃりと歪む。
ザッザッザッ。
ザッザッザッ。
目の前に畳があった。同時に日差しが目に入る。
畳の上に横になっている体を起こして外を見ると、太陽が明るく照っていた。
箒を動かす度に乾いた砂や緑の葉が舞い上がっては落ちてゆく。
もう慣れたはずなのだがやっぱり毎朝の掃除は、なんというかちょっぴりめんどくさい。
でも、掃除されていない寂れた神社は参拝者も嫌だろうし、神社は自宅でもある。
私がめんどくさい掃除をしている理由は……
(今の夢は……)
「御主人様、掃除は済みましたかな?」
「もうちょっとよ~、急かさないの」
「しかし、もうかれこれ一刻程経ったような」
「むぐぅ。もうすぐ、もうすぐよ爺」
あの光景は何なのか。あんな春の日もあったかもしれないし、なかったかもしれない。
この神社のもう一人……いや、もう一匹の住民である亀の玄爺である。
修行しなされ、掃除しなされ、といろいろ口煩いというか細かい。
それもだいたい正しいことなので反論できないのが少し悔しかったりそうでもなかったり。
まあ自分の住む所の掃除くらいはする。
修行する気なんて無いけど。
……う~ん、眠い。
瞼の仲が良くて困る。
もう半時くらい寝かせてくれたっていいじゃない。
どれだけ寝たってバチは当たらないんだし。
ただ言い様のない心地よさだけが残っている。
「御主人様、あのまま寝ていたら昼になってましたぞ」
と、お腹にちょっぴり痛みを感じた。
……空を飛べるだけじゃなく心まで読めるのだろうか。
いや、そんなはずはない。
どうやらお腹はおやつの時間を告げているようだ。
「何も言ってないわよ」
「顔に眠たい寝たいと書いてありますぞ」
「む~、が~、も~掃除終わり! 終了~! さ~お茶お茶」
「……」
太陽の傾きからみても間違いないだろう。
黙った爺を無視して箒を縁側に立て掛ける。
箒の竹の乾いた音が鳴り、私に掃除の終了を告げる。
あ~疲れた。
掃除の後は待ちに待ったお茶の時間である。
この時間のために朝掃除をしているといっても過言ではない。
この朝の一杯は天地がひっくり返ろうとも欠かせない。
縁側には急須と湯呑みが既に置いてあった。
急須の口からは湯気が立ち上り、湯呑みからも同様に湯気が立っていた。
湯呑みは合計三個あり、全てに湯が入っていた。
……あれ? 私いつのまにお茶淹れたんだろ? 
……まあいいや。あるものは貰いましょ。深く考えないのが一番よ。
(とりあえず藍を呼ぼうかしら)
「あらあら、少しは驚かないの?」
「紫様。お目覚めでしょうか?」
湯呑みに手を伸ばすと背後から声がした。
こんな朝早くにここに来るのは二人くらいしか知らない。
振り返ってみると予想通りの人物がいた。
呼ぼうとした矢先に、襖の向こうから藍の声がした。
「何故かお茶がいつのまにかに準備されてたと思ったら、やっぱりあんたの仕業ね魅魔」
「どう? ちょっとは驚いた?」
「別に……というかそんなことで驚く奴なんていないわよ。逆に助かった」
「う~ん、あんたの思考回路は読めないねぇ。本当に人間かい?」
「大きなお世話よ。それで何しに来たの今日は?」
「いや、なんとなく来ただけ」
「悪霊が神社に何となく来ていいと思ってるの?」
「もちろん。靈夢じゃ私を退治できないだろ」
「馬鹿にして! いつでも退治してやれるわよ」
「むりむり」
「むが~、ああもう! お茶飲むわ!」
「くすくす」

玄爺に蓬や土筆などを適当に投げてやりつつ、縁側に座ってお茶を飲む。
う~ん、おいしい。
やっぱり掃除上がりにはこれしかないわ。
風が緩やかに頬をなでるのもまた気持ちいい。
お茶の温かさが体中に行き渡り、じつに気持ちいい……というか眠くなってきた。
恐らくお菓子を持ってきてくれているのだろう。
「魅魔~」
「なんだい」
お腹の正常を確認するとともに、空腹で目が覚めたのかと悲しくなった。
魅魔の方を見ると、魅魔もまたお茶を飲んでいた。
あんた生きていないんだしいらないじゃん、と頭の中でつっこむ。
「ええ、起きてるわよ。入りなさいな」
「暇ねぇ」
「わたしゃ暇だよ。いや自由だよ」
「いっしょよ。今日は魔理沙は来るの? いや、来るんでしょ?」
「ありゃ、なんで分かったんだい?確かにもうすぐしたら来る筈さ」
「だって湯のみ、三つあるじゃない」
「おっと、こりゃうっかりしてたねぇ。驚かせようとしてたのにまたしても見破られたか」
「あんた……私にちょっかい出す以外にすることないの?」
「無い」
「では失礼します」
そうなかのかー。
この暇の塊め。
羨ましいぞ、ちょっぴり。
藍は部屋に入ってくるなり、机にお盆いっぱいの蜜柑を置いた。
「お~い靈夢~遊びに来たよ~」
蜜柑は冬には欠かせないものである。だが。
お茶を飲んでごろごろしていると鳥居の方角から魔理沙の呼び声がした。
暇人がどんどん集まってくるわね。
まあ別にいいけど。
「蜜柑ねえ。蜜柑もいいのですけれど、こう暖かいと冬という感じがしないし、そんななか蜜柑というのもねえ」
「おお、お茶じゃん。貰おっと」
「よく来たわね。今日は何よ?」
「いや、なんとなく来ただけ」
「そろって暇なのね、あんたら」
「靈夢も暇なんだろ?」
「まあ暇だけど」
「では修行しては如何かな」
「う~ん、まあそうなんですが今が食べ頃ですし、こうのんびりした日には甘過ぎず程よい酸味のある蜜柑がいいと思いまして」
突如、爺の声が割り込んできた。
うっさい。
何が悲しくて修行なんてしなきゃいけないのよ。
「のんびりした日、ねえ」
「爺は黙ってて」
「……」
今、幻想郷は冬であるのだが雲一つ無く日がさして春並みの気温である。
黙ってくれた。
そこら辺でおとなしく草でも食べててよ、ほんと。
平和という言葉が実に似合う。
「暇ね」
「暇だな」
「暇だねぇ」
(平和といえば……)
綺麗に声が三つ重なる。
先程夢で見た光景が脳裏に浮かぶ。平和、平穏そのものの光景だったように思われる。
平穏であるがゆえ色を持たず消えていくような。

「靈夢」
「なに?」
「こういうときは……わかってるだろ?」
お腹も空いたのでとりあえず蜜柑をとり皮を剥き中身を取り出す。
一房手に取り口に含むとすっきりした甘酸っぱさが広がる。

魔理沙がこっちを向いて不敵な笑みを浮かべている。
ははあ……こいつ、はじめからそのつもりで来たわね。
魅魔も来てるし、そんなことだろうと思ったわよ。
「あら、結構いけるじゃない」
「そういえば久しぶりね。言っとくけど、負けないわよ?」
「望むところ。いざ勝負!」
「そうですか。沢山持ってきた甲斐がありましたよ」
魔理沙は言い終えるなり箒に乗って空に浮かぶ。
「寝起きからこんなに沢山食べられるとでも」
「それじゃあ、魅魔、審判は任せたわよ」
「やれやれ……自由にやっといで」
「御主人様、たとえ練習の場であっても……」
「ああもう続きはいいわ。じゃあいくわよ、魔理沙!」
「今日は橙が来ますし、余っても大丈夫です」
私も魅魔に言い終えると、爺に乗って空に浮かぶ。
互いに暇な日は勝負するのが暗黙の了解になっている。
負けると次のご飯を作らなければならないので、なんとしても負けられない。
「橙に処理させるという訳ね」
空いっぱいに、美しい弾幕が広がった。
「いや、そこまで言ってませんが」
平和な世界の暢気な住人の平和な一日が過ぎてゆく。
蜜柑は底に縦横四列の正四角錘状に積まれている。私と藍で食べるには多い。
初めから橙にも食べさせるつもりなのだろう。
一房ずつ、ゆっくり食べていく。
のんびり、緩やかに時が過ぎていく。
藍の方を見遣ると、藍はぼんやりと遠くを眺めながら蜜柑を食べていた。
私は何も言わず、また藍も何も言わない。
だが不思議と居心地のよさを感じた。

「平和、ですねえ」

そんな中、藍がぽつりと呟いた。

「平和かしら」
「平和ですよ。晴れた午後にぼうっとしているのは、人間からみれば充分な贅沢ですよ」
「私は妖怪なのですけれど」
「妖怪でも、何もしなくていい時間は良いものだと思います」
「そうね。それは暗に贅沢しないで働けと言っているのかしら」
「いや、だからそんなこと言ってませんて」

会話が途切れ、再び蜜柑に手を伸ばす。藍jはというと、じっと私を見ている。

「どうかしたかしら」
「どうしたではないです。真意を教えて下さい」
「何の話をしているのよ」
「もー、はぐらかさないで下さい。冬なのに今日は珍しく起きたと思ったら昼にまた寝てしまうし、おやつに起こせというのも不可解です。何か理由があるのでしょう?」
「起きたいから起きた、寝たいから寝たではダメなのかしら?」
「本気で仰ってます?」
「さあ」
「さあって……」
「紙よ」
「はい?」
「何も書かれていない、真っ白の紙を思い浮かべなさい」
「はあ」

藍は理解できないといった顔である。
私の式である以上、私を信用するほかないのだけれど。

おしまい。
「いいから。想像できた?」
「ええ、まあ」
「その紙についてどんな思いを抱いたかしら」
「思いもなにも、なんでもないものについて考えるとこなんて無理ですよ」
「それでいいのよ。ではそこに墨をたらすとどうかしら」
「黒くなりますね」
「それは墨をたらす前の紙と同じものと言えるかしら?」
「紙は紙だと思いますが。うーん、まあ白紙ではなくなっていますね」
「墨で絵が描かれた紙と、真っ白な紙、貰うとしたらどちらを選ぶ?」
「絵が描かれた方ですね。……ってさっきの質問に答えて下さいよ。冬にわざわざ起きた理由ですよ」
「せっかちねえ藍は」
「ですから……」
「真っ白な紙は平和な日常、絵は非日常を表しているの。非日常は喜ばしいものであり、その逆もまた然り。でも白紙という日常が存在していなければ絵という非日常は存在し得ない」

そこまで言って、一旦言葉を切る。藍に自分で考えてほしいというか分かってほしい。これだけの情報から答えを導くのは難しいだろうけど。

「うーん、見当もつきません。難し過ぎですよ」
「難しいのではなくて貴方が難しく考えているだけです。……『非日常』は『日常』の上に存在しているの。『日常』を受け入れることで『非日常』という変化を楽しむことができるのです。今日はどんな日でしょう?」
「……冬にしては暖かいですけど平凡な、平和な日ですね。」
「限り無く日常に近い、と思わない?」
「……そう、ですね」

私は庭に植えられた蜜柑の木を見遣る。
周りには緑の草が生えている。
雪は無く、冬だというのにぽかぽかしている。
本当になんでもない、ただの日常風景。
さっき見た夢の中の風景はそれ自体すばらしいものだったが、今日と比べてどちらが劣っているということは無い。
わざわざ今日起きてきた理由は。
藍に告げる。

「石塊一つ、草花一本、無駄に存在してはいないのです。異変を楽しむには、日常も必要なの。冬の寒さを知らない者には春の暖かさの有り難さは分からない。『何もない日』の様に見える日にも意味はあるのよ」
コメント



1.○○●削除
読ませていただきました。
いわゆる旧作キャラですね。
ほのぼのとしててキャラが魅力的に描かれてて良かったです。
文章も読みやすかったし。
ただ欲を言えば、もう一つくらい盛り上がりがあれば話としてのメリハリがついたかなぁと思いました。
次も期待していますね。^^
2.名前が無い程度の能力削除
旧作の自機ズのみでの話は珍しい?
ほのぼのとした日常が垣間見れました