お正月も三が日を過ぎると随分落ち着いたもので、ここ博麗神社の境内も今は閑散としている。
私――博麗霊夢もやるべきことを済ませ、いつも通りののんびりした昼下がりを満喫していた。
一人きりではない。暇を持て余していたところにやってきたチルノが居座っている。
特に悪さをしにきた様でもないし、追い返すのも面倒なので、別に文句も言わずに置いてやっているのだ。
しばらくは私もチルノも黙っていたけれど、いつまでも沈黙が続くわけがない。特にここにいるのはムダに賑やかな妖精の、しかもあのチルノである。
いずれはこの静かな時間に耐えかねて口を開くことは容易に想像ができていた。
それにチルノが突拍子もなく、変なことを言い出すのはいつものことだ。
だけど今日はまた突然、何を思い立ったのかこんなことを言い出した。
「ねぇ霊夢。『おとしだま』ちょーだいっ」
「は?」
思わず苛立ちと呆れを込めた相づちを、同じくそれらの感情を込めた視線と一緒に返してしまう程、私は我が耳を疑った。
この妖精は、また変な所で変な知恵だけ手に入れてきたようだ。人間が話しているところを耳にでも入れたんだろう。
「あのね。『お年玉』ってのがなんなのか、わかって言ってるわけ?」
「もちろんよ。天才のあたいに分からないことはないわっ」
ある意味、その言葉は正しいとも言える。分からないことが無い、見方を少し変えれば「何も分からない」ともとれるからだ。
この容積の狭そうな頭では、所詮後者のとらえ方の方が合っている。
まぁ確かに。お正月と言えば、おせちにお雑煮、初詣、独楽に凧揚げ、お年玉――と浮かぶフレーズとしては十分だ。
だけど、だからって、なんで私が上げる方の立場なの? むしろ私はまだもらえる年頃のはず。いいや、もらって然るべき歳と言っても過言じゃない。
……もらう対象がいないだけ。
「ねー。くれるの? くれないの?」
「ちょっと。お年玉の意味が分かってるなら、私からもらうのは間違いだってわかるでしょ」
「え? なんで?」
またこいつは……。
この目は本気でそう思ってなかった目だ。真っ直ぐでキラキラしていて、嘘を吐くような目ではない。
むしろ嘘を吐くような性格なら、こうも堂々とお年玉をせびりに来るような愚行はしないだろう。
「おとしだまって、ただでもらえるイイモノなんでしょ?」
「また随分とざっくばらんな認識ね。ていうか、それってただのプレゼントじゃない」
まったく、誰から聞いたらそんな認識になるのやら。
チルノのことだから、誰から聞いてもその程度の理解しかできないのかもしれないけど。
「あのね、お年玉って言うのは、一年の初めに子供が親や親戚からもらえるお餅やお小遣いのことで、そんな良い物をもらったんだから、今年も一年良い子で居なさいよっていう約束の儀式なの。だから、あなたみたいな妖精が気軽にもらえるものじゃないの。わかる?」
「えっ! そうなのっ!?」
「いや、そんな驚かなくても最初からそうだってば」
がっくりと肩を落として、落胆の色をありありと浮かべるチルノ。そんなにお年玉に期待を寄せていたのか。
そういえば私はいつからもらってなかったっけ。親も親戚も居ないし、妖怪相手にそんなもの期待したこともない。
霖之助さんならせびれば、お小言ついでにくれるかもしれない――けど、もう私はそんな年頃てじゃないのだ。むしろ自分から望んでプライドを捨てるような行為をとる方が、お年玉がもらえないことよりもずっと辛い。
ただ、妖精の程度は人間の子供と同じだって言うから、確かにそのくらいならお年玉一つで一喜一憂もできるだろう。
「じゃあどうしたらお年玉がもらえるの?」
「だから~……」
どう言えばこの“理解する”ことをしない頭でわかってもらえるのか。
くりくりしたドングリ眼は疑うこともなく、私の口から良い答えがもらえることを期待した眼差しで私の瞳をのぞき込んでいる。
こんなに間近で見ているからだろうか、その青い眼の輝きはまるで孔雀石のように煌々と輝いて見えた。そんな目で見られるのは、はっきり言って得意じゃない。
あなたじゃもらう相手が居ない、そう続けようとした口を一旦噤んで、私は代わりの言葉を告げることにした。
「そうね……霖之助さんなら言えばくれるんじゃないかしら」
先ほど思い浮かべた、何かとお世話になっている半妖の男性を紹介する。
彼が営む香霖堂は稀に妖精も出入りしているようだし、チルノが訪ねていっても邪険にされることはないだろう。
霖之助さんには悪いけれど、私だってこのままチルノと意味のない押し問答を続けたくはない。
「わかった、こーりん堂ねっ」
「そうそう。魔法の森の人間の里側の入り口にあるお店だから、迷うことはないわ」
「霊夢は?」
「私? 私がどうしたっていうの」
今までの話の流れから、私の名前が出てくることは予想していなかった。
というより、私の名前が出てくる理由も意味もないんじゃないか?
「霊夢は行かないの?」
「あぁ、そういうこと。私は行かないわよ」
「なんで? りんのすけはおとしだまをくれるんでしょ。霊夢ももらえばいいのに」
「私は別に欲しくないもの。それにお年玉で喜ぶ年頃でもないしね」
私がそう言うと、チルノは何を思ったのか腕を組んで首を傾げると黙りこくってしまった。
元から何を考えているのか分からないのに、黙ってしまったら余計に何を考えているのか分からなくなってしまう。
そしてたっぷり一分考えた末に、納得のいく答えを導いたのかチルノはパッと顔を上げた。
とりあえず私にできるのは、どれだけ突拍子もないことが飛び出してきても平然としていられるようにお茶を飲むくらいだ。
「よし決めた」
「何を決めたの」
「あたい、やっぱりおとしだまいらない」
「あぁ、そう……ちょっと待て、今の流れでどうしてそうなるの」
私は何か変な――チルノの気を削ぐような――ことを言っただろうか。
思い返しても、私が言ったのは「私自身は別にお年玉なんていらない」ということくらいだ。
でも、それでチルノがもらえなくなるわけでもないし、チルノが辞退をする理由としては考えづらい。
「だって、霊夢はいらないんでしょ?」
「えぇ。もぅそんな歳じゃないし。そもそもお年玉のためだけに香霖堂まで出向くのは面倒だもの」
「だったら、あたいも良いよ」
「だからなんで」
よくわからない子だとは、常々思っていたけれど、やっぱりこの子の考えることは私には理解できない。
「だって、わざわざもらいにいかなくてもいいものなんでしょ?」
「ぅ、まぁ、確かにそうだけど……」
なるほど、そういうとらえ方をしていたのか。
「それにあたいだって、そんな年頃じゃないもん」
「……妖精に年頃も何も無いんじゃないかしら。でも、頭の程度は十分お子様だから、そんなの気にしなくても良いと思うわよ」
「むーっ! あたいだって立派な“れでぃー”なんだから」
そうやってムキになって怒りを露わにするあたり、すでにレディーと名乗るにはまだ早い気もするんだけど、ただここでそれを言ってしまうと、火に油を注ぐことになるのは目に見えている。
せっかくのお正月なのに、自分から疲れることをする必要はないのだ。
チルノの話し相手をするのも疲れはするけれど、何もせずに寝正月を過ごすよりはマシだし。
夜になったら、方々から呼んでもないのに集まってくる奴らの宴に巻き込まれるだろうし、今はまったりするくらいでちょうど良い。
「何がおかしいの?」
「別に。こうして過ごす時間は大事よねぇ、ってしみじみ思っていただけよ」
「そうなの?」
「そうなの。……そうね、一つだけどうしても気になってることを除けば、だけど」
「なになに? 何が気になるの?」
興味津々をキラキラとした眼差しに変えて向けてくるチルノ。
その近すぎるくらいの距離にある瞳を見据えながら、私は自分の置かれている状況の最も突っこむべきことを口にした。
「あんたはいつまで私の膝に居座ってるのよ。炬燵に入ってる意味が無いじゃない」
そんなある日の昼下がり。
たまには、こういうのも悪くないかも――――なんてね。
~終幕~
私――博麗霊夢もやるべきことを済ませ、いつも通りののんびりした昼下がりを満喫していた。
一人きりではない。暇を持て余していたところにやってきたチルノが居座っている。
特に悪さをしにきた様でもないし、追い返すのも面倒なので、別に文句も言わずに置いてやっているのだ。
しばらくは私もチルノも黙っていたけれど、いつまでも沈黙が続くわけがない。特にここにいるのはムダに賑やかな妖精の、しかもあのチルノである。
いずれはこの静かな時間に耐えかねて口を開くことは容易に想像ができていた。
それにチルノが突拍子もなく、変なことを言い出すのはいつものことだ。
だけど今日はまた突然、何を思い立ったのかこんなことを言い出した。
「ねぇ霊夢。『おとしだま』ちょーだいっ」
「は?」
思わず苛立ちと呆れを込めた相づちを、同じくそれらの感情を込めた視線と一緒に返してしまう程、私は我が耳を疑った。
この妖精は、また変な所で変な知恵だけ手に入れてきたようだ。人間が話しているところを耳にでも入れたんだろう。
「あのね。『お年玉』ってのがなんなのか、わかって言ってるわけ?」
「もちろんよ。天才のあたいに分からないことはないわっ」
ある意味、その言葉は正しいとも言える。分からないことが無い、見方を少し変えれば「何も分からない」ともとれるからだ。
この容積の狭そうな頭では、所詮後者のとらえ方の方が合っている。
まぁ確かに。お正月と言えば、おせちにお雑煮、初詣、独楽に凧揚げ、お年玉――と浮かぶフレーズとしては十分だ。
だけど、だからって、なんで私が上げる方の立場なの? むしろ私はまだもらえる年頃のはず。いいや、もらって然るべき歳と言っても過言じゃない。
……もらう対象がいないだけ。
「ねー。くれるの? くれないの?」
「ちょっと。お年玉の意味が分かってるなら、私からもらうのは間違いだってわかるでしょ」
「え? なんで?」
またこいつは……。
この目は本気でそう思ってなかった目だ。真っ直ぐでキラキラしていて、嘘を吐くような目ではない。
むしろ嘘を吐くような性格なら、こうも堂々とお年玉をせびりに来るような愚行はしないだろう。
「おとしだまって、ただでもらえるイイモノなんでしょ?」
「また随分とざっくばらんな認識ね。ていうか、それってただのプレゼントじゃない」
まったく、誰から聞いたらそんな認識になるのやら。
チルノのことだから、誰から聞いてもその程度の理解しかできないのかもしれないけど。
「あのね、お年玉って言うのは、一年の初めに子供が親や親戚からもらえるお餅やお小遣いのことで、そんな良い物をもらったんだから、今年も一年良い子で居なさいよっていう約束の儀式なの。だから、あなたみたいな妖精が気軽にもらえるものじゃないの。わかる?」
「えっ! そうなのっ!?」
「いや、そんな驚かなくても最初からそうだってば」
がっくりと肩を落として、落胆の色をありありと浮かべるチルノ。そんなにお年玉に期待を寄せていたのか。
そういえば私はいつからもらってなかったっけ。親も親戚も居ないし、妖怪相手にそんなもの期待したこともない。
霖之助さんならせびれば、お小言ついでにくれるかもしれない――けど、もう私はそんな年頃てじゃないのだ。むしろ自分から望んでプライドを捨てるような行為をとる方が、お年玉がもらえないことよりもずっと辛い。
ただ、妖精の程度は人間の子供と同じだって言うから、確かにそのくらいならお年玉一つで一喜一憂もできるだろう。
「じゃあどうしたらお年玉がもらえるの?」
「だから~……」
どう言えばこの“理解する”ことをしない頭でわかってもらえるのか。
くりくりしたドングリ眼は疑うこともなく、私の口から良い答えがもらえることを期待した眼差しで私の瞳をのぞき込んでいる。
こんなに間近で見ているからだろうか、その青い眼の輝きはまるで孔雀石のように煌々と輝いて見えた。そんな目で見られるのは、はっきり言って得意じゃない。
あなたじゃもらう相手が居ない、そう続けようとした口を一旦噤んで、私は代わりの言葉を告げることにした。
「そうね……霖之助さんなら言えばくれるんじゃないかしら」
先ほど思い浮かべた、何かとお世話になっている半妖の男性を紹介する。
彼が営む香霖堂は稀に妖精も出入りしているようだし、チルノが訪ねていっても邪険にされることはないだろう。
霖之助さんには悪いけれど、私だってこのままチルノと意味のない押し問答を続けたくはない。
「わかった、こーりん堂ねっ」
「そうそう。魔法の森の人間の里側の入り口にあるお店だから、迷うことはないわ」
「霊夢は?」
「私? 私がどうしたっていうの」
今までの話の流れから、私の名前が出てくることは予想していなかった。
というより、私の名前が出てくる理由も意味もないんじゃないか?
「霊夢は行かないの?」
「あぁ、そういうこと。私は行かないわよ」
「なんで? りんのすけはおとしだまをくれるんでしょ。霊夢ももらえばいいのに」
「私は別に欲しくないもの。それにお年玉で喜ぶ年頃でもないしね」
私がそう言うと、チルノは何を思ったのか腕を組んで首を傾げると黙りこくってしまった。
元から何を考えているのか分からないのに、黙ってしまったら余計に何を考えているのか分からなくなってしまう。
そしてたっぷり一分考えた末に、納得のいく答えを導いたのかチルノはパッと顔を上げた。
とりあえず私にできるのは、どれだけ突拍子もないことが飛び出してきても平然としていられるようにお茶を飲むくらいだ。
「よし決めた」
「何を決めたの」
「あたい、やっぱりおとしだまいらない」
「あぁ、そう……ちょっと待て、今の流れでどうしてそうなるの」
私は何か変な――チルノの気を削ぐような――ことを言っただろうか。
思い返しても、私が言ったのは「私自身は別にお年玉なんていらない」ということくらいだ。
でも、それでチルノがもらえなくなるわけでもないし、チルノが辞退をする理由としては考えづらい。
「だって、霊夢はいらないんでしょ?」
「えぇ。もぅそんな歳じゃないし。そもそもお年玉のためだけに香霖堂まで出向くのは面倒だもの」
「だったら、あたいも良いよ」
「だからなんで」
よくわからない子だとは、常々思っていたけれど、やっぱりこの子の考えることは私には理解できない。
「だって、わざわざもらいにいかなくてもいいものなんでしょ?」
「ぅ、まぁ、確かにそうだけど……」
なるほど、そういうとらえ方をしていたのか。
「それにあたいだって、そんな年頃じゃないもん」
「……妖精に年頃も何も無いんじゃないかしら。でも、頭の程度は十分お子様だから、そんなの気にしなくても良いと思うわよ」
「むーっ! あたいだって立派な“れでぃー”なんだから」
そうやってムキになって怒りを露わにするあたり、すでにレディーと名乗るにはまだ早い気もするんだけど、ただここでそれを言ってしまうと、火に油を注ぐことになるのは目に見えている。
せっかくのお正月なのに、自分から疲れることをする必要はないのだ。
チルノの話し相手をするのも疲れはするけれど、何もせずに寝正月を過ごすよりはマシだし。
夜になったら、方々から呼んでもないのに集まってくる奴らの宴に巻き込まれるだろうし、今はまったりするくらいでちょうど良い。
「何がおかしいの?」
「別に。こうして過ごす時間は大事よねぇ、ってしみじみ思っていただけよ」
「そうなの?」
「そうなの。……そうね、一つだけどうしても気になってることを除けば、だけど」
「なになに? 何が気になるの?」
興味津々をキラキラとした眼差しに変えて向けてくるチルノ。
その近すぎるくらいの距離にある瞳を見据えながら、私は自分の置かれている状況の最も突っこむべきことを口にした。
「あんたはいつまで私の膝に居座ってるのよ。炬燵に入ってる意味が無いじゃない」
そんなある日の昼下がり。
たまには、こういうのも悪くないかも――――なんてね。
~終幕~
チルノがすごくかわいかったです。
オチも良かったですよ。
次作も期待していますね。
今年もよろしくお願いします。
どうして我が家の光景をあなたがご存知なのでしょう?
冒頭からチルノが霊夢の膝上にちょこんと居る画を想像すると
和みすぎるにもほどがある