ハロー、エブリバディ!
世界は愛に包まれていた。
地上には一足早い春が訪れているだろう。
何故なら、この地底にさえ暖かい光が溢れ、その光は私に身まで寄せてきているのだから。
「お姉ちゃん――」
私の名は古明地さとり。
光の名は古明地こいし。
所は地霊殿の我が寝室。
「おはよう――」
『最初からハッピーエンドのお話なんて三分あれば終わってしまう』。
そんなフレーズを聞いたのは、酔った風祝の鼻歌だったろうか。
ははは、終わらせてやろう、三分も要らないわ。
妹は喉を鳴らし、もたれてきた。
私の嗅覚に彼女の匂いが伝わってくる。
私の触覚をこいしの耳が柔らかく擽った。
仮装用の、作りが雑な付け耳だ。けれど、こいしが付ければ天女の羽衣にも劣らない。
「――にゃんっ」
ぶちんと何処かで音がした。
おやすみ理性、おはよう本能。
ほぅら、どうだ、三分も要らなかった。
今から私とこいしは別の場所で互いに心身ともに曝け出し貪り喰らい合うのだからっ、ハレルヤ!
「こいし、愛しているわはー!?」
叫びをあげ飛びかかろうとしたその瞬間、後頭部に弾幕が注がれた。べちんと音を立てて倒れる。
――あぁぁ、さとり様ご免なさいぃ! でも、それ以上は危険ですぅ!
――そんなに慌てて、どうしたの、お燐? あ、まずはおはようね。
――おはようございます、こいし様。ではなくてですね。
いいのよ、お燐。
貴女が考えている事で、概ね間違っていないから。
でも、この子ってば、どこでそんないかがわしい知識を学んだのかしら、いけない子猫ね。
がく……り。
「――どうして、貴女はそんな格好をしているの、こいし?」
お燐の全力突っ込みを受けてから数分。
私は漸く意識を取り戻し、対面に座らせた妹に問う。
傍でお燐が内心はらはらしながら見ているが、なに大丈夫、もうあんな失態は見せやしない。
「えっと、……お姉ちゃんこそ、なんで揺れているの?」
こいしが微かな動きをする度に揺れる猫耳。
私のヘッドもハートもバンキング。
……不可抗力だから涙を流さないで、お燐。
「気にしないでいいの」
「じゃあ、気にしないわ」
「……流されるのも少しだけ寂しいけれど」
突っ込まれても困るのだが、突っ込まれないとそれはそれで悲しい。
こほん。
空咳一つで冷静さを取り戻し、私は現状を整理する。
突然の出来事と言うものは、当然ながら『突然』ゆえに判断を誤らせるのだ。
一呼吸し、ありのままを受け入れれば然程に騒ぐ事もなし。
今、私が受け入れるべき現状は――猫耳に猫尻尾付きのこいし。
リンゴンリンゴン鐘が鳴る。私の頭で鐘が鳴る。
「ふ……」
「『ふ』?」
「震えるぞハート、燃え尽きるほど熱いぃぃぃ!?」
「ご免なさいさとり様、ご免なさいぃぃぃ!」
再び衣服と理性を脱ぎ棄てようとした私に、お燐は涙ながらも地獄の業火を向けてくる。
あらら、火の扱いはお空の方が上手だと思ったら、お燐もなかなかに……。
ふふ、なるほど、二匹仲良く練習していたからか。
隅に置けないわね、お燐――微笑みを浮かべ、可愛いペットに振り向いた。
「にゃぁぁ、ご免なさい、怒らないでください、ご免なさいぃぃ」
「お姉ちゃん、火柱の中で笑ってると、見てる方としては結構怖いよ?」
……しくしくしく。
「――で、どうして、貴女はそんな格好をしているの、こいし?」
んっんっ、と喉を鳴らし、再度仕切り直し。お燐もすぐに炎を散らせた。
私の問いに、こいしはにこりと笑み、応えを返してくる。
「お姉ちゃんに可愛がってもらうためよ」
「放して、放しなさい、お燐!?」
「ダメですってばぁぁ!」
悶え死ぬかと思った。
体格的に私よりも大きなお燐に阻まれ、その間に理性が戻ってくる。
それでも湧き上がる本能を抑えつけたのは、こいしへの疑問だった。
付け耳の動機はわかったが、では何故、猫の姿なのだろう。
着衣と姿勢を正し、三度妹へと向き合う。
「可愛がるのは後にして。どうして、猫を選んだのかしら?」
こいしは私と違い、周りの思考が読めない……読めなくした。
それは逃げであり、己の『力』と、己と向き合えない弱さの表れでしかないのだが……。
苦笑が浮かびそうになり、無理やり無表情を作る――今の問いは、彼女の弱さを助長している事に他ならない。
――ともかく、だから、私は彼女の真意を探るため、どうして何故の言葉を重ねる。
こいしは先程と変わらぬ笑顔で、言った。
「帰ってきた時、見たの。お姉ちゃん、お燐を可愛がっていたでしょう?」
要らぬ誤解を招かないよう付け加えると、獣形態のお燐を、だ。
横を振り向き、お燐と顔を見合わせる。
確かにこいしの言う通りではあった。
となれば、言葉と併せて考えるに、焼き餅を焼いてくれたのだろうか。
だけど、どうにもおかしい。
「え、と。でもですね、こいし様。こいし様も、あたいの後で可愛がって……撫でてもらっていたような」
そうなのだ。
昨日、ふらふらと帰ってきた彼女を捉えた私は、当然の如く、彼女も撫でた。
半日ほど前の記憶を忘れている訳でもあるまいし、故に疑問を抱く。
私が心を読めない唯一の存在、こいしは、やはり笑顔で返してきた。
「ええ、そうね。でも、私はもっと可愛がって欲しいの。だから、考えた」
読めない心の声。
「一晩考えて、考えて、ある言葉を思い出したの。とても名案だと思ったわ」
読めるのは、心。
「お燐と同じ格好をすれば、きっともっと可愛がってもらえるって」
あぁ、なんて児戯。幼すぎる思考。
向ける感情が、想いが、そう簡単に上乗せされるなんてないと言うのに。
けれど、こいしはそうであるように願い、考え、行ったのであろう。
児戯だと愚行だと笑うべきか――できやしない。甘く弱い自分に微苦笑を零した。
「付け耳二つで二百万パワー! いつもの二倍甘い声が加わって二百万×二の四百万パワー!」
「そしていつもの三倍のじゃれつきを加えれば四百万×三の……って、どこの超理論ですか」
「あれ、違うの? この耳を買った屋台でそういう言葉を教えてもらったんだけど」
……お姉ちゃんはもう少しシリアスタイムを続けたかったなぁ。
微苦笑は微笑に変わり、私はこいしを抱き寄せる。
天女の羽衣、もとい付け耳がそっと鼻を擽った。
訂正しよう――私にとっては、羽衣よりも勝る価値がある。
見上げるこいしは、無邪気に笑っていた。
その後。
私達を見て、指を銜えるお燐も招きよせ。
雰囲気を感じ取ったのだろう、やってきたお空も抱く。
愛しいモノ達を傍に感じ、思う。
やはり、世界は愛に包まれていた――。
――翌日。
「お姉ちゃん、一緒にフュージョンしようにゃっ」
ぶちん。
「ふ……」
「『ふ』?」
「ファイナルフュージョン、承認! 貴女の淫らに輝くGスさざーん!?」
「駄目です、さとり様! 場所と時とあたい達を前にしているの考えてくださいぃぃ!」
「そうですよ、さとり様! 私もさとり様とフュージョンしたいのに!」
「ななな何言ってるのよ、お空! そんなのあたいが――ひっ!?」
「あ、なんならお燐も一緒にフュージョンし――はぅ!?」
「私の望みの邪魔をしようと言うなら、例え愛する貴女達と言えど――潰す」
「にゃぁぁぁぁ!?」
「うにゅぅぅぅぅ!?」
「――にゃんにゃん♪」
<了>
基本的なドタバタした空気が好きでした。
姉に甘えたがって斜め上に暴走するこいしがかわいいです
取り敢えずお燐ちゃん可愛いよストッパー役ぐっじょぶ!
>うにゅー
私はどなたかの作品の妹様が出て来ますねぇ。ツッコミ気質の。
こんな地霊殿なら死んでもいいから怨霊になってもいいから一日中見ていたい。
くそっ、おりんめ、何故止めるっ何故仲睦まじき姉妹愛を阻むんだっ!
苺大福とかうにゅーとか言うと愛らしい妹を思い出します。第五ドール的な。
>「私の望みの邪魔をしようと言うなら、例え愛する貴女達と言えど――潰す」
暴力的でなく性的な意味で完膚なきまでに叩きのめすんですね。
今日ほどお燐を恨んだ日はない。でも可愛いぜ
つまり古明地姉妹は可愛すぎるということだ
私もどこかの突っ込み担当になってしまった妹様がゲスト出演されたかと思いましたorz。
そこが面白かったんですけどね。