「咲夜! 私、聞きたいことがあるの!」
☆
湖のほとりにそびえる巨大な館、通称紅魔館。紅魔館の地下室へと延々と続く長い階段と通路を、夕食の乗ったトレイを片手に、丁寧に、かつ迅速に運んでゆく。私は、お嬢様の妹様になるフランドールお嬢様の夕食を運びに地下室へと向かっています。
通路を進んでいくと共に、赤で彩られていた壁紙が、何も貼られていないコンクリがむき出しの寂しいものへと変わっていく。強度を高める為でしょうか、所々お札も貼られています。
何故地下へと続く通路の壁紙が貼られていないか。恐らくは、妹様が癇癪を起こした際に壁が壊れてしまい、いくら修繕してもその度壊されたらたまった物じゃないから殺風景なものへと簡略化されたのだろうと考えます。
…もちろん、私も壁を直す側なのでそうしたい気持ちはわかります。
しかし、私個人としてはそういった心のない行動こそ、妹様の癇癪を起こす原因となって余計に仕事が増えるだけではないだろうかと考えます。何より、妹様に対して理解をしようとしていないと思います。それでいてこんな簡略化するなんて、あんまりです。
…そうなるのも、仕方のないことだとは思いますが。
そりゃあ、正直に私の心の内を打ち明けると、妹様に対してとてつもない恐怖を感じます。
それは、仕方がない。妹様の機嫌を損ねることをすると、すぐに消されてしまうのですから。すぐに消されなくても、いたぶられる。生きて地下室を出ることはまず不可能に近いでしょう。
でも、なぜ妹様は気に入らないとすぐに癇癪を起こし、あらゆる物を破壊しようとするのか? 当然のことながら、私は誰も教えていないからだと考えます。
皆が皆恐がって教えるのもままならなかったのでしょう。お嬢様も、それにみかねて運命を操り考えに考えぬいた結果が『隔離』なのでしょう。
…真意なんて、私にはわからない。しかし、まさかお嬢様が自分の妹であるフランドールお嬢様を、畏怖の対象だからと閉じ込めるはずはないと思います。
なぜか? 一日に一度は絶対にお嬢様の口から妹様の話題が出るからです。
そして、妹様も何故素直に隔離されるという事実を受け入れたか?
それも、妹様自身が周りから敬遠されて嫌がられていたことをそれとなく読み取っていて、自分が普段館で生活していると迷惑になると感じたからなんだろうと考えます。
…本当に、悲しい話です。
☆
さっきも白状した通り、私自身恐いのは否めません。通路へと前に歩を進めるたびに、コンクリートがむき出しにされた壁に貼られているお札の数が増えているのがわかり、チラと司会視界に入っただけでも背中がゾッとします。叶うなら、すぐに自分の部屋に戻りたい。
しかし、私は恐怖を感じると共に気持ちが高揚してきています。その理由は、妹様に会えるからです。…矛盾している? わかってる、自分でも気がついています。
単純に、良い子なのです。癒される、とでも言うべきでしょうか? 妹様はとても聞き分けがよく、そんじょそこらの子供達よりずっと出来た子です! まあ、自分の娘のようなものだし、多少誇大は入っているかも知れませんが。
ただ、妹様の能力がコミュニケーションの邪魔をしている。それだけです。しかし、無差別破壊、この壁は例え余程のことをしない限りされないとわかっていても、…乗り越えられません。やられたら、ひとたまりもない。人間と吸血鬼では、根本的に体の構造が違うからです。
それでも、だからこそ! 妹様に教える必要がある。果たして、どんな行動をすれば煙たがられないのか。…嫌われてしまうのかを。
皆がやらないから私もやらない? そんなこと言い訳にならない! 個人の意見になりますが、妹様に好感を持っているというのも恐らく私が足を進めている理由の一つでしょう。
周りに一方的に無視されて、それでいて嫌われるなんて、…あっていいものか!
…もっとも、恥ずかしいながらに、こんなあたりまえの事に気がついたのはつい最近のことなのですが。
そして、妹様は既に自分の難所を克服されていることを私は知っています。ただ、認知されていないだけです。
目の前にこじんまりとした鉄製のドアが見えます。私は、軽くドアに二回ノックをして、ノブを回し中へと入りました。
「妹様。夕食を持って参りました。本日の夕食はオムライスです。妹様のご希望通り、表面にケチャップでかえるさんの絵を描いてきました」
「あ、咲夜、こんばんわ! 私、咲夜が来てくれると安心する! ケチャップのいい匂いがするよ、楽しみだなあ! 水道でお手手洗ってくるからちょっと待ってて!」
ああ、もう! かわいいなあ!
☆
「はん、んふ、ふっ、ぬふ!」
「妹様、急いで食べなくてもオムライスは逃げませんよ」
「だって、さっき私がごねて咲夜と一緒にいられる時間が少なくなったんだもの! 急いで食べて、早きゅ咲夜とあぞびだ…!」
「ほら、食べながら喋っているから舌噛んじゃったじゃないですか。お行儀が悪いからこういうことになるんですよ。メッ!」
「…うう、ごめんなさい」
妹様が言うごねたとは、オムライスに描かれたかえるさんを見て妹様が『せっかく咲夜が描いてくれたのに、私食べられないよ。それに、かえるさんもきっと痛いよ。かわいそうで、食べられない』と躊躇していたことです。
私は、妹様に暖かい内に召しあがってくれたほうが咲夜は嬉しいですよと告げるとともに、心がほっこりするような、嬉しい気持ちになりました。…所詮絵といってしまえばおしまいですが、かえるさんの気持ちを考えてくれたからです。
元々、妹様はこういったことを理解していたのだと思います。しかし、回りが理解してくれないから、反応が欲しくて仕方なく破壊をしていたのだろうと考えています。だって、そうじゃないとこんないい子どうやってここまで育つんですか!
…一人ぼっちの環境だからこそ、こういったことに気が付いたのかもしれません。
「…んむ。ご馳走様! おいしかったよ! 咲夜の味付、私は好きだなあ! …でも、かえるさんの絵はぶきっちょだったね」
「お褒めいただきありがとうござい…。そんなこと言うんだったら、次からは材料のみを持ってきますのでご自分でお作りください」
「う、嘘だよ~。ごめんね、私が悪かったよぶきっちょ咲夜!」
「…ぷん」
「ああ、ごめんってば! 顔をそらせないで! 本当に謝るから、ごめんね!」
「…つーん」
全く、妹様にこういった面さえなければ完璧ですのに! …まあ、こういったじゃれあいが出来ないのも出来ないでとても寂しく感じますし、これがベストですかね。
今の会話の通り、妹様が癇癪さえ起こさなければ誰でも気軽にコミュニケーションが取れるのです。ただ、万が一という可能性を否めないからどうしても皆行動に移せないだけだと思うのです。
それに、物事をあまり疑わないから、非常に素直なんですよ! この前だって、夜更かしをするなど悪い子でいるとお化けに食べられちゃうぞー! と嘘をついたら本気で信じてしまったらしく、フランは今まで迷惑かけたから食べられちゃうよと泣きくじゃってしまい、かなりあせっちゃいました…。
一応、誤解は解けましたが、その代償としてしばらく口を聞いてもらえませんでした。とほほ…。
「うう、咲夜のいじっぱり。何さ、別にかえるさんの目と口が重なってたっていいじゃない」
「そう思うんでしたら何も言わないで下さい」
絵を描くのは苦手なんです!
「うへ、ごめんなさい。…やっぱり、咲夜やパチェ、めーりんくらいだよ。こんな風に、気軽に話できるの」
「…」
「皆、私のこと恐がっちゃってどこかへ逃げちゃうんだもの。私が話したくても、話せない。だから、咲夜はいてくれて本当に嬉しい! 私の、初めての友達ですもの!
…友達? そうだ!」
妹様は何かを思い立ったのか、ぱたぱたと地下室の隅に置かれている机へと走っていき、一冊の絵本を抱え私の元へ戻ってきました。
「これ! 咲夜! 私、聞きたいことがあるの!」
「聞きたいこと、ですか?」
「うん、聞きたいこと! 前に、パチェが遊びにきてくれて、絵本を貸してくれたの! 友達が欲しいって言ってたんだけど、『だったらいい本があるわよ』って言ってくれて、で、読んでたんだけど」
妹様は口を閉じると目線を私の目から絵本にずらし、パラパラとページをめくります。
「…ここ。『おかあさんのまごころ』ってあるんだけど、『まごころ』って何?」
「まごころ、ですか」
妹様がこういったことに興味を持ってくれたことを喜ばしく思い、こう答えました。
「相手を思いやる気持ちですよ」
「…思いやり、私にはわかんない。みんな、いつも一定の気持ちでいればいいのに、その時その時によって全然違うのですもの。相手を思いやると言われても、それが続くとは限らないじゃん。これが、まごころ?」
うーんと、私は首を軽く捻らせます。そうだよなあ、思いやるといっても、心のない思いやりというのもあるしなあ。
「そうですね。先ほど、オムライスをお召しになられましたよね」
「うん! ぶきっちょオムライス!」
「…ぷん!」
「ああ、ごめん、ごめん~」
「…ともかく! その時に妹様はかえるさんを見てかわいそうだと言っていましたよね?」
「うん。やっぱり、何も悪くないのに理不尽に食べられるのは、恐いよ」
「…それが、私の言う思いやり。相手へのまごころです」
「…相手にとって恐くないことをするのが、まごころ?」
「ちょっと違いますね。相手が嬉しいと思ってくれることをすることが、思いやり。まごころです」
「…じゃあ、私には無縁なのかな。何をしたら喜んでくれるか、わからないもの」
「…なら、一緒に探せばいいじゃないですか! どうでしょう、これから館を詮索しませんか?」
「…私、お姉ちゃんから出るなって」
「別にそれくらい許してくれますよ! かわいい妹様の為ですもの! それに、そうじゃないとしても館を出歩いても怒りはしないと思いますよ。『妹様が他の人と出会ってその冷たい反応に傷つかないように』というお嬢様なりの配慮もあるでしょうし。これも、まごころですよ?」
「…皆に、煙たがれない?」
「…申し訳ありませんが、嫌がる人も多少なりいるでしょう。でも、大丈夫! 手を握っていてあげますから! いざとなったら、そんなやつら私がとっちめてやります! 抱きついてもいいですよ?」
「…そっか! じゃあ、私館内を回りたい! でも、抱きつくのはいいや。咲夜ったら、隙あらば抱きついてくるんですもの。ギュッってされるととても気持ちいいけど、咲夜がどうせ抱きついてくるもん」
「…たはは、そんな抱きついてますっけ?」
「うん。すごいよ。パチェと会ったら大抵咲夜のハグ癖について話すもん!」
「…なはは」
それは気をつけないとなあ、なんて頭の片隅に思いつつ、私は妹様の小さな手をギュッっと握り、殺風景で必要なもの以外ほとんど何もない地下室を後にしました。
☆
「…で、私のところへ来たのね」
「そうだよ、パチェ! パチェが難しい絵本選んでくるから、絵本を選んだパチェ自身に聞いたほうが早いしわかると思って! 意味を理解できたら、館を詮索するんだ!」
「…むきゅ。フランには、まだ少し早かったかなあ」
パチュリー様は目をばってんにさせて椅子にもたれかかります。私達は『本を選んだパチェ自身の意見を聞こう!』とのことで大図書館にまで足を運びました。
「咲夜、あなたがいながら意味を伝えられなかったの?」
「言葉では伝えたのですが、イマイチ形にできなかったそうなので。それで、館を歩きまわってまごころを探そうと提案しました」
「むきゅ。そうなの。…フラン、悪いけど私からも言葉としての説明は咲夜と同じものしかできないわ」
「え、そうなの? パチェったらおませさんね!」
「…フラン。おませさんというのは、年以上に物事をわかっているフリをしているだとか、大人ぶっている人のことを言うのよ?」
「あ、そうなの? でもパチェはこの言葉の意味を知ってるんだよね? なら、おませさんだい!」
「…むきゅ。このタイミングで、おませさんと言われるとは思ってなかったわ」
「いろんな言葉を使いたいのでしょう。全く、パチュリー様はおませさんですね」
「…むきゅ」
パチュリー様は、観念したよというように手を挙げて首を左右に振りました。そして、妹様にこう言いました。
「確かに言葉としての説明はあまり意味がないわね。だから、具体的な例をあげてあげるわ。…そうね、小悪魔! ででぎてむぎゅっげっごふんっ!」
パチュリー様は椅子を立ち使い魔を大声で呼びましたが、立った際に舞ったほこりが喉に入ってしまったらしく苦しそうに咳をされています。んもう、ほこりが舞うくらいまで掃除されてないってどういうことなんですか。少しは換気してみたらどうですか?
「…今の季節は寒いから、窓をあけて換気したが最後固まっちゃって動けないのよ…」
「…貧弱」
「むぎゅっ!?」
パチュリー様は心底傷ついたのか、胸に両手を当ててよよよよと地面にうずくまります。地面にうずくまった影響でまたほこりが舞ってパチュリー様は苦しそうにのたまうのですが、面倒くさいのでスルーします。
私たちのやりとりが終わるのを待っていたのでしょうか、はかっていたように使い魔がスッと現れました。
「…」
「ごにゅっ、むぎゅっ…。ご、ご苦労。この子が、私にとっての思いやり。まごころよ」
「…? どういうこと、パチェ? この赤髪の使い魔が、まごころ?」
「まあ、そうね。あと、出来れば使い魔なんて悲しい呼び方をしないで。この子は、私の娘でもあるんだから。…言葉は発せず、体も3日しか持たないけど」
「…え?」
「ホムンクルスの理論はまだ未完成でね、私も必死になっていろいろな実験を試みているわ。3日持つだけでも凄いんだから。…それにね、この子は決して使い捨てじゃない。体はなくなるけど、記憶は引き継いでるの。この子を初めて産んだ時は、いつだったっけな。本当に、100年くらい前からずっと一緒なのよ」
「う、産んだ…? ぱ、パチェ!!!?? 一体どこのおおおおおおとこの」
「ストップ。全く、どこからそんな知識を憶えたのかしら」
パチュリー様は呆れ顔にありながらも使い魔、いや。小悪魔ちゃんの肩を抱きかかえてこう続けます。
「…悲しいじゃない? 自分の子を、創っただなんて呼び方は。だから、産んだの。私は、この子に対して精一杯の愛情を注いで来たわ。だから、言葉こそ話せないものの、この子も私に対して気遣ってくれるの。
…ほら、こうして私が話している間にも小悪魔が紅茶を用意してくれたでしょう? …窓側に移動しましょう。そこなら、4人で座れるテーブルと椅子があるわ」
パチュリー様は小悪魔ちゃんの髪の毛をさらさら撫で、窓側のテーブルへと移動しました。頭を撫でられている小悪魔ちゃんは気持ちよさそうに目を細めていましたが、それもつかの間。すぐにパチュリー様の後を追い、紅茶を用意し始めてくれました。私たちも、ゆっくりとテーブルへと向かい、椅子に腰をかけました。
「…むきゅ。これが、私のまごころ。具体的にって言ったけど、伝わりにくかったかな?」
「…ちょっとね。でも、雰囲気は掴めた気がする。…相手を想う事。これが、まごころ」
「…ふふ。咳をこじらしてでも伝えた甲斐があったわ。まあ、基本的にホムンクルスは私以上のことはできないから。それがちょっと残念かな」
「…どおりで部屋がほこりまみれな訳なんですね」
「なんか言った?」
「いいえ、何も」
「…次言ったら問答無用で図書館の掃除全部やらせるわよ」
女の勘って、恐いです。
「…ふう。あなたたちも、図書館でゆっくり紅茶なんて飲んでいていいの? 他に行くところがあるのではないかしら」
「…そうだった! まごころを、探すんだった! 忘れてたよ、パチェ! しっかりしてよね!」
「むきゅ…」
パチュリー様は下へうつむき落ち込みます。妹様は、まんまるのお目目でパチュリー様の顔を覗き、こう言いました。
「…パチェってさ、そんなにむきゅむきゅ言ってたっけ?」
「…え? …あ、へ、変よね、」
「ううん。ぬいぐるみみたいで、かわいい」
「…むぎゅっ!!!!!!!!???? そ、そんなぬいぐるみみたいだなんて」
「照れなくてもいいよー。だって、パチェ、かわいいもん! ほっぺぷにゅぷにゅしたい」
妹様はパチュリー様にそう告げ、テーブルに体を少し乗り上げ右手の人差し指でパチュリー様のほっぺをぷにゅぷにゅと押します。
…見る見るうちにパチュリー様の顔が赤くなっていきます。ゆでもやしの完成です。果たして、ぬいぐるみは褒め言葉なのでしょうか。
「むむむぎゅきゅきゅぎゅくぐっあぎゅ!!!!!!!??」
「あははっ、パチェったら面白い!」
妹様がほっぺを突付き楽しんでいると、小悪魔ちゃんがやめてと言わんばかりに両手を広げ、止めに入りました。
妹様は素直に聞き入れたらしく、突付くのをやめそのまま出入り口へと向かわれます。
「…どうしたの、咲夜! 突っ立ってないで、めーりんのところにいこうよ!」
「…はい、かしこまりました」
私は、すっかり茹で上がってしまったパチュリー様とそのパチュリー様に嫉妬しているのか頭をパチュリー様の胸の辺りに擦り付けて良い子良い子してもらいたそうな小悪魔ちゃんに一礼をし、図書館を後にしました。
☆
外はすっかり日が落ちていて、妹様が出ても大丈夫なくらい暗くなっていました。風も吹いていて冷え込んでいるし、長時間いるのは辛いです。美鈴は、こんな中でも門番をしているのか。凄いなあ。
私達は、玄関からほんの少し距離のある門へと向かい、そこで門番をしている美鈴に会いに来ました。
「あ、美鈴! こんばんわ!」
「ウッス、フランちゃん! 最近会ってなかったけど、元気だったッスか!」
「うん、元気ッスよ! それにしてもめーりん、おっぱいでっかいね! バインバイン!」
「はっはっは、これが私の元気の源ッスよー! 好きなだけ触っていいッスよ!」
「うわあー! バインバイーン!」
妹様と美鈴が挨拶を交わした瞬間、なんと妹様が美鈴の胸に頭を打ち付け始めました。対する美鈴はそれを受け入れています。…でっかいなあ、おっぱい。
私は、急に不安になったので自分の胸を見て確認します。…あるもん! 普通の大きさくらいは、あるもん!
「おお、咲夜さんもいたッスか! 珍しいッスね、咲夜さんが夜にここにくるなんて! どうかしたッスか?」
「うん、聞いて欲しいッス! まごころってどんなことッスか!」
「まごころッスか! おお、元気のあることはいいことッス! その調子で行けばフランちゃんも胸がバインバインになるッスよー!」
「まじッスか! うおお、嬉しいッス!」
「…二人とも。私、体冷えてきたから手短にしてもらえる?」
まだ外に出てあまり時間は経っていませんが、予想以上に冷え込む速度が早かったので正直にその旨を伝えました。
「おおお、すまねえッス! 私の悪い癖ッスね…。そうッスね。私が思いつくまごころは、相手に心配させないことッスかね? 何も、相手の気を尊重することだけがまごころでもないんッスよ」
「ほうほう」
「例えば! 今この場で、咲夜さんが倒れたら、フランちゃんは動揺するッスよね?」
「…さ、咲夜!? 倒れちゃうの!?」
「ああいややや、例えッスよ、例え。でも、咲夜さんが元気に立ち振る舞ってたら、フランちゃんは心配しなくて済む訳ッス。…これも、まごころ。相手に下手に心配させないことも、大切ッスよ」
「…なるほど! 流石めーりん! 短い説明なのになんだかとても感銘に受けたよ!」
「あはは、そこまで言って貰えると清清しいッス! 参考になれば、嬉しいッス!」
確かに、美鈴の説明はすぐに終わってしまったが、言いたいことはきちんと伝わってきました。流石に美鈴だなあとよくわからない感心を一人持ちます。
それに、美鈴がまごころでこの事を例にあげてるということは、日頃から意識して元気に振舞っているのかな?
…完敗よ、美鈴。流石に、紅魔館のお母さんと言われてるだけあるわね。
「それじゃあ、咲夜さんが寒そうなので! これくらいでお開きにしとこうッス! また、時間のある時に来て欲しいッス!」
「えー! めーりんと会ってから、まだ少しも経ってないよ!」
「駄目、駄目! 咲夜さんを困らせるようなことをしたら駄目ッスよ! それに、ここで素直に引いて咲夜さんを暖かいところに連れて行かせるのも、まごころの一つッス!」
「うーん、そりゃそうだけど。もう行くところが無いんだ」
「それなら、お嬢様のところへ行けばいいじゃないッスか! お嬢様、きっと喜ぶッスよ!」
「…でも、元々私お姉ちゃんに出歩いちゃいけないって言われてるし、お姉ちゃんとは気まずいし」
「そんなことは無いッスよ! お嬢様は、誰よりもフランちゃんを愛してるッス! たった二人の、姉妹じゃないッスか! フランちゃんんの元気な姿を見せるだけでもいいんッスよ? それに、フランちゃんもお嬢様の元気な姿見たら安心するでしょう!
…ほら! 咲夜さん、待たせてるッスよ!」
「…ごめんね、咲夜。中に戻ろっか!」
「ええ、助かります。…美鈴、この後もお願いね」
「任してくださいッ!」
私達は美鈴に挨拶を軽く交わし、館へと戻りました。
☆
「お姉ちゃんとか…」
先ほどから妹様は玄関のホールでうろうろしながら、お嬢様と会うかどうかを考えています。
美鈴に言われたことを実行しようとするも、どうも踏ん切りがつかないみたいです。
「うーん、元気な姿を見せるだけでいいや。でも、そもそも部屋に入って会話しないで出て行くのもなあ、流石にお姉ちゃん傷つくだろうし。ねえ、どうしたらいいかな?」
「そうね。でも、私は例えどんなことでもフランが私のことを考えてくれているだけで嬉しいわ」
「うーん、そっか。そういうもんかな、あーあ。お姉ちゃんと、仲良くなりたい」
「…ふふ。私は、いつでも歓迎するわ。私も、フランと改めて仲良くなりたい」
「咲夜に言ってるんじゃないよ! 私は、お姉ちゃん…、に…?」
なんと、レミリアお嬢様が妹様の背中にいつの間にか回り込んでいらしていました。妹様は、心の中を聞かれたことがショックなのか、しばらく動きません。…少し時間が経って、妹様が動き始めました。妹様は、手を真っ直ぐに伸ばし、深く深呼吸をしてから、こう叫びました。
「お姉ちゃんっ!!!!!!!????」
「何よう。そうよ、私達は血を分け合った兄弟じゃない」
「そそそそそそうじゃなくてなんでいつの間にか回り込んでるのさ!?」
「だって、かわいいフランの悩みごとを、ねえ。姉心ながらに知りたかったってもんよ」
「~~~~!? も、もうお姉ちゃんなんて知らないっ! 大嫌いっ!」
「あらあら、ごめんね、フラン。私は、フランのことが好きよ?」
「そんなこと聞いてないっ!」
あまりの恥ずかしさにのたまう妹様と、それをからかうお嬢様。既に、仲の良い姉妹に見えるのは気のせいですかね。
それに、お嬢様も心なしか体全体が浮き足立っているような気もします。そりゃあ、嬉しいですよね。あまり触れ合えない実の妹との会話ですもの。
「…あっ! そ、その。お姉ちゃん…」
「ん、なに? フラン。遠慮せずに言って御覧なさい」
「あ、いや。…勝手に、出てきて、ごめん」
妹様はそのことを余程気にしていたのか、お嬢様に謝りはじめました。…そんなことしなくても、いいのに。
「…ふふっ。それに私は関係ないわ。自分がやりたいようにすればいいじゃない」
「え、でも」
「私が出るなと言ったからって、それを素直に聞く必要はないわ。ただ、危ないよだとか悲しむんじゃないかとか思っての配慮だから。
私自身も、正直出てきて欲しいわ」
「…だったら、言ってくれればいいのに!」
「あっはっは、ごめんね、フラン。余りの忙しさに忘れていたわ。まあ、これが私なりの『まごころ』かな? …夜も深いわね、眠くなったから寝るわ。今日のベットメイクは自分でやることにしましょう。じゃあ、フラン! 咲夜! いい夜を!」
「…べーっ!」
妹様は最大限のあっかんべをお嬢様に向けます。お嬢様は、フッ、とどこかへ消えてしまいました。
「…全く、素直じゃないんですから」
「本当よ! お姉ちゃんったら、どうかしてるわ!」
私は、妹様もですよと付け加え、地下室へと向かおうとしました。しかし、
「私、今日から地下室じゃない部屋で寝たい!」との妹様の要望があったため、本日は私の部屋で寝ることにしました。
うーん、枕はあったかな。まあ、足りなかったら私の枕は適当にぬいぐるみを使っておこう。…それにしても、お嬢様はどこから『まごころ』についての情報を入手したのだろう。
…まさか、最初から!?
☆
私達は、私の部屋に着きました。もう今からやることは寝るだけなので、ささっとシャワーを浴び、パジャマに着替えます。
妹様は『一人でパジャマくらい着れるもん!』と始めは手伝いを必要としないと言っていましたが、やはり上手くボタンをつけられることが出来なかったので、手伝って差し上げました。
「…これが咲夜のベッドかあ。ふかふか。咲夜の匂いがする」
「…私の匂いって、どんなんですか」
「ん、いい匂い。安心する。お母さんみたい」
妹様はベッドにダイブして枕に顔をうずめて、足をばたばたさせています。やがて、眠くなったのかシン、と動かなくなりました。
「今日は不慣れな探索でしたものね。疲れるのも、無理は無いです。少しずつ、外の世界に慣れていきましょう。
そして、いつかは私達以外の友達を。…心配しなくても、大丈夫ですよ。外には、お友達がいっぱいいますから」
枕にうずまっている妹様を仰向けに寝かせて、布団を被せます。妹様はう、んと寝言を言いながら小さな力で私のパジャマの袖をつかんで来ました。
「咲夜、行かないで…」
「…ふふ。大丈夫です。咲夜は、どこにも行きませんよ」
私は、妹様におやすみを告げ、妹様の額に軽く口付けをしました。そのまま、ベッドにもぐりこみ、部屋の明かりを消しました。
☆
湖のほとりにそびえる巨大な館、通称紅魔館。紅魔館の地下室へと延々と続く長い階段と通路を、夕食の乗ったトレイを片手に、丁寧に、かつ迅速に運んでゆく。私は、お嬢様の妹様になるフランドールお嬢様の夕食を運びに地下室へと向かっています。
通路を進んでいくと共に、赤で彩られていた壁紙が、何も貼られていないコンクリがむき出しの寂しいものへと変わっていく。強度を高める為でしょうか、所々お札も貼られています。
何故地下へと続く通路の壁紙が貼られていないか。恐らくは、妹様が癇癪を起こした際に壁が壊れてしまい、いくら修繕してもその度壊されたらたまった物じゃないから殺風景なものへと簡略化されたのだろうと考えます。
…もちろん、私も壁を直す側なのでそうしたい気持ちはわかります。
しかし、私個人としてはそういった心のない行動こそ、妹様の癇癪を起こす原因となって余計に仕事が増えるだけではないだろうかと考えます。何より、妹様に対して理解をしようとしていないと思います。それでいてこんな簡略化するなんて、あんまりです。
…そうなるのも、仕方のないことだとは思いますが。
そりゃあ、正直に私の心の内を打ち明けると、妹様に対してとてつもない恐怖を感じます。
それは、仕方がない。妹様の機嫌を損ねることをすると、すぐに消されてしまうのですから。すぐに消されなくても、いたぶられる。生きて地下室を出ることはまず不可能に近いでしょう。
でも、なぜ妹様は気に入らないとすぐに癇癪を起こし、あらゆる物を破壊しようとするのか? 当然のことながら、私は誰も教えていないからだと考えます。
皆が皆恐がって教えるのもままならなかったのでしょう。お嬢様も、それにみかねて運命を操り考えに考えぬいた結果が『隔離』なのでしょう。
…真意なんて、私にはわからない。しかし、まさかお嬢様が自分の妹であるフランドールお嬢様を、畏怖の対象だからと閉じ込めるはずはないと思います。
なぜか? 一日に一度は絶対にお嬢様の口から妹様の話題が出るからです。
そして、妹様も何故素直に隔離されるという事実を受け入れたか?
それも、妹様自身が周りから敬遠されて嫌がられていたことをそれとなく読み取っていて、自分が普段館で生活していると迷惑になると感じたからなんだろうと考えます。
…本当に、悲しい話です。
☆
さっきも白状した通り、私自身恐いのは否めません。通路へと前に歩を進めるたびに、コンクリートがむき出しにされた壁に貼られているお札の数が増えているのがわかり、チラと司会視界に入っただけでも背中がゾッとします。叶うなら、すぐに自分の部屋に戻りたい。
しかし、私は恐怖を感じると共に気持ちが高揚してきています。その理由は、妹様に会えるからです。…矛盾している? わかってる、自分でも気がついています。
単純に、良い子なのです。癒される、とでも言うべきでしょうか? 妹様はとても聞き分けがよく、そんじょそこらの子供達よりずっと出来た子です! まあ、自分の娘のようなものだし、多少誇大は入っているかも知れませんが。
ただ、妹様の能力がコミュニケーションの邪魔をしている。それだけです。しかし、無差別破壊、この壁は例え余程のことをしない限りされないとわかっていても、…乗り越えられません。やられたら、ひとたまりもない。人間と吸血鬼では、根本的に体の構造が違うからです。
それでも、だからこそ! 妹様に教える必要がある。果たして、どんな行動をすれば煙たがられないのか。…嫌われてしまうのかを。
皆がやらないから私もやらない? そんなこと言い訳にならない! 個人の意見になりますが、妹様に好感を持っているというのも恐らく私が足を進めている理由の一つでしょう。
周りに一方的に無視されて、それでいて嫌われるなんて、…あっていいものか!
…もっとも、恥ずかしいながらに、こんなあたりまえの事に気がついたのはつい最近のことなのですが。
そして、妹様は既に自分の難所を克服されていることを私は知っています。ただ、認知されていないだけです。
目の前にこじんまりとした鉄製のドアが見えます。私は、軽くドアに二回ノックをして、ノブを回し中へと入りました。
「妹様。夕食を持って参りました。本日の夕食はオムライスです。妹様のご希望通り、表面にケチャップでかえるさんの絵を描いてきました」
「あ、咲夜、こんばんわ! 私、咲夜が来てくれると安心する! ケチャップのいい匂いがするよ、楽しみだなあ! 水道でお手手洗ってくるからちょっと待ってて!」
ああ、もう! かわいいなあ!
☆
「はん、んふ、ふっ、ぬふ!」
「妹様、急いで食べなくてもオムライスは逃げませんよ」
「だって、さっき私がごねて咲夜と一緒にいられる時間が少なくなったんだもの! 急いで食べて、早きゅ咲夜とあぞびだ…!」
「ほら、食べながら喋っているから舌噛んじゃったじゃないですか。お行儀が悪いからこういうことになるんですよ。メッ!」
「…うう、ごめんなさい」
妹様が言うごねたとは、オムライスに描かれたかえるさんを見て妹様が『せっかく咲夜が描いてくれたのに、私食べられないよ。それに、かえるさんもきっと痛いよ。かわいそうで、食べられない』と躊躇していたことです。
私は、妹様に暖かい内に召しあがってくれたほうが咲夜は嬉しいですよと告げるとともに、心がほっこりするような、嬉しい気持ちになりました。…所詮絵といってしまえばおしまいですが、かえるさんの気持ちを考えてくれたからです。
元々、妹様はこういったことを理解していたのだと思います。しかし、回りが理解してくれないから、反応が欲しくて仕方なく破壊をしていたのだろうと考えています。だって、そうじゃないとこんないい子どうやってここまで育つんですか!
…一人ぼっちの環境だからこそ、こういったことに気が付いたのかもしれません。
「…んむ。ご馳走様! おいしかったよ! 咲夜の味付、私は好きだなあ! …でも、かえるさんの絵はぶきっちょだったね」
「お褒めいただきありがとうござい…。そんなこと言うんだったら、次からは材料のみを持ってきますのでご自分でお作りください」
「う、嘘だよ~。ごめんね、私が悪かったよぶきっちょ咲夜!」
「…ぷん」
「ああ、ごめんってば! 顔をそらせないで! 本当に謝るから、ごめんね!」
「…つーん」
全く、妹様にこういった面さえなければ完璧ですのに! …まあ、こういったじゃれあいが出来ないのも出来ないでとても寂しく感じますし、これがベストですかね。
今の会話の通り、妹様が癇癪さえ起こさなければ誰でも気軽にコミュニケーションが取れるのです。ただ、万が一という可能性を否めないからどうしても皆行動に移せないだけだと思うのです。
それに、物事をあまり疑わないから、非常に素直なんですよ! この前だって、夜更かしをするなど悪い子でいるとお化けに食べられちゃうぞー! と嘘をついたら本気で信じてしまったらしく、フランは今まで迷惑かけたから食べられちゃうよと泣きくじゃってしまい、かなりあせっちゃいました…。
一応、誤解は解けましたが、その代償としてしばらく口を聞いてもらえませんでした。とほほ…。
「うう、咲夜のいじっぱり。何さ、別にかえるさんの目と口が重なってたっていいじゃない」
「そう思うんでしたら何も言わないで下さい」
絵を描くのは苦手なんです!
「うへ、ごめんなさい。…やっぱり、咲夜やパチェ、めーりんくらいだよ。こんな風に、気軽に話できるの」
「…」
「皆、私のこと恐がっちゃってどこかへ逃げちゃうんだもの。私が話したくても、話せない。だから、咲夜はいてくれて本当に嬉しい! 私の、初めての友達ですもの!
…友達? そうだ!」
妹様は何かを思い立ったのか、ぱたぱたと地下室の隅に置かれている机へと走っていき、一冊の絵本を抱え私の元へ戻ってきました。
「これ! 咲夜! 私、聞きたいことがあるの!」
「聞きたいこと、ですか?」
「うん、聞きたいこと! 前に、パチェが遊びにきてくれて、絵本を貸してくれたの! 友達が欲しいって言ってたんだけど、『だったらいい本があるわよ』って言ってくれて、で、読んでたんだけど」
妹様は口を閉じると目線を私の目から絵本にずらし、パラパラとページをめくります。
「…ここ。『おかあさんのまごころ』ってあるんだけど、『まごころ』って何?」
「まごころ、ですか」
妹様がこういったことに興味を持ってくれたことを喜ばしく思い、こう答えました。
「相手を思いやる気持ちですよ」
「…思いやり、私にはわかんない。みんな、いつも一定の気持ちでいればいいのに、その時その時によって全然違うのですもの。相手を思いやると言われても、それが続くとは限らないじゃん。これが、まごころ?」
うーんと、私は首を軽く捻らせます。そうだよなあ、思いやるといっても、心のない思いやりというのもあるしなあ。
「そうですね。先ほど、オムライスをお召しになられましたよね」
「うん! ぶきっちょオムライス!」
「…ぷん!」
「ああ、ごめん、ごめん~」
「…ともかく! その時に妹様はかえるさんを見てかわいそうだと言っていましたよね?」
「うん。やっぱり、何も悪くないのに理不尽に食べられるのは、恐いよ」
「…それが、私の言う思いやり。相手へのまごころです」
「…相手にとって恐くないことをするのが、まごころ?」
「ちょっと違いますね。相手が嬉しいと思ってくれることをすることが、思いやり。まごころです」
「…じゃあ、私には無縁なのかな。何をしたら喜んでくれるか、わからないもの」
「…なら、一緒に探せばいいじゃないですか! どうでしょう、これから館を詮索しませんか?」
「…私、お姉ちゃんから出るなって」
「別にそれくらい許してくれますよ! かわいい妹様の為ですもの! それに、そうじゃないとしても館を出歩いても怒りはしないと思いますよ。『妹様が他の人と出会ってその冷たい反応に傷つかないように』というお嬢様なりの配慮もあるでしょうし。これも、まごころですよ?」
「…皆に、煙たがれない?」
「…申し訳ありませんが、嫌がる人も多少なりいるでしょう。でも、大丈夫! 手を握っていてあげますから! いざとなったら、そんなやつら私がとっちめてやります! 抱きついてもいいですよ?」
「…そっか! じゃあ、私館内を回りたい! でも、抱きつくのはいいや。咲夜ったら、隙あらば抱きついてくるんですもの。ギュッってされるととても気持ちいいけど、咲夜がどうせ抱きついてくるもん」
「…たはは、そんな抱きついてますっけ?」
「うん。すごいよ。パチェと会ったら大抵咲夜のハグ癖について話すもん!」
「…なはは」
それは気をつけないとなあ、なんて頭の片隅に思いつつ、私は妹様の小さな手をギュッっと握り、殺風景で必要なもの以外ほとんど何もない地下室を後にしました。
☆
「…で、私のところへ来たのね」
「そうだよ、パチェ! パチェが難しい絵本選んでくるから、絵本を選んだパチェ自身に聞いたほうが早いしわかると思って! 意味を理解できたら、館を詮索するんだ!」
「…むきゅ。フランには、まだ少し早かったかなあ」
パチュリー様は目をばってんにさせて椅子にもたれかかります。私達は『本を選んだパチェ自身の意見を聞こう!』とのことで大図書館にまで足を運びました。
「咲夜、あなたがいながら意味を伝えられなかったの?」
「言葉では伝えたのですが、イマイチ形にできなかったそうなので。それで、館を歩きまわってまごころを探そうと提案しました」
「むきゅ。そうなの。…フラン、悪いけど私からも言葉としての説明は咲夜と同じものしかできないわ」
「え、そうなの? パチェったらおませさんね!」
「…フラン。おませさんというのは、年以上に物事をわかっているフリをしているだとか、大人ぶっている人のことを言うのよ?」
「あ、そうなの? でもパチェはこの言葉の意味を知ってるんだよね? なら、おませさんだい!」
「…むきゅ。このタイミングで、おませさんと言われるとは思ってなかったわ」
「いろんな言葉を使いたいのでしょう。全く、パチュリー様はおませさんですね」
「…むきゅ」
パチュリー様は、観念したよというように手を挙げて首を左右に振りました。そして、妹様にこう言いました。
「確かに言葉としての説明はあまり意味がないわね。だから、具体的な例をあげてあげるわ。…そうね、小悪魔! ででぎてむぎゅっげっごふんっ!」
パチュリー様は椅子を立ち使い魔を大声で呼びましたが、立った際に舞ったほこりが喉に入ってしまったらしく苦しそうに咳をされています。んもう、ほこりが舞うくらいまで掃除されてないってどういうことなんですか。少しは換気してみたらどうですか?
「…今の季節は寒いから、窓をあけて換気したが最後固まっちゃって動けないのよ…」
「…貧弱」
「むぎゅっ!?」
パチュリー様は心底傷ついたのか、胸に両手を当ててよよよよと地面にうずくまります。地面にうずくまった影響でまたほこりが舞ってパチュリー様は苦しそうにのたまうのですが、面倒くさいのでスルーします。
私たちのやりとりが終わるのを待っていたのでしょうか、はかっていたように使い魔がスッと現れました。
「…」
「ごにゅっ、むぎゅっ…。ご、ご苦労。この子が、私にとっての思いやり。まごころよ」
「…? どういうこと、パチェ? この赤髪の使い魔が、まごころ?」
「まあ、そうね。あと、出来れば使い魔なんて悲しい呼び方をしないで。この子は、私の娘でもあるんだから。…言葉は発せず、体も3日しか持たないけど」
「…え?」
「ホムンクルスの理論はまだ未完成でね、私も必死になっていろいろな実験を試みているわ。3日持つだけでも凄いんだから。…それにね、この子は決して使い捨てじゃない。体はなくなるけど、記憶は引き継いでるの。この子を初めて産んだ時は、いつだったっけな。本当に、100年くらい前からずっと一緒なのよ」
「う、産んだ…? ぱ、パチェ!!!?? 一体どこのおおおおおおとこの」
「ストップ。全く、どこからそんな知識を憶えたのかしら」
パチュリー様は呆れ顔にありながらも使い魔、いや。小悪魔ちゃんの肩を抱きかかえてこう続けます。
「…悲しいじゃない? 自分の子を、創っただなんて呼び方は。だから、産んだの。私は、この子に対して精一杯の愛情を注いで来たわ。だから、言葉こそ話せないものの、この子も私に対して気遣ってくれるの。
…ほら、こうして私が話している間にも小悪魔が紅茶を用意してくれたでしょう? …窓側に移動しましょう。そこなら、4人で座れるテーブルと椅子があるわ」
パチュリー様は小悪魔ちゃんの髪の毛をさらさら撫で、窓側のテーブルへと移動しました。頭を撫でられている小悪魔ちゃんは気持ちよさそうに目を細めていましたが、それもつかの間。すぐにパチュリー様の後を追い、紅茶を用意し始めてくれました。私たちも、ゆっくりとテーブルへと向かい、椅子に腰をかけました。
「…むきゅ。これが、私のまごころ。具体的にって言ったけど、伝わりにくかったかな?」
「…ちょっとね。でも、雰囲気は掴めた気がする。…相手を想う事。これが、まごころ」
「…ふふ。咳をこじらしてでも伝えた甲斐があったわ。まあ、基本的にホムンクルスは私以上のことはできないから。それがちょっと残念かな」
「…どおりで部屋がほこりまみれな訳なんですね」
「なんか言った?」
「いいえ、何も」
「…次言ったら問答無用で図書館の掃除全部やらせるわよ」
女の勘って、恐いです。
「…ふう。あなたたちも、図書館でゆっくり紅茶なんて飲んでいていいの? 他に行くところがあるのではないかしら」
「…そうだった! まごころを、探すんだった! 忘れてたよ、パチェ! しっかりしてよね!」
「むきゅ…」
パチュリー様は下へうつむき落ち込みます。妹様は、まんまるのお目目でパチュリー様の顔を覗き、こう言いました。
「…パチェってさ、そんなにむきゅむきゅ言ってたっけ?」
「…え? …あ、へ、変よね、」
「ううん。ぬいぐるみみたいで、かわいい」
「…むぎゅっ!!!!!!!!???? そ、そんなぬいぐるみみたいだなんて」
「照れなくてもいいよー。だって、パチェ、かわいいもん! ほっぺぷにゅぷにゅしたい」
妹様はパチュリー様にそう告げ、テーブルに体を少し乗り上げ右手の人差し指でパチュリー様のほっぺをぷにゅぷにゅと押します。
…見る見るうちにパチュリー様の顔が赤くなっていきます。ゆでもやしの完成です。果たして、ぬいぐるみは褒め言葉なのでしょうか。
「むむむぎゅきゅきゅぎゅくぐっあぎゅ!!!!!!!??」
「あははっ、パチェったら面白い!」
妹様がほっぺを突付き楽しんでいると、小悪魔ちゃんがやめてと言わんばかりに両手を広げ、止めに入りました。
妹様は素直に聞き入れたらしく、突付くのをやめそのまま出入り口へと向かわれます。
「…どうしたの、咲夜! 突っ立ってないで、めーりんのところにいこうよ!」
「…はい、かしこまりました」
私は、すっかり茹で上がってしまったパチュリー様とそのパチュリー様に嫉妬しているのか頭をパチュリー様の胸の辺りに擦り付けて良い子良い子してもらいたそうな小悪魔ちゃんに一礼をし、図書館を後にしました。
☆
外はすっかり日が落ちていて、妹様が出ても大丈夫なくらい暗くなっていました。風も吹いていて冷え込んでいるし、長時間いるのは辛いです。美鈴は、こんな中でも門番をしているのか。凄いなあ。
私達は、玄関からほんの少し距離のある門へと向かい、そこで門番をしている美鈴に会いに来ました。
「あ、美鈴! こんばんわ!」
「ウッス、フランちゃん! 最近会ってなかったけど、元気だったッスか!」
「うん、元気ッスよ! それにしてもめーりん、おっぱいでっかいね! バインバイン!」
「はっはっは、これが私の元気の源ッスよー! 好きなだけ触っていいッスよ!」
「うわあー! バインバイーン!」
妹様と美鈴が挨拶を交わした瞬間、なんと妹様が美鈴の胸に頭を打ち付け始めました。対する美鈴はそれを受け入れています。…でっかいなあ、おっぱい。
私は、急に不安になったので自分の胸を見て確認します。…あるもん! 普通の大きさくらいは、あるもん!
「おお、咲夜さんもいたッスか! 珍しいッスね、咲夜さんが夜にここにくるなんて! どうかしたッスか?」
「うん、聞いて欲しいッス! まごころってどんなことッスか!」
「まごころッスか! おお、元気のあることはいいことッス! その調子で行けばフランちゃんも胸がバインバインになるッスよー!」
「まじッスか! うおお、嬉しいッス!」
「…二人とも。私、体冷えてきたから手短にしてもらえる?」
まだ外に出てあまり時間は経っていませんが、予想以上に冷え込む速度が早かったので正直にその旨を伝えました。
「おおお、すまねえッス! 私の悪い癖ッスね…。そうッスね。私が思いつくまごころは、相手に心配させないことッスかね? 何も、相手の気を尊重することだけがまごころでもないんッスよ」
「ほうほう」
「例えば! 今この場で、咲夜さんが倒れたら、フランちゃんは動揺するッスよね?」
「…さ、咲夜!? 倒れちゃうの!?」
「ああいややや、例えッスよ、例え。でも、咲夜さんが元気に立ち振る舞ってたら、フランちゃんは心配しなくて済む訳ッス。…これも、まごころ。相手に下手に心配させないことも、大切ッスよ」
「…なるほど! 流石めーりん! 短い説明なのになんだかとても感銘に受けたよ!」
「あはは、そこまで言って貰えると清清しいッス! 参考になれば、嬉しいッス!」
確かに、美鈴の説明はすぐに終わってしまったが、言いたいことはきちんと伝わってきました。流石に美鈴だなあとよくわからない感心を一人持ちます。
それに、美鈴がまごころでこの事を例にあげてるということは、日頃から意識して元気に振舞っているのかな?
…完敗よ、美鈴。流石に、紅魔館のお母さんと言われてるだけあるわね。
「それじゃあ、咲夜さんが寒そうなので! これくらいでお開きにしとこうッス! また、時間のある時に来て欲しいッス!」
「えー! めーりんと会ってから、まだ少しも経ってないよ!」
「駄目、駄目! 咲夜さんを困らせるようなことをしたら駄目ッスよ! それに、ここで素直に引いて咲夜さんを暖かいところに連れて行かせるのも、まごころの一つッス!」
「うーん、そりゃそうだけど。もう行くところが無いんだ」
「それなら、お嬢様のところへ行けばいいじゃないッスか! お嬢様、きっと喜ぶッスよ!」
「…でも、元々私お姉ちゃんに出歩いちゃいけないって言われてるし、お姉ちゃんとは気まずいし」
「そんなことは無いッスよ! お嬢様は、誰よりもフランちゃんを愛してるッス! たった二人の、姉妹じゃないッスか! フランちゃんんの元気な姿を見せるだけでもいいんッスよ? それに、フランちゃんもお嬢様の元気な姿見たら安心するでしょう!
…ほら! 咲夜さん、待たせてるッスよ!」
「…ごめんね、咲夜。中に戻ろっか!」
「ええ、助かります。…美鈴、この後もお願いね」
「任してくださいッ!」
私達は美鈴に挨拶を軽く交わし、館へと戻りました。
☆
「お姉ちゃんとか…」
先ほどから妹様は玄関のホールでうろうろしながら、お嬢様と会うかどうかを考えています。
美鈴に言われたことを実行しようとするも、どうも踏ん切りがつかないみたいです。
「うーん、元気な姿を見せるだけでいいや。でも、そもそも部屋に入って会話しないで出て行くのもなあ、流石にお姉ちゃん傷つくだろうし。ねえ、どうしたらいいかな?」
「そうね。でも、私は例えどんなことでもフランが私のことを考えてくれているだけで嬉しいわ」
「うーん、そっか。そういうもんかな、あーあ。お姉ちゃんと、仲良くなりたい」
「…ふふ。私は、いつでも歓迎するわ。私も、フランと改めて仲良くなりたい」
「咲夜に言ってるんじゃないよ! 私は、お姉ちゃん…、に…?」
なんと、レミリアお嬢様が妹様の背中にいつの間にか回り込んでいらしていました。妹様は、心の中を聞かれたことがショックなのか、しばらく動きません。…少し時間が経って、妹様が動き始めました。妹様は、手を真っ直ぐに伸ばし、深く深呼吸をしてから、こう叫びました。
「お姉ちゃんっ!!!!!!!????」
「何よう。そうよ、私達は血を分け合った兄弟じゃない」
「そそそそそそうじゃなくてなんでいつの間にか回り込んでるのさ!?」
「だって、かわいいフランの悩みごとを、ねえ。姉心ながらに知りたかったってもんよ」
「~~~~!? も、もうお姉ちゃんなんて知らないっ! 大嫌いっ!」
「あらあら、ごめんね、フラン。私は、フランのことが好きよ?」
「そんなこと聞いてないっ!」
あまりの恥ずかしさにのたまう妹様と、それをからかうお嬢様。既に、仲の良い姉妹に見えるのは気のせいですかね。
それに、お嬢様も心なしか体全体が浮き足立っているような気もします。そりゃあ、嬉しいですよね。あまり触れ合えない実の妹との会話ですもの。
「…あっ! そ、その。お姉ちゃん…」
「ん、なに? フラン。遠慮せずに言って御覧なさい」
「あ、いや。…勝手に、出てきて、ごめん」
妹様はそのことを余程気にしていたのか、お嬢様に謝りはじめました。…そんなことしなくても、いいのに。
「…ふふっ。それに私は関係ないわ。自分がやりたいようにすればいいじゃない」
「え、でも」
「私が出るなと言ったからって、それを素直に聞く必要はないわ。ただ、危ないよだとか悲しむんじゃないかとか思っての配慮だから。
私自身も、正直出てきて欲しいわ」
「…だったら、言ってくれればいいのに!」
「あっはっは、ごめんね、フラン。余りの忙しさに忘れていたわ。まあ、これが私なりの『まごころ』かな? …夜も深いわね、眠くなったから寝るわ。今日のベットメイクは自分でやることにしましょう。じゃあ、フラン! 咲夜! いい夜を!」
「…べーっ!」
妹様は最大限のあっかんべをお嬢様に向けます。お嬢様は、フッ、とどこかへ消えてしまいました。
「…全く、素直じゃないんですから」
「本当よ! お姉ちゃんったら、どうかしてるわ!」
私は、妹様もですよと付け加え、地下室へと向かおうとしました。しかし、
「私、今日から地下室じゃない部屋で寝たい!」との妹様の要望があったため、本日は私の部屋で寝ることにしました。
うーん、枕はあったかな。まあ、足りなかったら私の枕は適当にぬいぐるみを使っておこう。…それにしても、お嬢様はどこから『まごころ』についての情報を入手したのだろう。
…まさか、最初から!?
☆
私達は、私の部屋に着きました。もう今からやることは寝るだけなので、ささっとシャワーを浴び、パジャマに着替えます。
妹様は『一人でパジャマくらい着れるもん!』と始めは手伝いを必要としないと言っていましたが、やはり上手くボタンをつけられることが出来なかったので、手伝って差し上げました。
「…これが咲夜のベッドかあ。ふかふか。咲夜の匂いがする」
「…私の匂いって、どんなんですか」
「ん、いい匂い。安心する。お母さんみたい」
妹様はベッドにダイブして枕に顔をうずめて、足をばたばたさせています。やがて、眠くなったのかシン、と動かなくなりました。
「今日は不慣れな探索でしたものね。疲れるのも、無理は無いです。少しずつ、外の世界に慣れていきましょう。
そして、いつかは私達以外の友達を。…心配しなくても、大丈夫ですよ。外には、お友達がいっぱいいますから」
枕にうずまっている妹様を仰向けに寝かせて、布団を被せます。妹様はう、んと寝言を言いながら小さな力で私のパジャマの袖をつかんで来ました。
「咲夜、行かないで…」
「…ふふ。大丈夫です。咲夜は、どこにも行きませんよ」
私は、妹様におやすみを告げ、妹様の額に軽く口付けをしました。そのまま、ベッドにもぐりこみ、部屋の明かりを消しました。
和ませてもらいました(´ω`)