烏天狗の新聞記者が取材のインタビューの際、こんな質問した。
――あなたにとって特別な人は誰ですか?
とある魔法使いの答え。
――私にとって特別な存在、それは博麗の巫女だな。
とあるメイドの答え。
――そんなの決まっているわ、私が仕えている主・・・お嬢様よ。
Side Marisa
「・・・参った・・・私の負けだ・・・」
そう言って私は起き上がった。別に寝ていたわけじゃない、弾幕に被弾して地面に倒れていたんだ。
「はい、私の勝ち。本当に懲りないわね、アンタ」
いつものように顔色一つ変えずにそう言い放つ。この規格外な強さを持つ巫女さんは博麗霊夢、こいつとはずいぶんと昔からの付き合いだ。
「ホント・・・お前が私と同じ人間だなんて信じられないぜ」
「悪かったわね、これでも立派な人間よ・・・博麗の巫女って肩書き以外はね」
霊夢はそう言って少し表情を曇らせた。あぁ・・・私としたことが地雷を踏んでしまった。
「その・・・ゴメン・・・」
「・・・何謝ってるのよ、気持ち悪い。私は掃除に戻るから、アンタも用事がないならさっさと帰りなさいよ?」
素っ気無い態度でそう言うと、箒を持ってさっさと行ってしまった。
「やっぱり・・・気にしてるよな・・・」
霊夢は博麗の巫女という立場をあまり良しとは思っていない。
もちろん他の連中はそんなこと気づいていないだろう。あいつはほとんどそれを表情に出さないからな。
それでも私には解ってしまう。長年の付き合いだ。あいつの性格も癖も他の誰よりも知っているつもりだ。
だからさっきみたいにほんの少しの表情の変化だって私は気づくことができる。
「誰よりもあいつのこと知っている・・・はずだったんだけどなぁ・・・」
私はため息をついて空を仰いだ。最近、霊夢がわからない時がある。
以前、私が訪ねて来たとき、アイツは神社の屋根に腰掛けてずっと空を見ていた。
うまく説明はできないけど、あいつはきっと私達の知らない世界を見ているんじゃないか・・・そう私は感じた。
もしかしたら私の思い過ごしで何も考えていないだけかもしれないけど・・・あの時の霊夢の眼は・・・
八雲紫の眼に似ていた。
紫はいつも私達とはまるで違う次元にいる。あいつの思考、言動はいつも全く理解できない。
そのくせ、何故か最後には全部あいつの思い通りになっているんだ。
そんな紫がいつも見せる掴みどころのない表情、そのときの眼とそっくりだ。
「・・・行くか」
ここでああでもないこうでもないと考えているのは私らしくない。
そう思った私はポケットの中から小銭を何枚か掴み取ると賽銭箱に投げ入れてその場を後にした。
賽銭を入れるのは決まって霊夢との弾幕勝負に負けたときだ。
弾幕勝負に付き合わせた手間賃・・・なんてわけじゃないが勝手に自分で作った決め事みたいなものかな。
「そうだな、図書館にでも行ってみるか」
そう独り言を呟き、私は紅魔舘の方へと飛んで行った。
Side Sakuya
私は椅子に腰掛けるとそっと目の前に置いてあるティーカップに口をつけた。
うん・・・美味しい。あたり前である。私が煎れた紅茶なのだから。
「今日の紅茶はいつもと違うわね。煎れ方を変えたのかしら?」
「えぇ、少し工夫してみました」
「そう、いつもより美味しいわ」
そう言って優雅に紅茶を嗜んでいるのは私が仕えている主、レミリアお嬢様。
今日は珍しく私も一緒にお茶を飲むようにと言われ、こうしてお嬢様の部屋に招かれ、紅茶を頂いている。
「最近、皆の様子はどうかしら?」
「いつも通りですわ。門番はあまり役に立たず、パチュリー様は泥棒に頭を抱え、妹様も今のところは落ち着いています」
「そう、それならいいわ。最近は外出が多くて中々把握できないのよね」
お嬢様が言うとおり、最近のお嬢様はほとんど紅魔舘の中にはいない。夜だけでなく、昼も余力がある場合、傘を差して出かけてしまうのだ。
「お嬢様・・・気になるのでしたらなるべく外出を控えて頂けませんか?もしもの時に館の主が不在では皆も不安になってしまいますわ」
半分は本当、半分は嘘。私は心のどこかでお嬢様が外出することをあまりよく思っていない。
身体に負担がかかるから?一人で外出されて何か危険に巻き込まれるのを心配しているから?
どちらも確かに正解。だけど、私が一番快く思っていない理由・・・それは・・・
「この幻想郷でもしもの時だなんてあるわけがないわ。異変すらここ最近起きていない。それに私にはそんな事態が起きる運命を見ていない」
お嬢様は少し不機嫌そうにそう言って立ち上がった。
「まぁ、貴女達が不安になるというのなら少し考えないでもないわ。それじゃ、悪いけどまた出かけるわね、今日はなるべく早く帰るようにしてあげるわ」
そう言って日傘を持ち出し部屋を出て行ってしまった。
行く場所はわかっている。博麗神社だ。お嬢様はいつも霊夢に会いに行っているのだ。
これが私が快く思っていない理由。
お嬢様は私にとって大切な存在。好きだとか愛しているとかそんな卑俗なものじゃない。
主従という何者にも換え難い関係。それが私とお嬢様の繋がり・・・
私は恐れている。お嬢様と霊夢が持つ、私が誇る主従以上の関係に・・・
それは大分前の話。
フランドールお嬢様が暴走し、地下を抜け出し外に出たことがあった。
恐らくあの時のフランお嬢様は本気の力を出していたのだろう。
そのとき、私は魔理沙、美鈴、パチュリー様と協力して止めようとしたが全く相手にならなかった。
そこにやってきたのがお嬢様と霊夢だった。
二人が共闘する姿は初めてみた。
真紅に染まる弾幕の中、お嬢様と霊夢はまるで長年連れ添ったパートナーのような動きを見せ、あっという間にフランお嬢様を止めた。
そのときに芽生えた不安、お嬢様と霊夢の関係は私がお嬢様と築いてきたそれに勝るものではないだろうか・・・と。
それ以来、お嬢様が霊夢のところに会いに行く度に私はこうして不安な気持ちに悩まされる。
「駄目ね、これじゃ・・・仕事に集中しなくちゃ」
私は自分にそう言い聞かせると、食器を片付けて部屋を後にした。
Side Marisa
「私としたことが・・・しくじった・・・ぜ」
私は紅魔舘の廊下を、壁に寄りかかりながら歩いていた。
手足に鋭い痛みが走る。それもそのはずだ、私の手足は傷を負い、今も血が流れ出しているからな。
図書館に向かった私はつい考え事をしたまま中に入ってしまった。
図書館にはいつも侵入者用に魔法のトラップが仕掛けられている。
トラップといっても普段なら絶対にあたらないような大雑把なものであり、パチュリーも本気で仕掛けているわけでなく表面上の世間体を気にしたものだと思う。
それを私はボーっとして突っ込んでしまった。その結果がこれである。
特に右腕に負った傷がまずかった。他の傷とは比較できない量の血液が流れてきている。
「あぁ・・・ヤバイな・・・目が霞んできやがった・・・」
こういう時、いかに人間が脆いものか思い知らされる。
「――魔理沙っ!?」
その時、誰かが私を呼ぶような声が聞こえたような気がした。だけど私はそれが誰か気づく前に意識を失った。
・・・・・・・
・・・・・
・・・
「ん・・・私はどうしたんだ・・・?」
私が目を開けると真っ赤な天井が目の前にあった。
どうやら私はベッドに寝かせられているようだ。
倒れた瞬間の記憶が蘇る。
「目が覚めたかしら?」
そう声をかけてきたのは咲夜だった。
「・・・知ってる顔の死神だな」
「あら、こんな素敵な死神なんか居ないわよ?」
「そんなこと言うと三途の河の死神が怒るぜ?」
「冗談を言い返せるようならもう心配ないわね」
私は身体を起こし自分の右腕を見た。綺麗に包帯が巻かれている。他の傷もしっかり治療されている。
「助けてくれたんだな」
「掃除の邪魔だったから仕方なく・・・ね。あなたの血でどれだけ床が汚れたと思ってるの?」
「・・・ごめん」
「・・・冗談よ。素直に謝られると私が意地悪してるみたいじゃない」
そう言って咲夜は紅茶とクッキーを傍に置いた。
「怪我人相手でもそういう接客はするんだな」
「怪我人だからこそよ。あなた自分ではあまり感じてないかもしれないけど相当の血が流れたのよ。たくさん食べて血を作りなさい。・・・本当は肉や魚の料理を持ってくるところよ」
「流石に寝起きでそれは勘弁してほしいぜ・・・」
「でしょう?」
そんな会話をしていると、不意に咲夜が不思議そうに尋ねてきた。
「一体あなた、パチュリー様に何をしたのよ?」
いきなりそんなことを聞かれてもさっぱり解らない、私は首を傾げた。
「何のことだ?」
「あなたがそんな重症を負うのだから、よほどパチュリー様を怒らせたんじゃないの?」
「あぁ・・・別に何もしてないぜ。ちょっとボーっとしてたらいつものトラップに突っ込んだだけだ」
そう答えると、余計に不思議そうな顔を咲夜は見せた。
「貴女ならあの程度のトラップ掠りもしないでしょうに」
「だから考え事しててボーっとしてたんだよ。気づいたときにはもう突っ込んでた」
「そう、そんなに霊夢のことを想っているのね」
・・・は?今何て・・・?
「な、なんのことだよ!」
「あら、あなた寝言で何度も霊夢の名を呼んでいたのよ?そりゃもう熱烈に」
なんてこった。そんな恥かしい寝言を呟いていたなんて一生の不覚だ。
「べ、別に霊夢の事なんか・・・考えてないぜ!」
「本当に?」
咲夜が意地悪そうな顔で私を見つめてきた。
「ほ、本当だって」
「へぇ、そうなの」
うっ・・・なんでそんな顔を近づけてくるんだよ・・・
咲夜は黙ったままただジーっと私を見つめてくる・・・
・・・・・
「あー!もう!そうだよ、ずっと霊夢のこと考えてたよ!!」
とうとう咲夜の無言の責めに負けて私は白状してしまった。
――少女説明中・・・――
「ふーん・・・霊夢の考えてることがわからない・・・っと」
「あぁ、そうだ。最近あいつが自分とは違う人間なんじゃないかって思ってな」
そう言って私が俯くと、咲夜が可笑しそうに微笑した。
「貴女・・・馬鹿ね」
「なんだとっ!?」
「同じ人間がいるわけないじゃない。そんな当たり前のことに悩んでるなんて馬鹿としか言えないわ」
畜生、人が折角思い切って話したっていうのに馬鹿にしやがって・・・
「・・・貴女、私はどう思う?霊夢は貴女とは違う、じゃあ私は貴女と同じだと思う?」
「・・・思わない」
「そうでしょう?人間であれ妖怪であれ、皆ひとりひとり違うのよ?他人の考えが解らないって当たり前でしょ」
最初はただ私を馬鹿にしているだけだと思っていた。だが、咲夜の言っていることは当を得ていた。
私はただ、自分が背伸びしても届かない霊夢を自分とは違う特別な存在だと決めつけて言い訳していただけなのかもしれない。
「まぁ、貴女が言いたいこともわからなくもないわ。確かに霊夢は少し特別だものね」
「おいおい・・・折角納得しそうだったのに、ここでそれを言うか?」
「あの子は特別だもの。この幻想郷において、博麗の巫女の存在は。きっと私達とは違う世界が見えているのかもしれないわ」
咲夜が言った事が、私の思っていたことと一致した。
霊夢が自分とは違う人間だと感じるのはそのことが原因なんだろうか。
「・・・大変なのかな・・・?博麗の巫女って」
「さぁね・・・普段を見るとそんな風には見えないわね。あの子はいつもマイペースだし」
そんな話をして、私が霊夢のことを考えていると、咲夜がポンッと私の肩に手を置いた。
「無理に答えなんか出さなくていいと思うわよ?本当にあの子に悩みがあるのなら、まず貴女に相談すると思う」
だから・・・と咲夜は言葉を続ける。
「貴女を頼ってきたとき、一緒になって悩めばいいのよ。貴女にとって霊夢はどんな存在なの?」
「・・・大切な親友だ」
咲夜の問いに私はそうはっきりと答えた。その言葉を待っていたと言わんばかりに咲夜も微笑んだ。
「妬けるわね、貴女達。少し羨ましいわ」
「何言ってるんだ?お前とレミリアだって同じようなもんだろ?」
「・・・そうだといいんだけどね」
そう呟いた咲夜の表情が少し曇っていた。
「・・・咲夜?」
「・・・お茶、なくなったわね。煎れてくるわ」
そう言って咲夜はカップを持って部屋を出て行った。
Side Sakuya
私は緑茶とお茶請けに煎餅を持って部屋へと戻った。
さっきはクッキーを出したので、次は何か塩気のあるものが欲しいだろう。
こういった緑茶や煎餅といった和風な物を用意するようになったのも霊夢の影響があった。
霊夢が尋ねて来たときにこれを出すようにとお嬢様に言われたのだ。
「・・・流石に大人しくしてたわね。怪我人」
「お前の部屋は面白みがないんだ。下着を調べるくらいしか楽しみがないぜ」
「下着を調べられるのも勘弁だわ、私のを漁らなくても勝負下着が欲しいのなら用意してあげるわよ?」
「・・・なんでそういう結論にたどり着くのかわからん・・・」
魔理沙はそう嘆くと煎餅を一枚掴み、食べ始めた。
「流石紅魔舘だな、霊夢のとこのより高価で美味い」
そう言って美味しそうに煎餅を頬張った。こういう無邪気なところは可愛いと素直に感じる。
「それだけ元気なら怪我の心配もなさそうね」
「まぁおかげ様でな。お礼と言っちゃなんだが、お前の悩みの相談に乗ってやるぜ?」
そう言って魔理沙はニヤリと笑った。
「何のことだかさっぱりだわ」
「おいおい、それはないぜ?これでも魔法使いの端くれ、洞察力や観察力には自身があるんだ。お前が何か悩んでるのくらいお見通しだぜ」
「別に悩み事なんてないわよ」
「本当に?」
魔理沙はそう言って顔を近づけて見つめてきた。
「本当よ」
「ふーん・・・」
さっき私がしたようにただ顔を近づけてずっと私を見つめている。どうやら仕返しのつもりらしい。
私は眼を閉じて少しだけ唇を前にして恥かしそうな素振りをしてみせる。
「な、なな、何してんだよ!!」
魔理沙は驚いて慌てて顔を離した。
「あら残念、顔を近づけてくるからキスを迫られたのかと思いましたわ」
「そんなわけないだろ馬鹿!」
本当にからかい甲斐のある子だ。ついつい意地悪をしてみたくなる。
「・・・まぁでも、あなたの悩みだけ聞きだして私は秘密にするのもフェアじゃないわね。聞いてくれるかしら?」
「・・・ったく、最初から素直に話せよ、可愛げない・・・」
「貴女は可愛いわよ」
「そういうところが嫌いなんだよ!」
ともあれ、私は魔理沙に悩みを打ち明けることにした。
――少女説明中・・・――
「なるほど、つまり大好きなご主人様が霊夢に奪われるのが怖くて不安だってことか」
「何がなるほどよ、全然違うじゃない。私がお嬢様を思う気持ちは純粋な尊敬と忠誠によるものなの。だから霊夢にばかり夢中になって私を頼りにしてくれないんじゃないかって不安なのよ」
「ふーん・・・だったら何も心配する必要ないんじゃないか?」
「え・・・?」
「お前がレミリアのことを恋愛対象として見ているんだったら話は別だけど、ただ頼られたいって言うなら何も問題ないだろ?」
私がきょとんとしていると魔理沙はそのまま話を続けた。
「お前とレミリアの主従関係は誰が見たって割って入れるようなもんじゃないし、料理や掃除もお前の方が勝ってるだろ?」
さらに魔理沙は話を続ける
「どう考えてもレミリアが霊夢を頼ることなんてないじゃないか。そもそも頼ったところで霊夢は面倒くさいって断るぜ?」
「・・・確かにそれはありえそうね・・・」
異変の解決ならまだしも、普段はそういう面倒事を嫌う霊夢だ、よほどのことがなければ自ら動こうとはしない。
「大体、お前等が一緒に築いてきた関係ってのは、そんな簡単に崩れるものなのか?違うだろ。お前にとってレミリアはどんな存在だ?」
「・・・大切な主よ」
私ははっきりとそう答えた。それを聞いて魔理沙は笑みを浮かべた。
「ほら、悩みは解決したぜ」
「えぇそうね、まさか魔理沙に教えられるなんて、ずっと悩んでた私が馬鹿みたいだわ」
「お前それ褒めてないだろ・・・」
「あら、そんなことないわよ?感謝してるわ」
本当に魔理沙のおかげだ、今まで悩んでいたことが嘘のように気分が晴れている。
「まぁ、もし暇を出されたときは私がご主人様になってやるぜ?嫌になるくらい頼ってやる」
「フフッ、そんなこと絶対にありえないけど、覚えておくわ」
そして私達は互いに笑いあった。
烏天狗の新聞記者が取材のインタビューの際、こんな質問した。
――あなたは悩みを抱えたとき、どうしますか?
とある魔法使いの答え。
――紅魔舘のメイド長に相談するぜ。
とあるメイドの答え。
――森の魔法使いにでも相談するわ。
END
悩みを打ち明けあえる良き相談相手はいいものです
>森の魔法使いにでも相談するわ
求聞史紀等で森には魔法使いが沢山いる筈なのでもっと限定的な表現の方がよろしいかと
>Sied Marisa
Sideかと。もしや独語辺りにあるんかな?
面白い視点だったので、最後の締めには、悩みが解決した後のレイマリ、レミサクの風景を書いてほしかった
>>1様 私の望む咲夜と魔理沙の関係をそのまま書いてみました。もっとイチャイチャした関係も好きですがこんな感じがぴったりかなぁと思っています。
>>2様 確かにアリスも住んでいるし、この文だけでは魔理沙だと特定はできません。ここは名指しに近い形よりも誰か特定できない大雑把な答えの方が咲夜っぽさが出ないかなぁと思ってこういう形にさせて頂きました。もしかしたらきちんと魔理沙とわかる方が良かったかも知れませんね。ご意見ありがとうございました。
>>3様 誤字の報告ありがとうございました。さっそく修正しました。また、確かに霊夢やレミリアを登場させた後日談のような文章があったほうが話も盛り上がるかもしれませんが、そこはちょっと思うところがあり、今回は書かずに終わらせました。ご指摘ありがとうございます。