「朝日が綺麗ねえ、霊夢」
「うるさい」
「何バテてんのよ」
「バテるわよ。あんな連日夜中に連れ出されたんじゃ」
「だってねえ、それは貴方が」
「疲れてたのよ!誰かさんがベロベロにさせるせいで!」
「そうだったかしら。ゆかりん覚えてなーい」
「殴りたいけど殴る気力さえ残っていないのが恨めしい」
永かった夜が明け、出てきた朝日を見ていたら、まるで砂になりそうだった。
眩しい。
見るんじゃなかった太陽なんて、と霊夢は後悔した。
「眠い」
「そう?」
「あんたみたいに冬眠できないし」
「関係ないでしょ、それ」
「あんたといるとなんとなく疲れるのよ」
「そうかしら。そういうつもりないのにー」
紫はツンツンと、扇の端で霊夢の頬をつつく。
「だああ!そういうところよ!」
「くすくす。照れちゃって」
「照れてないわよ!あんたはとっととスキマに帰れ!」
「嫌よ。ほら朝日が綺麗だし」
「妖怪が活動する時間の終わりでしょ」
「連れないわねえ」
東の空が明るい。
ここは幻想郷の外れなのに、世界はまだずっと広がっているようだった。
本当の端は一体どこなのだろうかと、寝ぼけた頭で思った。
「こんなに綺麗な朝日なのに」
「同じでしょ、朝日なんて、ふあああ」
「同じじゃないわよ」
紫は言う。
「同じよ」
「貴方が同じに感じるの?若いのに」
「どういう意味よ」
「そのままよ。老け込んでいるってこと」
「あんたにだけは言われたくな・・・・・・いででっ!何すんのよ!」
「目を覚ましてあげているだけよ」
紫はスキマから手を出し、霊夢の頬をつねる。
「ったく、これだから年増は・・・・・・いだいいだい!」
「目、覚めた?」
「覚めたついでに退治してやろうか」
「いやん、怖い」
「決めた、やっぱり退治する」
きゃあきゃあ言う紫に対し、仁王立ちになる霊夢であった。
それを見て、更にきゃあきゃあ言う紫。
やめだ。
今日はいつも以上に疲れている。
あとで魔理沙に突っかかれるかもしれない。今は体力温存するべきだ。、
霊夢は腰を下ろし、そのまま横にごろりとなった。
「あら、寝ちゃうの?」
「寝る」
「つれないわねえ」
「あんたじゃあるまいし」
紫は隣で扇をパタパタとさせている。
いつもは即刻倒しにかかる霊夢であったが、今はうっとおしいとすら思わなかった。
色々と調子が狂っているのは疲れているからだ。そう思うことにした。
「あら、妖怪の前で寝る気?」
「心配されなくったって、昔からここは妖怪のたまり場でしょ」
「クスクス。そうかもね」
胡散臭い笑い声。
それすら子守唄のように思えてくる。
このまま瞼を閉じてしまうなんて巫女失格だなあと思っても、本能には逆らえない。
ゆらゆら、うとうと。
日はとっくに昇っているというのに。
ああそうだ。昇っているからこのまま寝てしまっても平気だ。これからは人間の時間なのだから。
「ねえ霊夢」
「んー」
隣で声がする。
何かを問いかけるというよりは、独り言のような、そんな声が。
「同じじゃないのよ」
「何がよ」
「朝日がよ」
「はあ?」
霊夢は寝ぼけたように紫に返す。
何が言いたいのかわからない、そういう意味も込めて。
「昇ってくる景色も、沈みゆく景色も、その時その時で全然違うの」
「・・・・・・」
「違うのよ、霊夢」
「ふうん」
「私にとっては、全部違うのよねえ」
「長生きの癖に」
「ええそう、長生きの癖に」
「全部覚えているの?」
「ええ」
「なんで」
「なんでかしら」
「ふうん」
霊夢は身をごろりと返す。紫は相変わらず、どこか遠くを見ている。
金色の髪が朝日に透けて、綺麗だと思った。
「そうは思わないのかしら」
「別に」
「老け込んでるわねえ。いや、若すぎるからかしら」
「なにがよ」
「過ぎ行く時間を感じられないのは」
「んなことはないわよ」
「そうね、きっとそう」
「どうでもいいわよそんなこと」
「あらそう?」
面倒臭そうに霊夢は受け答える。
「結局あんたは何が言いたいのよ」
「今日の朝日は綺麗ねってこと」
「ふうん」
どこか遠く。
それはいつか見た朝日だったりするのだろうか。
1000年以上生きている奴のことなんて、わかるはずも無い。
真剣に考えること自体馬鹿馬鹿しい。
だけど。
「でも、日は沈んでも、また昇るでしょ」
寝転がりながら、でもはっきりした声で、霊夢は言う。
紫は霊夢のほうに振り返る。
「どういう意味?」
「そのまんま。日は沈んでもまた昇る。ずっと夜は続かない。暗くて寒い夜は、永遠には続かない」
「・・・・・・」
「だから、平気なんじゃないの」
だけど、そんな風に口走ってしまったのは、やっぱり疲れているせいで。
的外れでもなんでもいい。
これ以上こいつがここにいて、あんな風に外を見ながら、独り言を呟いているのにはなんとなく腹が立った。
「それでも、私は覚えているのよね」
逆光のせいか、単純に眠いせいか、
紫の表情は見えない。
「勝手にすれば」
「ええ」
「勝手にすればいい。もう、知らん」
「ええ」
「寝る」
「呆れた?」
「呆れた」
「そう」
霊夢はごろりと向きを変える。
ただ、声だけが、頭の隅で響いている。
「日は沈んでも、また昇る、か」
子守唄のような、声が。
「確かにそうだったわね」
瞼を閉じる。
視界が暗くなる。
隣にいる人物は、それでも笑っている気がした。
確かに、千年も生きればそんな些細な違いが分かってくるのかも。
とても和むお話でした。
いい作品をありがとう!
>きゃあきゃあ言う霊夢に対し、仁王立ちになる紫であった。
霊夢と紫が逆じゃないかな。怒ってるのは霊夢だし。