師走と書いてえーりんダッシュ、もしくは魅魔さマッハと読む幻想郷の十二月も、もう終わりに近付いていた。
そして年の終わりと同時に迫りくる、年に一度の慕情が咲き乱れる狂乱の宴。
ちらちらと降る粉雪がすべて楔弾に変化してしまったかのような、幻想郷最悪にして最高の一日。
だが、今となってはそれも遠い過去の話である。
「そこはかとなく聖夜が中止です」
「咲夜ー! 家の中に純真可憐な美幼女の繊細な心を踏みにじる世紀の悪党がいるよー!」
クリスマスという夢。そして、夢の終わり──
■ XX ■
いつもは何から何まで赤い紅魔館のホールだが、この日ばかりは実にカラフルだった。
壁には色とりどりの紙テープの輪が掛けられており、置物や調度品は虹のようなイルミネーションで彩られている。
そしてホールのど真ん中には、天井をぶち破りそうな高さのクリスマスツリーがドカンと鎮座ましましていた。
おしゃれなカーテンの隙間から外を覗けば、朧な月の光を受けてほんのり輝く雪の絨毯が広がっている。
いかにも完全かつ瀟洒な、聖なる夜の光景である。
「それでは次に行きます」
「まっ、待て! 待ってよ! クリスマス中止ってどういうこと!?」
それなのに中止。よりにもよって中止。あまりにも残酷なその宣言によって、ホールに居合わせた妖精メイドたちがショックのあまり一人残らず失神してしまった。
そして、ちょうどツリーの天辺に星を据え付けようとしていたレミリアもまた、墜落によってコラテラルなダメージを負った。その下敷きになった咲夜が感動のあまり穴という穴から涙を流して気絶している。
レミリアは激怒した。紅魔館の主として、かならずこの無遠慮な羽衣ビラビラ野郎を成敗せねばならぬと決心した。
「なんですか。前にも言いましたが、質問は短めでお願いします」
「今どういうことって聞いたでしょ! 聞いてなかったの!?」
「いえ、でも”聞いていたのか”という質問を誘発させるためにあえて聞こえないふりをしました」
「しまった! 誘導尋問か!」
「それでは質問タイム終了という事で」
この世で誰よりもぱっつんぱっつんで、そして美しい衣玖の華麗な知略が炸裂した。
愕然とするレミリアを尻目に、衣玖は優雅な仕草で踵を返す。
羽衣がふわりと虚空を舞い、その先端がちょうどレミリアの鼻に掠った。
耐え難いこそばゆさがレミリアの鼻を蹂躙する。そして鼻腔の我慢が限界に達した時、ついにそれは放たれた。
「う、美しい……ハッ……ハッ、ハラスメンタルレクリエーション!」
くしゃみである。
同時に噴出したよだれによって床が大変なことになりかけるも、衣玖がすかさず羽衣は風の如くを発動させたので被害はレミリアの顔面のみに収まった。
見る人が見れば自分が全部受け止めたのにと憤慨しながら悲しみに暮れることは間違いない惨状である。
「うわっぷ! しっ、室内で雨が降るなんて聞いてないわ!」
「風邪ですか? この季節は空気が乾いていますから、気をつけたほうがいいですよ」
「あ、あんたの服のせいでしょうが! それよりクリスマス中止ってなんでなのよ!」
「質問タイムは終わったはずですが」
「もっかい始まったのー!」
むきーと腕を振り上げて憤慨するレミリア。
相対する衣玖との身長差や、チョモランマvs日本海溝のごときボディラインの乖離っぷりも相まって、もうどこから見てもただダダをこねる幼女になってしまっている。
仕方のないことではあった。
長いこと生きていれば、一度はプライドとか体面とか言ってられない場面に出くわすものだ。
せっかくのクリスマスを無残にも取りやめなどという衝撃的かつ破壊的なニュースを聞かされて、フォーマルな態度を崩すなというのがそもそも無理な注文である。
そして答えなければ帰れないということを察したのか、衣玖が小さくため息をついた。
「しかたありませんね。で、何が聞きたいのですか?」
「決まってるじゃない! 聖夜を中止にしやがった悪逆非道のスットコドッコイの居場所よ!」
衣玖の仕事はあくまでも”伝えること”。ということは、彼女に”クリスマスなし”という”連絡事項”を与えた者がいるということになる。
倒すべきは衣玖ではなくそちらである。真赤に燃えるレミリアの瞳は、いまだ姿の見えない黒幕を、しかししっかりロックオンしていた。
「さあ、さっさと答えなさい! 優しく聞いてるうちに言わないとその羽衣で乾布摩擦の練習するわよ!」
「うーん……教えてもいいものでしょうか」
「なによ、まさか竜神様のお言葉だなんて言わないわよね?」
「そうではありませんが、犯人を言えばあなたはすぐにでも飛んでいくでしょう?」
「……あのね、それ失礼な質問よ。私を誰だと思ってるの?」
瞬間、レミリアの目つきが変わった。わずかに細められた吊り気味の瞳に、鋭利で獰猛な光が宿る。
ホールの空気が張り詰めたと、衣玖は空気を読むまでもなく肌で感じた。
さすがの衣玖もおもちゃを取り上げられて暴れる幼女が突然肉食獣にトランスフォームしたようなその変わりっぷりにはビビった。
「……私はそれが心配なのです」
「よく言うわ。知ってるよ、龍宮の使いはいつも不安を煽るだけ煽って帰るって」
「私にも老婆心というものがあります。黒幕と対峙すれば、あなたはきっと傷付きます」
「そんなこと言って、犯人をかばうつもりでしょ?」
レミリアがずずいと詰め寄って、疑いの視線で衣玖を舐め上げる。
その行動が、そして瞳が、私は一歩も退かないぞと千の言葉よりも雄弁に物語っていた。
「……わかりました、教えましょう。クリスマスを中止したがっているのは博麗の巫女です」
「ほら見ろ! どうせそんなこったろうと思ってたよ! 畜生あの野郎め、今すぐこの私がギタギタのメッタメッタに……霊夢だってぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!?」
衝撃と悲しみのあまりバッドレディスクランブルでホール中を跳ね回るレミリア。
色鮮やかな紙テープとイルミネーションにまみれて縦横無尽に飛翔するその姿はまさに聖夜に舞い降りた流れ星。
そのまま壁を破壊し床を破壊したまたま置いてあった墓石を破壊し、ケーキにつっこんでクリスマスリースをくぐり球状になっている天井で方向転換し、最終的には衣玖の胸の中へとソフトなタッチで飛び込んだ。
「ひゃぷぷ……な、なんで霊夢が……あの平等な霊夢がどうしてクリスマスを……」
そのまま仮装パーティーに出られそうな姿のレミリアが、衣玖に抱かれながら息も絶え絶えに呟いた。
「みんなに迫られて気の休まる暇がないからと言っていました」
「……ってことは、魔理沙とスキマと人形使いと天狗と小鬼のせいね! あいつら後で覚えてなさいよ!」
「それだけいれば中止したくもなるでしょうね。ところであなたがリストに入ってないようですが」
「私はかわいいからいいのよ。嫌がってるはずないわ」
近年稀に見るレミリアの自分勝手な物言いが迸った。翳りのない表情からは、それがジョークでもなんでもないことがありありと見て取れる。
まさしく悪魔の本領発揮である。
「ところで……どうしてあんたが霊夢の命令で動いてるの?」
「そういえば言ってませんでしたね。霊夢さんは今天界にいるのです」
「天界に!?」
「ええ。どうせ総領娘様には聖夜を祝いに来る友達なんかいないだろうから隠れ場所には最適、と」
「なんてこったい……! 雲みたいに自由気ままな子だとは思ってたけど、まさか本当に雲の上に行くとは!」
抱かれているため地団太を踏めないので、とりあえず脚をバタバタさせて悔しがるレミリア。
その激しさとかわいらしさをあわせ持つ勇姿は、水揚げされたばかりのマグロの益荒男ぶりに勝るとも劣らない。
ちなみにその頃天界にある比那名居邸の一室では、
「うーん、今年のクリスマスは本当に快適だわー」
「私の部屋に押しかけておいて、居心地悪いなんて言ったらはり倒すわよ」
「うちの神社ももう少し豪華な造りだったらいいのになぁ」
「壊れたついでに改築すればよかったんじゃない?」
「壊した本人が言うな」
「私はちゃんと直したでしょう? 二回目はあいつのせいだもん」
「紫もねぇ、あそこまで怒るとは思わなかったわ……そこの桃とって」
「自分で取りなさい」
「届かないもん」
「こたつから出ればいいでしょ?」
「とーどーかーなーいー」
「……あなた、実は私より我侭なんじゃないの? はいよ、桃」
「食べさせて」
「はぁ!? それくらい自分でやりなさいよ、鳥のヒナじゃあるまいし」
「たべさせてー」
「あ、あのねぇ……くつろぐのは結構だけど、もう少し礼節というものを……」
「たーべーさーせーてー」
「……はぁ、わかったわよ。まったく、これじゃどっちが客なんだか」
「もちろん私がお客よ。だってお客はもてなすものじゃない」
「そういうの舌先三寸って言うのよ……ほら、いいから口開けなさいよ」
「あーん」
という光景が繰り広げられていたのだがそれはこの際関係ない。
「で、私は霊夢さんを狙っている方々に聖夜の中止を知らせにきたというわけです」
「それは霊夢に頼まれたの?」
「いいえ」
「……へ? じゃあなんで……」
「今、言いましたよね。霊夢さんは天界……総領娘様のところにいると」
「聞いたけど、それがどうし……はっ!?」
その刹那、レミリアは気づいた。気づいてしまった。
この状況において、被害を受けているのは霊夢ちゅっちゅ陣営の戦士だけではないのだと。
そして目の前の妖怪は、自分とまったく同じ境遇にいるのだと。
悲しげな瞳は、きっとこちらを見ていない。まるで地平線のような、あの子の胸板を今も見つめているのだろう。
自分が不幸になったのだから、いっそ皆も巻き込んでやるとヤケを起こした彼女を責める気は起こらなかった。
──自分も今……霊夢に逃げられてしまった……。
腋からも……そこから覗く横乳からも……見捨てられた……。
同じだ……この妖怪と「私」は、なんか「似てる」……。
そう思った時、レミリアの心の堤防が決壊した。
「キャァァァァァァ! イックサァァァァァァァァァァァァァァァァァァン!」
「わかっていただけましたか!」
「わかる! わかるとも! あなたは私なのよ! 私よ! あなたの心のキズは、私のキズよ!」
もしいつか、自分より素敵なライバルがあらわれたら。
もしぽっと出の馬の骨に想い人をさらわれたらどうしようと。
それは恋する乙女なら、誰でもいつでも胸に秘めてる小さいけれど重大な悩み。
そう、レミリアと衣玖は種族も立場も見た目年齢も超えて心を一つにあわせたのである。
「よーし、こうなったら今夜は朝まで失恋パーティーよ!」
「ですが、クリスマスは中止になって……」
「知るかそんなの! 霊夢の言うことだからって一から十まで聞いてたらそれはきっとキレイな愛じゃない! あたり構わず騒ぐわよぉ!」
ぜんまいを巻きすぎて壊れたおもちゃのように、レミリアがはしゃぐ。
とことん自己中心的で、しかしどこか憎めない彼女を見て、衣玖は思わず苦笑した。
「……まったく、あなたの醸し出す空気は本当に乱暴ですね」
「これが悪魔の流儀(やりかた)よ。嫌なら帰ってくれてもいいのよ?」
「それも考えましたが、ここで帰宅者が出るとせっかく温まった空気が冷めてしまうでしょう?」
「別にそんなことないけど、まあ仕方ないから仲間に入れてあげましょう! 思う存分感謝するといいわ!」
「ありがとうございます。こんなに早く代わりの貧乳が見つかるなんて、私はついてますね」
「はっ?」
「いえ別に。ところで頭にケーキがくっついたままですよ。拭いてあげますから服を脱いで」
「なんでよ!?」
「これはぱっつんぱっつんの羽衣と言って、触れた者をナイスバディに変身させる伝説の防具なのですよ」
「マジで!? じゃあ脱ぐ! さあ、早いとこやっちゃってちょうだい!」
「ウフフ、ごちそうさまです。サンタクロースって本当にいるんですねウフウフフ」
仲睦まじく微笑ましく語り合う、クリスマスなのにお一人様ふたり。
それはまるでクリスマスの原点、聖母が我が子を抱いて微笑んでいる姿のように優しく、儚げでそして荘厳だった……。
・ ・ ・
一方その頃、天界のとあるお屋敷では。
「……ねえ。天子の唇って、桃みたいね」
「桃と比べるなんて、失礼ってものよ」
「じゃあ……どっちが甘いか、教えてくれる?」
「……ふふん。天界の桃は、地上の人間には刺激が強いわよ」
今年の聖夜も、結局騒がしくなりそうだった。
──二人きりの、クリスマスイヴ。
ともあれ、衣玖レミ…ありだな
しかしレミ衣玖とは初めて目にしましたが……アリだな。
霊夢のそっけなさにM回路が反応したのでしょうか。
下っぱさんがやってくれた!!
宴じゃ! 今夜は宴じゃ!!