凍て付く風の吹き荒ぶとある歳晩の日、私はふと思い立った。
毎晩眠る前の丑の刻参り、いわば日課の其れを、博麗神社でやってみたいと。
丑の刻参りと言えば、神社だ。
草木も眠る丑三つ時、人気の無い神社の神木、打ち付けられる釘と槌の響き……!
……ああ、妬ましい。神社という場所が妬ましい。
其れを始めたのは、ずいぶんと前の話だ。
恐らくは退屈から、あるいは虚しさから、若しくは生来の欲求からか。
とにかく私は其れを、簡素なものであるが、丑の刻参りを毎日の日課としている。
もはや記憶もおぼろげなほど続くその日課、七日や三十七日などとうの昔に過ぎたであろう。
この辺りで一つや二つ、本式の其れを行ってみてもいいのではないか。
ちょうど地上は何とかとか言う祭りの日、そろそろ酔い潰れて眠る頃合だろう。
人気はともかく、誰かに見られる恐れはあるまい。
それにわざわざこんな時間に地下へ向かう輩もいないだろう、先程鬼が通ったが。
私は衣装を整え、橋の袂を後にした。
道端の釣瓶火には目もくれず、少しばかり急いで。
博麗神社境内裏、刻は丑の三つ。
右手に槌と釘、左手には藁の人形。
顔には薄い白粉、頭には五徳に刺した蝋燭。
全身を覆う白装束、足を支える一本歯。
人の気は薄く、風の音さえも眠る。
眼前には一本の神木、仄かに昏く薫る
……完璧。まさにこれこそ、本式の其れだ。
湧き上がる興奮を余所に、手馴れた様子で人形を固定する。
ああ、堪えられない。これから始まるであろう妬みと恨みの恍惚に、思わず口元が綻ぶ。
神木に当てられた人形、中心を貫く釘の頭に槌の狙いを定める
駄目、慌てては。初手を外せば全てが台無しになるといっても過言ではい。
大きく槌を振り被る、狙いをもう一度確かめる。
腕に力を込める、ゆっくりと、槌を振り下ろす。
緩から急へ、徐々に速度を上げ、人形の心臓へと迫る。
そして――
……カー…………ン……
――音が、響く。
………………………
――深呼吸。
……カー……ン……
――もう一度。
……カーン……
――疾く。
……カーン……カーン……
――繰り返す。
……カーン……カーン……カーン……
――高揚。
……カーン……カーン……カーン……カーン……
――躍る心胆。
……カーン……カーン……カーン……カーン……
――嗚呼……!
……カーン……カーン……カーン……カーン……
――堪らない……!
……カーン……カーン……カカーン……カカーン……
――?
……カカーン……カカーン……カーカーン……カーカーン……
――違和感。
……カーカーン……カーカーン……カーンカーン……カーンカーン……
――増長する。
……カーンカーン……カーンカーン……カーン……カーン……カーン……カーン……
――おかしい。
……カーン……カーン……カーン……カーン……カーン……カーン……カーン……カーン……
――慟哭。
……カーン……カーン……カーン……カーン……カーン……カーン……カーン……カーン……
――多い……!
……カーン……カーン……カーン……カーン……カーン……カーン……カーン……カーン……
――明らかに、音の数が多い……!
……カーン……カーン……カーン……カーン……カーン……カーン……ガッ……カーン……
――滑り、取り落とす。
……カーン……カーン……カーン……カーン……
――私が槌を落としても、音は拍子を刻む。
……カーン……カーン……カーン……カーン……カーン……
――音が、増える。
……カーン……カーン……カーン……カーン……カーン……カーン……
――新手の怪奇か、同業者か。
……カーン……カーン……カーン……カーン……カーン……カーン……カーン……
――音の源。恐らくは、向かい側。
……カーン……カーン……カーン……カーン……カーン……カーン……カーン……カーン……
――妬ましい……。
……カーン……カーン……カーン……カーン……カーン……カーン……カーン……カーン……
――私の恍惚に水を差し、のうのうと釘を打つ同業者が妬ましい……!
……カーン……カーン……カーン……カーン……カーン……カーン……カーン……カーン……
――ならばせめて、相手の顔を見てやろう。
……カーン……カーン……カーン……カーン……カーン……カーン……カーン……カーン……
――足元の槌を拾い、神木を陰に回り込む。
……カーン……カーン……カーン……カーン……カーン……カーン……カーン……カーン……
――覗き込み、目を凝らす。
……カーン……カーン……カーン……カーン……カーン……カーン……カーン……カーン……
――そこには……。
……カーン……カーン……カーン……カーン……カーン……カーン……カーン……カーン……
……カーン……カーン……カーン……カーン……カーン……カーン……カーン……カーン……
……カーン……カーン……カーン……カーン……カーン……カーン……カーン……カーン……
……カーン……カーン……カーン……カーン……カーン……カーン……カーン……カーン……
――『私』が、いた。
「……ッ!?」
柄にも無く、声を上げそうになる。
心の中枢が早鐘を鳴らす、響く槌の音に合わせて。
肌を伝う冷えた流汗、薄い白粉 水気を帯びる。
確かに私は、身体を二つに分かつ事が出来る。
だが、違う。
舌切雀を用いた覚えは、無い。
今、そのカードは懐の中にある。
少なくとも……この『私』は、大葛篭の化身ではない。
『私』に目をやる。
白い装束、厚い白粉、五徳に灯る五つの火、一本歯の下駄。
紛れもない其れの風采。……つまり、私と同じ。
髪はウェーブがかった金色、長いともつかず、短いともつかず。
ただ、よくよく見れば少しばかり私の髪よりも長いようにも感じられる。
背丈は恐らく同程度、肌の色は区別が付くほどのものではない。
顔はよく分からない、夜目は利く方だと思っていたのだが……嗚呼、妬ましい。
辛うじて捉えた瞳の色は、朱。私の瞳は深碧、即ち……
……良かった、どうやらこの『私』は私ではないらしい。
安堵の吐息、吐けば再び熱帯びる。
冷やした肝で冷まされた、同業者への妬みと恨み。
そして――
――音が、止まる。
気付かれたか、それとも別の所以か。
否、貫く視線が物語る、朱に鋭く煌いて。
この妬み、如何してくれよう?
返す視線は碧の妬み、深く妖しく輝かせ。
朱の視線が僅かに逸れる、連ねて静かに空気が動く。
さぁ、どう動くのかしら?
「貴女は、何が恨めしいの?」
面食らう、放たれたのは問う言葉。
解せない、相手がどういう心胆なのか。
「貴女は、どうしてそんな事をしているの?」
少女は続ける、ただ淡々と言葉を紡ぐ。
何を言っているの? 何を言おうとしているの?
……何が恨めしく、何が故に呪うか?
それは……
……恨めしいほどの相手はいない、呪いは何処へも向かいはしない。
……行き場を得られぬ呪いの響きは、私の元に再び廻る。
……呪う相手は私自身? だとしたら何故? 私は、私の何が呪わしいの……?
……孤独、そう孤独。渡る者の途絶えた橋、そこにいるのは私だけ。
……孤独は退屈、孤独は虚しさ、孤独は欲求、孤独は、孤独は……
「…………私自身が恨めしい、己の孤独が呪わしい」
掠れた声で搾り出す、思考の末の虚ろな嘆き。
語るで無く、呟くでも無く、故意すらも無く。
「そう……」
向かう少女は静かに佇む、貫く視線は既に無い。
「私も、似たようなものよ」
少女が言う。
「独りになるのが恐ろしい、呪わしい、孤独に怯える自分」
「孤独に怯えているのなら、妬ましい、貴女は独りじゃない」
「過去の孤独に未だに怯え、笑うなら、笑えばいいわ望むなら」
「私は独り、ただ一人だけ、哀れむの、誰もが通らぬ橋の守」
恨む相手は、二人同じく自分自身。
呪う理由も、同種の孤独に中てられて。
それならば……
「貴女は本当に独りなのかしら、同穴の狢」
「恨めしいほどに妬ましいわ、同業者」
……同類、だ。
一陣、風が吹く。もうどれ程の時が過ぎたのだろう?
東の方に目をやれば、空は東雲、僅かに白い。
「……そろそろ帰るわ、また会いましょう、同類の橋姫」
「そうね……また会えるのかしら? 名も知らぬ同類」
帰途に着く、夜明けは最早鼻の先。
軽く駆け足急ぎ足、戻る頃には辰の刻。
道中、小さな釣瓶火と目が合った。
頬を僅かに朱色に染めて、いつの間にやら桶の中。
碧の髪に朱色の頬、白い着物と何やらまるで、
どこぞの祭りの色のようだった。
毎晩眠る前の丑の刻参り、いわば日課の其れを、博麗神社でやってみたいと。
丑の刻参りと言えば、神社だ。
草木も眠る丑三つ時、人気の無い神社の神木、打ち付けられる釘と槌の響き……!
……ああ、妬ましい。神社という場所が妬ましい。
其れを始めたのは、ずいぶんと前の話だ。
恐らくは退屈から、あるいは虚しさから、若しくは生来の欲求からか。
とにかく私は其れを、簡素なものであるが、丑の刻参りを毎日の日課としている。
もはや記憶もおぼろげなほど続くその日課、七日や三十七日などとうの昔に過ぎたであろう。
この辺りで一つや二つ、本式の其れを行ってみてもいいのではないか。
ちょうど地上は何とかとか言う祭りの日、そろそろ酔い潰れて眠る頃合だろう。
人気はともかく、誰かに見られる恐れはあるまい。
それにわざわざこんな時間に地下へ向かう輩もいないだろう、先程鬼が通ったが。
私は衣装を整え、橋の袂を後にした。
道端の釣瓶火には目もくれず、少しばかり急いで。
博麗神社境内裏、刻は丑の三つ。
右手に槌と釘、左手には藁の人形。
顔には薄い白粉、頭には五徳に刺した蝋燭。
全身を覆う白装束、足を支える一本歯。
人の気は薄く、風の音さえも眠る。
眼前には一本の神木、仄かに昏く薫る
……完璧。まさにこれこそ、本式の其れだ。
湧き上がる興奮を余所に、手馴れた様子で人形を固定する。
ああ、堪えられない。これから始まるであろう妬みと恨みの恍惚に、思わず口元が綻ぶ。
神木に当てられた人形、中心を貫く釘の頭に槌の狙いを定める
駄目、慌てては。初手を外せば全てが台無しになるといっても過言ではい。
大きく槌を振り被る、狙いをもう一度確かめる。
腕に力を込める、ゆっくりと、槌を振り下ろす。
緩から急へ、徐々に速度を上げ、人形の心臓へと迫る。
そして――
……カー…………ン……
――音が、響く。
………………………
――深呼吸。
……カー……ン……
――もう一度。
……カーン……
――疾く。
……カーン……カーン……
――繰り返す。
……カーン……カーン……カーン……
――高揚。
……カーン……カーン……カーン……カーン……
――躍る心胆。
……カーン……カーン……カーン……カーン……
――嗚呼……!
……カーン……カーン……カーン……カーン……
――堪らない……!
……カーン……カーン……カカーン……カカーン……
――?
……カカーン……カカーン……カーカーン……カーカーン……
――違和感。
……カーカーン……カーカーン……カーンカーン……カーンカーン……
――増長する。
……カーンカーン……カーンカーン……カーン……カーン……カーン……カーン……
――おかしい。
……カーン……カーン……カーン……カーン……カーン……カーン……カーン……カーン……
――慟哭。
……カーン……カーン……カーン……カーン……カーン……カーン……カーン……カーン……
――多い……!
……カーン……カーン……カーン……カーン……カーン……カーン……カーン……カーン……
――明らかに、音の数が多い……!
……カーン……カーン……カーン……カーン……カーン……カーン……ガッ……カーン……
――滑り、取り落とす。
……カーン……カーン……カーン……カーン……
――私が槌を落としても、音は拍子を刻む。
……カーン……カーン……カーン……カーン……カーン……
――音が、増える。
……カーン……カーン……カーン……カーン……カーン……カーン……
――新手の怪奇か、同業者か。
……カーン……カーン……カーン……カーン……カーン……カーン……カーン……
――音の源。恐らくは、向かい側。
……カーン……カーン……カーン……カーン……カーン……カーン……カーン……カーン……
――妬ましい……。
……カーン……カーン……カーン……カーン……カーン……カーン……カーン……カーン……
――私の恍惚に水を差し、のうのうと釘を打つ同業者が妬ましい……!
……カーン……カーン……カーン……カーン……カーン……カーン……カーン……カーン……
――ならばせめて、相手の顔を見てやろう。
……カーン……カーン……カーン……カーン……カーン……カーン……カーン……カーン……
――足元の槌を拾い、神木を陰に回り込む。
……カーン……カーン……カーン……カーン……カーン……カーン……カーン……カーン……
――覗き込み、目を凝らす。
……カーン……カーン……カーン……カーン……カーン……カーン……カーン……カーン……
――そこには……。
……カーン……カーン……カーン……カーン……カーン……カーン……カーン……カーン……
……カーン……カーン……カーン……カーン……カーン……カーン……カーン……カーン……
……カーン……カーン……カーン……カーン……カーン……カーン……カーン……カーン……
……カーン……カーン……カーン……カーン……カーン……カーン……カーン……カーン……
――『私』が、いた。
「……ッ!?」
柄にも無く、声を上げそうになる。
心の中枢が早鐘を鳴らす、響く槌の音に合わせて。
肌を伝う冷えた流汗、薄い白粉 水気を帯びる。
確かに私は、身体を二つに分かつ事が出来る。
だが、違う。
舌切雀を用いた覚えは、無い。
今、そのカードは懐の中にある。
少なくとも……この『私』は、大葛篭の化身ではない。
『私』に目をやる。
白い装束、厚い白粉、五徳に灯る五つの火、一本歯の下駄。
紛れもない其れの風采。……つまり、私と同じ。
髪はウェーブがかった金色、長いともつかず、短いともつかず。
ただ、よくよく見れば少しばかり私の髪よりも長いようにも感じられる。
背丈は恐らく同程度、肌の色は区別が付くほどのものではない。
顔はよく分からない、夜目は利く方だと思っていたのだが……嗚呼、妬ましい。
辛うじて捉えた瞳の色は、朱。私の瞳は深碧、即ち……
……良かった、どうやらこの『私』は私ではないらしい。
安堵の吐息、吐けば再び熱帯びる。
冷やした肝で冷まされた、同業者への妬みと恨み。
そして――
――音が、止まる。
気付かれたか、それとも別の所以か。
否、貫く視線が物語る、朱に鋭く煌いて。
この妬み、如何してくれよう?
返す視線は碧の妬み、深く妖しく輝かせ。
朱の視線が僅かに逸れる、連ねて静かに空気が動く。
さぁ、どう動くのかしら?
「貴女は、何が恨めしいの?」
面食らう、放たれたのは問う言葉。
解せない、相手がどういう心胆なのか。
「貴女は、どうしてそんな事をしているの?」
少女は続ける、ただ淡々と言葉を紡ぐ。
何を言っているの? 何を言おうとしているの?
……何が恨めしく、何が故に呪うか?
それは……
……恨めしいほどの相手はいない、呪いは何処へも向かいはしない。
……行き場を得られぬ呪いの響きは、私の元に再び廻る。
……呪う相手は私自身? だとしたら何故? 私は、私の何が呪わしいの……?
……孤独、そう孤独。渡る者の途絶えた橋、そこにいるのは私だけ。
……孤独は退屈、孤独は虚しさ、孤独は欲求、孤独は、孤独は……
「…………私自身が恨めしい、己の孤独が呪わしい」
掠れた声で搾り出す、思考の末の虚ろな嘆き。
語るで無く、呟くでも無く、故意すらも無く。
「そう……」
向かう少女は静かに佇む、貫く視線は既に無い。
「私も、似たようなものよ」
少女が言う。
「独りになるのが恐ろしい、呪わしい、孤独に怯える自分」
「孤独に怯えているのなら、妬ましい、貴女は独りじゃない」
「過去の孤独に未だに怯え、笑うなら、笑えばいいわ望むなら」
「私は独り、ただ一人だけ、哀れむの、誰もが通らぬ橋の守」
恨む相手は、二人同じく自分自身。
呪う理由も、同種の孤独に中てられて。
それならば……
「貴女は本当に独りなのかしら、同穴の狢」
「恨めしいほどに妬ましいわ、同業者」
……同類、だ。
一陣、風が吹く。もうどれ程の時が過ぎたのだろう?
東の方に目をやれば、空は東雲、僅かに白い。
「……そろそろ帰るわ、また会いましょう、同類の橋姫」
「そうね……また会えるのかしら? 名も知らぬ同類」
帰途に着く、夜明けは最早鼻の先。
軽く駆け足急ぎ足、戻る頃には辰の刻。
道中、小さな釣瓶火と目が合った。
頬を僅かに朱色に染めて、いつの間にやら桶の中。
碧の髪に朱色の頬、白い着物と何やらまるで、
どこぞの祭りの色のようだった。
サンバのリズムに聞こえてくるそうですね。
二人のごっすんがセッションしちゃったからしょうがない。