※厳密には会話録ではない。
三途の川で陽気な歌が聞こえたら、それはきっと船出の合図。
♪~
金があるやつぁ 金を出せ
金がないやつぁ 銭を出せ
あたいは船頭 小野塚 小町
出さなきゃ舟にゃ 乗せないぞ
乗ったら財布を 裏返せ
一銭たりとも 惜しむなよ
あたいは死神 小野塚 小町
ケチれば河に 蹴落とすぞ
~♪
───ん?なんだい?乗るのかい?
───乗るんだね。さ、出すもの出しな。
1番分かりやすいのは、あたいの前でその財布をひっくり返すことだ。
それとすまんが、つり銭は用意してないんだ。なんせ、つりを返す必要がないんだから。
───うーむ、それで全部かい?もうちぃと欲しいところだが、それで全財産なら仕方ない。
乗りな。不足分として、あたいと船旅の会話につきあってもらうよ。なあに、いつものことさ。
さあ、出発するよ。落ちても助けてやらんから、しっかり座ってるのが懸命さ。
───さて、岸から結構離れたな。
おまえさんも、後ろを見るのをやめたらどうだ?未練なんて、早く捨てるに越したことはない。
後ろを見る余裕があったら前を向け。これからボスのきつーいお説教が待っている。
どんなに清く生きようと、人間は知らず知らずのうちに罪を犯す。
そこを、重箱の隅をほじくるように咎めるのが閻魔ってものさ。死神より立ちが悪い。
死神は金さえ持っていれば何も言わない。おまえさんも、そっちの方が楽だろ?
───さてと、ちょっとばかりあたいの愚痴につきあってもらおうか。
何、説教に比べればたいしたことはあるまい。黙っていたってお互い暇だろう。
いや、実はな、一昨日だったかねぇ。ずいぶんと偉そうな霊がやってきてねぇ。
何でも、生前はどこかのお偉いさんだったらしくて。ああ、恐ろしや。案の定、財布の中は小銭だけさ。
おかげで、かなり川幅を短くしなくちゃ商売上がったりで、本当にまいったよ。
ところがどっこい、相当悪だったのかねぇ、重いんだよ、あの幽霊。漕いでも舟が進まんのさ。
そのうち、まだ向こう側についてないのに、運賃が尽きちまってねぇ。
戻るにも進むにも、銭がない。そうすればあたいの労働意欲もゼロさ。
「そこを何とか」って土下座するあいつの頭を踏みつけて、それから川に蹴落としてやったさ。
まったくもって、いい骨折り損だよ。あいつ、踏まれ代と蹴られ代を支払わなかったのさ。
もうその日は仕事って感じじゃなかったね。
後でボスに聞けば、そいつは人が土下座したその頭を踏みつけるように生きてきたらしい。
惜しいことをしたものさ。ボスの元で裁かれりゃ、魚に食われるよりもふさわしい罰を与えられたのに。
無間地獄は確定だっただろうにねぇ。ああ、実にもったいない。せめて踏まれ代だけでも徴収するんだった。
───ん?何を怖がってるんだい?
おまえさんはしっかり運賃を出したじゃないか。この分ならしっかり向こう岸につけるってもんよ。
蹴落としゃしないって。ルールとマナーさえ守れば、だが。
飲酒と喫煙と落書きはご法度だ。船べりから身を乗り出すものご遠慮願いたい。
もっとも、飲酒ならあたいが時々やるんだが。漕いではクイッと、漕いではクイッと、くぅ~、たまらないねぇ。
ボスに見つかるとひどく怒られるが、向こうまで幽霊を送れば何も問題はあるまい。
さぁ、漕ぐか。酒の話をしていたら、なんだか呑みたくなってきた。今日の仕事はおまえさんでおしまいさ。
───もう1つだけ愚痴につきあっておくれよ。
実はなぁ、見れば分かるが、この舟、相当古いんだ。
贅沢は言いたくないんだがしかし、いくらなんでも、ボロすぎやしないか?
おまえさん、もしだよ、あの岸にあたいのボロ舟のほかに、新品の舟があったらどっちに乗っていたかい?
そりゃぁ、まぁ、立派なほうだろうね。誰だって好き好んでこんなボロに乗る輩はいないさ。
漆を塗れとか金箔を貼れとか、とは言わないけどさ、洒落っ気ってもんがあるじゃないか。
なんでも、地獄では施設拡張でいっぱいいっぱいなんだとさ。たまにはこっちに手も回せって。
───え?あたいの銭かい?
てやんでぃ、江戸っ子が宵越しの銭を持つわけないだろう。その日のうちに酒に消えるのさ。
大体、勝手に変えると怒られるんだよ。何が悪いんだろうねぇ。自費なら好き勝手してもいい気がするし。
閻魔さまの崇高な考えは、到底あたいにゃ理解できませんよ、と。
───お、彼岸が見えてきたねぇ。
よかった、運賃もピッタリだ。ま、そうなるように川幅を調整してるんだから当たり前だが。
おやおや、おまえさん、安心するにはまだ早い。ここから先が本場の地獄さ。
あたいは岸に舟をつけたらそれで失礼する。ここから先はおまえさん1人だ。
地獄に落とされてもめそめそするな。一発で天界に行けるなんて60年に1つあるかないかだ。
大概は煉獄で罪を洗い流してから、天界に行くってのがセオリーさ。
それに、地獄ってのは愉快なところだ。いっぺん行けば気に入るだろうさ。
地獄は苦しいところだって言われているが、あれは重罪人だけ。
殆どは学校の居残り課外の変わりない代物さ。
もっとも、あたいは死んだことがないからあまり詳しくは知らないが。
───さあ、着いたよ。ようこそ、楽しいあの世へ。
ここをまっすぐ行けば裁きの場だ。道を間違えたっておもしろいものは1つもないからな。気をつけろよ。
あと、ボスに何か聞かれたら、包み隠さず答えることだ。嘘ついたってどうせばれる。
おまえさんだって舌を抜かれたくはないだろう?おっと、死人に口なしだったな。
さあ、行ったいった。今更足掻いたところで何も変わらんさ。
そうだ、くれぐれもさっきの愚痴をボスに言うんじゃないぞ。
いや、というのも、あの方は、妙なところで神経質だからな。
だから、こう、考え事の種を増やして欲しくないと言うかなんと言うか………
とにかく、死神と閻魔はペアで仕事をしなくちゃならない。
なのに、しょうもないことであたいがあの方の足を引っ張るわけにはいかないだろう。
そりゃぁまぁ、多少の愚痴は出るけれど、でもあたいは立派なボスを持ったと思ってるからね。
あたいとて、できる限りの協力はしてやりたいものさ。
ま、そういうわけさ。よろしく頼むよ。じゃ、あたいはこれで。
♪~
今宵の仕事も おしまいさ
そこらの屋台に 呑みに行こう
気楽な死神 小野塚 小町
帰りの舟は ちと寂しい
~♪
なんて強引な代金だww
しかし例え大金を持ってたとしても乗船で全額支払いってことはこの追加料金が発生したら……。