まっくらやみの中にそびえる神社のうらにわで白昼のさんげきのよかん
だいたい四、五日前に、はくれい(むずかしい字はわかりやすく書いている)神社でとんでもないことが起こった。そりゃあもうとんでもないことだ。びっくりして目から顔からぼうぼう火が出た気がする。火を見るよりあきらかだ。
今年の秋は実りがよくて、だれもかれも大よろこびである。野山は紅葉にそまって、とてもきれいだ。記者は秋が好きである。寒くもなく暑くもなく、食べ物はおいしいし良いことづくめだ。これもひとえに、記者の努力によるものといってかごんではない。もっと記者をほめたたえるべきである。ざんねんながら、まだまだ記者に対する評価は正当なものとはいえない。
このことについてはくれい神社の巫女から以下のような答えがあった。
「朝っぱらからなによ。ねむいんだけど。え、なに? 取材? しらないわよ。ねむいんだって。なに? 来てやってるんだからありがたがれ? なにさまよ。記者はえらい? 初耳だわ。これから? まだ寝るわ。さぼり? うるさい、さっさと帰れ」
目はうつろで、明らかにどうようしたようすだった。なにかをいんぺいしているにちがいない。記者はこの巫女を事件のさい有力ようぎ者としてこくはつする用意がある。耳を洗って待っていてもらいたい。ほえづらをかくさまが楽しみである。
秋といったら栗である。栗といったら栗ごはんである。記者の好物である。食べすぎておなかをこわしたこともある。それぐらい好きなのである。食よくの秋だからといって、どく者しょくんはくれぐれもこのようなことがなきよう、お気をつけいただきたい。
(射命丸 文)
◆
「ニセモノじゃない」
思わず声がでた。
どっからどう見てもニセモノ。そもそも書いたおぼえがないのだから。
なんなのよ、これ。
文法も構成もむちゃくちゃ。話が脱線しすぎて何を伝えたいのかわからない、擬音語を安易に使うべきではない、惨劇なんてどこにも書いてない、と突っ込み出したらきりがない。
もう一度だけ読み返してみる。
ある、ある、ある、ある、ある。語尾が重なっていてなんとも座りが悪い。悪文のお手本みたいでくらくらしてきた。
記者の好物である。
――知るか!
脈絡の無さにとり乱してしまう。あやうく破り捨てるところだった。
いったい誰がこんなものを書いたのか。目的はなんなのか。
捜査しなければならない。
こんな紙くずのために働くのも腑に落ちないのだけど、『文々。新聞』の名を語られて黙っておくわけにもいかぬ。
どうせ誰かの思いつきなんだろうけど。これは挑発だ。
好きなことを書いても、きちんとした新聞のスタイルを外さないのが『文々。新聞』だ。そういう姿勢でわたしは今までやってきたわけで。バケツ三杯分の砂をひっかけられた気分になる。
一応の手がかりはある。報道の正義の名のもとに、すべてを白日の下に暴き出してやる。悪くない筋書きだ。
やってやる。やってやるわ。
ん?
楽しくなってきたかも。
◆
「あんただったわよ」
懇切丁寧に事情を説明してやったというのに、振り向いてもくれないとは。
「わたしはまったく身に覚えがないんです」
巫女は箒を振りまわして、落ち葉を掃き散らす。とても掃除しているようには見えないから、ありもしない忙しさを表現しているのかもしれない。
「あんたにゃ無くても私にゃあるのよ」
「こんなひどいもの、頼まれても書きません」
いまさらだけど、ひどいなあこれ。なにがひどいって、手書きなのだ。終わりのほうなんかすごい勢いで字が踊っている。あまり文字に親しんでないものが見たら、なにかの暗号だと思うんじゃなかろうか。『文々。新聞』は活版印刷で通っていたはず。
「白昼の惨劇、とか書いてますけど、そんなことがあったんですか?」
「さあ? あったような、なかったような」
惨劇なんて、そうそう起こるものじゃない。実際起こってたら、わたしが見逃すはずもないわけで。
「そうは言っても、あんたが取材してきたんだから」
「本当にわたしだったんですか?」
「だからさっきも言ったじゃない。あんたよ。取材なんて、あんた以外にだれがするっての」
わたし即ち取材であるらしい。せめて天狗とか、記者とかさあ。そんな言葉を含んでくれたっていいじゃない。
「それなら聞きますけど」回り込んで、見せつけてやった。「こんな髪の色をしてたんですか?」
しばし見つめられる。どこをそんなに見ることがあるのだろう。
ちくちく。
なに、これは、殺気?
巫女が放つのは、おかしい。頭があったら叩けとでも、神社の教えにあるのか。
「――しらないわ」
一回の質問で、証言の信憑性をくずしてしまった。
なんだかなあ。
「こんな声でしたか?」
自分でも珍妙な質問だと思うけど。
「おぼえてない」
だろうなあ。
「こんな格好でした?」
「もっと赤かった」
やっと答えらしい答えが出たと思ったら、赤ってさ。もうすこし具体的な話をしてよ。この巫女は対象を色でしか識別できないみたいだ。
「それは上ですか? 下ですか?」
記者にあるまじき不明瞭な聞き方なのだけど、この様子じゃ三択以上は望めない。
「下。ていうか下しか見てないし」
「さっき『あんた』とか断言されてた気がするのですけど」
「言ってないわよ」
これはひょっとして、と思い至る。
「どこで取材を受けたんです?」
「布団のなか」
やっぱり。
◆
「という話なんですけど」
「濡れ衣よ」
「濡れ衣ね」
姉妹ならではの、美しいハーモニー。しかし聞き惚れていても仕方ない。
「秋が好きで赤いのっていったら、あなた方ぐらいしか思いつきません」
「ひどい言われようだなあ」
「赤いのってねえ」
わたしに言われてもね。巫女に言ってほしい。
「う、わ」
驚いた。
突然、似たような顔が目前に二つ、並んでいる。なんだっていうんだ。
「肌色もあるでしょう」
こっちが姉で。
「髪の色だって」
こっちが妹。合ってるはずだ。
言いたいことはわかるんだけど、そんな話をしてるんじゃない。
「とにかく、一番あやしいのはあなた方なんです」
いくらなんでも近すぎるので、離れる。良い匂いがして、お腹が減ってしかたない。
「白状してもらえませんか?」
「穣子がやったんでしょう」
「姉さんのしわざだと思う」
ちょっとでいいから姉妹愛みたいなものを見せてほしいな。これじゃ記事にもなりやしない。いや、姉妹ゆえの確執、なんてドロドロしたのもたまには面白いか。見出しから内容まで頭に浮かんできた。
「だいたい、私たちが新聞作ってどうするっていうのよ」
「嫉妬してたんじゃないですか?」
「誰が?」
「何に?」
やっぱり仲は良いのかしら。
「あなた方が。わたしの新聞の出来の良さに。それで評判を貶めるために、わざわざこんなものを」
「気の毒な出来だって、前に拾ったとき姉さん言ってたよね」
「貶められるほどの評判も無いじゃない」
はぁ。
手がかり無し、か。
◆
目だった収穫もなく、とぼとぼと山に帰ってきてしまった。
わからない。いったい誰がどうしてこんなものを作ったのか。さっきの誰かが空とぼけているんだろうか。
ばら撒いてる現場をとっちめてやろうかなあ。それが一番手っ取り早いし。でも乱暴なやつだったら、アクロバットなことになるかもしれない。それはそれで面倒だ。
まぁいいや。
次の新聞にでも載せて、犯人がでてくるのを待とう。記者ってのは能動的であり、受動的でもあるべきだ。決してさぼりの言い訳ではない。
印刷所へ入る。
インクの匂いがして、とても落ち着く。わたしの原点だ。
ん?
なにか、居る。白くて、赤い。
見覚えは、ある。
「なんであなたがここにいるの?」
◆
「ごめんなさい」
「なんでこんなものを作ったのよ」
「憧れてたんです。記者って、格好良いじゃないですか。知らないことを教えてくれるのは、格好良いです」
そう言われると悪い気はしないんだけど、騙されてはいけない。
「インクだらけじゃない」
「使い方がわからなくて」
手が真っ黒で、ひどい有り様だ。意外と不器用なんだ。
「それで、印刷はできたの?」
「いえ」
そりゃそうだ。わたしだって文章量が多いときは、暇な仲間に協力を依頼している。それだけ、活字を探すって作業はたいへんなのだ。
「……ごめんなさい」
そんな風に飼い犬が死んだみたいな顔で謝られたら、いじめてる気になってくる。やめてよね。わたしは悪くないはずだ。
「ま、汚したところは掃除しておいてよね」
「はい、ごめんなさい」
放っておいたら、どこか日陰で泣いてそうだったので、フォローしてやることにした。
「悪くはないのよ、この新聞」
「ほんとですか?」
一転して目を輝かせてくる。全部が全部なぐさめというわけではない。事情がわかれば許容はできる。それに、後進が増えるというのは好ましいことだ。
「書きたいものを書いてるって点ではね。初めてにしては上出来」
書きたいときに、書きたいものを書く。それが記者の心意気。
「ありもしないことを書くのは頂けないけどね」
面白いならアリだけど、というのは後々教えることとしましょう。
「でも、責任はとってもらうわ」
「責任って?」
いったいなにをさせられるのか、って顔。
「決まってるじゃない」
ふ、ふ、ふ。
ちょっと苦労させられたし、こっちにも旨みがないとやってられないというものだ。
「おしおきよ」
◆
秋の夜長に、根掘り葉掘りと取材は続く。
取材と講義をまとめてうける。
うつらうつら。白狼天狗は眠そうだ。
でも解放は、まだまだ先。
有無を言わさずしゃべらせろ、とか。
ペースを握ったらこっちのもんだ、とか。
冒頭にでかいことを書け、とか。
書きたくないことは書かなくていい、とか。
くだらないことこそ記事になる、とか。
あれやこれやと手ほどきをうける。
荒唐無稽な話をネタに、理路整然と新聞を作る。
それが彼女のやり方だった。
後日二人がかりで配布した『文々。新聞 番外篇』はいつもより評判が良く、新聞始まって以来はじめての増刷まで行われたとかなんとか。
おしまい
確か活版印刷は河童のおかげであった……ような気が。
うろ覚えなんで気にしないでください。