本格的な冬の訪れによって、秋姉妹の季節は終わりを告げてしまった。
喜びも悲しみも幾歳月。彼女らの胸に去来するのは、玉ねぎの涙か秋の断末魔か。
落ち葉の石棺に包まれたあばら屋の中心にて二人は時を止めている。青い空が地べたに張り付いたような夜の世界。
赤い空。黄色い雲。流れるような白い川。干からびたキリギリスが砂のように空を舞う。
何かが妙に張り付いている。のっぺらり。のっぺらり。動き出す。
「……静葉姉さん。生きてる?」
「穣子、お酒飲みましょう」
「酒なんか持ってないわ」
「地下にあるでしょ」
「……もう限界よ」
「それでいいの……」
幾度となく繰り返される形骸。
天井に虹色の飛沫が飛んでいく。それは黒くてかたい発光体で、二人の脳裏に深く張り付いた一種のトラウマでもあった。
残光が網膜に焼けつき、二人はゆっくりと瞼を開ける。天井がくるくると回る。空が風のように流れていく。
落ち葉が二人にまとわりつくように絡みつく。
「だるいわ……」
「静葉姉さん……私もなんか吐きそう……」
「寝不足なのよ……」
「秋不足なのよ……」
突き放された恍惚感にも似た残響が、二人の理性の糸を絡みつかせる。
二人に見えない空の色は、今は薄紫色を帯びた素っ頓狂な万華鏡さながらの面持ち。
カサリ。天井が動いた。だだっ広い空間に小さな豆粒が跳ね回る。
「……ああ、ニコライの鐘の音が聞こえるわ」
「静葉姉さん違うわ。あれはカマドウマが天井を歩いてる音よ」
「そうかもしれないけど、私には鐘の音に聞こえるの」
「酒が足りないのかしら……」
「酒なんかどこにもないでしょ……?」
徐々に徐々に二人を包む空気が、冷たく輝くように白くて明るいものになっていく。
それまでぼやけていた思考の渦が焼け落ちていく。
「ところで、これ、お酒……?」
ふと、穣子は己の手にある、白い杯に入った黒い液体をまじまじと見る。
「そう、極上のイモ焼酎」
静葉はうっとりとした表情で天を仰いだままだ。
「黒いの……? こんなに?」
穣子の表情がだんだん不安を帯びる。
「まるで、この世界の闇を表してるかのようだわ」
静葉が呟くように呻く。
「なんか粘りもあるし……」
穣子がその液体に指をつけてみると妙に糸を引いた。
「味は極上よ。といいますか、あなたさっきまで飲んでたのよ?」
そう言って静葉はちらっと穣子の方をを見ると、かすかに含み笑いを浮かべた。
「そっか……じゃあ……」
穣子はおずおずと杯に口をつける。すると見る見るうちに彼女の顔が上気していく。
それを確認すると静葉も同じ液体をこくりと飲み込む。
「あ……」
どちらともなく声が漏れる。
視界が再びぐるぐると回りだす。ここはここで、どこでもない。でもどこにもないそんな場所。
揺らめきの中に波打つ、茶褐色の花びらが二人の目の前を揺れ落ちていく。
虹が見える。光が見える。星が見える。白が見える。脳内はすでに溶け落ち、思考は瓦解している。
訳もなく四肢を動かそうと、体は蕩ける。今宵、二人は溶け合い、そして黒の中に落ちていく。
『極上のイモ焼酎』を片手に。