傘が向日葵の中をくるくると踊る。
黄色い波の下の緑の海が、真夏の日差しを受けて翡翠に輝く。
「今日も暑いわね・・・」
太陽の畑で、私は日傘をまわしながら空を見上げる。
入道雲が遠くに見える他、何も遮られることの無い冬とは違う濃い空が天井を塗りつぶしている。
「そういえば、あの時もこんな日だったっけ・・・」
私は傘についているボロボロの人形を見て、目を細めた。
「暇ね」
愛用の日傘をくるくると回しながら、濃い青空を見上げ呟いた。
ここ最近異変も無く、事件も無く、変化も無いため幽香は非常に暇だった。
肉体よりも精神が重要となる強力な妖怪にとって、暇というのは下手な病気よりもつらいものである。
『退屈で死にそう』・・・これが洒落にならないのが妖怪である。
「誰か虐めに行こうかしら・・・?」
幽香が少々物騒なことを呟きだした。
彼女にとって他人(人間以外も含むが・・・)を虐めるのは趣味みたいなものであった。
幽香が日傘を回しながら太陽の畑から出て行こうとしたときだった。
「わっ!?」
すり鉢状の太陽の畑の縁から一人の少女が顔を出した。
少女の服装は里の人間のそれで、なかなか可愛らしい子だった。
一つ残念なのは長すぎる前髪のせいで目が隠れてしまっていることだろう。
「あら、お客さん?」
幽香は現れた少女に対しにっこりと微笑んだ。
だが少女は蛇に睨まれた蛙のように微かに震えながら動かずにいた。
幽香は強力かつ里の外では人間に対して友好度の低い妖怪として知られているため、怖がられているのだと幽香は思った。
(ま、それはそれでいいわ。それならそれで楽しめるし、第一間違っていないし・・・)
「じゃ・・・」
「あのっ!!」
幽香が次の言葉を口にしようとしたとき少女がそれを遮るように声を出した。
「ここにいる妖怪に花を自由に操れる人がいるって聞いたんですが・・・」
「ん?いることはいるけどどうしてかしら・・・?」
目の前にいる妖怪がそうだとは知らずに少女は後ろに持っていたものを取り出す。
「この子を直せないかなって・・・」
取り出したのは一つの鉢植えで、一株のミニバラが生えていた。
「・・・あらあら」
ただし、そのミニバラは無残にも枝の所々が折れていた。
「これはどうしたのかしら・・・?」
未だ咲いていないツボミは地面に顔を向けているが、その色は美しく枝や葉も少し汚れているが綺麗なものである。
このミニバラが大事にされていたのはそれらを見ればわかった。
なのにこんな惨状になっているのは何かあった証拠に他ならなかった。
「・・・」
少女はそれを聞かれて黙っていたが、幽香も何も言わずに少女を見つめると悔しそうにぽつぽつ語った。
「・・・近所の男の子に鉢ごと投げ捨てられた」
「・・・」
それを聞いて幽香は軽く眉をひそめた。
幽香にとって花は眷属みたいなものである。
表情こそあまり変わらないが、見るものが見たら相当怒っている事がわかっただろう。
笑いながら攻撃を仕掛けられる幽香が負の感情を表に出すこと自体、滅多にないことであった。
もちろん少女はそれに気付かず、折れたバラを直してもらうために危険を冒してここに来た事をぽつりぽつり喋っていった。
「ふう、それでその子を直したいのよね?」
「あ、はい!」
少女が幽香の言葉に頷くと、幽香は日傘を閉じてその先をバラに向けた、
「わっ!?」
すると、折れていたバラがいきなりその枝を繋ぎ合わせ、元通りの綺麗な鉢へと変化した。
「これは植物の回復能力を早めただけだから、後でしっかり肥料をあげなさいね?」
「あ、ありがとう!!」
そう言って少女は頭を下げて走り出した。
それがその少女との始めての出会いだった。
「あら?いつかの・・・」
幽香がいつもの通り太陽の畑をふらふらしていると、再び花畑の外輪であの少女を見つけた。
「今度は何しに来たのかしら?」
「あの・・・バラを治してもらったお礼を」
少女はそう言って手に持ったものを幽香に差し出した。
「あら、これは・・・」
幽香がそれを受け取ると、顔に近づけた。
「人形ね、それもポプリ入り」
それは幽香の姿を模した手のひらサイズの人形だった。
「えっと、お花の妖怪だからポプリとか好きかなっと思って・・・」
「そうね、嫌いじゃないわ。中に入っているのはバラのポプリかしら?」
「うん。本当は向日葵とかの方が良かったのかも知れないけど、あんまりポプリには向かなそうだし」
「そうかもね。まぁいいわ、ありがとう。これは貰っておくわね」
そう言って幽香は傘の柄に人形をくくりつけた。
いつも手にしている傘につけるあたり、かなり気に入ったようだった。
「そういえば、あなたのバラを折った子達はどうしたのかしら?」
幽香がそう聞くと、少女はぴくっと肩を震わせた。
そしてそのまま俯いているのを見て、幽香はため息をついた。
「はぁ、そのままなのね」
「・・・だって、いつもの事だし」
少女の言葉に幽香は眉をひそめた。
「いつも?・・・ふぅん、あなたよく虐められるのね?」
「・・・」
少女が俯いたまま体を震わせる。
「なんなら、私が仕返しをしてあげようかしら?」
幽香が冗談でそんな事を言うと、少女は俯かせた顔を上げて首をぶんぶんと横に降った。
その際彼女の前髪が上がり、その瞳が一瞬露になった。
「・・・ねぇ、あなたが虐められている原因って、その瞳かしら?」
「っ!!」
幽香の言葉に、少女は体を硬直させた。
「まぁ、珍しいものね。人間の金目銀目は」
そう言って、幽香は少女の前髪を上げて眼を覗き込んだ。
左側には黄色の、右側には青色の瞳が幽香の瞳を見返していた。
(ん~子供っていうのは残酷だからねぇ)
大人ほど分別がなく、赤子ほど周りの社会を知らないわけではない子供は、理性で情報を得、本能で行動する。
ある種絶対的な秩序を作り出すため例外を理解せず、異なる事を恐れる。
それ故に異端に関しては敏感になり、容易に排除の対象と化す。
まるで野生の動物のようだが、得られる情報と判断する能力がなまじ高い上、本能による区別をしないため異端と認定する対象は多い。
また、同じようにヒエラルキーを作り出すために扱いはさらに酷くなる。
少女はその異端の容姿から、子供のヒエラルキーの最下層に位置づけられたのだろう。
(自分と違うものを恐れるからねぇ、人間は)
これが妖怪と人間といった別種族ならそれほど問題はない。
最初からお互いは違うのだと認識できるからだ。
なまじ同じ人間という種で違いがあると、その違いが際立ってしまうのだろう。
その違いから来る差別を跳ね除けるぐらいに強ければ、違いは特別へと変化するのだが・・・。
(この子の様子じゃねぇ・・・)
その瞳は妖怪である幽香が近くにいることよりも、隠していた瞳を見られていることの恐怖で彩られている。
それを見て、幽香は残念に思った。
「こんな綺麗な瞳なのに、隠しているなんてもったいないわね」
思わずそう口に出してしまった。
もちろん、幽香にとってそれは何気ない、そう、自分だけがこの果物が美味しいと知っているような気持ちで言ったに過ぎない。
「・・・」
「え・・・?」
だけど、少女にとって同年代の子供から・・・いや、もしかしたら大人から出さえも忌み嫌われたその瞳を、幽香は純粋に肯定してくれたのだった。
「ちょっと、どうして泣くの?」
「・・・」
少女はただただ幽香の目の前で涙を流し続けた。
彼女が泣き止んだのはそれからしばらく経ってからだった。
「はぁ、全くなんで泣いたのかしら・・・?」
幽香がため息をつくと、少女は赤くなって俯いた。
「ごめんなさい」
「謝る必要はないけど・・・」
再び幽香はため息をついた。
そんな幽香を見て、少女は恐る恐るといった感じで声をかけた。
「あの・・・」
「何?」
「また、来てもいい・・・?」
「え?」
少女の意外な言葉に、幽香はかなり驚いた。
「駄目?」
「いや、花に悪戯しなければ別に来るのは構わないけど・・・」
「ほんと?ありがとう!」
それは幽香が見た少女が始めて笑った瞬間だった
それから少女は毎日のように幽香の元に現れた。
別に来たからといって特に何もするわけでもなく、向日葵と幽香を眺めているだけだった。
最初は幽香も気にしなかったが、流石に毎日見られていると無視し続けるのは辛くなってきた。
それが半月を過ぎたあたり、幽香はあの少女に話しかけた。
「あなたは毎日私を眺めてて、楽しいのかしら?」
「うん。少なくても里に居るよりは楽しい」
少女がそう答えると、幽香は理解できないといった風に肩をすくめた。
「あの、風見さん。もしかして迷惑ですか?」
「幽香」
「え?」
幽香の言葉に少女は面食らったが、幽香は気にせず続けた。
「幽香でいいいわ、風見さんなんて慣れないし。別に迷惑なんてことはないわよ」
「え、でも」
「でも、何にもしないであなたを放って置くのは気になるの」
その言葉に少女は訳がわからないといった顔をした。
「だから、どうせ暇だし私と話でもしましょう?」
その瞬間、少女は笑顔で頷いた。
それから幽香と少女は毎日のように太陽の丘で話した。
暇を持て余していた幽香にとってそれは悪い時間ではなく、少女にとっても瞳の事を差別しない幽香との会話は楽しいものだった。
しばらく少女と話しているうちに、幽香は彼女の変な癖を見つけた。
正面に立って話すと少女は僅かに顔の左側を前にするのだった。
さらに横に座る時は必ず幽香の右側、つまり少女の左側に幽香が来るように座るのだった。
そのことに気付いた幽香は、早速少女に聞いてみた。
「あ、やっぱり気付かれちゃったか」
少女はばつが悪そうな顔をして言った。
少女についてもう一つわかったことは、彼女は思ったよりも快活な性格だった事である。
おそらく虐めのせいであのようなおどおどした性格のようになってしまったのだろう。
よくよく考えれば、そんな性格の人間がいくら大事なバラだからといって、人間との友好度が低い妖怪のところに来るはずはない。
とにかく、幽香の前では生来の性格になっている少女は自分の右耳を指して言った。
「生まれつきこっち側の耳は聞こえづらいんだ。お医者様はこの目のせいだって言うんだけど・・・」
「ふうん」
それを聞いてそういえば、あんまり小さい声で言うと聞こえてないみたいだったなぁと思い返した。
「だから、あんまりこっち側から声をかけないでね。わからない時があるから」
「ん、わかったわ」
幽香はもう前髪で隠さなくなった少女の瞳を見て頷いた。
幽香と話すようになってからしばらくすると、少女はその瞳を隠さなくなっていた。
おそらく、その瞳を肯定してくれる相手が出来たからある種の自信みたいなものが出来たのだろう。
前に怪我をしてやってくることがあったが、どうもその虐めていた相手と喧嘩したらしい。
多分、もう少ししたら虐めもなくなるだろうと幽香は考えている。
自信がある奴は弱いものいじめの対象になりにくいのだ。
さらに反撃してくるのならなおさらだ。
そうしたら、きっとこの子はここに来ることは少なくなるだろうなと思うと、なんとなくさびしいような気がして、幽香は変な気持ちになるのだった。
そういった日々がしばらく続いていたのだが、ある日いきなり少女が現れなくなった。
二三日ぐらい開くことはあったが、今日で五日目になる。
幽香は最初、ああもうここに毎日くる必要がなくなったんだなぁと思ったが、少女と最後に会った日、彼女が咳をしていた事を思い出した。
(もしかしたら、風邪をこじらせているのかもしれないわね)
少女が来なくなってから七日目、幽香は里に行ってみる事にした。
(まぁ、たまには里の様子も見てみたいし)
自分でもそれが見舞いの言い訳に過ぎないことはわかっていて、思わず苦笑してしまった。
久しぶりに里に訪れてみると、なんとなく里の雰囲気が重く感じた。
(何かあったのかしら・・・?)
なんとなく不安になった幽香だが、とりあえず里の守護者である上白沢慧音の家へと向かうことにした。
幽香はあの少女の家を知らなかったので、まずは彼女に聞いてみようと考えていたのだ。
金目銀目の少女なんてそうはいないはずだから、絶対に彼女なら知っていると思ってのことだった。
慧音宅に向かう途中、何人かが布製の何かで口周りを覆っているのを目にした。
(あれは・・・確か外の世界で『マスク』と呼ばれるものだったかしら?)
その用途は記憶が正しければ病気の予防に使われるものだったはずだ。
徐々に大きくなる不安に比例するように、幽香は知らず知らずのうちに早足なりながら慧音宅へと急いだ。
慧音宅へ着いた幽香が早速戸を叩いてみるが、全く返事がない。
(留守?でも、途中で見た寺子屋はやっていなかったし・・・)
幽香が玄関で訝しんでると、通りすがりの人がそれに気付いて声をかけてきた。
「上白沢さんに御用ですか?」
「え、ええ。でも留守らしくて・・・」
その言葉に、幽香が頷くとその人は少しだけ目を伏せて答えてくれた。
「上白沢さんは今労咳にかかった子の看病に言っています」
「労咳?」
労咳という単語を、幽香は記憶のそこから引っ張り出した。
(確か、喀血を伴う肺の病気でかかったらまず助からない病気じゃなかったっけ・・・)
「ええ、一週間ほど前にそれが発覚しまして、あれは人にうつるからと自分ひとりで看病しているんです。あの人も半分人間なのだから完全に安全とは言えないのに・・・」
幽香は後半の言葉を全く聞いていなかった。
(一週間!?ちょうどあの子が来なくなった日から!!?)
「ねぇ!」
「はい!?」
急に張り詰め始めた幽香の声に、その人はすこしだけうろたえる。
「その子の家はどこ!?」
「え、えっと、大通りの呉服屋から横道に入って三軒目の家ですけど・・・」
「そう、ありがとう」
場所を聞くやいなや、幽香はそこに早足で向かい始めた。
「あの、あんまり近づくとあんたも・・・」
その人がそんな注意を幽香にしたので、幽香は少し立ち止まって顔だけ振り向いて答えた。
「大丈夫よ。私は全部妖怪だから」
そう言って、幽香は目的の家へ向かっていった。
目的の家の周りは死んだように静まり返っていた。
もしかしたら、周りの家の人間達も感染を恐れて一時的に引っ越しているのかもしれない。
幽香が戸に手をかけて開くと、ちょうど慧音が水を張った桶と手ぬぐいをもっていたところだった。
「風見幽香!?何故、こんなところに」
慧音は幽香の登場に驚いていたが、すぐに顔を引き締めて厳しい口調で言った。
「悪いが、今は手を離せないんだ。引き取ってもらえないか?」
幽香は一般的にはあまり人間に友好的ではないとされているため、慧音の態度が厳しくなるもの仕方なかった。
だが、幽香は全く怯む様子も見せずにずかずかと奥へと入り込んだ。
「お、おい!!」
慧音は必死に止めようとするが、幽香は止まらずに奥にある一室―――おそらく病人が居るであろう部屋の襖を空けた。
「・・・」
「あれ、幽香・・・?」
幽香はそこに痩せてはいたが、一週間前まで毎日のように見ていた少女を見つけ顔をしかめた。
「お前達・・・知り合いだったのか?」
慧音は少女が幽香の名前を呼んだのを見て、目を見開いて二人を見た。
「うん、私の友達」
それを聞いて、慧音は信じられないものを見るような目で幽香を見つめた。
「それにしてもゴメンね、一週間も会いにいけなくて・・・」
「・・・いいのよ別に」
幽香はそれだけを言うと窓に近づき、ポケットから何かを取り出し開いている窓からばら撒いた。
すると、その一面に一斉に芽が表れ、すぐさま成長し紫色の花が咲き始めた。
「わぁ!」
「おぉ!」
少女と慧音はその光景を見て、感嘆の声を上げた。
「ラベンダー、お見舞いの花の代わりね。病気の緩和に役立つはずよ。本当はシダーウッドとかティーツリーとかもいいんだけど、流石に樹木はね・・・」
「ありがとう、嬉しいわ!」
少女が笑顔になったのを見て、少し表情を緩めると少し少女と話をした。
ただ、その内少女が咳き込み始めたので幽香は慧音に看病を任せて部屋の外に出た。
その際、症状の口元を押さえた布に見えた赤い色が、あまりにも鮮やかに幽香の脳裏に焼きついた。
「・・・で、様子はどうなの?」
居間で慧音が戻ってくるのを待っていた幽香は、慧音の姿が現れた瞬間そう聞いた。
「・・・」
慧音が首を振ると、幽香は無意識に拳を強く握り締めた。
「どうにかならないの?」
「治療法が無い訳ではないんだが・・・」
慧音がそう言うと、幽香は目で続きを促した。
「外の世界の薬に『すとれぷとまいしん』という薬があるのだが、それが労咳に効くらしい。ただ・・・」
「高いのね・・・」
慧音が頷いた。
薬や機械といったこちらの幻想郷では再現が難しいものは、総じて値段が高くなる傾向がある。
「どれ位なのよ・・・?」
幽香が金額を聞くと、慧音はある数字を口にした。
「そんなに!?」
その数字は明らかに一般の家庭が払える金額を越えていた。
慧音が支援したとしてもとても払えるものではないだろう。
「単価が高いうえに、薬というのは一度飲めばそれで直るという訳ではないからな。ある程度投薬を続けなくてはいけないとなると、これぐらいの量は必要なのだ」
幽香はそれを聞いて、少し考えるそぶりをした。
「・・・そのお金があれば、薬は確実に手に入るのね?」
安定した供給がない外の世界の品は、例えお金があっても買えない事がある。
それを危惧した言葉に慧音は頷いて、
「それは大丈夫だ。在庫は確認している。今はこの子の親が何とかして工面をしようと頑張っているところだ」
慧音がそういうと、幽香は立ち上がり玄関へと向かった。
「ちょっと出かけてくるわ。あの子の事をお願い」
「あ、ああ。言われるまでもない」
慧音が疑問の表情を幽香に向けているが、幽香はそれを気にせずさっさと外へ出て行った。
(確か、あっちの方に居たはず)
幽香は外に出ると、ある方面に向かって進み始めた。
「珍しいですね。妖怪が面会を頼むとは」
幽香の前に座っている人物―――身なりの良さそうな男は、己の向かいに座っている幽香を見つめた。
「しかも、あの風見幽香とあろう妖怪が商談の目的で現れるなんてね」
「悪いけど、おしゃべりする気は無いの。話を進めてもいいかしら?」
幽香は相手のことは大して興味がないといった感じで早速、切り出した。
「ここにある植物の種があるわ。それを買い取って欲しいの」
「ほう?何の植物ですかな」
男が興味深そうに種を見ると、幽香は脇においてあった植木鉢を前に出して、
「見てもらったほうが早いわ」
そう言って、種をその植木鉢に蒔いて手をかざした。
「おお!」
すると、すぐさま芽が生え、まるで水が流れるように茎を伸ばしていった。
そして、その蕾が現れるともともと見開いていた男の目がさらに見開いた。
「こ、これは!?」
幾つもの棘を生やした茎の先に現れた蕾はそれだけの衝撃を男に与えた。
何故ならその蕾の色は・・・
「あ、青い・・・」
「そう、青いバラ。この幻想郷ではすでに幻の存在となった花よ」
そんな風に言いながら、幽香はさっきの種を男に見せた。
「さて、もうおそらく私が所持しているこの種以外に青バラを手に入れる方法はないわよ。どうする?」
幽香が尋ねると男は少しうなってから、幽香を見た。
「・・・いくらだ?」
「そうねぇ、これくらいかしら?」
そう言って幽香は先ほど慧音に言われた数字を出した。
「な!?少々高すぎないか?」
「ならいいのよ?別にあなたに売らなくても・・・」
幽香がそう言いながら種をポケットに収めると、男は手を伸ばしてそれを止めた。
「ま、まて!わかった、その値段で買おう」
「そう?じゃあこれはここにおいて置くわね」
幽香が種を置くと、男は使用人を呼び出して幽香の求めた金額を持ってくるように頼んだ。
「そうそう、この鉢はサービスしてあげるわ」
男から金を貰うと、幽香は立ち上がりながら青いバラの咲いた鉢を指してそんな事を言った。
「それはありがたいが・・・しかし、何故急にそんな大金を?」
男の後半の言葉に幽香は少し考えて、こう言った。
「そうね・・・『友達』の為よ」
幽香はそれだけ言うと、男の前を後にした。
「本当に月日が経つのは早いものね・・・」
幽香は目を細めて当時を思い出す。
あの後、あのお金を持っていった時の慧音の顔は忘れられそうにない。
あの少女の親は泣いてお礼を言っていた。
そして、彼らにこの薬代を自分が出したことはあの少女を含め誰にも言わないようにしてくれと頼んだのであった。
「我ながら、らしくない事をしたものよね」
私はあの時の自分の行動を思い出して苦笑した。
「幽香~、ま~た一人でお花見?」
声がしたほうを見ると左目が黄色、右目が青色の娘が呆れたように幽香を見ていた。
「いいじゃない、五月蝿い人間もいないし。花は静かに愛でるものよ?」
「でも、五月蝿い妖精はいるじゃない。それに私は人間だよ?」
娘がそう言うと、幽香は笑って肩をすくめた。
「静かなら構わないのよ」
「あんまり私は静かだとは思ってないんだけどなぁ?」
娘が少々大げさな身振りをしながら首を傾げる。
あの後、一命を取り留めたのはいいものの、もともとあった難聴がさらに酷くなるという副作用が現れた。
おかげでしばらくはジェスチャー交じりの会話をしていたのだが、最近現れた永遠亭の薬師のおかげで、その難聴もほぼ完治することが出来た。
未だに身振りが大げさなのはその時の名残である。
「まぁいいわ。ほら、最近暑いでしょう?里で氷菓を食べに行きましょう」
「はいはい」
幽香は日傘をくるくると回しながら彼女に向かって歩いていく。
(さて、今日も『友達』と遊びに行きましょうか)
幽香の微笑みの先で、彼女が笑いながら手を振っていた。
泣いた
ギャグの宝庫でこんな作品を見れるとは思わなかった
てっきりバッドエンドかとおもったらグッドエンドだった
とてもよかったです
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