そのとき、秋姉妹の間に戦慄が走った。
「静葉姉さん! この感じ……!」
「ええ、『彼女』ね。ついに今年も来たのね。幻想郷に『彼女』が……」
ここは、妖怪の山の山腹にある、とあるあばら屋。その中に秋姉妹は身を潜めていた。
彼女らは来るべき辛い冬に備えて、このあばら屋を毎年隠れ家にしていたのだ。
外では、さあ、今年も私の季節が来たわよ! とばかりに猛烈な北風が我が物顔で吹き荒れている。しかし、一歩あばら屋の中へ足を踏み入れると、彼女らが秋のうちに勤しんで集めたイガグリや紅葉が所狭しと飾られており、部屋全体が秋の気配で満ち溢れていた。
それだけに止まらず、地下には食糧庫やワイン棚を設け、さらに、里まで通じる秘密の地下通路を作るなど、やりたい放題改造を施した。
その結果、あばら屋とは名ばかりで、二人の秘密基地状態へと変貌してしまっていた。
ある日、そんな二人の隠れ家に、とある気配が近づきつつあった。それは二人が最も苦手とする気配だった。
「静葉姉さん! 大変よ! ここに『冬』がやってくるみたいよ! 早く防空壕に避難しなきゃ!」
栗饅頭を食べていた穣子は、その気配を感じ取るや否や、防空頭巾を頭にまとい、スコップでえっちらおっちらと床下に穴を掘って隠れようとしはじめた。しかし、頭巾を鼻の部分で結んでいるので、どう見ても盗人にしか見えない。しかも、それが妙に似合っているから困ったものだ。
静葉はそんな穣子の様子を、いつもと変わらない笑みを浮かべつつ眺めている。
「もう、落ち着いて。芋子ったら。ところで今日はどこに盗みに行くの?」
「芋子って誰よ! っていうか行かないわよ! 『今日は』なんて神聞きの悪いこと聞かないでよ! まるで、私がいつも盗みしてるみたいじゃない!」
「あら、違うの?」
「当り前でしょ!!?」
穣子は、精一杯全力を込めて静葉の言葉を否定する。
「……ほら、それより大変だよ! 『冬』がすぐそこに……!」
「ええ、そうね。でも、大丈夫、こういうときは落ち着いてこの曲を流すのよ」
そう言うと、静葉は奥から蓄音機を引っ張り出したかと思うと、ビバルディの『冬』を大音量で流し始める。するとその傍から飾られた紅葉達が色あせ始め、たちまち部屋の中に冬度が広がっていく。
「だぁー!! 余計だめだよ! だめっ!! 何やってんのよ! 静葉姉さん!?」
穣子はすぐに、弾幕で蓄音機を破壊して音楽を消す。
そのときだ。
「ごめんくださーい」
おもむろにあばら家の入口の扉がばたりと開けられた。
と、その開けられた反動で、老朽化した蝶番が壊れ、扉は地べたにたたきつけられてしまう。
予想外のハプニングにびっくりしながらもその場に姿を現したのは、冬の象徴――レティ・ホワイトロックだった。
「でたぁーーーーーー!! 悪霊退散! 悪霊退散!」
彼女の姿を見るなり穣子は、床に転がっていた木の枝を一心不乱に振り回して祈祷を捧げる。
一方の静葉の方はいつもと変わらない笑みを浮かべている。
「あら、こんにちは、白岩さん。相変わらずペドいわね。さあ、一緒に、天国への階段を上って世界を尋常高等小学校で埋め尽くしましょう。目指すは人生万事塞翁が巫女よ!」
彼女は一見落ち着いているように見えて、実はすっかり錯乱していた。
そんな二人の様子をぽかんとした表情で見ていたレティだったが、やがて我を取り戻したように口を開く。
「あのー……御二人さん……大丈夫?」
すかさず穣子は彼女を怒鳴りつける。
「大丈夫じゃないわよ! 大丈夫なわけないでしょ!? 大体なんであんたがここにいんのよ!?」
「もうほら、落ち着いて、目が怖いことになってるわよ。穣子、いえ芋子……」
「だから芋子じゃねぇーってーの!! ってか、何でわざわざ言い直すのよっ!?」
穣子は静葉の肩を両手で掴みながら、がたがたと揺する。静葉は揺すられながらも笑みを浮かべたままだった。
「……ええと、まずは突然の来訪で驚かせてしまったことは謝るわ……ごめんなさい」
そう言うと、レティは、二人に向かって丁寧に深々と頭を下げる。
「まったくよ! いったい何の用なのよ!」
穣子はレティの目の前で、腰に手を当てて、あからさまに迷惑そうな態度をとる。しかし彼女は特に怯む様子もない。
「ええ、実は……お話しにくいんだけど……あなたが持ってるサツマイモを少々分けてもらいたいの」
「は!?」
「あら、イモ」
「と言うのは……実は博麗神社の巫女さんが、焼きイモパーティーを開きたいと言ってるのよ……それで彼女が言うには、秋の神様である、あなた達なら、おいしいサツマイモをたくさん持ってるって言うので……」
「ふっ……あんたいい度胸してるじゃない! 私らをここまで不機嫌にさせておいて、その上、サツマイモまで掻っ攫っていこうだってぇ?」
「そうね、サツマイモは穣子にとって命よりも大切なものだもの」
「……否定しないわっ……!!」
「え!? そんなに大切なの……?」
思わずレティが突っ込む。
「そう、この子にとってサツマイモは生きる糧を通り越して最早、信仰の対象なの。そう、名づけて『新興宗教イモ教』!」
「そう! 私はイモ教の教祖なの! さあ、イモが欲しけりゃ、あんたも入教しなさい!」
「そっか……それで、あなたは芋子なのね」
「それは違う! 断じて違う! ってお前まで芋子言うのか! おんどれりゃーっ!!」
「穣子……さっきっからあなたキャラが変わってるわよ?」
「誰のせいよ!? もう、私のイメージ返してよおおお……!!」
穣子は涙目で叫びながら頭を抱え、その場にうずくまってしまう。
「……さて、それはそうと、白岩さん」
「レティ・ホワイトロックよ」
静葉は彼女の突っ込みも意に介さず続ける。
「とりあえず話は聞かせてもらったわ。あなた、私たちのサツマイモが欲しいそうね」
「ええ」
「そう、別にいいわよ」
「え、本当?」
「ただし。タダではあげられないわ」
「と言うと……?」
「世の中には、対価交換と言う、古来から伝わる暗黙のルールがあるのよ」
「……ふーん。つまり、あなた達のサツマイモに、見合ったものと交換ってわけかしら」
「その通り。流石、話が早いわね」
「わかったわ。じゃあ、何かそれ相応のものを今から持って来ればいいのね」
「そうよ。でも言っておくけど、そんじょそこらにありふれたものじゃ、うちのイモ教教祖の心は動かせないわ。覚悟しておくことね」
「ええ。肝に銘じておくわ。それじゃ後ほど……」
そう言い残すとレティは、すんなり去って行った。
そして、その場には両手と両膝をついて絶望のポーズの穣子と、それを何食わぬ顔で見つめて佇む静葉だけが残された。
扉の壊れた入口からは、冷たい北風がダイレクトに部屋の中へと吹き付けてくる。そのおかげで秋の気配はすっかり消えうせていた。
「さあ、穣子、もう大丈夫よ」
「全然、大丈夫じゃなぁいっ!! もう何か色々とダメな気がするよ!? って言うか姉さんはいつから私の敵になったのよ!」
穣子は、目に涙を浮かべて静葉に詰め寄る。
「あら、神聞き悪い事言わないで。私はいつでも穣子の味方よ」
「さっきまでの言動のどこの部分で、そう受け取ればいいのよ!」
彼女の怒りは収まりそうもない。
「ごめんね、穣子。これもあなたを守るためだったの」
「え!? どういうこと……?」
「貴女をなるべく傷つけずに、彼女を追い払うための演技だったのよ」
静葉の言葉に思わず穣子はハッとする。
「そっか……! そうだったのね! じゃあ、私の事を芋子って呼んだのも……」
「ええ、そう。すべて演技よ」
「そうだったのね……私ったら静葉姉さんを疑って……ごめんなさい」
「いいのよ。穣子がわかってくれたのなら」
膝をついて謝罪する穣子に向かって静葉は、にこりと笑みを浮かべた。
「……あれ? でも、あいつが来る前から私の事、芋子って呼んでなかったっけ……?」
ふと、穣子が呟くと、静葉も思わず呟いた。
「……あ、バレた?」
「このぉ……ふざけんな! 枯葉ぁああ!!」
穣子のこの日一番の叫び声が、山にこだました。
その後、冬の気配で満ち溢れたあばら家の中は、風によってたくさんの落ち葉が入り込み、やがて二人はその中に埋もれてしまった。
結局その日、レティが再び現われることはなかった……。
「静葉姉さん! この感じ……!」
「ええ、『彼女』ね。ついに今年も来たのね。幻想郷に『彼女』が……」
ここは、妖怪の山の山腹にある、とあるあばら屋。その中に秋姉妹は身を潜めていた。
彼女らは来るべき辛い冬に備えて、このあばら屋を毎年隠れ家にしていたのだ。
外では、さあ、今年も私の季節が来たわよ! とばかりに猛烈な北風が我が物顔で吹き荒れている。しかし、一歩あばら屋の中へ足を踏み入れると、彼女らが秋のうちに勤しんで集めたイガグリや紅葉が所狭しと飾られており、部屋全体が秋の気配で満ち溢れていた。
それだけに止まらず、地下には食糧庫やワイン棚を設け、さらに、里まで通じる秘密の地下通路を作るなど、やりたい放題改造を施した。
その結果、あばら屋とは名ばかりで、二人の秘密基地状態へと変貌してしまっていた。
ある日、そんな二人の隠れ家に、とある気配が近づきつつあった。それは二人が最も苦手とする気配だった。
「静葉姉さん! 大変よ! ここに『冬』がやってくるみたいよ! 早く防空壕に避難しなきゃ!」
栗饅頭を食べていた穣子は、その気配を感じ取るや否や、防空頭巾を頭にまとい、スコップでえっちらおっちらと床下に穴を掘って隠れようとしはじめた。しかし、頭巾を鼻の部分で結んでいるので、どう見ても盗人にしか見えない。しかも、それが妙に似合っているから困ったものだ。
静葉はそんな穣子の様子を、いつもと変わらない笑みを浮かべつつ眺めている。
「もう、落ち着いて。芋子ったら。ところで今日はどこに盗みに行くの?」
「芋子って誰よ! っていうか行かないわよ! 『今日は』なんて神聞きの悪いこと聞かないでよ! まるで、私がいつも盗みしてるみたいじゃない!」
「あら、違うの?」
「当り前でしょ!!?」
穣子は、精一杯全力を込めて静葉の言葉を否定する。
「……ほら、それより大変だよ! 『冬』がすぐそこに……!」
「ええ、そうね。でも、大丈夫、こういうときは落ち着いてこの曲を流すのよ」
そう言うと、静葉は奥から蓄音機を引っ張り出したかと思うと、ビバルディの『冬』を大音量で流し始める。するとその傍から飾られた紅葉達が色あせ始め、たちまち部屋の中に冬度が広がっていく。
「だぁー!! 余計だめだよ! だめっ!! 何やってんのよ! 静葉姉さん!?」
穣子はすぐに、弾幕で蓄音機を破壊して音楽を消す。
そのときだ。
「ごめんくださーい」
おもむろにあばら家の入口の扉がばたりと開けられた。
と、その開けられた反動で、老朽化した蝶番が壊れ、扉は地べたにたたきつけられてしまう。
予想外のハプニングにびっくりしながらもその場に姿を現したのは、冬の象徴――レティ・ホワイトロックだった。
「でたぁーーーーーー!! 悪霊退散! 悪霊退散!」
彼女の姿を見るなり穣子は、床に転がっていた木の枝を一心不乱に振り回して祈祷を捧げる。
一方の静葉の方はいつもと変わらない笑みを浮かべている。
「あら、こんにちは、白岩さん。相変わらずペドいわね。さあ、一緒に、天国への階段を上って世界を尋常高等小学校で埋め尽くしましょう。目指すは人生万事塞翁が巫女よ!」
彼女は一見落ち着いているように見えて、実はすっかり錯乱していた。
そんな二人の様子をぽかんとした表情で見ていたレティだったが、やがて我を取り戻したように口を開く。
「あのー……御二人さん……大丈夫?」
すかさず穣子は彼女を怒鳴りつける。
「大丈夫じゃないわよ! 大丈夫なわけないでしょ!? 大体なんであんたがここにいんのよ!?」
「もうほら、落ち着いて、目が怖いことになってるわよ。穣子、いえ芋子……」
「だから芋子じゃねぇーってーの!! ってか、何でわざわざ言い直すのよっ!?」
穣子は静葉の肩を両手で掴みながら、がたがたと揺する。静葉は揺すられながらも笑みを浮かべたままだった。
「……ええと、まずは突然の来訪で驚かせてしまったことは謝るわ……ごめんなさい」
そう言うと、レティは、二人に向かって丁寧に深々と頭を下げる。
「まったくよ! いったい何の用なのよ!」
穣子はレティの目の前で、腰に手を当てて、あからさまに迷惑そうな態度をとる。しかし彼女は特に怯む様子もない。
「ええ、実は……お話しにくいんだけど……あなたが持ってるサツマイモを少々分けてもらいたいの」
「は!?」
「あら、イモ」
「と言うのは……実は博麗神社の巫女さんが、焼きイモパーティーを開きたいと言ってるのよ……それで彼女が言うには、秋の神様である、あなた達なら、おいしいサツマイモをたくさん持ってるって言うので……」
「ふっ……あんたいい度胸してるじゃない! 私らをここまで不機嫌にさせておいて、その上、サツマイモまで掻っ攫っていこうだってぇ?」
「そうね、サツマイモは穣子にとって命よりも大切なものだもの」
「……否定しないわっ……!!」
「え!? そんなに大切なの……?」
思わずレティが突っ込む。
「そう、この子にとってサツマイモは生きる糧を通り越して最早、信仰の対象なの。そう、名づけて『新興宗教イモ教』!」
「そう! 私はイモ教の教祖なの! さあ、イモが欲しけりゃ、あんたも入教しなさい!」
「そっか……それで、あなたは芋子なのね」
「それは違う! 断じて違う! ってお前まで芋子言うのか! おんどれりゃーっ!!」
「穣子……さっきっからあなたキャラが変わってるわよ?」
「誰のせいよ!? もう、私のイメージ返してよおおお……!!」
穣子は涙目で叫びながら頭を抱え、その場にうずくまってしまう。
「……さて、それはそうと、白岩さん」
「レティ・ホワイトロックよ」
静葉は彼女の突っ込みも意に介さず続ける。
「とりあえず話は聞かせてもらったわ。あなた、私たちのサツマイモが欲しいそうね」
「ええ」
「そう、別にいいわよ」
「え、本当?」
「ただし。タダではあげられないわ」
「と言うと……?」
「世の中には、対価交換と言う、古来から伝わる暗黙のルールがあるのよ」
「……ふーん。つまり、あなた達のサツマイモに、見合ったものと交換ってわけかしら」
「その通り。流石、話が早いわね」
「わかったわ。じゃあ、何かそれ相応のものを今から持って来ればいいのね」
「そうよ。でも言っておくけど、そんじょそこらにありふれたものじゃ、うちのイモ教教祖の心は動かせないわ。覚悟しておくことね」
「ええ。肝に銘じておくわ。それじゃ後ほど……」
そう言い残すとレティは、すんなり去って行った。
そして、その場には両手と両膝をついて絶望のポーズの穣子と、それを何食わぬ顔で見つめて佇む静葉だけが残された。
扉の壊れた入口からは、冷たい北風がダイレクトに部屋の中へと吹き付けてくる。そのおかげで秋の気配はすっかり消えうせていた。
「さあ、穣子、もう大丈夫よ」
「全然、大丈夫じゃなぁいっ!! もう何か色々とダメな気がするよ!? って言うか姉さんはいつから私の敵になったのよ!」
穣子は、目に涙を浮かべて静葉に詰め寄る。
「あら、神聞き悪い事言わないで。私はいつでも穣子の味方よ」
「さっきまでの言動のどこの部分で、そう受け取ればいいのよ!」
彼女の怒りは収まりそうもない。
「ごめんね、穣子。これもあなたを守るためだったの」
「え!? どういうこと……?」
「貴女をなるべく傷つけずに、彼女を追い払うための演技だったのよ」
静葉の言葉に思わず穣子はハッとする。
「そっか……! そうだったのね! じゃあ、私の事を芋子って呼んだのも……」
「ええ、そう。すべて演技よ」
「そうだったのね……私ったら静葉姉さんを疑って……ごめんなさい」
「いいのよ。穣子がわかってくれたのなら」
膝をついて謝罪する穣子に向かって静葉は、にこりと笑みを浮かべた。
「……あれ? でも、あいつが来る前から私の事、芋子って呼んでなかったっけ……?」
ふと、穣子が呟くと、静葉も思わず呟いた。
「……あ、バレた?」
「このぉ……ふざけんな! 枯葉ぁああ!!」
穣子のこの日一番の叫び声が、山にこだました。
その後、冬の気配で満ち溢れたあばら家の中は、風によってたくさんの落ち葉が入り込み、やがて二人はその中に埋もれてしまった。
結局その日、レティが再び現われることはなかった……。
ありがとうございます。
当分秋姉妹の話が続く予定ですので
どうぞよろしくお願いします。