博麗神社には温泉がある。
湧かせたのはうちのペットらしい。紆余曲折、それはそれはひどい目に遭った。
まあ、まさしくそれはそれだ。
妖怪万事塞翁が馬。地下でひっそりと生きてきた私も、地上で温泉に浸かりながらひっそりできるようになるとは、時代の変遷というものは予測できない。
温泉は岩で湯船がこしらえられ、竹の柵に囲われている。脱衣所になる小屋は、まだ檜の香りが残っている。
短時間でこれだけの整えられたのも、きっと鬼あたりが関わっているからだろう。
――そんな瑣末な事を考えながら、私、古明地さとりは服を脱ぎ終える。
備え付けのかごは、衣服を綺麗に折り畳んで入れるともう一着分の余裕ができる。
本来なら着替えを納めるスペースなのだろう。次からは浴衣も持ってこようか。
辺りを見回す。
人はいない。
わざわざ誰もいないタイミングを狙って来たのだから、当たり前だろう。
"さとり"……心を読める妖怪は、身を退いた場所にいた方がいい。
誰かと一緒にいることなど、辛いだけだ。
――だというのに、かごがひとつ、衣服で満たされていた。
脱いだ服をそのままつくねて山を形成している。
上には、ちょこん、と乗った黒の帽子には、黄のリボンがあしらわれていた。
見覚えがある。
見間違えるはずもない。
あれは妹の――こいしの帽子だった。
となると、先にこいしが浸かっているのだろう。
――姉妹水入らず、か。
以前一緒にお風呂に入ったのはいつだっただろう。
思い出せない、そんなことがあったのかさえ疑わしい。
古明地こいしは、心が読めてしまうを嫌い、心の瞳を閉ざしてしまった。
心を読めなくすることで、誰かに避けられるようなことはなくなると考えたのだろう。
事実、こいしは誰かに嫌われるようなことはなくなった。
そして、その副産物として"さとり"の能力をもってしても心が読めなくなった。
お互いに心を読ませられることのなくなった私たちは、やっと真に近づくことができるようになる――。
――はずだった、のだろう。
私は"さとり"であることを捨てたこいしを認めることはできなかった。
"さとり"を捨てたあなたは、もう私の妹じゃない――!
なんてひどい言葉だろう。
受け入れられなかったこいしは、今思えば屠所の羊のような、ひどく失望した顔をしていた。
心を読める私は、心を読む以外に相手の心を知る手段を持たなかった。
彼女の心に気付いてあげられれば、彼女は夢遊病者のようにあちこちをふらついて回るようにはならなかったのかもしれない。
何度後悔したのだろう。そして、今もまだ、取り戻せないでいる。
――こいしが"さとり"だったときは、触れあうことはなかったのだ。このままお互い、知らない顔をして生きていけばいいじゃないか。
怖い私がそうささやく。
その度に私は、頭を振る。
――嫌だ。
このままずっと触れあえないなんて、嫌だ。
このままだと、こいしがどこかへ行ってしまいそうだった。
――そんな悲しいこと、私は認めたくなかった。
今は、少しでも触れあおうと努力している。
というのにこいしは、いつも家にいない。
地霊殿の外まで追っては、私は周りから避けられる。それではこいしが心の瞳を閉じた意味がなくなってしまう。そう考えると、触れあうことなんて滅多になかった。
それが、今、こんなにも近くにいる。
まず、なんて言葉をかけたらいいのだろうか。
思案しながら、くちゃくちゃになっているこいしの服を畳んでやることにする。
こんなことをするのもいつ振りだろうか。
こいしが家に帰ってくる時間はバラバラになった。
私はそれを戒めるために遠まわしにこう言った。
「ちゃんと決まった時間に帰ってこないと、お姉ちゃん、こいしの服を洗えないでしょう?」
すると、こいしはこう返したのだ。
「だったら、私の服は自分で洗うよ」
そのとき、またひとつ、姉妹の繋がりが途切れてしまった。
そりゃあ、これまた遠まわしに「服を一緒に洗濯しないで」なんて言われたらショックだろう。
そういえば、ちゃんと洗っているのだろうか。
外に出て、何か悪い虫は付いていないだろうか。
ふと持っていたこいしの下着――ドロワーズに目をやる。
「特に汚れてはないみたいだけど……」
見た目ではわからないものだ。
ドロワーズを鼻に近づけ、嗅ぐ。
こいしの匂いがした。
それ以外に、特に変な臭いはない。
こいしに悪い虫は付いていなかったことに、ほっとする。
同時に、こいしのことを何も知らないことに、愕然する。
ふと、泣きだしそうになる。
今は、これだけしか触れあえない。
このことに、何度も涙を流した。それでもまだ枯れない。
きっと、二人が自然に触れあえるようになったときのために、私の涙は枯れない。
まだ――。
「……ひっ、く……」
いつになったら触れあえるのだろうか。
気の遠くなるような時間を過ごしてきた。
「……いやあ……」
これからのどれだけかかるのかと、怖くなってしまう。
涙が、溢れて止まらない。
手に持っていたドロワーズに、顔を埋める。
こいしのぬくもりが、そこにあった。
もっとこいしと触れあっていたい。
「もっと……触れあいたいよぉ……」
涙が止まらなかった。
それから、少しの時間しか経っていない、と思う。
声が聞こえたような気がした。
"さとり"にしか聞こえない、心の声だ。
それは……。
(さ、さと……り様……)
顔を上げ、声が聞こえた方を向く。
その影は、二つ。
一つは、赤い髪を二つに束ねて巻いた猫。
もう一つは、白いマントに黒の長い髪を流した烏。
――火焔猫燐と霊烏路空。
「な、な、なにを……」
お燐は私を指差して、わずかながらに震えている。誰かを指差すなんて行儀の悪い。
「?」
おくうは何をしているのかよくわからない、といった表情だ。心も同じ。
二人は私を見ている。
何かおかしいところでもあるのだろうか、と自分の姿を確認する。
一糸纏わぬ姿で、ドロワーズ――妹のドロワを手に持っている。
直前まで、そのドロワに顔を埋めていた。
……。
待て。
違う、断固違う。
「こ、これは、違うわ……」
思わず声が上擦ってしまう。
そのときの二人の思考は、こうだ。
(へ……、へ……)
(……?)
(さ、さとり様が、変態だああぁーッ!!)
これは非常にまずい。
何か回避手段はないか。
そう思った私は、おもむろに手の中のドロワを頭に被る。
「ワタシさとり様じゃないデスヨ」
瞬間、背中の方で、引き戸が開く音がした。
振り返る。
そこには――体から湯気を立ち昇らせている、笑顔のこいしが立っていた。
「お姉ちゃん、私のドロワ返してくれないかな」
色々と台無しだ感がすげぇw
シリアスで最後にハッピーエンドかと思ったのにッwww
そうしたら案の定このオチww
さとりんもまた、姉だったんですね。
なぜそこで被るwwww
だいなしだwww
せめてかぶらなければまだフォローも効くのに、なぜ被るwww
まだ正気の時点でも、妹を心配してドロワの匂いをかぐとか、あきらかに真性だがw