私――藤原妹紅は物臭らしい。そう慧音が言っていた。
なぜなら、脱いだ服を洗わず放っておくから、らしい。いや、私はちゃんと定期的に洗濯している。しかし、それを何日分か溜めておいておくのが、慧音には気に入らないらしいのだ。
だが、それは慧音が悪い、と思う。慧音がたまにやってきては、家事を手伝ってくれる。私はそれを当てにしてしまうのだ。それに、やることがなかったら、慧音は私の家に来なくなってしまうのではないか、とも考えていた。
――どんな理由を付けても私が悪いのだが。
ただ、今日はその当てが外れてしまった。今日は、用あって、慧音は来られないのだ。溜まりに溜まった洗濯物を洗いには来てくれないのだ。
前回聞いていたはずなのに、当日になるまで忘れていた。これも、もちろん私が悪い。
……普段の行いが悪いのだろうか?
仕方ない、と私は腰を上げ、たらいに洗濯物を放りこんで、川に向かった。
川のせせらぎやその冷たさは、以前と変わりなかった。
手で梳くと、水面は表情を変え、さっきとは違った波紋を作り出す。子供が水遊びに夢中になるのもそれが一因だろう。センスオブワンダー。かくいう私も、このまま飲み込まれてしまいそうになる。
「……さて、洗濯せんたく、と」
言って、袖をまくる。私は、丸められた衣服を取り、水に浸し、こする。
……せっかくたらいを持ってきたというのに。持ち運びの用途なら、かごの方がよかった、などと考えながら、私はその作業を続けた。真っ直ぐに降り注ぐ光は、水面に反射して私の目を眩ませる。
ただの繰り返し作業は、すぐに飽きてしまいそうになる。何せ、ずっと続けているものだから。
ぼんやりと洗濯をしていると、視界の隅に影が生まれた。
顔を上げ、捉える。それは、
「……猫だ」
おおよそ川を流れているわけのないものだった。
まだ河童の方が現実味がある。次点は亀。そもそも、猫は川に住んでいる動物ではないというのに、どうしたものか。
……ああしかし、よりにもよって私が洗濯しに来た時だけ流れてくるのだな。その数奇なめぐり合わせに免じて、助けてやろう。
地面を軽く蹴って、低く、流れと同じ速さで飛ぶ。取り逃してしまわないよう、両手を伸ばす。
手に取った黒の身躯は、ちょうど丸めた洗濯物と同じくらいの大きさで、とても軽かった。
――運がいいのか悪いのか。尾は二つに分かれていた。
「大丈夫かお前」
岸に上げ、地面に横たわらせる。私が声をかけると黒猫は、にー、と短く鳴いた。
猫は人語を解するものだったろうか。まあ、半々だろう。生存確認できたので問題はない。
とにかくその疑問は捨ておいて、他にすることがある。このまま放っておくわけにはいけない。この猫は洗濯物ではないのだから。
私は近くから手頃な枝木を集め、マッチはないものかと少し考えた後、自らの力で火をつけた。
ここまでやった。あとは回復を待って、どこへなりともいけばいい。
さあ、私は私の仕事を全うしよう。
猫から目を離したその時だ。ぽん、と小気味いい音がしたので振り向き見れば、猫が小さな女の子どもになっているではないか。
――なるほど、妖怪か。ただの猫ならば珍しいものを見たと思ったが、川を流れている妖怪と言えば、幾分か有難味が減る。
その妖怪少女は、何か言いたそうにもじもじしている。小便なら私が見てないところでしてくれ。
とにかく――とにかく私は、早くこの状況を脱出しようと、本来の仕事に戻る。そう、川で洗濯をせねばならない。私は適当に洗濯物を取って、川に浸ける。そして、こする。先の作業を繰り返す。
すると、少女が横に腰を下ろした。まだ何か用があるのか。私はないぞ。
少女はおじおじと口を開く。
「……て、手伝いましょうかっ?」
何を言っているんだこいつは。いや、猫の手も借りられるなら本望か。いやいや、こいつは猫ではない。
何より、
「体が冷えているだろう。何もせず、火に当たってろ」
こういう怪しいのとは関わらない方がいい。
いつまでもいられてはこちらが困る。――ああ、そうだ。
「服を脱げ」
「はひぃっ!?」
……けったいな。
「別にお前の服を洗濯しようというわけじゃないさ。濡れた服を着ていては、温まらないぞ」
はあ……、と妖怪は息を吐いた。何だこいつは。
妖怪は、火のもとに戻っていった。
私は妙に疲れた。
はあ……。
移った。
すべて洗濯し終わった。
よし帰ろう、などと考え振り返ると、妖怪はまだいた。帽子、服、下着までもをそこに綺麗に並べて、本人は三角座りをしていた。本来人間の頭にはない、大きな猫の耳。そこに付けられたピアスだけが、小さく輝いていた。
このまま放っておくのも悪い気がする。ので、私は彼女の隣に座った。少し怯えた風に体を揺らしたが、すぐに元の体勢に戻った。
特に話すこともなく、ただ火を眺める。
しばらくすると、向こうが口を開く。
「……別に、いつも川に流れているわけじゃない……です」
まあ、私も川の流れに猫を見つけるとは思わなかった。
「ふうん」
適当に頷いておく。その数奇な運命も、その程度。
彼女の言葉は続く。
「本当は、空も飛べるし、別に猫の姿に戻る必要もなかった」
ふうん。
「……じゃあ、なんで猫の姿で流されていたんだ?」
「無理に飛ぼうとすると逆に体力を奪われるから。川に流されたときはじっとして、確実に脱出できる場所に来るまで待つ方がいいの」
今までの経験から、と彼女は付け足した。それより川に流されない方法を研究した方がいい。どういう手順を踏めば川に落ちるんだ。
それを聞こうと思って、やめる。これ以上踏み込まない。それが私の処世術だ。
それに……、
「まあ、そこそこに頑張れよ」
何となく、事情がわかったような気がした。
「ん……」
彼女は小さく頷き、それから、
「……助けてくれて、ありがとう」
と言った。
しばらくして、私の身体に何かがよりかかった。
もちろん彼女だ。見ると、目を閉じてすやすやと眠っている。
あまりにも無防備すぎる。それを咎めるのは親猫の役目だろう。
「このままじゃ、帰れないな……」
思わず呟いてしまう。
今日は――、
「それは問題ない」
それに返事があったのも、とことんツキが悪い。
炎を挟んで向かい側に、いつかの九尾の狐が立っていた。忌まわしいあの夏の夜、紅白の衣裳の娘と傘を差した紫の妖怪、その妖怪についていたあの九尾だ。
袖口に手を潜め、気を張らずに立っているがいつ仕掛けてくるやもしれない。私は身を強張らせる。
するとその九尾は、ふっと、表情を緩めた。
「なに、私はその子を迎えに来ただけだよ」
……子猫を取り戻しに来るのは親猫だと思ったが、さすがに九尾とまでは考えが及ばなかった。
「橙――その子を助けてくれたんだろう? 礼を言うよ」
九尾は黒猫の少女――橙の着ていた服を手早く拾い集める。両手が埋まったことで、私は警戒を解く。本当に、この橙という子を向かいに来ただけなのだろう。
最後に、眠りこけている猫をゆっくりと抱きかかえる。無駄のない動きは、猫を起こさないためだろう。
「さて、と」
そういって九尾は私に背を向ける。すると、尻尾が私に当たる。なんだ、嫌がらせか? でも柔らけー。
……いやいやいや。
「何のつもりだ」
さすがにその猫がいては分が悪いぞ。
だが私の思いの外に、九尾は、ふふん、とほほ笑む。
「――そんなに肩肘張る必要もないだろう?」
地面の上に座っていたつもりが、九本の金の波に包まれ、飲み込まれていく。私は何もせず、ただその流れに身を任せていた。
「少し、ゆっくりと休めばいい」
彼女は優しく言う。
中は温かく、心地よかった。
「……なぜだ」
私は問う。
九尾は――彼女は答えない。その代わりに、質問で返してくる。
「――千年以上も流れていて、まだ角が取れないのか?」
――知るか。
私は口に出さない。
彼女の顔は見えないが、笑っているような気がした。茶化したような、でも嫌じゃない。
「ふむ、そういった部分まで含めて再生(リザレクション)するのかな」
彼女は何を言っているのだろうか。わからない。
ゆったりとした九本の尾の波に、私は混ざっていた。程よく弾力があって、頬を撫でる感触はくすぐったい。
ずっとここにいたい、なんて考えてしまう。そんな場所にいてはいけない。きっと抜け出せなくなってしまう。抜けることが怖くなってしまう。
嫌だというのに、その恐怖心すらも包み込んで、溶かされてしまう。
気が付けば、睡魔がそこまで来ている。
私はそれに抗えない。
意識は遠く、離れていった――。
目を開けると、私の隠れ家にしている小屋で仰向けになって寝ていた。壁に寄り掛からず眠るのはいつ振りだろうか。
外に出る。まだ日は高い位置にあった。
ふと、視界には――洗濯物が干されているのが見えた。
もちろんやったのは私ではない。
……はてさて、どうしたものか。私はこれからどうすればいいのか、皆目見当がつかない。
まだ意識がはっきりとせず、思考がまとめられずにいる。
ただ一つ言えるのは――、
これは、狐にでも化かされたかな。
考えながら、一人、その奇異な光景を眺めていた。
しかし、オチがよかったですほんと。
・ひたすら怒る
・「これ、誰のかな? これ、誰のかな? これ、誰のかな?」と
壊れたテープレコーダーのように繰り返す
・「言い訳くらいは聞いてやるぞ」とにっこり微笑む
どれだろう? 見てみたいような見たくないような。
な、なんか狐につつまれたような |
気がする・・・。 .|
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V
iヽ、
ノ ヽ
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ハ ', ノl
ハ i ,. -‐''" !
ヘ |,.:'" |
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ミ ´ ∀ ` ミ, うおぉぉ突撃ー!
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もっふもっふ クンカクンカ もっふもっふ クンカクンカ