Coolier - 新生・東方創想話ジェネリック

魂魄家 鎖の一族

2008/12/02 01:38:59
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「幽々子様、お祖父ちゃん、お休みなさい」

「はい、お休みなさい」

「明日も早いからな。しっかり休みなさい」

妖夢が元気にお辞儀をして去って行く。
足音が消えると妖忌が笑いながら話しかけてきた。

「本当に良い子に育ってくれました」

「そうね。貴方の教育が良かったのかしらね」

妖忌は剣術の修行の時こそ厳しいが普段は優しいお祖父ちゃんだ。
だからこそ妖夢も修行に根を上げず頑張っている。

「あの子が来て貴方も随分変わったわよね」

「私がですか?」

「そうよ。昔は暇さえあれば剣を振るってばかりで幽霊の誰とも打ち解けなかったじゃない。妖夢を引き取ってから初めて貴方の笑顔見たわよ」

妖忌がお恥ずかしい、と頭を掻く。
こんな砕けた仕草もほんの10年前まで見た事が無かった。

「妖夢の事だけど話があるの」

「何でしょう、お嬢様」

妖忌が姿勢を正す。

「妖夢から昨日聞かれたのよ。私はいつになったらお祖父ちゃんみたいな半霊が出来るんですかって」

妖夢は妖忌と違って普通の人間だ。
幼いながらも祖父との差に違和感を覚えたのだろう。

「何とお答えに?」

「妖夢はまだ子供だから一人前になったら出来るわよって。それで納得したみたいだけど、もうそろそろ隠し通すのは難しいと思うの。いつあの子に本当の事を話そうかしら?」

「その事ですか…」

妖忌が少し寂しげに微笑みながら言う。

「あの子は鈍い子ではありません。遠からず自分で真実に気付くでしょう」

「そしたら貴方はどうするの?やっぱり二代目として魂魄家を継がせる?」

「いえ。普通の人として生きてもらいたいです」

「それじゃ跡取りが居なくなるわよ?」

「それで良いのです。紫様が創られたこの幻想郷、少しづつではありますが着実に妖怪と人間が平和に共存する理想郷に近づいています。そんな牧歌的な世界に私のような者は必要ありません。ですから、あの子が真実を自分で知った時が魂魄家の終りの時です。私はあの子を里に戻そうと思います。あの子の腕なら奉公先も簡単に見付かるでしょう」

「妖忌…」

だから妖忌は剣術以外の事も、幽霊たちに手伝って貰いながら教えていたのね。
妖夢も料理が随分上手くなってるし。

「今の私はただ剣術指南役としての義務を果たしているだけです。そしてもうすぐそれも終わります」

そして終りの日は唐突にやって来た。







「お嬢様!妖夢の容態は!?」

「落ち着いて、妖忌。紫が診てくれているわ」

突然、妖夢が高熱を出して倒れた。
原因は分からない。
私たちには病気の知識が無いので慌てて紫を呼ぶことになった。
紫がこちらを呼ぶ声がする。

「行きましょう」

「は、はい!」

二人で妖夢の寝所に入る。

「紫。容態は?」

「紫様!一体何が原因なのです!」

「単なる風邪よ」

風邪ならば良かった。
しばらくしたら治るだろう。
だが紫の顔色が悪い。

「紫…?風邪なんでしょう?すぐ治るわよね?」

首を横に振られた。

「問題はこの子の抵抗力。妖夢は赤ん坊の時に里で拾われて以来ずっと冥界でしょう。それで免疫力が無いの」

「それ昔紫が言ってた…」

「そう。冥界はね、風邪を引き起こす菌が凄く少ないの。妖夢はその環境で育ってきたから普通の人間よりずっと抵抗する力が弱い。亡霊である幽々子や半人半霊の妖忌ならば問題ないのだけど。貴女達が妖夢を引き取った際に注意もしてたはず…まさか冥界にまで菌が来るなんてね」

「…私のせいだ」

「え?」

妖忌の顔色が蒼白だ。

「私のせいです。妖夢が顕界の様子が見たいと言うので、少しなら大丈夫だろうと先日連れて行ったのです。だからその時に…!」

「運が悪かったとしか言えないわ。私もこんな簡単に感染するほど妖夢の免疫力が無くなっているなんて思わなかったもの」

「紫の力なら何とかなるでしょ!?病気と健康の境界を操るとか出来ないの!?」

「私の力が万能じゃない事は知ってるでしょ?」

そうだ。
対象の力が強力すぎる場合、紫の能力は効かない。
以前試したが、吸血鬼の妹の狂気を正気に変える事は出来なかった。
そしてもう一つ効かない場合が…

「じゃあこの場合は…」

「えぇ。妖夢の免疫力と生命力が弱すぎて引き上げられない。私の能力なんて操作できるのは微々たる物よ。幼子の命すら満足に救えないなんてね」

紫が吐き捨てるように呟く。

「でも紫は薬学の知識も豊富じゃない。能力が駄目でも…!」

「無限に考えられる風邪の菌を特定して特効薬が作れればね。外界の抗生物質も試すけどウィルスの場合は効かないでしょうね」

紫の言う事は良く分からないが状況が極めて悪い事だけは分かる。

「そんな」

「私たちに出来るのは基本的な治療だけよ。後は妖夢自身に任せるしかない」

「何が出来るの!?」

「解熱剤と氷で熱を下げて、汗を拭く。外界の点滴と言う道具で栄養を与える」

「それしか出来ないの!?」

「残念だけど」

妖夢が何をしたの。
この子が何か悪い事でもしたというの?
…そうだ。
良い事を思いついた。

「紫、外界から人を攫って来てよ」

「え?」

「妖夢の力が弱いから境界を弄れないんでしょ?なら健康な人間を連れて来て、その人間の命を妖夢に与えれば良いじゃない」

「そうね…それなら妖夢を救えるかも。何人必要になるか分からないけど」

なら決定ね。

「二人ともお止め下さい」

妖忌が制止する。
何が不満なのだろう。
孫の命が救えるかもしれないのに。

「妖夢が死んじゃうかも知れないのよ?多少の人間の命くらい」

「今回の責任は私にあります。関係の無い人々を巻き込むのはいけません」

「じゃあどうするつもりなの」

まさか諦めるつもりなの?

「私の命を使って下さい」

「何でそうなるの。責任取るとか言って死んで逃げるつもり?そんなの許さないわよ。例えどんな理由でも死なせないわよ」

「お嬢様。貴女は過去に行った事を繰り返されるおつもりですか」

「あの時とは全然状況が違うでしょう!意味も無く人を死に誘うのとは全然違う!妖夢を助けるためなのよ?」

「その考えこそが傲慢なのです!」

一触即発の状態だ。
何故ここまで反対するの。

「貴方が居なくなったら妖夢はどうなるの。一人で盛り上がって死ぬ気!?どっちが傲慢よ!」

「二人とも黙りなさい!」

私たちの言い争いを紫が一喝して止めた。

「二人とも言い争っている最中悪いけど、妖夢の容態が急激に悪化してる。早く決めないと。もう外界から人を攫う暇も無さそうよ」

何で選択の余地が無くなるのよ。
亡霊の私に与えられる命があれば良いのに。
でもどうすれば良いのか分からない。
妖忌と妖夢どちらかしか選べないと言うの?

「お嬢様、悩む必要は無いでしょう。私の言う方法しか無いのですから。せめて最期くらい良い格好をさせて下さい」

「最期って縁起でもない言い方しないで…」

「…妖忌の命を使うわよ」

「紫様、お願いします」

私の口から出る言葉は無い。
自分に何百年も仕えてきた者の命が消えるのだ。
ただ己の無力さと脱力感だけ感じる。

「二人とも始めるわよ」

紫が境界を操作し始めた。
まずは半霊が消えて無くなった。
妖忌の顔色が急速に悪くなってゆく。
そして妖夢の顔色が土気色から普通の顔色に戻る。
呼吸も荒いものから穏やかな寝息に変わった。
しかし変化はそれだけで収まらなかった。
妖夢の髪の色が黒から白に変わってゆく。
さらに消えた妖忌の半霊が妖夢に現れた。

「何と…」

「これは予想外だったわ…」

「妖夢が半人半霊に…!?」

命を与えた結果、妖忌の力すら取り込んでしまったのだろうか。
妖夢は半人半霊になり人間で無くなった。
妖忌が口を開く。

「紫様、私の命はどれくらい持ちますか?」

「丸一日ってところかしら」

紫の口が重い。
妖忌が私に仕える前からの知り合いだと聞いた事がある。
彼女のこんな暗い表情は初めてだ。

「なら十分です」

そのまま立ち上がり、命を与えたとは思えない力強い足取りで去って行く。

「妖忌。何処へ行くの」

「まだ私に出来る事が残っています」

「妖忌!」

「幽々子。峠は越えたけど、まだ妖夢は危ない状態よ。看病を続けないと」

「えぇ…」

そのまま二人で眠り続ける妖夢の看病をする。
妖夢はこれからどうなるのだろう。
半人半霊となり以前とは全く違う生を歩む事になるのだろうか。
紫と交替で看病をし続け丸一日経った頃、再び妖忌が現れた。

「お嬢様、紫様。お待たせしました」

「貴方、今まで何を…」

妖忌が手に抱えていた物を降ろし正座の姿勢を取る。
あの分厚い紙の束は…手紙?

「お嬢様、お願いがあります。妖夢には私が死んだ事を知らせないで下さい」

「何故?」

「あの子は優しい子ですから、事実を知れば自分のせいで私が死んだと責めるかもしれません。ですから伏せて欲しいのです」

「でもどうやって…」

「この手紙を毎年、誕生日に渡して下さい」

妖忌が手紙の束を指し示す。

「妖夢は半人半霊となった事で成長が遅くなります。時間はかかりましたが、その分だけ用意しました。手紙が来れば私が生きていると思うでしょう」

「妖忌…分かったわ。必ず渡す」

貴方の想いを無駄にしたりしない。
それが貴方の願いなら。

「そしてこの手紙が無くなった時に真実を告げてください。妖夢もその頃には成長しているはずです」

「その後はどうすれば良いの?」

「以前お話した時と同じです。その頃には幻想郷は今よりもっと妖怪を受け入れている世界になっているでしょう。ですから妖夢も普通の人間の様に自由にさせて下さい。私は妖夢が半人半霊になった事で魂魄家に縛り付けたくないのです」

「えぇ。その時が来たら必ず伝える」

私の言葉を聞くと同時に張り詰めていた緊張が解けたのか妖忌が倒れこむ。
体が冷たい。

「妖忌!しっかりして!」

寒いのか震えている。

「私は若い時から死と隣り合わせで生きてきました…ですから恐怖など克服したつもりだったのに…怖いです。死ぬのは嫌です!妖夢の成長を見られないのは嫌です!」

しっかり抱きしめる。
人々から恐れられていた私の側にずっと仕えてくれた妖忌。
その彼に出来る事がこれぐらいしか無いのが歯痒い。

「手紙が無くなった時、妖夢に伝えて下さい。鎖で縛り付けるような真似をして申し訳ないと…」

その言葉を最後に妖忌から力が抜けて重くなる。

「妖忌…」

一部始終を見ていた紫が口を開く。

「妖夢がいつ起きるかも分からないから遺体をスキマの中に安置するわ」

「待って!もう少し…」

「妖忌の思いを無駄にする気?その手紙も見付からない様に隠しなさい」

そうだ。
紫の言ってる事は正しい。
妖忌の遺言を守らなければ。
妖忌の遺体がスキマに飲み込まれてゆく。

「貴方の分まで妖夢を守るから…」

「お葬式、妖夢に見付からないように行いましょう」

「えぇ…」







「お祖父ちゃーん。何処ー?」

妖夢が起きたようだ。
病気も完全に治り元気に祖父を呼んでいる。

「幽々子様!お早うございます!お祖父ちゃんご存じないですか?」

「あらあら、どうしたの?」

「見て下さい!幽々子様!私もお祖父ちゃんみたいな半霊が出来たんです!まだ小さいですけど私も一人前に近づいたんですよ!」

「凄いわねぇ」

妖夢の頭を撫でる。
気持ち良さそうに目を細めている。
妖忌が命を懸けて守ったのはこの笑顔だ。

「お祖父ちゃんに見て貰いたくて。何処に行ったんでしょうか?」

「妖忌はね、妖夢に半霊が出来たのを知ってから旅に出たわ」

「どうしてですか?」

「もう自分に教える事は何も無いって。私の護衛は妖夢に任せるんですって」

「そうなんですか。残念です…」

「でもね、お祝いにこの刀をあげるそうよ」

二振りの刀を妖夢に見せる。

「桜観剣に白桜剣!」

「毎年誕生日には手紙も送るって言ってたわ」

「わぁい」







「妖夢、誕生日おめでとう」

「ありがとうございます。幽々子様」

「今年もね、妖忌から手紙届いたわよ」

もう妖忌が残した手紙も少なくなってきた。
あと何年かすれば真実を話すときが来る。

「幽々子様、もう良いんですよ」

「え?」

何の事を言ってるのだろう。

「お祖父ちゃん、もう居ないんですよね」

真っ直ぐ私の目を見つめながら言葉を続ける。
どうやって知ったのだろうか。
誤魔化さなくては。

「縁起でも無い事言っちゃ駄目よ」

妖夢が微笑む。

「実を言うとさっきまで半信半疑だったのですが、今の態度で確信が持てました」

動揺を悟られた?
いつも私が妖夢にしている事をこんな時に返されるなんて。

「貴女、いつから…」

「顕界にお使いに行くたびに私、お祖父ちゃんを探してたんです。冥界には居ませんでしたし、ずっと会いたかったですから。でも見付からないどころか風の噂すら聞きませんでした。ですから最近はお祖父ちゃんはもう居ないのかなって思うように…」

「妖夢…貴女に本当のことを話すわ」

妖夢が病気にかかった事からのあらましを全て話した。

「だから貴女は自由に生きて。それが妖忌の最後の願いよ。レミリアも貴女の事を気に入ってるぐらいだし、勤め口はすぐに見付かるわよ」

「嫌です」

「何で…妖忌の言う事を聞きなさい。それが彼の遺言よ」

「私はお祖父ちゃんの孫ですから。その遺言は聞けません」

妖夢が少し怒った口調で続ける。

「その遺言、まるで私と他人みたいな感じです!私の命を救ってくれた人が他人の訳ありません!赤の他人にこんな沢山の手紙書きません!私にはお祖父ちゃんの思い出があります。私にはお祖父ちゃんの技があります。誰が何と言おうと私とお祖父ちゃんは本当の家族です!」

「でも、妖忌は貴女を鎖で縛る事だけはしたくないと」

「鎖、ですか。良い言葉ですね」

「良い言葉?」

鎖なんて不自由の象徴なのに?

「私とお祖父ちゃんの絆は赤い糸なんてものじゃありません。鎖のように絶対切れない繋がりです」

「妖忌への恩だけなら去っても私は気にしないわよ」

心を鬼にしなければ、この子は自らを鎖で縛り付けてしまう。

「もう…私もお祖父ちゃんと一緒で幽々子様が好きだからお仕えしてるんですよ」

妖夢が自分の発言に顔を真っ赤にして慌てだした。
そして良く通る声を張り上げる。

「魂魄妖夢、まだまだ半人前ですが剣術指南役として幽々子様にお仕えする事を改めて誓います!」

何で私はこうも従者に恵まれるのだろうか。
この子も守るつもりだったのに守られてばかりだ。
精一杯の感謝を込めて妖夢を抱きしめる。
ありがとう。
側に居てくれて。
妖忌。
今度のお墓参りは妖夢も一緒よ。
誰よりも貴方を誇りに思っているお祖父ちゃん思いの子。
この作品は個人的に思い入れのあるゲーム「俺の屍を越えてゆけ」を再プレイしている時に思いつきました。
あと小泉八雲の「乳母桜」に影響を受けています。
ナクト
コメント



1.名前が無い程度の能力削除
少し誤字がありますが、良かったです。この調子で妖忌SSをかいてほしいです!
2.名前が無い程度の能力削除
いい話でした。鎖の解釈がいいですね。
半人半霊が遺伝するかは前々から疑問に思っていたのですが、このお話のような流れであればとても納得が行きます。
3.ナクト削除
>>1様
ありがとうございます。妖忌のSSもネタが思い付けば書きたいです。
>>2様
妖夢の父母について公式に全く説明が無いのが気になり、このSSが出来ました。