着用時における触感とか落ち着きの有無に関して、今更懐疑心を抱いたりはしない。幼い頃から文字通り身につけてきた物に今更違和感のレッテルを貼ったりはしないし、ましてそれを弾幕合戦の言い訳に使うなど勝負者として以ての外である。
……という自制は東風谷早苗の中で確かに働いていたのだが、いかんせん奇跡だ何だと言っても歳は取る。歳を取れば恥ずかしくもなろう。
奇跡だか何だか知らないけど空を飛べるようになって、飛びながら弾幕合戦をするような世界に住まうようになって早苗、花も恥じらえ十代真っ盛り、
スカートの中を気にするなというのが土台無理な話だった。
「ひどいです……霊夢さんったらいつも手加減とか無しだし……」
「霊夢が手加減なんて、私だって見たことが無いぜ。あいつはゼロか百のどっちかだ、ましてお前なんかに手を抜くわけ無いじゃないか」
等と……言っておけば、とりあえず良かったのだろうか。
しどろもどろになりながら、精一杯のプラス思考で適当に積極的に、場を繕ってみる霧雨魔理沙だった。
その年端はといえば早苗と大差無い上、基本的に一匹狼の魔法使いだ。ベソをかいた女の子の処遇なんて心得ている筈もない。
本音を包み隠さず言うのはお家に帰るまで我慢しておいてあげようと思うけどそれにしても、
ベソをかきたいのはこっちの方だ。
「だから『一回は地上でお手合わせ下さい』って頼むのにぜったい聞いてくれないんですもんあの人!」
「なんだいそりゃ」
「だって空からじゃ……その……中がまる見えじゃないですか」
誰も好き好んで見てないって、幻想郷の空なんて。
「集中できませんよ普通」
きゅう、とスカートか袴か、その両腿のあたりに手をきゅっと押しつけて、はさみつけて、恥ずかしげに早苗は俯く。
「霊夢さんは恥ずかしくないんですか! ってか、少しは恥ずかしがってくださいよ少しは!」
「いや、アイツは……ほら、何というか」
「ぱんつじゃないから何なんですか! ふんどしだって下着には違いないじゃないですか!」
霊夢の中を見てたのか? 弾幕合戦の間に。
「見えちゃいました」
魔理沙は嘆息する。
ってそうじゃなくて、
「アイツは今更羞恥心とか無いよ」
「無いんですか?」
「無い。……ってか羞恥心なんて調度品がアイツの意識の中に欠片でもあったら、あんな腋の甘い服着て表なんて歩けるかっつの」
「あ……それもそうですね」
早苗はいきなり落ち着いた。
魔理沙は拍子抜けし、思わずこめかみを抑え、そして二人揃ってはぁ、と重い溜息をついた。
「ねぇ魔理沙さん」
そして、涙の残り香が宿る瞳で見つめられる。
「魔理沙さんは気にならないんですか」
「――な、何が」
「ほら、魔理沙さんだって、あの箒で空を飛んでらっしゃるじゃないですか。そういうときに……こう」
「……」
「ほら、ほら、その、魔理沙さんもスカートですから……その……」
言いながらみるみる顔が真っ赤になってゆく早苗。思わず抱きしめたくなる。一呼吸を置いて素数を数える。今しがた霊夢にやられてきたばかりの早苗の服は、ところどころ解れて破れていて、あまりにも見窄らしい有様だった。悄気て小さくなってしまった背中とその服装のまま俯く早苗の姿は、きっと誰かがぎゅっと守ってあげなければ壊れてしまう儚い女の子だ。
「……いいか早苗」
魔理沙は人差し指を立てる。
潤んだ瞳に僅かな光が宿り、顎が上がり、魔理沙がキラッと浮かべた心強い笑顔をその傷ついた眼差しに宿すまで。
「基本的にショーツってのは、肉弾戦には不利だ」
懇ろに言い聞かせ始める。
「まずショーツってのはお前が言うとおり、見られたら恥ずかしいもんだ。これは誰が決めたことじゃない。神様が決めたことだ。どうあるから恥ずかしいとか、どうあるから恥ずかしくないとかじゃない。恥ずかしいモンは恥ずかしい、そうだな」
こくこく、と啄木鳥のように頷きを繰り返す早苗。
魔理沙の立てた人差し指はやがて、隣に中指を寄り添わせてピースサイン状態になる。
「二つめだ。ショーツは基本的に素肌に密着して締め付けるもんだ、だが身体を動かす戦闘において、密着するというのが自分に合ってるのかどうか確かめろ」
「どういう意味でしょう」
「運動着にも色々あるってこった。密着するのが良いって人も居れば、だぼっとゆとりが有る運動着の方が動きやすいって口にする人だって多い訳だな」
けほん、と咳払い。
「総合しよう。つまり下着は、一種類じゃないってことだ」
一つヒントを挟み、魔理沙は早苗の瞳の奥底を力強く覗き込む。
「見られても恥ずかしくなくて、割とだぼっとしてる下着だってある――わけだぜ」
瞳を見つめ続ける。
そこに、初めは弱々しい光が、ただ粗末な行灯のようにちらちら移ろっていただけだった。
双眸は救いの言葉に微かに上を向き、魔理沙が教示したその言葉の意味を天空にまさぐって暫しの沈思黙考。
やがてぱちりと瞬き一つ。かぁっと目を見開いて、くっきりしたつぶらな二重まぶたの瞳にみるみる炎と明るさが戻ってゆくその過程を、魔理沙は本当に眩しい気持ちで見つめていた。
なんとも、可愛い子だなあ。
素直に、魔理沙は本心からそう思っている。
「わかりました……魔理沙さん!」
「言っとくが、霊夢に勝てるかどうかは別問題だからな?」
最後に釘だけ刺した。早苗は「はい!」と、キラキラした目のまま答える。
少女が大人に変わる瞬間を目の当たりにしたようで何となく気恥ずかしい魔理沙の伏し目の向こう側、よぉしっ! と、拳を握り締めた東風谷早苗が明日の手合わせに希望を燃やしている。
幻想郷も人の息吹も巡ってゆく。
冬に散った花が春に再び萌すように、明けない夜は無いように、早苗の確かな一縷の決意を魔理沙もまた記憶の深いところに刻み込み、「へへっ」と鼻の下を人差し指でこすった。
何となく、良いことをした気分になれた。
健気で頑張りやさんの子が幻想郷に増えてくれるのは、同じ年頃の女の子として、素直に、嬉しいことだと魔理沙は思う。
+ +
「魔理沙さーん!」
「どわっ」
翌朝、まだ陽も高く登らぬ内から魔法の森の一軒家を訪ねてきて一も二もなく胸に飛び込んできた早苗の笑顔は、きっとその日の朝陽よりも煌めきに溢れていた。
きらきら輝く瞳がふたつ、魔理沙をまっすぐに見ている。
「勝ちました! 霊夢さんに! 一回だけですけど!」
「わかったわかった」
もう一度思う。
たぶん私と、同じくらいの年端だと思う。
なのに気が付けば魔理沙は、早苗の頭をよしよしと子供扱いに撫でていた。なんとなく、そうしてあげたい気分になった。
「言っとくが、下着変えたおかげで勝てた~なんて、霊夢とか、その取り巻き連中に漏らすなよ? 馬鹿にされるだけだからな?」
「あはっ、わかってますよー!」
はじけ飛ぶ冬の寒空。さて本当に分かっているのか、分かっていないのか。
内心だけで苦笑する。
寂しげな瞳からまだ二十四時間以内、思いの外に早く訪れた幻想郷ひとつめの春に魔理沙もまた、目を細めるのだった。
良いことをしたな、という気分にもなれたし、女同士の相談に乗ってやれた嬉しさもある。
「ふわっとしたパンツ、ほんとに最高ですー!」
「いやだから口に出すな、ってば」
奥ゆかしさの欠片も無い。だが、やはりそれが良くもある。
相変わらず抱き合ったままぶんぶんと二、三回そこで回って、ようやく赤子を下ろすように、膝をかがめて魔理沙は抱擁の早苗を地面に解放した。
「ねえ魔理沙さん、相談なんですが――」
「なんだ」
早苗はえへへ、と照れたように俯き、
「……弾幕のときだけじゃなくて……普段から、このパンツで暮らしちゃっても良いですか? 魔理沙さん」
「は?」
ぷっ、と、堪えきれず吹き出した。
「そんなの勝手にすれば良いじゃないか」
「わー! ありがとうございますー!」
ぴょんぴょんと、小柄な夢の塊が朝の魔法の森に、無邪気すぎる歓声を木霊させていた。
純朴な子だなあ。
霧雨魔理沙はあらためて思い、それはきっとこの幻想郷と同じように、結界でも何でも張って守ってあげなければならないものだと思った。
今日という一日、霊夢という大きな目標を一つ超えた早苗という少女と魔理沙の間に、今日から出来た一つめの秘密。
――“仲間”が増えたことを嬉しく思いながらスカートの中、股の下着の存在感を魔理沙自らも噛み締める。
「何なら私の洗濯替えを貸してやろうと思ってたんだが――まさか持ってるなんて思わなかったぜ」
「ありがとうございます! 心遣いとお気持ちと、『見られても良くてだぼだぼしてる』ってアドバイスをいただいたらもう、私はそれだけで充分です!」
げんきいっぱいの声はさながら鳥籠から放たれた虹色の小鳥のように、頭上の枝振りを貫き、抜けるような青空へと気持ち良く駆け抜けていった。
最後にとびきりの笑顔を魔理沙に弾けさせて、早苗は言う。
「念のために一枚だけ持ってきておいて良かったです、お父さんのトランクス!」
>「あ……それもそうですね」
早苗さんwwwwwあんたが納得しちゃ駄目wwww
しかし、ドロワと見せかけてあえて流行に逆らう、素敵なネタでした。
ちくしょうwww
中とか!
ボクサーにしときな、と愛用者が言っておくわ
いや、それ以前によく読むと霊夢の下着が大変なことに!?
ほんのりマリサナの雰囲気がぶっ壊れたww
なにこの問答無用の説得力www
トランクスはなあ、見上げてよし引き絞ってハイレグもよし風に吹かれてはためいてよしの万能下着なんだぜ
ドロワーズじゃない・・・だと
だがお父さんのwwwww
…畜生……orz