尻が豊作であった。
春に花が生え揃うが如くに、泥沼から突き出される太陽光と泥に塗れた尻の数々。
いや、これでは誤解を生んでしまう。正確には下着を着用しているので、不用意に肌色が曝け出されているわけではない。そこまでえろくはない。ビバ健全。
さて、この収穫しづらい果実の数々……いや、地面から生えているので野菜の数々か。そう考えれば、ドロワーズもかぼちゃに似ている。上から更にかぼちゃパンツなんぞ穿かせたなら、パンチしたくなること請け合いなもこもこが完成する。いや、しかし野菜だと土臭く色気に欠ける。となれば、いっそドロワーズをフラワーズと呼んでしまえばいくらか華々しくなる気もする。いやそれでも、やはり尻であり下着なので彩に欠ける。
話を戻そう。尻は本編に関係ない。
こういう話をしている間にも、また新しい少女が空を駆け、田んぼにその上半身を突き立てると、新しい花の一輪へと成長を遂げた。変わった生え方をする植物である。むしろ生け花と言った方が合っているかもしれない。いや、そうか、これは田植えか。芽吹いたのではなく、黄金色の稲穂が田を埋め尽くす光景を信じるお百姓さんが丹精込めて一本ずつ手作業で植えているのか。そうか、それなら色気はないが温かい郷愁と尊い夢がある。頑張れ、お百姓さん。
さっぱり話に戻っていなかった。
そこら中に溢れる泥。地面を覆い尽くし、道を外れれば沼とも川とも思える泥溜まり。そしてそこら中ではしゃぐ声と、似つかわしくない必死な声。
「邪魔っ!」
腕を振るい、持ち上げ、投げ飛ばす。また一人、泥に生えた。この逆直立植物は、じきに枯れてまた声の主目掛けて駆けつけ、気づいた時にはまた生えるという輪廻の中に咲いていた。
「ふぅ……あとちょっとかしら」
人間、妖怪、妖精と、節操なく襲い来る生き物の群れを投げ飛ばし、咲夜は進んでいた。紅魔館に戻るために。
事の発端は誰だったのだろう。人里で買い物を済ませた帰り道、気がついたら紅魔館に続く道が泥に塗れていた。そして、その中で様々な者たちが遊んでいたのだ。老若男女どころか、種族さえ関係なく。ある意味楽園な光景であった。が、咲夜は何度も我が目を疑った。
「……迂回しましょう」
泥にスカートが汚れるのが我慢ならなかったのである。
そして迂回しようとしたところ、声を掛けられた。
「この遊びで優勝したら、望みのものをあげるわ」
超甘美な囁きに、咲夜は時を止めてまで瞬時にターンをした。そして、今に至る。
ルールは単純。全身泥塗れにならなかった者が勝ち。そして泥に塗れてしまっている者は、もちろん妨害だろうがなんだろうが、死ななきゃなんでもOK。ただし、参加者は能力、弾幕、武器の使用は禁止となっている。生き残れば生き残るほどに分が悪くなる。
そしてその泥バトルの中で、縦横無尽に駆け巡るメイドが一人いた。まだ泥にまみれていない人物の頭部を踏みつけ、自分を濡らさない上に相手を沈める凶悪な移動法で、次々と咲夜は相手を沈めていった。蹴り、投げ、踏みつけ。かなり極悪な戦法で戦うメイドだが、大きくひらめき開花するスカートに浪漫を見いだした愚かな生き物(男女問わず)にはそれほどの悪感情はもたれなかった。また、踏みつけることを考えて靴下まで脱いだ咲夜の足の裏の感触にノックアウトされた救いようのない生き物もいくらかいたが、それは割愛する。やあらかかったってさ。
参加してから実に三十分近い時間が経過する。
咲夜は疲れたので、やや死角となっている位置で少し呼吸を整える。みんなが騒いでいるので、静かな場所は意外に気づかれなくなるのだ。
しかし、未だにほとんど濡れていないスカートが超人的すぎた。
ふぅと大きな溜め息を吐いてから、咲夜は辺りをきょろきょろと見回すと、目的の者を見つけ、話し掛けた。
「ねぇ、紫さん」
「何かしら」
「あなたは参加しないのかしら?」
咲夜の真横に、泥を吐き出す隙間が一つ。
八雲紫。この泥に塗れた遊びの企画実行運営犯である。最後はきちっと片付けるからと、わざわざ慧音たちに許可を取り、その上チラシを作って辺りにばらまいたという行動力には恐れ入る。が、それだけの宣伝に最後まで気づかなかった咲夜もなかなかのものである。
「参加しないわよ。泥に塗れたくないし」
「そう」
「代わりに八雲家代表で橙を出したけど、あれだし」
と、隙間から伸びた手が一点を指差す。そこには、泥遊びに興じる橙の姿があった。
「式まで落として、なにやってんのやら」
呆れた声が聞こえたが、それはどこか弾んでいる。
「その割に嬉しそうですね」
「そうね。こういう場が作りたくて、開いたんですもの」
「こういう場……あぁ、こういう場ですか」
人も妖精も妖怪も、分け隔てなく遊べる場所。それを今この瞬間だけ作りたくて、こんな大がかりなことをした。そう思うと、咲夜も思わず笑ってしまった。
「欲しいもの、考えてあるのかしら?」
「もちろんです」
そういってふっと笑う。すると、咲夜の足下に、何故か下着が流れてきた。
「……紫さん。何か流れてきましたよ」
「あ、いけない。私のだわ」
「あなたのでしたか」
透けてましたが、と言おうとして、瀟洒なメイドは自重した。
「さぁ、戻りなさい。戦わずに勝つのは卑怯でしょう」
「そうですね。欲しいものは自分で掴まないと、面白くないですから」
まだいくらか無事なのが残っているが。大半は既にただの泥遊び大会になっている。
咲夜は、また夢と希望のひらめきを込めて人の頭橋を渡っていた。踏まれた者の悔しげな悲鳴と「でもっ!」という良く判らない目覚めの声を背後に聞きながら、咲夜は次々と相手を倒していく。
「あ、魔理沙」
「ん?」
「踏むから」
「ぎゃばっ!」
また一人、沈した。
「ぶはっ! 咲夜、よくもやってくれたな!」
咲夜に踏まれて泥の中に沈んで敗北が決定していた魔理沙が、咲夜目掛けて八卦炉を向ける。
「こういうゲームは、倒し過ぎちゃいけないんだ。倒した相手は、お前の足を引っ張るもんだぜ! 憶えとけ!」
言いながら、八卦炉の中に泥を流し込む。
「……しまった。何やるか判った」
それは咲夜に限らず、大半が理解した。マスタースパークの勢いで泥を吹き出させる気だ。
既に泥まみれの者たちでさえ戦慄する。
「いくぜぇ、マスタースパーク!」
飛来する泥。
「まっずいかなぁ」
と、そう思っていたところに、何の前触れもなく小悪魔登場。
「咲夜さん!」
「え、小悪魔?」
突如現れた小悪魔は、咲夜の盾となるように全身を広げ、泥を受け止める。
「うああああ!」
元々咲夜を狙ったものなので、小悪魔の背中に猛烈な勢いの泥が直撃している。
「小悪魔!」
小悪魔が盾となることで、咲夜はほとんど泥を被らずに済んでいる。その代わり、広げた腕や足、そして翼は、強すぎる衝撃にぷるぷると震えていた。
さすがに耐えきれないらしく、小悪魔の悲鳴が響く。声は、酷く弱々しい。
「しっかりしなさい、小悪魔!」
「私はもう、駄目です……あぁ!」
そして、無意味に衣服をキャストオフ。まるで歌舞伎の仕掛けのような清々しい脱衣であった。
「うわぁ!」
突然のすとりっぽに咲夜は驚く。
そして小悪魔が全裸になったのとほぼ同時に、マスタースパークは燃料切れで力を失っていった。
「ふぅ、危ないところでした」
小悪魔曰く、衝撃を脱衣で受け流したのだとか。
「……何しに来たの、小悪魔?」
激しすぎる脱力感に襲われ、咲夜は肩を落としたまま質問をした。
「レミリア様からの言づてです。面白そうなものにはとりあえず勝て。だそうです」
「……伝言ありがとう」
そのまま、小悪魔は泥に塗れつつ遊んでいた。弾け飛んだ服は、見つかっていない。きっといつか生えてくるだろう。小悪魔はスタイルが良いのだから。
なお、今の衝撃で、空で暢気に観戦していた組が墜落していた。翼が濡れて頭から墜落した烏天狗の少女など、スカートが上下反転した結果、羞恥という束縛から解放されたちょっとハイカラな下着がワーオな感じになっていた。
こんな騒動を順調に生き抜いた結果、咲夜は最後の二人の一人と相成った。
対するのは、藤原妹紅。
最後の二人の対峙に、周囲は茶々を入れずにジッと観戦をしていた。
「参加してたのね」
「おう」
「どっかのお姫様と遊んでいれば良かったのに」
その言葉に、妹紅は苦々しそうな顔を見せる。
「あいつも参加してたわよ」
「え、見てないけど」
言いながら、ぽりぽりと頭を掻く。
「あの馬鹿、着物なんかで来たもんだから、泥に着物を取られて転けたのよ」
「わぁ」
瞬殺だったのだ。
「お陰で楽しみにしてた戦いもできず……まぁ、そんなわけで、どうせだから欲しいもの貰うために戦ってたんだ」
そういうと、拳を打ち鳴らす。
「楽しませて貰もらうわよ」
「私も欲しいものの為に、手加減はしないわよ」
バトルは開始された。
飛び出し、二人の拳が交差する。完全な肉弾戦。お陰で、開始早々二人は腰まで泥に使ってしまった。
咲夜が突き、妹紅が払い、妹紅が蹴り、咲夜が回避する。そんな、どちらも攻勢に出ることのできないバトルが繰り広げられた。
油断なく隙を窺い、けれど手は緩めない。足が取られているので動き回れず、攻撃に回避と防御を任せた戦法。時に蹴りや払いと同時に泥を飛ばし合い、二人は地味に泥に濡れていった。
と、その時、突如として波が起こる。
「おっと!」
転びそうになったが、どうにか咲夜は身を起こす。そして、妹紅の攻撃に身構えた。けれど、攻撃はない。
「もんぺがぁぁぁぁぁぁ!」
妹紅はそれどころじゃなかった。抵抗の強い衣服が、波に掠われ脱げていた。
「……わ、せくすぃ」
咲夜が呟く。
「あぁ、くっそ……もういい! 続けるぞ!」
もんぺ発見できなかったらしい。
空と泥の合間で、たま姿を覗かせる妹紅の下着。どう見ても、越中褌であった。
二人の戦いは加熱していく。
しかし、下半身の露出が高まり、移動速度が向上した妹紅が優勢になり、段々と咲夜が押される状態となっていった。どちらも決め手に欠けるが、動きづらいこの場所では、少しでも行動範囲の広い方が優勢である。
そんな咲夜に、未だに服を着ていない小悪魔が何かを放って渡す。それは、足を縛った衣服を泥袋にしたものであった。
「この馬鹿みたいにでかいドロワを使ってください!」
「ありがとう、小悪魔!」
「私のもんぺぇ!」
馬鹿でかいドロワの正体が判った。
「返せ!」
怒鳴り近づく。
「返すわよ!」
怒鳴り振りかぶる。
「え、あ、ちょ、ちょっと待ぶはぁ!」
泥殴り。
吹き上がる泥を全身に被り、その勢いに負けて後ろに倒れる妹紅。この瞬間、咲夜の勝利が決定した。
「ばはっ……くそう。羞恥心に負けた」
そんな妹紅に、小悪魔が腕を組みながら近寄る。
「恥ずかしがることがなければ、良い勝負が出来たでしょうに。そこが敗因です」
「全裸のお前に言われたくない!」
「私に羞恥心がないから勝ったみたいに言わないでくれない!」
二人が顔を真っ赤にして怒鳴ると、小悪魔はけらけら笑いながら飛び去っていった。
決着を見守った者たちは、もはやそれとは関係なしの泥遊びを続けている。店主なども数人見かけたが、店はどうしたのか訊ねなかったのは、ひとえに瀟洒だからである。
と、そんな二人の前に、隙間が開く。
「うーん。最後が武器使用っぽいけど、まぁドロワだからいいかしら」
「ドロワじゃない」
泥まみれのもんぺを穿いた妹紅が、空を浮遊しながら否定した。押せば泥湧く不思議なもんぺ。
「さ、願い事をどうぞ。一つだけね」
訂正はしない紫。
「そうね」
咲夜は指をぷにぷにとした唇に添えて空を見上げる。
「明日を晴天にしてくれないかしら。霊夢や魔理沙と、久しぶりに遊ぶつもりなのよ」
まさかの願い事に、ちょっと唖然とする二人。
「そんなんでいいの? 明日って、元々晴れる予報よ。人里の龍神像では」
「なによ、そんな願いで戦ってたのか?」
二人が正気か?という目で見てくるので、少し咲夜は頬を膨らませた。
「いいでしょう。少しでも雨の可能性は避けたいのよ。メイドも忙しいから、予定合わせるの大変なんだから」
そんな咲夜に、紫と妹紅は顔を見合わせてから、吹き出した。
「あはははは。判ったわ、明日は一日中快晴よ。安心なさい」
「変わってるなぁ、お前。あははは」
その二人があまりに楽しそうに笑うものだから、咲夜は少しだけ拗ねた。
「それじゃ、妹紅は何が望みだったのよ」
「私か? 私は」
突然振られ、少し反応が遅れた妹紅。んー、と言いながら、咲夜と同じように空を仰いだ。
「……えっとだな。私は、かわいらしい着物が欲しかった。なんていうか、姫様、ってかんじ……」
そこまで言ってから、言い過ぎたと気付き言葉を止める。恐る恐る二人の顔を見てみれば、揃って時間が止まった。
「な、なんだよ!」
その声を切っ掛けに、時はまた動き出す。
「「あはははははははは!」」
容赦ない笑い声が上がった。
「そんなに変なことじゃないだろうが! 笑うな!」
今更恥ずかしくなってきたようで、妹紅の顔は真っ赤に染まる。けれど、効果はない。
そんな穏やかな笑いは、人もそれ以外も分け隔てなく、いつまでもこの郷に響いていた。
それはもう切実に
いい話っぽく終わらせようとするなwwwwww